第3の犠牲者
・一応ファンタジーです。
・所謂マナを使った魔法やスキルは登場しません。
・但し超常現象やオーバーテクノロジーは登場します。
・この物語はフィクションであり現実世界と類似した事象があったとしても偶然の一致に過ぎません。
以上の事をご理解の上、お楽しみ頂けると幸いです。
――4月22日(月)午前7時頃。
「……何てザマだ。俺が上手く立ち回っていれば、あのまま仕留める事も十分に可能だった。慢心? いや、それだけじゃないな……」
靖之は、目が覚めるなり悔しさのあまり悶絶した。
記憶が鮮明な分、怒りもリアルなのだろう。なかなか落ち着かないでいるも、落ち着こうとする理性も働いているようだ。
ゆっくりと上半身を起こすも、体は泥と雨の影響でグチャグチャ。
モゾモゾと服を脱ぎ、全身を走る痛みで改めて現実を実感した。
“あれだけ長時間雨が降り、土砂崩れも発生していたからな……
鉄砲水が発生しても、何も不思議ではない。むしろ、その兆候も見逃し舞だけではなく護衛するべき王子達も危険に晒した。
確かに、結果だけみれば上出来かもしれない。
しかし、仕留められたはずの敵を逃がしてしまった。
化け物との戦闘にしろ、雨に救われただけ。もしあのまま戦っていたら、おそらく殺されていただろう。
完敗だ……”
振り返ろうにも、目を背けたくなる内容に唇を噛む靖之。
服を着替え終えた所で、スマホが鳴った。
「靖之? 急にゴメンね……ちょっと、声が聴きたくて」
「……いや、電話のおかげで落ち着けた。ありがとう」
「あんな事があったばかりだからね……せっかくだし、反省会じゃないけど早めに話しておいた方が良いと思って」
「……俺も、そう思う」
内容が内容だけに、どうしても歯切れが悪くなる両者。
ただ、事実なのが解っているだけに感情的になる事も無かった。
「結果だけ見れば、王子一家は全員無事。安全な場所への移送も完了したし、最悪なケースは回避出来たからね。そこは、良かったんじゃない?」
「本当に、王子一家が無事でよかった。もし鉄砲水がちょっとでもずれてたら、本当に洒落になってないからな」
「そうね……流されてたら、絶対に助からないでしょうし。もしあの状況が続いてたら、誰かが犠牲になってたかもしれないし」
紙一重の幸運なのは明白なだけに、2人の声に喜びは無い。
だからといって怒りをぶつけるのではなく、ただ淡々と事実の確認を進める。
「森の木が、遮蔽物になったんだろう。俺達も相当流されたとはいえ、アイツ等(テロリスト達)の死体は確認出来なかった。だとするなら、生きていると考えるべきだと思う」
「でしょうね。一旦引いたんでしょうけど、あのまま引き下がるとは思えないもの。また機会を窺って、何かしでかすでしょうね」
「とりあえず、最悪のケースは避けられた。こちらの対応が後手スタートだったのを考えると、上出来だとは思うが……」
「所詮は、結果論よね。冷静に対処出来れば、あそこまで事態は悪化しなかったでしょうし。何か、負けたような気分だわ」
言葉を重ねても、ネガティブな内容しか出て来ない2人。
しかし、会話だけは進んで行く。
「とりあえず、王子一家は目的地の町に到着したのは確認済み。だから、アイツ等がすぐにちょっかいを出す事は無いと思う。表面上はこれで一件落着のはずなんだけど、どうも釈然としないな……」
「無理もないでしょう。失敗したとはいえ、立派な暗殺未遂事件だからね。しかも、自国のテロリストが漁夫の利を狙う展開。警備隊が奮戦したとはいえ、前代未聞の不祥事に変わりは無いわ」
「箝口令を敷いても、いずれ白日のもとにさらされる。そうなったら戦争は避けられないし、世界大戦だってありえる話だ」
「現に、第1次世界大戦はそうやって始まったからね。このタイミングであの世界でそんな事が起こったら、洒落にならないわ」
マイナス要素しかないだけに、両者の口から出るのは悲観的な内容ばかり。
それでも目を背けるわけにもいかず、話を進めるしかなかった。
「政治家連中からすれば、事件自体を揉み消したいところ……口封じも込めて、徹底的に山狩りをするだろうな」
「……でしょうね。でも殆どはアイツ等が始末したはずだし、そっちを警戒するべきじゃない?」
「しまった! あの時、何でそこまで頭が回らなかったんだ! クソッたれ……アイツ等の事だ。取引の材料にして、自分達の勢力拡大に利用するのは目に見えてる」
「あの状況で、そこまで考えるのは無理があるわよ。それに、一歩間違えばこっちが殺されたわけだし……それよりも、これからどうするのかを考えないと」
感情的になる靖之に対し、冷静な言葉を投げ掛ける舞。
言った本人も自覚があるのか、グッと堪えて話を先に進める。
