第16話【かっこ悪いいじめ】
その日の放課後のことだった。
まだ仄かに桜色を残す桜並木の帰り道。
「待てよ、京太郎くん」
ヒエールくんの声に、僕は振り返った。
そこには、怒ったような顔をしたヒエールくんが立っていた。
いつもは徒党を組んでいる彼だったが、今は一人だった。
彼は険しい顔立ちで、僕に告げる。
「最近、法香ちゃんと仲が良いようだな」
そうかもしれないな。
「法香ちゃんも、なぜかお前のことを気に入っているらしい」
そうなのか。嬉しい新事実。
「俺たちはそこが気に食わない」
「心の狭いやつだ」
「やかましい」
なりふり構わずということか。
見苦しい。
だからこそ、一人で来たに違いない。
「結局、何が言いたいんだ?」
「簡単だ」
ざぁ、と春風が吹き、足元に散っていた花びらが舞い上がる。
茶色い砂ぼこりに花の風。
花粉をたんまりとこさえた甘いにおいが鼻孔を刺す。
「俺たちはお前の邪魔をする」
「人としてどうかと思う」
男の嫉妬ほど見苦しいものはないと不快に思う一方で。
嫉妬してくれるほど、法香ちゃんと仲が進展してきているという事実に、嬉しくなる。
「いいのか、京太郎くん」
「なにがだ?」
「男子十五人で、お前をいじめると言っているんだ」
「最低だ」
「男子十五人が共通のアイドルとしている女の子をわざわざ口説きにかかるお前が俺らにとってどれほど煩わしい存在なのか、身を以って理解してもらう」
僕はこの後の展開を予想した。
想像を絶するイジメが巻き起こり、無残に心と体を蝕まれていく自分のことを。
しかし、僕のことよりも、まず先に思い至ったのは、法香ちゃんのことだった。
「その事実を知ったら、法香ちゃんはどう思う?」
「……なに?」
「自分が関係したせいで誰かが傷ついていると知ったら、彼女はきっと悲しむぞ」
「……なっ、分かった風な口を聞くなっ!」
ヒエールが焦ったような口調になる。
法香ちゃんのことを神のように崇め奉る彼らは、法香ちゃんと距離が近いようで、実際には歩み寄っていない。
その点、僕の方が踏み込めているのかなと思うと有頂天になった。
「僕の方が法香ちゃんのことを分かってあげられてると思うなー、ぬほほ」
「鼻の下伸ばしやがって。上等だ、京太郎くん」
ヒエールくんの目の前を待っていた桜の花びらを、彼はぐしゃりと握りつぶした。
「お前の想像も絶する苛烈なイジメというやつを、思い知らせてやる」
それから、というもの。
法香ちゃんファンクラブからのイジメは絶えることはなかった。
―――法香ちゃんと二人っきりになれない。
休み時間で二人で会おうとするものならば、彼らは窓の外にへばりついてでも現れる。
法香ちゃんを体育館裏に呼び出しても、マンホールからも現れる。
トイレの窓から脱走して尾行を撒こうともしたが、僕が尿を足しに向かうときも、隣の個室には必ずファンクラブの人がいた。
理科室とかの特別教室に向かう道中すら一緒だ。
僕が「離れて歩けよ」と伝えても、彼らは「これが任務ですので」と答える。
まるでエージェントのように付き従ってくる。
僕が逃げ出さないように、理科の荷物なども全部もってしまうのだ。
それはそれで楽ではあったが。
また、昼休みや放課後ともなれば、妨害のレベルは一段階上がった。
天文学部の人間が、望遠鏡を使って僕を監視し、ラジオ部の無線で連絡を取り合う。
「こちらデルタよりベータへ。パッケージK。A棟トイレへ向かわれたし、どうぞ」
「こちらベータ尾行班、了解。大便のにおいを確認。監視を続行する」
監視体制は万全で、隠れる場所などありはしない。
これがヒエールくんの人脈の成す力かと思い知らされる。
「……甘く見ていたようだな」
姿すらも見えない驚異を前に、僕はせめて、そう独りごちだ。
「バカだ」
と、なぜかハイネは悩ましそうに頭を抱えていた。
「もっと他にやることあんだろうがよ……」
ともボヤいていた。
彼女の気持ちは分からない。
ファンクラブからの妨害は実に苛烈で、徹底的である。
他にやるべきことなど見受けられないからだ。
金曜日が終わるまで、僕が法香ちゃんに告白できるチャンスはなかった。
彼女に渡すはずだったラブレターと、夜中に月を見上げながらしたためたポエムの束と、手製のプレゼントの山が、こんもりとバックの中に溜まっていった。
―――ふと、ファンクラブの人間がぼやく。
これだけ苛烈なイジメをしているというのに、京太郎はどこかズレた反応をしている。
これほどまでに人の悪意に疎い人間がいるのだろうか。
「普段どんな生活送ってれば、あんな鋼のメンタルができあがるんだ…?」
と。