異世界からの使者
・一応ファンタジーです。
・所謂マナを使った魔法やスキルは登場しません。
・但し超常現象やオーバーテクノロジーは登場します。
・前回に引き続き、今回も「オオダコと沈没船」の後日談です。
以上の事をご理解の上、お楽しみ頂けると幸いです。
【前回までのあらすじ】
靖之は現実世界に戻って来れたが、カリーナに完全敗北した事実に打ちひしがれる。
リベンジを誓うも、ダメージは引きずったまま。ベッドで悶絶する中、自分が『例のネックレス』を身に着けている事に気付く。
慌てて舞に連絡するも、どうやら彼女も同じらしい。
何が何やら状況が掴めないものの、2人にボーッとしている時間は無いのだ。とりあえずアノ羊皮紙本を調べるべく、学校で合流する事が決定。
しかし、目当ての人物は私的な用事で会えず仕舞い。
やむを得ず、図書館で夢の中の世界について調べようとした時だった。
それまで白紙だった本に、異変が見られた。
――図書館に籠って、数時間経過した頃。
「参ったな……流れが悪いどころのレベルじゃない。4限目から奥田さんがまた合流するけど、それまでに俺がどれだけ踏ん張れるかが勝負だ。最低でも、資料の選定と申請ぐらいは済ませておかないと」
午後の講義に向かった舞を送り出した靖之は、使った本の片付けをしながら呟いた。
結局昼休みまで粘ったものの、午前中は有益な情報を得るには至らず終了。地名に関しても1つずつ虱潰しに調べたにも関わらず、該当なし。
オオダコに関する記述に関しても、クラーケンと混同しているか浮世絵の題材ぐらい。
カリーナの件に至っては、某カードゲームのキャラクターがヒットする始末だった。
収穫を強いて挙げるとすれば、初日に見た町が18世紀のイギリスに酷似していた事。ただし、これは当時から薄々勘付いていたので発見ではなく確認に近い。
つまり、実質的な成果は0……
今日に賭ける意気込みと必死さを考えると、到底受け入れられない事実である。残された選択肢が少ない中、資料室の文献は2人にとって最後の希望だった。
もし、これでダメなら……
ついついマイナスな考えが頭をよぎり、靖之は慌てて掻き消した。
「ふぅ……本の片付けも終わったし、手続きの前にコーヒーでも飲んで落ち着くとするか」
作業に1区切りつき、大きく背伸びをする靖之。
これまでマイナスの連続だけに、流れを変えたかったのだろう。一時的にではあるが図書館を出ると、入口脇の自販機に直行。
お金を入れて、お気に入りの缶コーヒーを選択した時だった。
「本に選ばれし哀れな生贄よ……どんなに足掻こうが、これは運命。主等が逃れる事は叶わぬし、結末は変えられぬ」
背後から突然声が聞こえ、靖之は反射的に振り向いた。
テンガロンハット・ロングコート・ズボン・革靴に至るまで、全て黒で統一。顔こそ帽子で隠れて確認出来ないが、袖から突き出た手は完全に白骨化していた。
言葉の内容といい、明らかに『あちら側の世界の住民』だろう。
とはいえ、言われた側も1度は死を覚悟した人間である。
特に驚きもせず、慌てる素振りも見せない。
「いや……まさか、向こう側から来てくれるとは。悪いけど運命とか結末とか、そんな些細な事はどうでもいいんだ。何個か質問したいんだけど、答えてくれるか?」
「……ほぉ。若さは素晴らしいというか、無謀というか……まぁ、いい。慣れない言葉遣いは、疲れるからな。ここからは、素で行かせて貰う。あっ、そうそう……質問だけど、私はただの遣いだからな。答えられないものもあるが、それでもよかったらご自由に」
靖之のリアクションが想定外だったのか、頬の部分をポリポリかく化け物。
ともあれ、千載一遇のチャンスを得たことに変わりはないだろう。
「俺や奥田さんが本を手にしたのは、偶然か? それとも、初めから決まってたのか?」
「この世の事象は、全て必然。お前達が本に選ばれたのは、生を受けた時から既に決まっていた」
最初から、遠慮なしに疑問を口にする靖之。
対して、相手も普通に返答して来る。
「あの世界は、現実のイギリス……いや、18世紀当時の世界と同じなのか?」
「違う」
「具体的には?」
「答えられない」
やはり言うべきか、相手も全ての質問に答えるつもりはないようだ。