「これから……か。とはいっても、俺達はあっちでは部外者に過ぎない。それに、場所もランダムだからな。出来る事といえば、目の前で起こる事件を止めるぐらい。限界があるのは確かだが、それでも何もしないよりはマシだろうな」
「仕方ない事とはいえ、正直もどかしいわね……元の生活を取り戻すのが目的とはいえ、関わったからには皆幸せになって欲しいし」
「俺達だって、いつ死ぬか解らない状況が続いている。人間だけならまだしも、正真正銘の化け物共も相手だ。いつどこで出くわすかも解らんし、常に気を引き締めておかないと」
「確かに。今回も、鎧の化け物と戦ったし……」
話の流れで、第3の世界の住民に触れた2人。
化け物と戦う事自体はこれまでに何回もあったが、今回は少し事情が違った。
「アイツの言い方からして、テロリスト達と接触しているのは間違いない。これだけでも無視出来ない大問題だが、気になるのはその目的だ」
「両者の利害関係が一致した……それとも、化け物側に何か思惑があるのか……正直見当もつかないけど、私達にとって望ましくないのは確かでしょうね」
「しかも鎧の化け物だけなのか、他のヤツ等も絡んでるのかも解らない。まさに、寝耳に水だ。戦ってる時に聞き出そうにも、単純な力関係ではあっちが完全に上だ。駆け引きとか、そんな悠長な事は言っていられない」
「……死んだら、そこで終わりだからね? 今回は、繋がりに気付けただけマシだと思わないと」
話題にしたのはいいが、判断材料が皆無な状況である。
露骨に尻すぼみになるのを実感したのか、次の話題に移るようだ。
「言われてみれば、確かにそうだ。今日は、どうしてもやらないといけない事があるからな」
「昨日双子池で出くわした、『アレ』の解剖が待ってるからね。色々大変なのは目に見えてるし、今はそっちに集中しないと」
「とりあえず、書類面での準備は万端だ。後は実践あるのみだが、解剖して終わりじゃない。検査に出す事も考えたら、結果が出るのはいつになるやら……」
「……次から次へと問題ばかり。でも他に頼れる人も居ないし、私達だけでやるしかないものね」
現実に目を向け、声色が暗くなる2人。
昨日の想定外の出来事が尾を引き、揃ってリカバリーが出来ていなかった。
――同時刻。
「……それで、2人と戦ってみて何か感じたのか?」
「誰かと思えば、あんたか……どうせ、安全な所から見て全て知ってるんだろう?」
森の中をさ迷う鎧の化け物に対し、上空から話を振る妖精モドキ。
聞かれた側は無視して立ち去ろうとするも、聞いた側は構わず話を振って来る。
「安全な場所でふんぞり返っている、お前に何が解る? それに、俺は負けていない。仕留め損なったのは、雨のせいだ。雨さえ降っていなければ、人間如きに後れを取る事も無かった……ってところかい?」
「……確かにそれもあるが、条件はあいつも同じ。仕留め損なったのは、単純に俺のミスだ。感情的になって、周りが見えていなかったのは認めよう」
「ほぉ……貴様が、敗因を分析するとは。正直、驚いてるよ。ただ、2人の足止めを失敗した上に、それが原因で計画も失敗に終わった。依頼主には、どう言い訳するつもりだ?」
「失敗したのは、単純に雇い主側の能力不足だろ? アドバンテージはアイツ等にあったし、依頼は2人の時間稼ぎ。給料分は働いたんだから、文句を言われる筋合いはないと思うが」
からかうように聞く妖精モドキに対して、当然とばかりに反論する鎧の化け物。
その答えに半ば呆れたような表情になりつつも、更に話を振る。
「まぁ、人間共がどう捉えようと私には関係ない話。失敗したのも、ヤツ等の詰めが甘いのが原因だからな。貴様に聞きたいのは、そんな事では無い」
「2人と戦って、どうこうという話か? 確かに、アイツ等にはこの世界の人間達とは違う何かがあると思う。それがあるから、俺と戦って生き延びた。それは、認める。だが、それが何なのかは解らない」
「人間とは、不思議な生き物よ。この世界の住民のように、己の欲望に正直なヤツ等もいる。ひたすら責任を外部に求めて、自らの弱さを認めようとしない。その一方で、2人のように他人の為に命懸けで戦いを挑む者も存在するからな」
「王子達が死のうが、アイツ等には関係が無い事。それにも関わらず、俺に戦いを挑んで来たからな。あの眼……間近で見たから断言出来るが、自暴自棄とは違う。確固たる決意を固めた、覚悟を感じさせる眼だった」
話題が靖之と舞に移り、声のトーンが変わる鎧の化け物。
妖精モドキの言葉を意識していたようだが、それでも答えは出なかったらしい。
「男の方は、おそらく親しい人間と死別したのだろう。それも、短時間のうちに1人ではなく複数人と。アイツの行動原理は、自分の仲間を守る事。その為なら、例え自分の命が尽きようとも構わない。無意識の内に、死に場所を求めているのだろう」
