キジも鳴かずば(1)
・一応ファンタジーです。
・所謂マナを使った魔法やスキルは登場しません。
・但し超常現象やオーバーテクノロジーは登場します。
・この物語はフィクションであり現実世界と類似した事象があったとしても偶然の一致です。
以上の事をご理解の上、お楽しみ頂けると幸いです。
――ある町のはずれ。
「……今日も疲れたな。でも、早く帰らないと心配されちゃうし」
日付が変わろうかという時間帯にも関わらず、夜道をトボトボ歩く1人の少女。
彼女の名前は、ミコット。いわゆる児童労働者であり、身寄りの無い名も無き孤児である。
生きる為、目的も無く淡々と消費される存在。
それでも、前を向いて耐えるしかない。
“物心が付いた時、私は1人だった。
人が恋しい、夢を語り合える友達が欲しい。そんな考えを持てる程生活は安定していないし、考えもつかなかった。
ゴミ漁り、他者の施しを受ける。
お腹を満たす、欲しかったのはそれだけ。
暫くして教会に保護されたものの、貧しさは相変わらず。そこには、同じ境遇の同年代の子供達が何人もいた。
しかし、彼らはすぐに居なくなった。
シスターは家族が迎えに来たと言ったが、それを信じる程私は純粋ではない。地面を這いつくばる、人の形をした何か。
いつまで、こんな生活を続ければいいんだろう?
1年後……いや、1週間後生きている保障なんてどこにも無いのに。
でも、ある時不思議な出で立ちをした男の人に出会った。彼と話していると、この生活から抜け出せるような気がした。
何か事情があるのか、影というか悲壮感が漂っていたのは私にも解った。
ただ、それまで見て来た誰とも違う何かを感じたのも事実。
もう1度、会って話したい。その日が来ると信じて、必死に働こう。私さえ生きていれば、その時はやって来る。
死んだら、何の意味も無い。
皆の記憶にも残らず、忘れられる……
それだけは嫌だ。
幸か不幸か、再開は思っていたよりずっと早かった。日数的には、ちょうど1週間ぐらいだろうか。
奇しくも、それは私の運命を大きく変えた。
ただ、後悔はしていない。この先何が起こるのか解らないが、彼……いや、彼らを信じたいと思う。
あれは、満月の良く晴れた夜だった……”
「お腹空いたなぁ……出来ればこれは明日に取っておきたかったけど、腐ったら意味が無いし……うん、今食べちゃおう」
ミコットは自分に言い聞かせるように頷くと、懐からパンを取り出した。
冷えて固くなってベストの状態には程遠いが、それでも御馳走には変わりない。
「……ここ最近物騒だからか、誰も居ない。気味が悪いし、早く教会に帰らないと」
急に怯えた顔になったかと思うと、急いでパンを口に放り込むミコット。
そして飲み込むのを待つ事なく、帰路を急いだ。
“そういえば、2日前だったっけ?
リンゴを買ってくれたおじさんがくれた、この指輪。身に着けてたらいいって言ってたけど、何の意味があるのかな?
それに、これ(石の板)を渡して欲しいって……
いつ会えるか解らないのに、初対面の私に預けて。
まぁ……あの人にはまた会いたいし、私は別に構わない。その時に胸を張って話をする為にも、今を頑張らないとね。
こんなボロボロの姿だと、恥ずかしくて会えないもの”
ミコットは靖之達との再会を胸に、歩き続ける。
そして、数分経った頃だろうか。
「……おいっ、アイツはどこに消えたんだ?」
「さぁ……解らん。ただ、あのキズだ。遠くに逃げてないのは確かだ」
「探せ……確実に口封じしないと、俺達が殺されるだけなんだぞ?」
急に物騒な会話が聞こえ、反射的に身を隠すミコット。
とはいえ、町外れの道路である。とりあえず馬車の陰で息を潜めただけで、避難するには不十分。
どうにかやり過ごそうと、感覚を研ぎ澄ませて脱出の機会を窺った。
「イスパニアの王族が来て、警備が手薄なんだ。ブツも確保してないんだから、さっさと探し出せ」
「解ってる……とにかく、虱潰しで探すんだ」
「俺はあっちを見て来るから、お前達はこの周辺を頼む」
どうやら相手は苛立っているようだが、1人居なくなるのはミコットにとっては朗報。
残った2人が姿を現したが、キョロキョロ見渡すだけで彼女には気付いていなかった。
“ウソでしょ?
私は、ただ家(教会)に帰りたいだけなのに。何がしたいのは知らないけど、面倒事は余所でやってよね。
でも、あの雰囲気……
ここで見つかったら、ただでは済まないでしょうし。どうにか隙を見つけて、この場を離れないと。
どこの誰かも解らない人達に殺されるなんて、絶対ゴメンだわ。
死ぬわけには……あの人にもう1度会うまで、死ぬわけにはいかない!”
