謎の研究ラボ(後編)
・一応ファンタジーです。
・所謂マナを使った魔法やスキルは登場しません。
・但し超常現象やオーバーテクノロジーは登場します。
・この物語はフィクションであり現実世界と類似した事象があったとしても偶然の一致に過ぎません。
以上の事をご理解の上、お楽しみ頂けると幸いです。
――ガイコツの化け物が研究記録を探し始めた頃。
「舞……後10分もすれば、店に到着する。このタイミングでアイツが居るとは思えんが、痕跡だけでも見つけなければ」
「私達が来るのは、解ってるだろうからね。多少強引な方法を使ってでも、中に入って確かめないと」
2人は、靖之が運転するバイクで響が例のトカゲを購入した店舗に向かっていた。
無関係の人間を巻き込んだ罪悪感なのか、両名共に表情は暗く口数も少ない。ただ、このまま黙って引き下がる選択肢が無いのも事実だろう。
彼らにとって唯一の足掛かりを求めて、逸る気持ちを抑えるのに必死だった。
“響が言ってた事が本当なら、買ったトカゲもあっちの世界の代物のはず……
でも、何でわざわざ売ったりしたんだ?
俺達が仕留めた『アレ』は、証拠隠滅に走ったわけだからな。やってる事が、完全に真逆だ。
それとも、解剖されたら不味いとでも考えたのか?
確かに、DNAを調べたら不都合な真実が明るみなるかもしれない。でも、それは売った場合も同じリスクを孕んでいる。
いや……
何かしらの方法で、購入者の行動を把握しているのかもしれない。
もしろ、それらの生物を使ってこの世界の人間の何かを調べていたとしたら。生活リズム・行動を監視する細工ぐらいはやってる可能性があるからな。
だから、俺達の行動がアイツに気付かれたとしたら……
ダメだ!
今アレコレ考えた所で、全て推測に過ぎない。例え強引な方法であろうとも、直接本人に問い質す必要がある。
それも、早急に!”
靖之なりに考えてはみたものの、焦るだけでまとまる気配は無い。
雑念を捨てる為か、目的地に向かう事だけに集中する。
「……しまった! 通勤時間だから、国道は渋滞が発生してるんだった」
「どうする? あっ、そうだ……遠回りになるけど、そこの脇道を使えばショートカット出来るんじゃなかったっけ?」
「……ああ、そうか! うろ覚えだけど、確か山の裾に沿って進んで綾峰寺の裏に抜けるはず」
「道幅の関係上、バイクが通るのが限界だからね。通学路でもないし、この時間なら空いてるはずよ」
最短ルートで直行する事に意識が向かい、周りが見えていない証拠だろう。
4車線の国道は車が団子状になっており、後ろも既に詰まり始めているのだ。完全に飲み込まれる前に、方針転換を決断する2人。
1分1秒が惜しい状況に、迷わずルートを変更した。
「よしっ、後は道なりに進むだけ……舗装も殆どされてない区間が途中にあるから多少揺れけど、我慢してくれ」
「ええ、私は大丈夫だから靖之は運転に集中して」
ヘルメットに内蔵されているスピーカーで短く言葉を交わしつつ、脇道を進む2人。
地面こそアスファルトではあるが、整備されておらず凹凸の状態である。劣悪なコンディションを我慢しつつ、目的地を目指した。
幸いさしたるトラブルもないまま、中間地点の山に差し掛かった頃だろうか。
「ちょ、ちょっと靖之……山の頂上付近を見て!」
「えっ? って、ウソだろ……」
舞の言葉を聞いて靖之が視線を宙に向けるが、余程驚いたのだろう。
先を急いでいるにも関わらず、バイクを止めてしまった。
「あれって、魔法陣ってヤツだよね?」
「ああ……以前メデューサの化け物が使ったヤツも、あんな感じだったからな」
「という事は、あそこに居るのは……」
「タイミング的に考えて、アイツかその仲間の類だろうな」
それぞれ感想を口にするものの、想定外の出来事に対応出来ないのだろう。
緊張感の無い口調ではあるが、それでも黙って突っ立っているわけにもいかない。
「店に向かうべきなのかもしれんが、だからといってこれを放置するわけにもいかない。空振りで時間の無駄になっても、俺はこっちを調べるべきだと思う」
「さすがに、タイミングがタイミングだからね。放置して何か起こっても手遅れだし、こっちを優先させるべきでしょう」
