イスパニアの醜聞(9)
・一応ファンタジーです。
・所謂マナを使った魔法やスキルは登場しません。
・但し超常現象やオーバーテクノロジーは登場します。
・この物語はフィクションであり現実世界と類似した事象があったとしても偶然の一致に過ぎません。
以上の事をご理解の上、お楽しみ頂けると幸いです。
――靖之が後を追って移動を開始した頃。
「護衛隊と襲撃犯の戦闘は続いているみたいだから、間に合ったんでしょうけど……まずは、王子達家族の無事を確認しないと」
舞は複数の銃声を確認したものの、雨の影響もあり詳細を把握出来ないでいた。
それでも、まずは保護する対象の視認を最優先するようだ。
「……闇雲に移動してるヒマはないけど、どこに何があるかも解らない。土地勘が無い以上、頭を働かせないと」
勢いに任せてダッシュするのはいいが、情報が得られず焦りが募る舞。
靖之と別行動をしている以上、自分で考える必要があった。
“王子達の生死は、偏に私の行動に掛かっている……
殺されるのは論外だし、だからといってテロリストに利用させるわけにもいかない。何てしても、私が先に接触しないと。
落ち着いて……想像力を働かせて推測すれば!
この雨と夜の暗さからして、まともに移動する事は不可能なはず。それに加えて雨に晒されているから、体力の消耗が激しい。
警備隊が襲撃犯を足止めしている間に、対象を安全な場所に逃がす。
私が守る側の立場なら、迷わずそうする。
もちろん、例のテロリストグループも解っているはず。いや……より確率を高めるなら、近くで監視しているでしょうね。
逐次本体に情報を伝え、完璧なタイミングとシチュエーションを用意。
最も効果が望める土壌を作った上で、満を持して接触する”
舞なりに頭を働かせていると、突然ピタッと足を止めた。
そして何を思ったのか周囲をキョロキョロ見回すと、近くの木の陰に身を隠す。
「……おいっ、例の2人組だが女の方がこっちに来ているらしい。何か、それっぽい人影は見たか?」
「マジかよ……いや、俺は誰も見てないが」
男2人が話し合っているのを発見し、反射的に息を殺す舞。
即座に攻撃出来る準備を整えつつ、会話を聞く事に集中する。
「そうか……今更女1人で何か出来るとは思えんが、厄介な相手である事に変わりは無い。肝心な所で邪魔されたら、これまでの苦労が水の泡だ」
「……ああ、解ってる。こっちは俺達が見張ってるから、何かあったらすぐに知らせてくれ」
露骨に警戒されて表情が険しくなる舞だが、2人は気付かず会話を続行。
緊急の用件が終わった所で、現状確認に移るようだ。
「それで、警備隊の様子はどうだ?」
「数では相手と互角ですが、勢いでは完全に上回っている。このまま戦闘が続けば、撃退には成功するだろう」
「なるほど……ヤツ等としても、プライドはあるだろうからな。これ以上失態は演じられんし、必死にもなるか」
「ああ、俺もそう思う。実際に観察してみて感じたが、文字通りの奮戦だ。本当……いつもの無能な警察の印象とは、全く別物だ」
傍観者なのを自覚しているからか、他人行儀に言葉を交わす2人。
不快感を露わにする舞とは対照的に、彼らは淡々と話を進める。
「警戒班は、このまま監視を継続。勝敗が決まったら、攻撃を加えて足止めをしてくれ。後は、プラン通りだ」
「解った。何かあったら連絡するから、細かい事はそっちに任せる」
「ああ……空が明るくなる頃には、全て終わってるだろうさ」
「このまま、何事も無く終わってくれたらいいんだけどな」
手早く連絡事項を消化すると、片方の男はどこかへ去って行った。
残された男は再び監視作業に戻ろうとするも、いきなり地面に倒れ込んでしまう。
「……テロリストの本隊がこっちに来るのも、時間の問題。さっさと王子達を見つけないと、手遅れになってしまう」
舞は男の背後から1撃を加えて昏倒させると、その場に放置。
すぐに、移動を再開した。
――その頃、合流を急ぐ靖之は。
「……クソッ! 方角的にこっちで間違いないはずなんだが、雨で周りを確認するのでやっとじゃねぇか」
森の中を移動していたものの、先程の戦闘の影響か既にボロボロの状態である。
どうにか体が動いているだけで、限界はとうに超えていた。
“王子達は、もう舞に任せるしかない……
今の俺じゃあ、足止めすらまともに出来んからな。とはいえ、このまま指を咥えて見てるわけにもいかない。
足手纏いにならない範囲で、自分に出来る事をやるだけだ。
舞と合流するに越した事は無いが、ダメだったらテロリストの妨害に切り替える。
ヤツ等を、王子一家と接触させるわけには……”
必死に頭を働かせようとするも、それどころではないようだ。
足元が定まらない中、突然何かに吹っ飛ばされてしまう。
「……貴様だけは! 依頼とか、そんな事はどうでもいい……貴様だけは、今日この場で始末する!」
「……また、アンタかよ。本当、空気が読めないヤツだな?」
霞む視界に鎧の化け物を捉えたはいいが、その場で立ち上がるのがやっとの状態の靖之。
反射的に平静を装うも、虚ろな目で近くの木の幹に体を預けるのみ。
“マジか……
俺が、何をした?
