第17話【素っ頓狂の血筋】
重たいバックを自室に下ろし、金曜日は長い眠りについた。
土曜日の朝。歯を磨いて顔を洗い、庭でラジオ体操と乾布摩擦をしていると、父上が帰ってきた。
鋭い目をして、常に顔をしかめているような強面は相変わらず、無精ひげを生やした口でタバコを咥えていた。
「ゲット・ホーム」
「おかえりダディ」
どこの家にも、その家ならではのルールがあるだろう。
卯月の家では静電気のことをビックリパッチンと呼ぶらしい。
それと同じように、父上が英語を使っている間はこちらも英語で返さなくてはならない、というルールが我が家にはある。
僕が父上のことをダディと呼ぶと、彼は満足そうに頷き、こう言った。
「マイ息子よ。そのタオルは私の四枚目のタオルだぞ」
「それは存じ上げませんでした」
「使用を許可する、マイ息子よ」
「センキュー・マイ・ダディ」
ふ、と久しぶりの親子の再会を果たし、父親は食卓の椅子に座ってテレビをつけた。
「同じ人間同士の会話とは思えないわ~」
入れ替わるように出てきた母上は、僕の背中に塩を振りまいてきた。
塩は適量だと肌にいいらしい。さすが母上。気が利くことこの上ない。
朝ごはんの前にシャワーを浴びよう。
ち、ちゅん。と小鳥の鳴き声が聞こえる。
爽やかな春の日差しに休日の穏やかな空気。
ミカンの木に止まるスズメとメジロが、遠くの電線にいるハトと睨めっこをしている。
「学業はどうだ、マイ息子よ」
「これに」
僕は入試のテスト結果を、目玉焼きを乗せたトーストと味噌汁の間に置いた。
「学年五位か。努力はしたのか?」
「いいえ、まったく」
「ならば、よし!」
あははは、とテレビから笑い声が上がった。
お笑い番組が流れているようだ。
「父上のほうはいかがでしたか」
「ステンレス」
「それはマーヴェラス」
英語で聞かれれば、英語で返す。
それが我が家、須頓家の流儀。
「時にプラスチック」
「それはエクセレント」
「うむチタニウム合金」
父上の研究は金属、特にバネが専門だ。
僕の日常でも見かける自転車や車の他にも、軍用機、あるいはスペースシャトルにすら用いられるシンプルにして奥が深い分野だ。
「どのような工夫をされたのですか?」
「無策特攻」
「さすがでございます」
どうやら相当に過酷な仕事だったらしい。
自分の責任だった様子は否めないが。
僕は、全力で父上を労ってあげようと思った。
「めっちゃアングリーされた」
「大変エキセントリック・オバカ・ナ・ダディでございましたね」
「そんな私をバトゥル・シップに例えるならば?」
「ダディヘッドは超合金でできていて、ボディはステンレスでくまなく補強されている。今なら五十ポンドのプラスチック爆弾がどこかに設置されていて、その上ではチタニウムパンツが白く輝く」
「よせよ、照れるだろ」
あははは、とテレビからまた笑い声が上がる。
父上に合わせるのは、実を言うと、たまに苦痛だ。
みんなそうだと思う。なぜ父上の調子を取らなければならないのかと。
誰もが、自分の家の食卓を、世界で一番つまらないと思う。僕もそうだ。
しかし、やはり一人の男として尊敬はしている。それはゆるぎない事実なのだ。
「同じ人類同士の会話とは思えないわ~」
母上が先ほどと同じセリフを言って、父上のサラダにドレッシングをなみなみと注いでいく。
見慣れた光景。
いつも通りの朝。 平和な土曜日が、幕を開けたのだ。