「魔法陣は、頂上付近か……土地勘もないし、ここからは徒歩で向かおう。もちろん、途中で化け物の類に遭遇する事は想定しておくべきだけど」
「そうね……居ないに越した事は無いけど、油断するわけにもいかないし。ちゃんと、警戒だけはしないとね」
わけもわからないまま、異常の原因解明にシフトチェンジする2人。
バイクを降りると、緊張した面持ちで山の中に入って行った。
――同時刻。
「団長……どうやら、侵入者のようです」
試験管を眺めるエルフの女性に対し、部下と思わしき同族の男性が声を掛けて来た。
どうやら、この設備の中枢部分なのだろう。得体の知れない液体に浸かった化け物が入った容器が並び、無数のケーブルが機械から伸びる。
彼女は報告に対し、目線を向けるだけ。
手こそ止めたが、態度や動きは冷静そのものだった。
「……人数は?」
「申し訳ありません……賊の素性はもちろん、人数と居場所も掴めておりません」
「素性など、今はどうでもいい。侵入出来た時点で、我々と同類なのは明らかだからな。人数と居場所が掴めていないのなら、おそらく単独か2~3人だろう」
「はぁ、なるほど……」
危機感からか焦りを隠せない部下とは対照的に、特に慌てる素振りを見せない団長。
明確な温度差を露呈したまま、会話は続く。
「重要なのは、ここでの研究内容を侵入者に掴ませない事だ。それさえ守られていれば、拘束出来なくても問題は無い」
「はい、それは解っております。ただ、侵入者の素性とその背後関係を洗い出さない事には……」
「評議会の連中か?」
「ええ……今回の件にしても、そもそもの発端は彼らの権力争い。研究内容にしても、協定に違反しているわけですから。何かあったら、口封じで消されるのは我々です」
部下の訴えに、腕を組んで考え込む仕草を見せる団長。
自然と重苦しい空気が漂い始めるが、沈黙自体は数十秒ほどだった。
「この世界は、実験をするには完璧に近い環境だ。失敗作だと思っていた『アレ』も、順調に育っている。侵入者ごときに、研究を止めるわけにはいかない」
「了解しました! そこで相談なのですが、捕獲に例のクリーチャーの使用を進言します」
「ああ、あれか……もともと捕獲用に作り出したクリーチャーである上に、実戦への投入もまだだからな。確かに、データを取る上で良い機会ではある」
「おぉ、では!」
団長の言葉を肯定と捉え、喜びを隠せない部下。
その勢いのまま立ち去ろうとするが、すぐに待ったが掛かった。
「侵入者の確保には、クリーチャーは投入しない。通常の警備計画に従い、確実に拘束するのだ」
「何故です! 相手が少人数な今回こそ、実戦データを取る絶好の機会。すぐに準備も出来ます。やらせて下さい!」
「我々がこの世界に居るだけでも、重大な協定違反なのを忘れたのか? 侵入者も、十中八九観察者の誰かだ。独断なのかそれとも誰かの差し金かは知らんが、証拠を掴まれたら一巻の終わり。それだけは、どんな手段を使っても避けなければならない」
「そっ、それはそうですけど……」
団長の意見に、部下はまともに反論出来ず言葉も続かないようだ。
勢いが露骨に止まった所で、今度は具体的な指示を出し始める。
「警戒レベルを3に引き上げ、撤収準備。警戒中のクリーチャーは、速やかに廃棄するように。警備体制については、マニュアル通りで構わない」
「はい……了解しました」
「最優先は、『アレ』の保護だ。万が一にも暴走したら……いや、外に出られたら止められなくなる。それだけは、どんな手段を使っても止めなければならない」
「それは、解っております。では、そのように手配致します」
団長の言っている事は、部下にも理解出来るのだろう。
特に反論も無いまま、指示を伝えるべくその場を後にした。
“おのれ……
あれだけ念入りに偽装工作をしていたのに、気付かれるとは。観察者だからおおよその目星はつくが、そう簡単に盗めると思うなよ。
こんな事もあろうかと、対策はしてある。
問題はない。
『アレ』が完成するまで、後1ヶ月ほどか……偶然の産物とはいえ、私達にとっては秘密兵器になりえる逸材だ。
いつまでも、評議会の連中のアゴで使われて堪るか!