思えば、ここまでして戦う理由がどこにある。俺には何も無い……笑顔で迎えてくれる家族は死に、1人取り残されただけ。
孤独……虚無……
このまま死ねば、楽になれるんじゃ?”
頭が働かない靖之に対し、感情剥き出しで突っ込んで来る鎧の化け物。
木が盾になって直撃ではないが、それでもダメージを与えるには十分だった。
“もう、痛みも感じない……
目の前が、真っ暗だ。そうか……人は、こうやって死んで行くんだろうな。俺も、これで皆の元に行ける。
楽になれる……”
ぬかるみに沈みつつ、自身の死を実感する靖之。
しかし、急に目に光が戻ると震える体にムチを打って立ち上がった。
「……ちっ! そのまま倒れておけば、楽に死ねたものを」
「まだだ……まだ、死ぬわけにはいかない」
言葉と共に、剣を交える両者。
ただ双方共にボロボロな事に変わりは無く、力は全くの互角のようだ。
「……人間風情が! 貴様さえ居なければ……貴様のような非力な生物に、この私が負けるわけには!」
「人は、弱い生き物だからな。誰しも、肉体的だけではなく精神的な弱さを抱えて生きている。逃げ出したい事、受け入れられない事……だが、それでも生きなければならない」
「弱さを理由に、責任に目を向けない。自分勝手な主張をして、他者を傷付ける事を正当化させる……それが、人間の本性よ。貴様だって口ではキレイ事を言ってるだけで、本質は何も変わらない」
「ああ、確かにそうなのかもしれない……ただ、だからといってアンタに殺される理由にはならんからな」
互いに主張しながら、拳を交わす両者。
引けない理由があるだけに、激しい打撃戦が繰り広げられる。
“世の中、公平ではない……
家族が死ぬ度、周りの人は俺を気遣ってくれた。
『辛いと思うが気を落とさず』
『俺(私)に出来る事があるなら何でも言ってくれ』
『気をしっかり持ってね』
気持ちは嬉しいが、ほっといて欲しかった。静かに見守る事が優しさだと、何故解らないのか。
声を掛けられる度に、心が抉られているように感じた。
いっその事、自殺した方がいいんじゃないかと思った。
でも、それだとあの世で家族に会わせる顔が無い。いや……単純に、死ぬ勇気がなかっただけ。
その言い訳を、必死に探していたに過ぎない。
でも、今は違う……
俺はともかく、舞は大切な友達。彼女には家族も居るし、生きたいと願うだけの理由もある。
生きる理由も、死ぬ理由もどうでもいい。
ただ、悲しむ顔を見たくないだけ……”
ボンヤリした意識であっても、ガムシャラに応戦する靖之。
鎧の化け物も、そんな彼の姿が異質に映ったのかもしれない。
「……何が、貴様をそこまで突き動かす。ボロボロになり絶望しても、抵抗を止めようとしない。何が、貴様を支えている? 教えてくれ」
「さぁな……どうせ死ぬにしても、死に方ぐらい自分で選びたいだろ? 誰しも、最期ぐらい美しく迎えたいだろうし」
鎧の化け物の問いに対し、咄嗟に脳裏に浮かんだ言葉を返す靖之。
ただ聞いた側は、それが真実だとは思ってないようだ。
「……こんな状況だからな。正直に話して貰おうとは、ムシのいい話なのは解っている。ただ、何かが解るように気がするのだ。私の糧になる為、悪いが貴様にはここで死んで貰う!」
「クソッたれ……」
和解には程遠い結果となり、勝負を決めに来る鎧の化け物。
靖之としては起死回生の手も無く、絶望的な状況である。
「……そっちに躱す事は解っていた。今度こそ、終わりだ!」
「まっ、まだ! こんな所で死ぬわけには……」
薙ぎ払いを躱した後の2撃目が、靖之の脇腹に当たる寸前。
地響きが発生したかと思うと、濁流が発生して両者共に巻き込まれてしまった。
――同時刻。
「貴様等は、何者だ! どこから現れた?」
逃げる王子一家の前に謎の集団が姿を現し、露骨に警戒する警備の人間。
とはいえ、数では10倍以上の差があるのだ。辛うじて護衛対象の前に立つものの、声はあからさまに動揺していた。
ジリジリと距離を詰める不審者達に、護衛対象も顔が強張っている。
「イスパニアの王子ご一家ですね? 我々は、あなた方を護衛する為ここに来ました。信じられないとは思いますが、危害を加えるつもりはありません」
首領が言うやいなや、全員揃って跪いてみせる。
とはいえ、すぐに信用出来る状況ではない。言われた側は真偽が解らないというより、あからさまに怪しんでいるようだ。
咄嗟に言葉が出ず互いの顔を見合わせる中、再び声を掛けて来る。
