表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

あまねのせかい

作者: 秋助

過去の作品です。

至らない点は多々ありますが、どうかご容赦下さい。

 目を覚ますと、私は水の中に包まれていた。

「この街は水槽に沈んだよ」

 と、深海魚は言う。

 テレビを付けてみると、どこの番組も『水槽都市』についての話題で持ち切りだった。市民の意見を無視する国家の横暴。実施日も規模も告げない粗だらけの計画だと。どうやら、私の知らない間に世界は、この街は、なにかに巻き込まれているらしい。その時、アパートの隣人であるお兄さんが泳いできた。

「唐突だったけど、やっと始まったんだな」

 それだけ告げると、お兄さんは私の手を引いて、水に包まれた街を泳ぐ。夢の中で上手く走れないように、遥か古代の言葉が、最先端の心に届かないように、私は水の中で重力を失くした。ふわり、ゆらり、感覚が意味を成さなくなる。

「この水は君の哀しみだ。この水槽は哀しみの受け皿だ」

 と、深海魚が言う。

 反響する声が、鼓膜から脳髄へと刺激した。

 花も動物も人も、夢も愛も言葉も心も、全てが水の中で漂う。

「辛かったら泣けばいいだろ。お前、心にまで嘘つく気か」

 と、お兄さんは言う

「君の涙は雨だ。雨の音は心だ」

 と、深海魚も言う。

 そうだ。私は、いつから泣いていないのだろう。ダムに堰き止められてしまった哀しみは、一度決壊してしまえば押し留めることなんてできない。私はそれが怖いのだ。人に縋ることが、依存してしまうことが、哀しみだらけになってしまうことが。

「涙は水の中じゃ分からないよ」

 その言葉が、私の水槽を壊す。瞳から溢れる涙は泡となって、やがてその泡は大きくなり、いくつにも分裂し、その一つ一つの泡の中に私が生まれる。とても小さな生命だ。この街を包む水は雨に変わり、遥か頭上の空を目掛け登っていく。そして、全ての哀しみが空を覆ったあと、それは激流となって私達に襲い掛かる。

 お兄さんは私に傘を差し出すが、私はその傘を拒む。この雨が私の哀しみならば、全て受け止めなければならない。

 体に、心に、言葉に、染み渡らせないといけない。立っているのが困難なほど、その哀しみは降り注ぐ。口から肺へと侵入した哀しみは、私の内側から外側へ向かうように暴れ出し、何もかもぐちゃぐちゃにしてしまいそうだった。それでも、私は天を仰ぐ。瞬間、空に亀裂が見えた。それは徐々に大きく深く広がっていき、まばゆいほどの光が世界にあまねいた。

「さよなら、人間共。君のいるべき場所はここじゃない」

 と、深海魚は言う。

「さよなら、深海魚。君のいるべき場所もそこじゃない」

 と、お兄さんは言う。

 あぁ、そうだ。私のいるべき場所は――、

最後までお読みいただきありがとうございます

感想やご指摘などがありましたら宜しくお願い致します

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