オオダコと沈没船(3)
・一応ファンタジーです。
・所謂マナを使った魔法やスキルは登場しません。
・但し超常現象やオーバーテクノロジーは登場します。
・今回は長編の3パート目です。
以上の事をご理解の上、お楽しみ頂けると幸いです。
【前回までのあらすじ】
偶然出会った老父から連続海難事故の話を聞き、調査に乗り出した靖之。
とはいえ、新聞の情報だけでは不十分である。とりあえず海岸に向かった所、そこで舞と合流した。
そのまま手掛かりを探そうとするも、突然沖で船らしき物が炎上。
直後には謎の帆船が出現するに至り、2人は撤退を決断する。ただ常識では考えられない性能を見せる相手に、対応は後手に回ってしまう。
そして町まで後少しの距離で、メデューサとマーフォークの化け物に発見された。
――2人が拘束されて少し経った頃。
「さて……そう肩肘張る必要はない。まずは、雑談でもしようじゃないか」
靖之と舞は例の船に連行されると、船長室に移されカリーナと対面していた。
とはいえ、暴行を受けたわけでもなければ尋問をされたわけでもない。むしろ、その逆ともいえる待遇を受けていた。
まず、ボロボロだからと新品の海賊風の服にチェンジ。
逃げる際に負った細かいキズの治療まで、相手が負担した。
もちろん経緯が経緯だけに、まともに受けるほど2人もバカではない。世の中、タダほど高いものはないのだから。
どうにか逃げ出そうと、虎視眈々とそのチャンスを窺っていた。
「どうした? せっかくの料理も、冷めると不味くなるぞ?」
目の前のテーブルには、海鮮を中心とした様々な御馳走がズラリ。
カリーナは2人に勧めつつ自身は平然と口にしていた。それもナプキンや前掛けを使った、お手本のようなマナーで。
実際は2人共空腹なのだが、互いに顔を見合わせると無言のまま首を振って拒否。
徹底抗戦の構えを取るが、言った本人は至って普通に食事を続ける。
「食べないのは勝手だが、だからといって貴様等を解放する事もないからな。それに、心証って大事だと思わないか?」
無機質な言葉に、今度は決意が揺らいだのだろうか。
不安そうな顔を見合わせると、遠慮がちではあるが料理を手に取った。
「……そうだ。ちゃんとした話をするには、それなりのコンディションでなければならない。身だしなみや、腹ごしらえもそう」
2人のとったリアクションは、どうやら正解だったらしい。
しばし無言のまま、3者は食事に集中。それはテーブル上が空の皿で埋まり、部下らしき魚人が片付けに来るまで続いた。
そして、尋問は当初より雰囲気が和らいだ状態でスタートする。
「まどろっこしい話は、時間の無駄だからな。単刀直入に聞こう。貴様等はどこから……どんな世界から、この世界に迷い込んだ?」
想定外の質問に、身構えていた2人は困惑したのか反応が遅れてしまう。
ただ、脳裏には『あるモノ』がすぐに浮かんだ。
――20分後。
「なるほど……そっちの世界では我々のような生物は存在せず、伝承等の架空の存在なんだな?」
「ええ、その通りです。僕もこっちの奥田も、ただの学生。寝るたびにこっちの世界に飛ばされるから、困ってるんです」
「佐山の言う通り、出来るなら自分の世界で過ごしたいだけです」
「……ほぉ。なら、我々と同じだな。違いがあるとすれば、貴様等は寝ている間だけで済んでいるという点だ。こっちは、かれこれ1ヶ月以上帰れてないからな」
「「そっ、そうなんですか……」」
どうやらカリーナ達も靖之達と似た境遇のようで、思わぬ所で共通点が出来た形だ。
同時に、この現象の解決策が見つかる可能性も秘めている。
「貴様等は、どうやってこの世界に来た? いや、理由が解れば苦労しないって言いたいんだろう? 私もそうだ。でも、違う世界の住人がこうやって顔を合わせてる。互いの情報を突き合わせれば、何か解るんじゃないか?」
カリーナの言葉に、すぐに返答しない2人。
アイコンタクトをするも、両名共に考えがまとまらないようだ。
いや……
確かにもっともらしく聞こえるが、この化け物は本当の事を話してるのか?
