オオダコと沈没船(4)
・一応ファンタジーです。
・所謂マナを使った魔法やスキルは登場しません。
・但し超常現象やオーバーテクノロジーは登場します。
・今回で、「オオダコと沈没船」のパートは終了です。
以上の事をご理解の上、お楽しみ頂けると幸いです。
【前回までのあらすじ】
靖之と舞は、突然現れたメデューサのカリーナ率いるグループに拘束されてしまった。
とはいえ、2人も無抵抗のまま殺されるつもりはないらしい。虎視眈々と脱出の機会を窺う中、尋問を通じて得られた情報もあった。
ますは、カリーナ達も何らかの方法でこの世界に望んでいないのに現れた事。
彼女(?)達も、元の世界に戻りたがっている。
そして協力する事を持ち掛けられ情報を提供するも、有耶無耶なまま終了してしまう。不穏な空気が漂い始める中、靖之達は遂に脱出を決意。
化け物と人間の戦いという、勝目の戦いが始まった。
――人間VSメデューサ。
「おいおい、どうした? 2人掛かりで、1発も当てられないのか?」
最初の靖之のタックルに対して、カリーナが体を反転して回避。
それから、3分程経過しただろうか。
2人同時の殴る蹴るの攻撃に対して、受け流し・スウェーを駆使して徹底的に回避。攻撃を1回もしないまま、相手の体力を消耗させていた。
余裕綽々の態度にヒートアップするも、結果は全て同じ事の繰り返し。
確かに、攻撃しているのはズブの素人の人間2人ではある。
格闘技経験がるわけでもなければ、ケンカすら避けて生きて来たのだ。そんな半端な攻撃が当たる相手ではなかっただけの話。
無関係の人間から見たら、そう思うだろう。
しかし、自身の命が懸かったら別だ。
クソッ、クソッたれ……ッ!
さっきから本気で殺そうとしてるのに、1発当てるどころか掠りもしなくなってきた。こっちは、2人なんだぞ?
何てザマだ!
こんな屈辱があって堪るか!
ただ……そろそろ体力がきつい。それでなくても、仲間の魚人が来ると完全に詰む状況なんだ。
さっさと勝負を決めないと!
焦る靖之の気持ちとは裏腹に、戦況は2人にとっては絶望的。
既に気合や根性だけで覆せるレベルの差ではなく、両人もそれは勘付いているのだろう。表情にモロに現れつつ、引けない戦いを継続する。
敗北は、死を意味するのだから。
「ほぉ……この状況下で、まだ抗うか」
「はぁ……はぁ……はぁ……あっ、当たり前だ。ここまで来て、引き下がれるかよ。あんたを倒して、元の世界に戻る。だから……っ!」
「ひっ、引けない……私には、まだやりたい事がある! だから、どんな手段を使っても生き残る。こんな所で死ぬわけには……っ!」
「……愚かな。この世の生物には、すべからく与えられた役割がある。貴様等のような弱者が牙を剥いても、無駄死にするだけだと何故気付かん?」
息を切らしフラフラの足取りで殴り掛かる2人に、呆れたような表情を見せるカリーナ。
これまで形だけでも勝負になっていたのは、片方が一切攻撃をしなかったから。それも飽きたらしく、それぞれの突きに軽くカウンターを合わせる。
傍から見れば触った程度の威力しかなく、実際にそうだった。
しかし、相手は体力が著しく低下した人間である。
一瞬で意識を失ったらしく、両者は力なくその場に倒れ込んだ。
――暫くした後。
「……んっ? ここはっ!」
靖之は意識を取り戻した瞬間こそ記憶が無かったが、瞬時に思い出したらしい。
慌てて飛び起きるが、目に飛び込んで来た景色で現実を悟った。
古びた木箱に、同じくボロボロの状態の布袋が無造作に置かれた空間。
無機質な壁・床・天井に加え、窓から見える海からして船庫に入れられたのだろう。傍らに寝息を立てる舞が居てホッとするが、それも僅かな時間だけ。
完全敗北という現実を前に、靖之は思わず膝から崩れ落ちた。
負けだ……
どのような形であろうと、相手のトップに牙を剥いたんだ。そして逃げられなかった以上、殺されても文句は言えない。
いや……あの時から、死ぬ覚悟は出来てるんだ。
せめて、最期ぐらいはキレイに終わりたい。そう、1人だけでもいい……アイツ等を道連れに出来れば、それで十分だろう。
幸い、体はまだ動く。
どうにかして、その方法を考えないと。
靖之なりに既に腹は括っているようで、後はその時を待つだけ。
直後に舞が目覚めたので、先程の自分と同じ反応をする彼女に自分の考えを伝達。彼女も覚悟を固めていたようで、ラストチャレンジに乗って来た。
とはいえ、すぐに妙案が浮かぶわけでもない。
答えが出ないまま、時間だけが過ぎていった。
そして……
「出ろ……カリーナ様がお呼びだ」
当然のセリフにも関わらず、思わず言葉を失う2人。
迎えに来た魚人が、死刑執行人のように見えたようだ。
クソッたれ……
どうせ、有無を言わさず殺されるんだ。変に命乞いをするより、僅かな可能性に賭けるべきじゃないのか?