「私達は、この国の政治集団。王子一家の暗殺計画の情報を掴み、皆様を保護する為ここに来ました」
そうは言ってみたものの、怪しさしか感じさせない自己紹介である。
言った側も、下手な小細工は逆効果だと割り切っているのだろう。自分達が場を掌握している自覚があるのか、むしろ堂々と言葉を投げ掛けている。
護衛対象側も、そんな魂胆に薄々勘付いているのだろうか。
怯えたままの家族とは違い、王子は一家の長として一同の顔を見据える。
「あなた方が、普通の政治集団ではないのは解ります。そして、我々の前に姿を現した理由も……本来なら問答無用で突っぱねる所ですが、現在武装集団の襲撃を受けています。主張があるなら、後日ではいかがですか?」
「ええ、私達もそうしたいところではあります。ただ、我々なら武装集団を排除出来ます。彼らを排除した上で、皆様を保護したいのです。話をするのは、それからでもいいでしょうし」
平和的な解決を模索する王子に対し、いきなり武力をちらつかせる首領。
どうやら、最初から恫喝同然の手法を採用するつもりだったようだ。
「……ならば――」
王子が口を開いた直後、濁流が押し寄せる異常事態が発生。
咄嗟に反応が遅れる一同の中、警備の人間が動いた。
「……王子! 皆さん……こちらに、避難して下さい!」
「ちぃっ……こうなったら、止むを得ない! 一家全員を拘束しろ!」
咄嗟に王子達を逃がそうとする警備の人間に対し、強攻策を指示する首領。
瞬く間に泥水が流れ込む中、場は騒然とする。
「……こっ、ここは我々が!」
「構わん、排除しろ!」
偶発的に銃撃戦が発生するも、所詮は多勢に無勢。
守ってくれる人間が居なくなり、これで勝負ありかと思われた時だった。
「子供の前で人を殺すとは、恥を知れ!」
どこからともなく舞が飛び出したかと思うと、棍棒で3人を撃破。
一瞬の反応の遅れを見逃さず、首領を取り押さえて人質にした。
「……えっ? ちょっ……あなたは?」
「説明はいいから、あなた達は逃げて!」
困惑する王子一家に対し、問答無用で指示を出す舞。
一方の首領も、みすみす引き下がるつもりはないらしい。
「……お前等、何をしている? 相手は、女1人なんだ。私の事はいいから、早く射殺しろ!」
「おいっ! 女1人だからって、甘くみて……おいっ! 動くなよ? ちょっとでも動いたら、あんた等のボスの首の骨をへし折る!」
攻撃を指示する首領に対し、容赦なく締め上げる舞。
メキメキという嫌な音に、さすがの部下達も動きが止まってしまう。
「お前等……ここまで来て、みすみす取り逃すつもりか? 我々の目的を考えれば、何を優先するべきか明白だろ!」
「黙れ! 国賓を威圧して利用する人間が、偉そうに目的とか語るなよ! いいか……2度は言わない! 今すぐ引かなければ、コイツを殺す!」
両者共に、覚悟は出来ているのだろう。
周りの人間達がオロオロする中、当事者のみがヒートアップ。
「貴様等……こいつさえ排除してしまえば、我々の勝利なんだぞ! 我々の――」
首領としては舞を始末しようと、なりふり構わないのだろう。
部下達に発破を掛けようとするが、ここで第3者が割って入った。
「どんなに足掻いた所で、所詮はテロリスト……犯罪者には、刑務所がお似合いだ」
王子一家と首領達の間に割り込むと、棍棒を向けて宣言する靖之。
立っているのがやっとの状態ながらも、敵を威圧するには十分だったようだ。
「舞……待たせたな」
「……ええ、本当にそうだわ」
両名は短く言葉を交わすと、改めて首領達に現実を突きつける。
チェックメイトであると。
「さぁ、どうする……潔く、引き下がるならよし。拒否するなら……」
「悪いけど、犯罪者に容赦するつもりはないから。容赦なくへし折るから、そのつもりで」
2人揃って圧力を掛けるのに対し、ジリジリ後退するテロリスト達。
さすがに首領も、強攻策を主張出来ないでいるが。
「……しまった!」
「せっ……せめて、王子達だけでも!」
再び地響きが発生したかと思うと、鉄砲水と思われる現象が発生。
周囲の全てを巻き込み、一瞬で押し流してしまった。
読んで頂いた全ての方々に、感謝申し上げます。
投降ペースが不規則になってしまい、申し訳ありません。
次回の投稿ですが、まだドタバタしている為毎日投稿は不可能です。
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