もちろん靖之も想定していたのか、すぐに別の問いを投げ掛ける。
「じゃあ……昨日メデューサの化け物や、多数の魚人に幽霊船モドキに遭遇したが、アイツ等は何だ? どう考えても、第3の世界が存在しているのだが?」
「私には解らないから、答えられない」
「お前達の仲間じゃないのか?」
「違う。何も知らない」
言葉を信じるなら、このガイコツとカリーナ達は無関係なようだ。
僅かながらヒント得たのはいいが、聞きたい事は他にも沢山存在する。
「そもそも、あの本は何なんだ? 俺達をあの世界に引きずり込んで、何をさせたい?」
「答えられない」
「元の生活に戻る方法は?」
「存在しない」
相手は断言したが、靖之としても『はい、そうですか』と引き下がるわけにはいかない。
頭で考えるより先に、感情で言葉を返してしまう。
「ウソだろ? 俺達に知られたくないから、隠してるだけじゃないのか?」
「存在しないのだから、そうとしか言えない。信じないのは勝手だが、変に希望は持つべきではないだろう。結末は、既に決まっているのだから」
頭ごなしに否定して来て、靖之はますますヒートアップ。
相手が化け物だという事も忘れて、ストレートな言葉を投げ掛ける。
「運命とか結末とか、神様にでもなったつもりか? 自分の顔を、鏡でよく見てみろ。神仏に罰せられる側だろ」
「他人の容姿をバカにしてはいけないと、学校で習わなかったのか? これだから、野蛮な人間は……」
「知るかボケッ! こちとら、ここ数日イライラしっ放しなんだよ。何を聞いてもまともに答えないし、さっさと消えろ」
「はぁ……なるほど。運命に抗うというなら、勝手にすればいい。私の仕事は、君達に伝える事だけだからな」
ガイコツ(仮)は、感情剥き出しの靖之の心情が理解出来ないらしい。
一方の言った側も、辛うじて理性を取り戻す事に成功したようだ。
「あっ、そうだ……最後に、せめてこれだけは答えろ。毎日違う場所にスポーンするけど、あれはランダムなのか?」
「お前達の行動次第だ。まぁ、具体的には答えられないが……とにかく、足掻いてみる事だ。そうすれば何をするべきか、おのずと解るようになるだろう」
「なるほど……自分は安全な位置にいるからか、ちょっとイラッとするが忠告として受け取っておく。それと俺からの質問はもうないから、さっさと消えてくれ。こっちは、まだやらないといけない事が山積みなんでね」
「へいへい……じゃあ、生きていたらまた会おう」
「俺は、2度と会いたくないけどな」
一時はどうなるかと思われたが、結果としてアッサリ会話が終了した。
そして化け物はというと、跡形も無く消失。文字通りの疫病神が消えた事で、靖之としても肩の荷が下りたのかもしれない。
無言のまま、冷え切ったコーヒーを手に図書館に戻って行った。
あーっ、イライラする……
相手が相手だけに奥田さんには後で話すとして、アイツ等は何が目的なんだ?
俺達を、あの世界に引きずり込むだけとは思えんからな。隠している内容も、しっかり調べるようにしないと。
まぁ、どうせ無駄なんだろうな。
あっ、そうだ!
さっき俺が見つけた、本に書かれてた文字も忘れちゃいけない。英語だったから、楽に読めて助かったけど。
あれは、昨日の顛末をまとめた新聞記事のようなもの。
最初の出来事の記載が無いのは、まだ解決していないからか? そもそも、俺は事件に巻き込まれただけで当事者じゃないからな。
本に変化が出るとしたら、自力で解決した時だろう。
正直、平気で銃をぶっ放すような連中とは関わり合いたくないけど……
まぁ、それは現段階ではどうでもいい。それよりも、アイツから情報を引き出せなかった以上、自力での調査が要求される。
最低でも、今日中に何か手掛かりを掴みたい。
夜になると、また強制的にあの世界に赴く事になるんだから。
靖之は改めて気合を入れると、受付で資料を閲覧する為に必要な書類ゲット。
机に戻って必要な部分を書き込み、すぐに提出した。
あれっ?
そういえば、昨日半強制的に渡されたネックレス。
確か呪いがどうとか言ってたけど、メデューサ(カリーナ)はコンパスみたいなのを持ってたよな?
もしかして、他にも幾つか種類があるんだろうか?
