第15話【陰謀の香り】
「それで、今週の日曜日、どうかな? 京太郎くん」
かたかたかたかた、と震える僕の肩。
母上の弁当箱を膝の上に乗せながら、僕は震えていた。
昨日と同じ連絡通路の窓際のところに腰かけながら、僕と法香ちゃんは並んでお弁当をつつくはずだった。
昨日、法香ちゃんに話した『親御さんに挨拶をする』件で、法香ちゃんなりに折り合いをつけてくれたようだ。
それで、今週の日曜日に神社のちょっとした掃除があるらしく、人手が欲しいのだと法香ちゃん祖母から提案をされて、そこで思わず「適役がいるの」と言ってしまったらしい。
「ハイネちゃんはもちろん来てくれるって話なんだけど、男手もほしいねってなってね、京太郎くん、どうかな?」
「も、ちろん……イエ、ス……な、なの……だが」
日曜日には卯月の試合を観に行く約束をしたばかりだ。
友情か、恋愛か。
究極の選択を迫られていると感じた。
「あ、ごめん、日曜日は教会に行くんだっけ? 途中参加でも、もちろんいいんだけど……」
「いや、その……くっ……」
卯月を応援したい気持ちは強い。
きっと、彼は不安に包まれているに違いない。
そういうときに支えてやるのは、幼馴染で、学校を越えた友人である自分の役割であるとも感じる。
しかし、法香ちゃんと過ごせる憩いの時間。
それを無駄にすることはすなわち彼女と彼女に対する自分の思いを無碍にする。
さぁ、どうする。
「……法香ちゃん、僕は、その……」
「あ、掃除は嫌、かな?」
上手く説明できなくて、顔から嫌な汗が出る。
それでも、僕は何とか言葉を繋いだ。
「そうじゃないんだ。と、友だちが、日曜日に試合があるって。それで、僕は応援に行く必要があって、でも、法香ちゃんと日曜日にも会いたい」
優柔不断な回答になるなんて、僕は生まれて初めての経験だった。知恵熱が出そう。
しかし、どういうことだろうか。
自分の胸の内にある悩みを打ち明けると、彼女は朗らかな笑顔を浮かべていた。
―――相談してよ。
そうだ、昨日はそう言われた。
一人で抱え込む必要は、どこにもなかったのだ。
「マジU2だわ。邪魔するよ」
きゅっと赤色の内履きを鳴らして、ハイネが現れた。
昼の日差しを浴びて、透き通るような白い肌と、海辺で見つけた青い擦りガラスみたいな綺麗な目を光らせている。
「ユーツー?」
と法香ちゃん。
「ユウウツ。憂鬱ってこと」
なるほど分からん。
「それよりはいこれ。卯月からだよ。あんた文明の利器もってないから」
そう言って、ハイネから携帯式電子端末を手渡される。
なんだこれは。
「まさかとは思うけど、スマホの使い方は分かるよね?」
「スマホ?」
と僕。
「スマートなフォンってこと」
なるほど分からん。
「京太郎くんってスマホの使い方わかんないんだ……」
法香ちゃんが顔を赤くさせながら口元を抑え、ぷるぷると笑いに震えている。
ちょっと待って。なんかバカにされていないか、僕は。
「しゃーない。読み上げるわ」
そう言ってハイネも腰かけ、卯月からのメッセージを読み上げる。
「今週の日曜日、十六時から試合があるよ。キョーちゃん来れそう? だって」
「十六時か……」
ちらり、と法香ちゃんのほうを見る。
「じゃあ、十四時くらいまでお掃除手伝ってよ!」
「よし、そうしよう」
「行けるぞ、と」
ハイネがメッセージを送信してくれる。
「試合終わった後、掃除の様子を見に戻るよ」
「うん、おいで」
温もりティーに溢れる柔らかい言葉『おいで』。
心がほっこりする。もちろん、行きます。
「……」
順調にスケジュールが組まれていく中で。
ハイネだけが、微妙な面持ちのまま、京太郎を見つめていた。