第一話【ほかほか、ほうかちゃん】
枝葉の隙間から伸びる光の筋が足元を照らす。
ひらひらと舞い落ちる桜色の花びら。
そう、これは麗らかな春の日差し。
僕たちは真っ黒な学ランを着て、花色の女子高生と並んで体育館に勢ぞろい。
今日は恵浜高校の入学式だ。
―――新入生挨拶、代表、河合法香。
「はいっ!」
と、弾けるような声とともに、一人の可憐な少女が立ち上がる。
見た目、声、顔。すべてにおいて完璧な美少女だ。ふっくらとしながらも、しゅっとした手足。端麗ながら愛嬌のある顔立ち。
髪は腰に届くほど長く、ソックスはくるぶしを覆うまでのローソックス。
顔よし。スタイルよし。おまけに胸もある。持つべきものを全てもっているような完全無欠の美少女は壇上に上がるや否や、こう挨拶した。
「おはよっ!」
しん、と館内が静まりかえる。
老いたタカみたいな厳しそうな教頭先生が、鋭い眼鏡をくいっと持ち上げた。
「ほーかですよ! かわいい法香ですよ!」
彼女は綺麗な顔で満面の笑みを浮かべて、そう挨拶した。
自分で自分のことを可愛いと言うだなんて。
と思ったら、彼女の名前は本当に河合法香だった。
「みんな、受験お疲れ様! 大変だったね。私も苦労したよ。でもこれからは待ちに待った高校生活だよ!」
教頭先生が眼鏡を忙しなく上げ下げしている。
彼女は予定にないことを喋っているようだ。
後できっと彼女は怒られることになるだろうに、何をそんなに、伝えたいのだろうか。
「楽しみたいね、学校生活。そのために大事なことは、自分を好きになることだよ。もしこの中に、まだ自分のことを好きになれていない人がいたら、きっともったいないよっ。自分の嫌いなところ……そうだなぁ、自分の名前が好きじゃないとか、顔立ちが気に入らないとか、太ってるとかさ。そういう辛いこととか、逃げられないものとか、いっぱいあるよね。でも大丈夫、みんな素敵だよ! ほーかが保証してあげる! もし自分の嫌いところがある人がいたら、私のところに来てね。いーっぱい褒め褒めしてあげる!」
後で聞いた話だが、彼女のその演説をきっかけに、とある愛好会が生まれたそうだ。
いや、とあるなんて濁す必要ないな。彼女のファンクラブだ。
ほかほかほーかちゃぁん、と歓声が上がった。
僕はミーハーではない。彼らの言動や熱意に共鳴することもない。
だが、僕こと須頓京太郎こそ、彼女に恋した一人だったのだ。