俺達と同じ理由なら、次々にここの漁師を殺している理由は何だ? 今日もやったし、先月からの分も含めるなら相当な数になる。
しかも、現場は全て数キロの範囲の中だ。
そういえば、さっきタコがどうとか言ってたな……
化け物のペットなのか、それともクラーケン的なアレなのか。正直、俺の想像力では見当もつかんけど……
まぁ、そんなのはどうでもいい。
問題なのは、コイツが言ってる話を信用していいかという事だ。
例の本が呪いか何かと仮定して、コイツがその犯人なのかもしれない。そして計画に沿ったうんたらとかで、俺達を監視してるとしたら?
さっきはつい本当の事を話してしまったけど、もしかしてマズかったんじゃあ……
いや……仮にそうだとして、こっちは生殺与奪権を握られてるんだ。交渉出来る立場でもないのに、危険過ぎる。
ここはやっぱり、本当の事を話すしかないか……
靖之なりに考えてはみたものの、結局まとまらないまま。
それでなくても主導権を握られ、完全アウェーな環境である。舞も同じなのか、両者は観念したように同時に頷いた。
そして、靖之が代表してカリーナに詳細を伝える。
「――以上が、僕達がここ数日で経験した事の全てです。羊皮紙本が何かしらの引き金になったようですが、あなたもご存じのようにドタバタしてまして……検証等は、まだですが」
全ての説明を終えると、考え込むような仕草を見せるカリーナ。
2人にとっては、自分達の命が懸かっているのだ。固唾を飲んで見守る中、突然ドアをノックする音が聞こえる。
意識外の出来事に心臓が飛び出しそうな顔で驚く人間を尻目に、部屋の主は至って冷静。
すぐに入るように促すと、部下らしき魚人が入って来た。
「カリーナ様……アジトに到着しました。夜明けまでまだ時間がありますが、どうしますか?」
「そうか、ご苦労。人目に付くのは避けたいからな……アレが見つからん以上、今日はもう十分だ。コイツ等の処遇は私が決めるから、見張りと整備班の連中以外は休んでも構わない」
「了解しました。失礼します」
会話は、たったこれだけで終了。
カリーナは視線だけで部下を見送ると、再び2人を見据えて話を進め始める。
「ただ座って話をするのも、退屈でつまらないだろ? 時間も勿体ないし、歩きながら話そう」
そう言うなりおもむろに席を立つと、手のジェスチャーで付いて来るように指示。
当然2人には断る権利も無く、言われるがまま船長室を後にした。
クソッたれ……
どうする? どうすればいい?
ここで逃げ出しても、周りには敵しか居ない状況。それどころかアジトがどこかも解らず、土地勘もゼロときてる。
仮にこの場は逃れられても、いつかは捕まる。
その先に待っているのは、俺達の死だ。まずは観察に集中し、隙が出来るのを待つしかないだろうな。
奥田さんが足を痛めてるのを考えると、勝負は最初の1回のみ。
失敗は、絶対に許されない
靖之なりに案球を働かせている間に、甲板に到着。
魚人共の大半は既に休憩中なので、働いているのはごく一部のみ。さりげなく周囲に視線を向け、状況把握に専念する。
一方で、カリーナは先頭を歩いている為だろうか。
脱走を企てている事実に、まだ気付いて無いようだ。ただ平然と歩いているのに対し、動きがあからさまに固い2人。
力関係が露骨に現れる中、それでも中央部ぐらいまで移動した所だろうか。
メデューサは顔だけを対象に向けると、2人に対して話を振って来た。
「貴様等は、大学生だと言っていたな? そんなお前達から見て、違う世界に飛ばされるって事が現実に起こると思うか?」
「いえ……誰かが言っただけなら、頭のおかしいヤツとしか思わないでしょうね。でも、紛れもない事実ですから。受け入れるしかないですよ」
「私達は、刺激やスリルを全く求めてませんから。願いは、元の生活に戻る事。その為なら、多少の無理は覚悟してます」
カリーナの問い掛けに対し、警戒心を剥き出しにする2人。
あからさまに信用してないと言っているが、言われた側は苦笑するのみ。
「いいねぇ……若いっていうのは。これから自分達が殺されるかもしれないのに、ゴマをすったり媚びようとしたり命乞いもしない」
「そりゃあ、そうでしょう。助けてくれとか解放してくれとか泣き付いて、『はい、そうですか』と言うわけでもなし。俺だって、男ですから。友達を守りたいし、そもそも女の子を前にして泣き言なんて口にしない。臆病者だって、覚悟を決める時ぐらい解りますよ」