チャンスを窺うミコットに対し、2人組の男は捜索を開始。
確実に仕留める為か、隅々まで目線を向けている。
「逃げたとはいえ、致命傷だろ? だったら、血を探した方が早いんじゃないか?」
「確かにそうだが、確実に仕留める必要があるからな。万が一があったら、シャレにならんぞ」
「……了解」
「まぁ、どうせ1時間もしないうちに終わるだろう」
周りに人の姿が無いからか、堂々と会話をしながらターゲットを捜索する2人。
そうこうしているうちに、ミコットの隠れている所に接近して来た。
“どうしよう……
このまま、隠れてても見つかるのは時間の問題。でも、正面から戦って勝てる見込みはゼロに等しいよね?
じゃあ、一か八か逃げてみる?
ダメだ……
周りに遮蔽物も無いのに、闇雲に逃げても背後から攻撃されるだけ。見つからない事が、生き残る絶対条件。
となると、同時に注意を逸らすしかない……”
ミコットなりに頭をフル回転させ、周囲を入念に観察。
そして拳大ぐらいの石を視界に捉えると、躊躇せずに手を伸ばした。
“チャンスは1度だけ……
ちょうど2人の中間地点に投げて、音に気を取られている間に脱出。とりあえず建物の陰に身を隠して、安全を確保する。
後の事は、それから考えればいいんじゃない?”
命の掛かった状況で、シミュレーションを済ませるミコット。
後は実行に移すだけであり、タイミングを見計らった時だった。
「……どうやら、終わったみたいだな」
「ああ……正直、どうなるかと心配したが」
1発の銃声が聞こえ、2人は全てを察したようだ。
警戒を解いてある場所を見詰めていると、移動していた3人目が戻って来た。
「問題は解決した。後はブツを盗むだけだが、銃声に気付いたヤツが警察に連絡するかもしれん」
「ああ、それもそうだな。さっさと終わらせて、ずらかろうぜ」
「俺もそう思う。それこそ、どこで誰が見てるか解らんし」
3人は手早く話をまとめると、長居は無用とばかりに走り去った。
対して九死に一生を得たミコットではあったが、すぐに安心は出来ないようだ。
“助かった……
でも、あの人達が近くにいるかもしれない。変に鉢合わせする可能性も考えると、下手に動かない方がいいんじゃ……
いや、このまま隠れられる保障なんてどこにもない。
だったら、真っ直ぐ家(教会)に向かうべき。
殺された人には申し訳ないけど、これは神様がくれたチャンス。警戒していれば、そう簡単に見つかるとも思えないし。
うん、そうしよう”
ミコットは安全圏に帰るという本能を信じ、移動を選択。
最大限に警戒しつつ姿を現すと、目的地に向けて歩き始めた。
――同時刻。
「……まるで、戒厳令がひかれたみたいだな」
異様な雰囲気を察知したのか、靖之は気味悪そうに呟いた。
ただジッと隠れているわけにもいかず、舞との合流を目指して移動していた。
“なるほど……
周りを見る限り、町の規模は一昨日の所と同レベル。具体的な場所まではさすがに解らないとして、これだけ人が出歩いてないんだ。
正直、ホッとするわ。
昨日はひたすら森の中を走り回った挙句、国賓の暗殺未遂事件に遭遇する始末。たまには、何も無い日があってもいいだろう。
それでなくても、今日は色んな事があったんだ。
響には申し訳ない事をしたし、こうなった以上隠しているわけにもいかない。さすがに家族には伏せるとして、本人には明日にでも全てを打ち明けよう。
ブツは奪われたが、アイツの命が助かっただけまだマシだ。
後気になるのは、安全圏だったはずの日常がアイツ等の世界に浸食され始めている事実。アッチの住民然り、向こう産らしき生物然り。
このままだと、取り返しのつかない事態になるのは目に見えてるからな。
どんな手段を使っても、それだけは阻止しなければ。
というか、こんな事はアイツ等だって望んでないはず。不本意ではあるけど、共闘する事も視野に入れるべきじゃないのか?