いや、今はそんな事より資料に集中するんだ。奥田さんが戻って来るまでに、用意しておくのが最低ライン。
おそらく凄まじい量だろうし、気を引き締めないと。
靖之は、頭に浮かんだ疑問を振り払った。
時間に限りがある以上、取捨選択を迫られるのは当然。申請書を受理され受付の奥に担当者に案内される頃には、心の片隅に追いやられていた。
頼れる人間が限りなく少ない以上、余裕がないのは仕方ないだろう。
彼は、自覚が無いまま精神的に追い詰められていた。
――その頃、あの老父はというと。
「よしっ! 数日分のおかずは確保したし、そろそろ網を上げるとするか……」
老父は竿を片付けると、仕掛けておいた刺し網を回収する準備を開始。
船の中には、下処理を終えた魚が数匹転がっていた。
「それにしても、警察共は何がしたいんだ? 船を東に西に走らせるだけで、何もしてないだろ?」
水平線上に見える大型の帆船を見ながら、呆れたように呟く老父。
ただ、興味はすぐに失せたのだろう。刺し網の目印にした木の板を回収すると、そのまま巻き上げ作業に移行。
そして、すぐに笑顔になった。
「おいおい……この感触。網を使うのは数ヶ月ぶりだけど、これはちょっと期待出来るんじゃないか?」
手に伝わる感触に、獲物が多数掛かっている事を確信。
そのまま船に網を上げて行くが、魚種を見て驚きを隠せない。
「んっ? えっ……これは、一体どういう事だ? マス(シートラウト)が川に遡上するには、さすがに早過ぎるよな? 現に、色は変わってないし……」
老父は困惑しているが、それもそのはず。
まず説明すると、ブラウントラウトの降海版がシートラウトである。他の鮭と同様に、この種類が川を遡上するのは産卵時のみ。
もちろんその時期が近付くと、川の河口で体を慣らす行動に出る。
しかし、それは夏の終わりから秋の初めの頃。
まだ5月にもなってない時期に、こんな場所に居る方が異常なのだ。
「まっ、まぁ……2~3匹なら、何かの拍子に頭の抜けたマスが居ても不思議じゃない。それよりも、さっさと網を回収しないと」
釈然としない気持ちと、何か嫌な胸騒ぎが入り混じった変な気持である。
それでも強引に自分を納得させ、作業を続行した。
「……ウソだろ? これも……これも……これも、全部マスじゃないか! いくら何でも、これはおかしい。一体、この海で何が起こってるんだ……」
良い型のマスが立て続けに掛かっているものの、そこに喜びは無い。
むしろ、恐怖にも似た感情に変化していた。
もしかして、これも事件の影響なのか?
いや……そんな話は聞いた事が無いし、そもそもここ数ヶ月は不漁続きだったはず。だから、危険なのを承知で夜の海に出ざるを得なかったんだ。
あっ……警察だかの船が騒いでるから、魚が岸に逃げて来たとか?
これも、さすがに無理があるな。
うーむ……
考えるだけ無駄だし、とりあえずは豊漁に感謝しておくとしよう。
老父なりに考えてはみたものの、途中でギブアップした。
以降は思考を停止して、機械的な動きに終始。網を全て回収した結果、シートラウトだけで25匹という大戦果を記録した。
ただし、市場に流すとあらぬ疑いを掛けられるのを恐れたのだろう。
全て干物にし、自らの非常食として確保するに留めた。
そんな、ある種の幸せ者である老父を海岸の岸から眺める影があった。
しかも気付かれないようにする為、岩場の陰に身を隠す徹底ぶりである。
「カリーナ様……あれも、『アレ』が原因なのでしょうか?」
「……当然だ。ただでさえ、あの図体なんだ。サメかクジラを襲えばいいものを、選り好みしたんだろう。普通の魚は怖がって、岸から離れなくなるだろうよ」
影の正体は、メデューサとその副官だった。
2人(?)は、老父に向けていた目線を海岸線にシフト。今度は、事件の調査をしている警察のものと思われる帆船に移した。
とはいえ、監視するのが目的ではない。
「……なぁ、ヤツ等は何がしたいんだ?」
「さぁ……私には、さっぱり理解出来ません」
どうやら、感想は先程の老父と同じらしい。
意図が解らず呆気に取られ、すぐに興味が失せたようだ。早々に視線を切ると、人間共を観察する事自体が終了。
そのまま、別の話題に切り替えた。
「心配して見に来たが、どうやら取り越し苦労のようだな」
「どうやら、そのようですね……『アレ』を始末した場所は、かなり水深があります。この時代の技術では、網に掛かる心配も無いでしょう」
「万が一、何かがあってもいかんからな。わざわざ、場所を選んだ甲斐があった」
「私も、同感です」
どうやら両者は、バラバラになった『アレ』の回収を懸念していたらしい。
それも取り越し苦労だと判明し、いよいよ用も無くなったのだろう。
「さて……船に戻るとするか。この海域でやる事が無くなったとはいえ、元の世界に変えれてないからな。やらなければならない事は、山ほどある」
「はい……皆、その時が来るのを心待ちにしております」
「全く……いつも、損な役回りになってばかりだな……我々は」
「……それでも、我々はカリーナ様を信じております」
「……すまん」
両者は、己達の置かれている状況を考えたのか苦笑し合った。
そして2人の心の内とは裏腹に、ポーリーは今日も晴天である。
読んで頂いた全ての方々に、感謝申し上げます。
ジャンルとしては、変則的な転移系ローファンタジーです。
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