それで殺されるなら、本望。
このまま、黙って殺されるよりマシだ。
ただ……
奥田さんは、俺にとって数少ない腹を割って話せる友達。せめて、彼女だけでも生きて欲しい。
例え、それが惨めな方法だとしても。
その為なら、俺は盾になる。
母さん、父さん……それに、大好きな婆ちゃん。思ってたより早くそっちに行くけど、どんな反応をするかな?
遺品に関しては、微々たる額だろうが全ておばさんに渡して欲しい。
あっ……ベッドの下に隠してあるAVは、見なかった事にして破棄してくれ。
結構な数だけど、売ってもそう価値があるものでもなし。
頼むぞ? 絶対に、見ないで破棄してくれよ?
靖之が心の中で今生の別れをする中、2人は魚人に連れられ再び甲板に移動した。
ただカリーナの姿は無く、部下も誘導した1人だけ。
想像した状況と違うからか、人間達が困惑。周囲をキョロキョロ見るのに対して、案内人は無言で立ち去った。
取り残され、リアクションも採れないまま数分経った頃だろうか。
「待たせたな……2人共、それを持ったらここに来い。解っているだろうが、無駄な抵抗はするなよ?」
船首付近の物陰からカリーナが姿を現すと、靖之達に対して何かを投げて来た。
反射的に受け取り、チラッと目で確認。卵状の石が付いたネックレスのようだが、解るのはそれぐらい。
何を意味するのか理解は出来ないものの、断れる雰囲気ではないのは確かだろう。
言われるがまま身に付けると、そのまま無言で指定位置に向かった。
「よしっ、その線が書いてあるエリアの中で止まれ。私がいいと言うまで、絶対に動くなよ? もし少しでも動いたら、その場で首をはねるからな」
奇妙だと内心は感じつつも、指示された通りに動く2人。
恐怖で従うというより、『真意が掴めないからとりあえず』みたいな心理だろう。互いに顔を見合わせて首を傾げるも、カリーナは至って真剣そのもの。
所定の位置で止まった事を確認すると、一変。
いきなり右手を突き上げ、そのままジェスチャーで何かの指示を出した。
「……っ! 奥田さん……危ないから、手を!」
「きゃっ! あっ、ありがとう……」
突然船が動き出したかと思うと、一気に加速。
帆船では有り得ない挙動に体を持って行かれそうになりつつ、出来るのは耐えるだけ。2人は文字通り手を取り合って対応した。
なにしろ、線で描かれたエリアから出ると殺されてしまうのだから。
同時に、まともに動けない以上カリーナに手を出す事も不可能である。
「ねぇ……佐山君。私達は、これからどこに連れて行かれるのかしら?」
「……さぁ。正直見当もつかないけど、最終的に殺されるのは間違いないと思う。でも、どうせ死ぬなら……っ!」
「えっ? あっ、そういう事ね……」
色々話しておきたいのだが、甲板上は不安定な状況である。
手を繋いだ状態では立っているのは不可能と判断したのだろう。スッと、舞の体を抱き寄せる靖之。
やられた側も一瞬戸惑ったものの、すぐに意図を理解したのだろう。
互いに抱き合う形のまま、帆船は夜の海を疾走する。
どれぐらい、時間が経っただろうか。
両者の手に力が入らなくなり、限界が近付いたぐらいで突然停止。それまで蓄積したダメージがドッと押し寄せたらしく、膝はガクガクで立っているのがやっとだった。
もちろん抱き合うだけの余力もなく、単独で踏ん張っているのだ。
目の前にカリーナが現れても、攻撃する気力は既に残っていない。
「2人とも、ご苦労だった。貴様等には恨みは無いが、我々もこう見えて必死でね。生贄にするみたいで心苦しいが、恨むなよ」
靖之達にそう告げると、懐からコンパスを取り出し何かを詠唱。
魔法の類ではなく、合言葉の類だろう。言い終わると海が波打ち始め、同時に2人に渡されたネックレスが淡い青色に発光し始めた。
あまりにもの急展開ぶりに驚きを隠せないが、大変なのはその直後である。
「あっ、頭が……割れそうだ……きっ、貴様っ! 俺たっ、ちに何を……した……」
「くっ……あぁ……わっ、私は……死に……ない……」
突然頭を抱えて苦しみ出したかと思うと、その場に倒れて呻き出す2人。
そのレベルは想像以上らしく、痙攣すると共に激しく嘔吐を繰り返す。ただカリーナは最初から解っていたのか、完全にスルー。
気が付けば甲板上に集まっていた、多数の魚人に対して指示を出し始める。
「見ての通り、儀式は成功した。今度こそ、絶対に捕まえる! いいか……ここを逃したら、次がいつになるかも解らん。全員の奮戦を期待する!」
「「おぉっ!」」
素早く全員の士気を上げ、各々にモリや弓等の武器を手にする。
次に異変があったのは、数分後だった。