目に物を見せてやる”
団長は不敵に笑うと、目の前の機械を操作。
何かが動き始める地響きを確認すると、静かにその場を後にした。
――その頃、ガイコツの化け物はというと。
「おかしい……これだけ、探したんだぞ? 見つかった形跡もないから、そっちの心配もないはず。それにも関わらず、肝心の研究関連の資料が1つも見つからないとはどういう事だ?」
物的証拠を求めて捜索を続けていたにも関わらず、成果がゼロで焦り始めているようだ。
書類の類は全て確認したが、求めている内容とは程遠い代物ばかり。本人に突き付けたところで、言い逃れするには十分な物しか発見出来ていない。
それでも彼は、場所を移りながら入念に目を光らせる。
“この区画は、全部見て終わったからな……
残るは1番奥の部屋だが、この調子だと望み薄だろう。というより、相手だってバカじゃないからな。
重要な物は、隠し部屋に保管しているはず。
しかし、それを悠長に探している場合ではない。
どうする?
機械系統を破壊して、混乱に乗じて……
いや、ダメだ!
下手にこちらの存在に気付かせて、袋のネズミになったら意味が無い。ここは我慢して、捜索を続けるべき。
こっちは、俺1人なんだからな”
どうにか突破口を探るも、そう簡単に妙案は浮かばない。
気持ちを奮い立たせて捜索を続けるも、ここで異変が発生する。
「居たぞ! こっちだ」
「待て、深追いはするな! 袋小路に追い込んで、確実に拘束するんだ!」
「絶対に逃がすな! 数で一気に追い詰めろ!」
上手く隠れていると思ったら、一転してピンチに陥るガイコツの化け物。
反射的に逃げ出すものの、すぐに違和感を覚えた。
「そんな、バカな! ここは、さっきまで通路だったはず……」
速やかに離脱しようと通路を走るが、行き止まりだと気付き狼狽するガイコツの化け物。
背後から追っ手の足音が近付く中、頭をフル回転させる。
“まさか、道を間違えた?
いや、そんなミスをするはずが……違う!
おそらく、俺の存在に気付いたヤツ等が仕組んだ罠の類なんだろう。こうやって時間を稼ぐと共に、袋小路に誘導。
数で物を言わせて、拘束を狙っているのは明白だ。
そして、証拠を隠滅した上で俺を口封じする。
クソッ!
