第9話【疎外感を覚える】
保健室から戻り、遅めの昼食を済ませていると、法香ちゃんが可愛かった。
クラスの男どもが彼女の元へ群がり、自分の悩みを打ち明けている。
「俺……その、俺さ、ハゲが始まってるんだ。日に日に。それが、凄い怖くて……」
「大丈夫だよ! 君のおでこはしわひとつなくて艶があるもの! きっと髪の毛がなくなっても綺麗だよ!」
自分が一番恥ずかしいところや、気にしているところ、つまりコンプレックス。
彼女はそれを『褒め褒め』してくれる。
ある種の儀式のように、一列になって並ぶ男子ども。
世を絶つと書いて絶世の美少女にそんな言葉をかけられ、喜ばない男はいない。
まさに、それまでの自分を払拭し、新たな自分を踏み出す、転生の儀といえる。
彼女は比喩でもなんでもなく、女神なのだ。
「やっぱり彼女は魅力的だ。そう思うだろう、京太郎くん」
ファンクラブ会長のヒエールがやってくる。
サッカーの時は顔を見る余裕もなかったが、彼もなかなか、男前な顔をしていた。
意志の強そうな太い眉毛に、ピーマンみたいな鼻をした、愛嬌のある顔立ち。親しまれやすそうで、かつ頼りがいがありそうな、まさに誰かのリーダーといった顔。
そんな彼も、たった今、法香ちゃんに褒め褒めされていた。
「ハゲで悩んでいたのか」
「まぁな」
そんな彼のおでこは広い。とても広い。
見ているとちょっと切なくなるほど、確かな広さ。
地球では砂漠化が進んでいると言うが、彼の頭髪もまた、その縮図のように進行している。
「君は、ハゲているな」
「でも、綺麗なハゲなんだ」
おでこも心もピカピカに輝く彼の面持ちは、朗らかだった。
太陽の光を白く跳ね返す砂砂漠。
彼は語り始めた。
「褒めてくれるんだよ、彼女は。俺のハゲも。褒めてくださるのだよ。俺だけじゃない。みんな、みんな……褒めてつかまつられる。そう。彼女は俺たちのメシアなんだ」
メシア言った。
「誰のものでもない。みんなのメシアなんだ。この意味が分かるか? 京太郎くん」
わかるわかる。分かりみが深い。
「お前の返事、色よい返事を期待しているよ」
ぞくり、と僕の背筋に冷たいものが走った。
期待? また期待されてしまった。
彼は僕に、何を求めているんだ。怖い。
僕は気持ちを切り替えて、法香ちゃんに褒め褒めされていくファンクラブ男子たちを眺めた。みんな、法香ちゃんにデレデレしているし、法香ちゃんは満面の笑みで返していく。なんか僕も褒め褒めしてほしくなってきた。
でも、違う。僕が求めているのは、ああやって参拝客みたいに列に並んで順番にしてもらうものじゃない。
僕は、他の男子たちのことを理解できず、ただ、クラスの中で置き去りにされていくような感覚だけが残った。
「おい、京太郎」
僕に話しかける、ファンクラブの男子。
「京太郎も並べよ」
僕は静かに首を振って断った。
「……ふぅん、あっそ」
つまらなさそうに、ファンクラブのやつは僕から顔を逸らした。
いつもだ。いつも、そうだ。
僕はクラスに馴染めなかった。等しくハイネもまた馴染めていなかったが、彼女はもうすっかりクラスの一員として溶け込んでいる。のに、僕だけがただ一人、クラスの中で置き去りにされているような疎外感を覚えていた。
僕は、周りと上手に馴染むことができない。
そのことが、ちくりと胸を刺した。