「……来たぞ! 船は風上を維持し、弓部隊はヤツの目を狙え。モリで海中での動きを制限し、一気に決めるぞ」
カリーナの檄が飛ぶ中、海中で何か大きな物体が泳ぎ回る現象が発生。
同時に大小様々な大きさの魚が、怯えたかのように水面から飛び出して来る。
それから数秒後に水面が盛り上がったと思ったら、巨大な灰色をしたタコが飛翔。
同時にカリーナの指示の下、魚人達が一斉に動き出した。
「長期戦になれば、こっちが不利になる。日が昇る前に決着を付けるぞ!」
カリーナが発破を掛ける中作戦は図に当たり、着水と同時に矢が目の周辺に多数が着弾。
堪りかねて水中に潜るが、すかさずモリで行動を制限した。
いくら巨大とはいえ、所詮はタコの化け物である。15メートルほどの巨体が災いして小回りも利かず、ダメージが蓄積。
更に潜ればいいものを、スミを吐くだけでほぼ制止したまま。
それでも、生への執着として本能が働いたのだろう。再び水面から飛び出し、ダメージ覚悟で包囲網からの脱出を図った。
しかし、これこそがカリーナの作戦。
「悪いな……ウチのお抱え研究者が、生物を兵器にしようなんて、バカな考えさえ起こさなければ。そうしたら、貴様が生まれてくる事もなかった。せめて、最期ぐらい楽に逝かせてやる」
カリーナは、いつの間にかマスト上の見張り台に移動。
タコに諭すように語り掛けると、目を赤く発光させた。
「おいっ! 見ろ……ヤツの体が!」
「さすが、カリーナ様だ。終わってみれば、こんなもんよ」
「まぁ、終わりよければ何とやら……だな」
魚人達が言うように、ターゲットの体が徐々に石化して行く。
そして着水する頃には全身が変化しており、衝撃の力でバラバラに砕けてしまった。
「カリーナ様……お疲れ様でした」
「……いや、それは違うな。危険な作戦だったが、上手くいったのは貴様等のサポートがあったからこそ。感謝する」
「いえ、我々はカリーナ様の指示に従っただけ。お見事でした」
周囲で魚人達が喜びを爆発させる中、静かに褒め合うボスと副官らしき人物。
和やかな雰囲気を尻目に、2人は靖之と舞が居る場所に移動した。
「これはまた……この者達は、これからどうなるんですか?」
「2人なら、どうもこうもない。生贄ながら耐えられるなら自分達の世界に戻るし、ダメなら死ぬだけだ」
「……そうですか」
グッタリと意識を失った人間達を見下ろし、冷めた口調で話し合うカリーナと副官。
既に興味がないだけにそのまま立ち去ろうとするが、突然体が眩しく光り始めた。
「ああ、なるほど……人間なのに、可哀相に。経緯を聞く限り偶然だと思ったが、やはり呪いのアイテムに憑り付かれていたか」
「へっ? なんですかそれ」
「いや……原因は解らんが、我々の世界の住民になったというだけの話だ」
「そっ、そうですか……私にはよく解りませんが、同情だけはしておきます」
化け物2人が勝手にアレコレ話している間も、光は持続。
そして、ある瞬間をもって消えると同時に靖之達の体もキレイに消えていた。
「カリーナ様……アイツ等は、我々の前に再び姿を現すでしょうか?」
「まぁ、呪いは死なないと解除されないって相場が決まってるからな。我々も自分達の世界に戻れないように、どこかでカチ会う事もあるだろう」
「その時は、どうしますか?」
「別にどうもしない。利害が一致しているなら協力するし、そうでなければ今度こそ海の藻屑になって貰う」
同情こそするものの、あくまでも自分達に利益があると判断した時だけのようだ。
副官の魚人は少し驚いたような表情を見せるも、すぐに素に戻った。
「了解しました……あっ、そうだ! せっかく化け物も始末したし、これから祝勝会でもしません?」
「祝勝会って……まぁ、アイツを追い掛けててこっちの世界に迷い込んだんだからな。研究者のバカ共の尻拭いも終わったし、これで仕事も終了。たまには、バカ騒ぎするのもいいだろう」
大物を一発で仕留めたからか、本人が自覚せぬままテンションが上がっているらしい。
ニコッと微笑むと、副官も釣られて笑顔になった。
「ありがとうございます。それで……若いもんはどうしましょう?」
「さすがに、除け者にするわけにもいかんだろ。船を適当な所に止めたら、全員を食堂に集めろ。今日は、無礼講だ」
「ありがとうございます。それでこそ、首領カリーナ様です」
「そうだろ? 私は寛容な性格だからな」
靖之達のことなど、とっくに忘れているのだろう。
全員参加となった祝勝会は、結局朝まで続いた。
読んで頂いた全ての方々に、感謝申し上げます。
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