もちろん、一方的に利用されるのはゴメンだが……”
アレコレ考えてはみたものの、靖之個人で答えが出せる問題ではない。
はっきりと最適解が見出せないだけに、苛立ちが募っているのは明らかだった。
「……それにしても、この不気味さは何だ? 人が居ないのは、物騒だからか例の王子一家の件が絡んでると思っていたんだけど……いくら何でも、ちょっと異常過ぎないか? なんか、こう……町全体の時間が止まっているというか、別の世界? 鏡の中に迷い込んだというか……」
ある程度歩くにつれ、困惑が隠せなくなった靖之。
本人に自覚があるのかは不明ながら、その表情には恐れの色が滲み出ていた。
「とにかく、今は舞と合流する事に集中しないと……今日どうするかは、それからだ」
胸騒ぎに似た感覚に襲われ、仲間との合流を急ぐ靖之。
焦りは冷静さを失わせ、危機管理能力を確実に奪って行く。
「人気の無い場所は、危険かもしれない……それは、舞もおそらく同じだろう。重要なのは、事件に巻き込まれない事。一般の住民や町を調べる事は、元々の行動理念に反していないはず」
感情の赴くまま、フラフラした足取りで町の中心部に移動する靖之。
そのまま、数十分経った頃だろうか。
「あっ、靖之……なかなか合流出来なくて、どうしようかと……よかった」
「舞、やっと合流出来た……俺も、心配だったんだ」
狙った形ではなかったが、偶然通りで合流する事に成功した2人。
両人共不安で押し潰されそうだったのか、ホッとしたような表情に見えた。
「とりあえず見ての通り、町全体が眠った状態だ。さすがに大きな事件は起きないと思うし、町を調べるには絶好のチャンス……ただ」
「ええ……何か、変よね? 言葉には言い表せないけど、異様というか何かとんでもない事が起こる前兆というか」
「ああ、そうなんだよな……まるで、ホラー映画の世界に迷い込んだような感覚になる」
「でも、このまま何もしないわけにもいかないし……とりあえず、安全な場所を確保。細かい事は、それから考えればいいんじゃない?」
無人の道路の脇に移動し、声を押し殺して作戦会議をする2人。
まずは身の安全をキープを最優先するという舞の案を採用し、それに沿って場所を探す。
「マジか……飲み屋か、屋台ぐらいありそうなんだけどな。似てるように見えて、案外違いがあるもんだな」
「……そうね。灯りが付いてる建物が1つも無いし、光源は街灯のみって……」
2人の目論見は、あっさり外れてしまった。
周囲に目線を向けるも、気が付けば通りを横断しただけ。すぐに次に移動するも、こちらも結果は同じ。
時間だけが闇雲に消費される結果となり、作戦の練り直しを求められる結果に終わる。
「こうも不気味だと、町に留まる理由も無いからな……もう、郊外に移った方がいいかもしれない」
「ええ……住民に見られても、私達は不審者でしかないからね。そもそも、こっちだと自分の身分を証明する術もないし」
遂に耐え切れなくなったのか、2人共に撤退を主張。
すぐに踵を返すと、郊外に向けて小走りで去って行った。
――その頃、先程の不審者達はというと。
「……どうだ、開きそうか?」
「もうちょい……後10分もあれば、確実に突破出来る」
「そうか……出来るだけ、急げよ? 誰かに見られたら、厄介な事になんだからな」
町の一角にある建物の玄関の前に陣取る3人。
外見は、周囲にあるものと同じ。店の看板が出ている訳でもなく、ごくごく一般的なレンガ造りの民家に過ぎない。
当然ながら、銀行や貴金属店の類でもなさそうだ。
ただ、男達には違って見えるのだろう。
2人が周囲の動きに目を光らせ、残る1人がピッキングに挑。既に、開始からそれなりの時間が経過しているのだろう。
グッと堪えているものの、それも限界が近付いているのは明白だった。
「なぁ、俺にはガラクタにしか見えんのだが……これって、本当にここまでする価値があるものなのか?」
「さぁな……俺達は、1ヶ月遊んで暮らせるだけの金を受け取ってるんだ。価値があるかどうかなんて、関係無い話だろ」
「まぁ、そうだけど……ちょっと、気になっただけさ」
「変に首を突っ込んでも、ロクな事にならんぞ? 長生きしたければ、余計な事に関心を示さない事だ」
棒状の物体を懐から取り出して首を傾げる男に、しっかり忠告する男。
聞いた側も意図が解ったらしく、バツが悪そうにブツを懐に戻した。
「良い感じだ……」
「……頼むぞ。ここで手間取るわけにはいかんからな」
「急げとは言わんけど……いや、やっぱり出来るだけ早く頼む」
ようやく作業に終わりが見え、露骨に急がせようとする男2人。
そして、数秒もしない内に答えが出た。
「……よしっ、OKだ」
「はははっ、さすがだな」
「お前等、ここで焦るなよ? 目的のブツを手に入れるのはもちろん、身柄の確保も重要な仕事だ。今度は、生け捕りにするぞ」
カチッという乾いた音で、開錠を確信する3人。
反射的にガッツポーズをする2人に対し、残る1人は釘を刺すと共に目的を確認させた。
「じゃあ、後は計画通りにやるぞ」
「了解」
「任せろ、兄弟」
軽く言葉を交わすと、慣れた動作で室内に侵入。
目的を果たすべく、行動を開始した。
読んで頂いた全ての方々に、感謝申し上げます。
投降ペースが不規則になってしまい、申し訳ありません。
次回の投稿ですが、まだドタバタしている為毎日投稿は不可能です。
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