「あなた以外、周りには誰もいないこの状況……女だって、勝負所ぐらい腹を括る。まして、数日とはいえ同じ苦労を共有した友達。1人だけ逃げるぐらいなら、一緒に死んだ方がマシなだけ」
口調こそ穏やかだが、内容は宣戦布告と同じである。
ただでさえ危うかった3者の間の緊張感は、瞬く間に急上昇。全員が沈黙し、足が同時に止まった瞬間だった。
靖之がカリーナの腰に対して全力でタックルした。
――同時刻。
「いくら何でも、遅過ぎる……もしかして、彼も犠牲になったんじゃないか?」
靖之と先程遭遇した老父は、一向に戻って来ない彼を心配して家の外に出ていた。
とはいえ、少し前に何かが爆発する音を聞いたばかり。さすがに再び現場に向かうのは怖いらしく、自宅前を行ったり来たりするだけ。
室内に戻ろうかとも考えたが、調査を頼んだのは自分自身。
さすがに無責任だと感じたらしく、ソワソワしつつも戻って来るのを待ち続けた。
「あらっ? ジョンソンさん……また、海の様子を見に行ってたのかい? 何をした所で、結果は同じ。悪い事は言わない……今は、家でジッとしときなよ」
「ああ、マリー婆さんか……」
隣家の窓が開いたかと思うと、同年齢と思わしき老婆が顔を出した。
ご近所さんであり、互いに知った仲である。身を案じて声を掛けてくれるのはありがたいが、今はそれどころではない。
ただしここは田舎の漁師町であり、閉鎖的な環境である。
対応1つで村八分も有り得るだけに、無視するようなマネもしない。
「いや……さっき、沖で爆発するような音が聞こえただろ? 今度は、どこのバカが漁に出たのか気になってな」
とりあえず、それっぽい話をして誤魔化す作戦のようだ。
本人はこれで適当に話を終わらせるつもりだったが、返って来た答えは意外だった。
「いやだね~ジョンソンさん……役所か警察だかが、数日前から事件の調査を始めたばかりじゃないか。おおかた密漁船でも見つけて、沈めたんだろうさ」
「……え? 役所か警察って、ここ数日そんな人間は見かけてないが?」
「そりゃあ、ジョンソンさん。あんたは、昼間は家で漁具のメンテナンスをしてるでしょう? 役人は夜に仕事をしないんだから、見なくても当然さね」
「あっ、ああ……それもそうか」
ケラケラ笑うマリーに対し、釈然としないジョンソン老。
とはいえ他に話す事も無く、自然と会話は終了した。
「ジョンソンさんも年なんだから、あんまり無茶しちゃダメよ? あっ! そうだ……明日料理を持って行くから、一緒にランチでもどうさね」
「ああ……それは、ありがたい。酒と土産の干物を用意して待ってるよ」
「じゃあ、お昼頃窺うわ」
軽く食事の約束を済ませると、マリーは顔を引っ込めると窓を閉めた。
ただ、残された老父の顔色は優れない。
私の名前は、アーロン・ジョンソン……
妻に先立たれて、かれこれ20年になる。息子達は金を求めて都市部に移住した上、ここ数年は音沙汰なし。
無理もないだろう。
いつまでも閉鎖的な環境から抜け出せない、化石のような老人共。己の漁場を守る為にケンカを売り続けたせいで、周辺の町との関係も最悪だ。
今回の事件も、協力してくれているのは表面だけ。
船も昼間の数時間しか出さず、来る人間も子供が数人だっていうじゃないか?
全ては、自分達の行動が跳ね返っているに過ぎない。せめて息子達だけでも、まともな環境で暮らしてくれ。
今回の事件で何かが変わると思ったが、それには遅過ぎた……
半ば諦めにも似た表情を浮かべ、そのまま自宅に帰ろうとする老父。
しかし何かを思い出したのか、ピタッとその足が止まった。
ちょっと、待てよ……
さっきマリー婆さんが言ったのが本当なら、役所の調査は数日前から始まっているはず。しかも、活動するのは日中だけ。
じゃあ、さっき会った少年は何者だ?
今考えると、明らかに外人みたいな顔立ちだったからな。服装も違和感というか、アレは血の臭いか?
でも、こっちの話を聞く姿勢は真剣そのもの。
現に、例の爆発を調べに行ったからな……
ここに至り靖之の正体に疑問を持ったらしく、呆気に取られる老父。
まさか彼らが化け物と対峙しているとも知らず、彼は不安げな顔で海の方角を見詰めた。
読んで頂いた全ての方々に、感謝申し上げます。
ジャンルとしては、変則的な転移系ローファンタジーです。
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