こうなったら、一時撤退するしかない。とにかく、今ここで捕まるのだけは絶対に避けなければ。
ならば……”
素早く考えをまとめると、すぐに何かの呪文を詠唱。
先程と同様の魔法陣を出現させると、迷わずその中に飛び込んだ。
「はぁ……はぁ……はぁ……さっ、さすがにキツイな……とはいえ、姿自体は見られてないはず。後は、この場を離れる――」
入口付近にワープしたのを確認して安堵するも、その直後に背後から攻撃されたようだ。
左の脇腹部分を削り取られ、その場に倒れ込んでしまう。
「取り逃した時を考えて来てみれば、案の定だったな。全く……こうも簡単に気付かれるとは、想定外だ。後で、考える必要があるな」
ピクリとも動かないガイコツの化け物を見下ろしながら、ゆっくりと接近する団長。
確実に止めをさそうとしているのか、それとも何か呪文でも使用するつもりなのか。目に見えるほどのマナを右手に凝縮し、それをターゲットに向ける。
だが、急に別の事に意識が向いたようだ。
「んっ? 人間が、2人こっちに向かっているようだな……まさか、ここに気付いたとは思えんが……いや、アレは!」
接近中の人の気配に気付いたらしく、露骨に困惑する団長。
咄嗟の判断が下せない中、死にかけのガイコツの化け物が口を開いた。
「こんな事もあろうかと、痕跡を残しておいたのだ……彼等を、あの2人を信じて正解だった」
「……たかが、人間2人で何が出来る。飛んで火に入る夏の虫。このまま、貴様諸共始末するだけよ」
「ほぉ……いいのか? あの2人は、評議会の人間も注目している存在。あの世界で力尽きるならともかく、この世界で手を出すのは御法度だ。アンタもここで活動しているからには、知らないはずがあるまい?」
「……それは、2人に限った話。ならば、貴様を始末しアイツ等の目を欺けばいいだけ。人間相手なら、いくらでも手があるさ」
揺さぶりを掛けるガイコツの化け物に対して、そのまま止めを刺そうとする団長。
しかし、このタイミングで靖之達に変化が見られた。
「あのブレスレットは……なるほど、そういう事か」
「それだけ多量のマナを発生させれば、嫌でも反応する。これで、あの2人も我々の存在に気付いたはず。しかも、彼らは私を探してここまで来たのだからな」
「……なるほど。何があったのか私には解らないし、知りたいとも思わない。そして、命拾いしたな」
「それは、どういう事だ……」
戦意を削がれたのか、それまで手に凝縮していたマナを消して踵を返す団長。
その一方で、ガイコツの化け物は警戒したまま。
「時間稼ぎは、もう十分に出来たからな。貴様が情報を掴んでいないと解った以上、始末するつもりはない。お互い、命拾いした。引き分けでいいんじゃないか?」
「アンタは、ここで何をしていた? 誰の指示で――」
「心配しなくても、事を荒立てるつもりはない。もし今後何かあるとしても、それは評議会の連中の責任。お互い、そこまで仕事に忠実にならなくてもいいだろう?」
「待て! 話はまだ――」
まだ食い下がろうとするガイコツの化け物に対して、団長は何かを詠唱。
最後まで言い切る前に、体全体を薄緑の泡のような物に包まれた。当人はそれでも何かを訴えているようだが、声は完全にシャットアウト。
そのまま空中に浮かぶと、弾けたと思った時には影も形も消えた後だった。
「団長……撤収準備が完了しました。全ての痕跡を消したのを、確認しております。評議会へのアリバイ作りも、ご指示通りに……」
「……よろしい。こっちも、今終わった所だ。アイツがこれからどうするかは解らんが、それでも念を入れるに越した事は無いだろう」
「了解しました。彼に対して24時間の監視を始めます」
「ああ、頼む。何かあったら、すぐに私に報告を。それから、緊急を要するケースで不測の事態が発生した場合。その時は、独自の判断で始末しても構わない」
団長は部下の女エルフと言葉を交わすと、両名揃って奥に引っ込んで行った。
ちなみに、数時間後この山で大規模な崩落現象が発生。数日間TVや新聞を騒がせる事になるが、それはまた別の話である。
真相を知っている人間は、この段階ではゼロだった。
読んで頂いた全ての方々に、感謝申し上げます。
投降ペースが不規則になってしまい、申し訳ありません。
次回の投稿ですが、まだドタバタしている為毎日投稿は不可能です。
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