「そう言えば、それっぽい事を言ってたな……でも、ちょっと待ってくれ。だったら、何故生き抜こうとする? 死ぬのが目的にしては、引き際を考えた動きだったと思うが。実際に、アイツは決着ではなく仲間の女と合流する事を選んだからな」
「それだ……自分ではなく、大切な仲間の存在があの男の強さ。ここで死んでしまったら、女は1人になる。その姿が、失った人間の面影と被って見えるのだろう。私には理解出来ないが、それがヤツの強さなのは間違いない」
「……守る為か。確かに、アイツの生に対する執念は尋常ではなかった。単純な力では、明らかに俺が上だからな。どうして圧倒できないかずっと疑問だったが、それが原因だったとは」
妖精モドキの言葉に、納得したように呟く鎧の化け物。
ただ、それが本質ではないようだ。
「気付かないようだから、ハッキリ言ってやろう……貴様が負けた理由は、たった1つ。感情がコントロール出来ず、肝心な所で駆け引きが出来ない事だ。あの男に苦戦したのもそうだし、私に手も足も出なかったのもそう。いつまで、ガキの喧嘩を続けるつもりだ?」
「……っ! 俺は、感情のコントロールが出来ている! 確かに、アンタとは力の差があるのは解ってる。だが、人間のアイツには負けてないはず! 終始押していたし、雨さえ降っていなければ!」
「雨さえ降っていなければ? 私の目には、途中から一方的に攻撃されていたように見えたが? 本当は、解っているんだろう? 貴様は、あの男に負けたのではない。未熟な、自分自身の精神に負けたんだ」
「……いいだろう。次だ……次にあの2人にあった時こそ、確実に仕留めてみせる。だったら、文句は無いだろう?」
鎧の化け物としては、人間に負けた事実を認めたくないのだろう。
そんな彼(?)に対し、妖精モドキは諭すように声を掛ける。
「今は、まだいい……しかし、問題はこれから先。もし自分より強い相手を前にした時、貴様はどうするつもりだ? 不安定でまともに使えないヤツを、今後も使い続けたいと思うのか?」
「……そっ、それは」
「すぐに変われとは言わない。ただ、頭を冷やして考えを変えろ。そうすれば、『バーサーカー』クラスの相手とも互角以上に戦えるはずだ」
「アンタに言われなくても……いや、反論出来る状態ではないからな。忠告として、ありがたく受け取っておく」
現実を突き付けられ、渋々受け入れる鎧の化け物。
ただそれ以上会話はしたくないのか、すぐに立ち去ってしまった。
――その頃、靖之達はというと。
「……命に別状はないみたいだけど、彼は大丈夫なのかしら?」
「ああ、舞か……先生の話を聞く限り、どうやら腕と肋骨を数本やったらしい」
病院のロビーで座っている靖之の所に、動揺を隠せない舞が合流。
薄暗く2人以外誰も居ない空間で、出来る事は小声で話をするぐらいだろう。
「響はラーメン屋でバイトしてるだけど、その帰り道で事故ったらしい。バギーは、原型を留めてない状態。先生曰く、骨折で済んでラッキーだってさ」
「……ウソでしょ?」
「現場は、見通しの良い緩いカーブ……しかも当てられたわけでもなければ、避けようとしてハンドルをミスしたわけでもない。ただの、自損事故だ」
「そんな……信じられない」
淡々と説明する靖之に対して、まともに言葉が出来来ない舞。
事故に対するショックも醒めないまま、話は進む。
「無いとは思うが、タイミングがタイミングだ。家族の人に許可を貰って、少しでもいいから話をしたいんだけどな」
「……そうね。何か嫌な予感がするし、内容が内容だもの。ここは、直接話を聞きたいところ。いや……そんなまさか」
「いや……アイツ個人ならともかく、運んでもらう物が『アレ』だったからな。クソッたれ……こんな事になるなら、正直に話すんだった」
「もっ、もしかしたら関係ないただの事故かもしれないし……」
悔しさを滲ませる靖之に対して、どうにかフォローしようとする舞。
明確に口には出さないが、原因については目星が付いているのだろう。自分達の決断に責任を感じ、罪悪感を覚える2人。
会話もピタッと止み重苦しい空気が支配する中、白衣を着た男性が姿を現した。
「佐山響さんと、奥田舞さんですね? 砥草さんが、お2人と話したいと仰っています」
医者らしき人物にそう言われ、互いに顔を見合わせる両人。
本来なら待っていた言葉ながら、どうしても今はそう感じられなかった。
読んで頂いた全ての方々に、感謝申し上げます。
投降ペースが不規則になってしまい、申し訳ありません。
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