イスパニアの醜聞(7)
・一応ファンタジーです。
・所謂マナを使った魔法やスキルは登場しません。
・但し超常現象やオーバーテクノロジーは登場します。
・この物語はフィクションであり現実世界と類似した事象があったとしても偶然の一致に過ぎません。
以上の事をご理解の上、お楽しみ頂けると幸いです。
――靖之達と鎧の化け物が対峙している頃。
「……ダメです。ぬかるみどころか、ちょっとした川みたいなってます」
「元々、地元の人間しか使わない道だからな……まともに整備もされてなかっただろうし、止むを得ないだろう」
警備隊の人間が小声で話をするものの、護衛対象の王子一家は疲労困憊。
自分の事で精一杯で、下を向いて息を整える事に集中しているようだ。
「無理に渡ろうにも、崖になっていて滑落する可能性が高い状況です。道を外れる事にはなりますが、迂回するべきでは?」
「……ここまで来て、王子達に無理をさせるわけにもいかん。出来るだけ、安全に移動出来るルートを探すしかあるまい」
「了解しました。我々で手分けして探しますので、王子達を頼みます」
「ああ……悪いが頼む」
手短に話を済ませ、その場を後にする警備隊のメンバー。
残ったのは隊長を含めて数人であり、守るには心もとないが背に腹は変えられない。
「……申し訳ありません。私の部下が安全の確認を行っていますので、もう少々お待ち下さい」
「いっ、いえ……我々を守る為に、迷惑を掛けてしまい申し訳なく思っております。やり方にどうこう言うつもりはありませんし、皆さんの指示に従うのみです」
体力の限界を超えているのは明らかながら、マイナスな言葉を吐かない王子。
他の家族も黙って頷くのを見て、隊長もそれ以上の言葉は出なかった。
“国賓に、こうも気を遣わせてしまうとは……
とはいえ、体力の消耗は想像以上だ。予定より移動が遅れている上に、雨は止む気配すらない。
夜明けまでに町に入りたいが、このペースでは絶望的。
どうする?
代わりの移動ルートが、そう簡単に見つかるわけがない。それに加えて、攻撃を仕掛けて来たヤツ等も追って来ているはず。
体力を回復させる為に、どこか濡れない場所でもあればいいんだけどな。
こんな森の中で、そんな所があるわけもない。
王子は大人の男だから体力があり、まだマシだ。心配なのは、女性の奥方と幼い息子と娘さん達だろうな。
さっきから一言も発しない上に、雨で体温を奪われている。
これ以上無茶をさせると、取り返しのつかない事になりかねない。
クソッたれ……八方塞がりだ!”
隊長なりに考えてはみたものの、そう簡単に妙案が出るわけもない。
焦りだけが募る中、部下の1人が報告にやって来た。
「気になったので攻撃して来たヤツ等の様子を見て来たんですが……どうやら、壊滅的な被害を受けて混乱しています」
「えっ……攻撃って、最初に騒ぎを起こした相手か?」
「私もそう思ったんですが、よく考えて下さい。あの時、近くに展開していた警察のグループは存在しません。騒ぎを聞きつけたにせよ、最初に攻撃したのは誰かが解らないのです」
「……警察ではないとなると、一体どこの誰だ? ともあれ、壊滅的な被害を受けているなら、我々にとっては好都合。早急に移動ルートを見つけて、この場を離れるぞ」
現場を見ていないので余計に困惑するも、マイナス材料ではないと判断したのだろう。
前向きに捉える隊長に対して、部下は懐疑的だった。
「隊長、ちょっと待って下さい。先日の議事堂の件も、身内のクーデターで事態が悪化したと聞きます。その攻撃を仕掛けたヤツ等の素性と目的が判明しない内は、楽観視するのは危険じゃないですか?」
「確かに、そうだな……我々だけならまだしも、国賓であるイスパニア王家の人間が一緒だからな。万が一の事があったら、国際問題……いや、一気に戦争になりかねん。対応は、慎重にする必要があるな」
「私も、そうするべきだと思います。幸い、我々の位置までは気付かれてないはず……周囲の警戒を厳重にしつつ、早急に町に向かう事を進言します」
「……解った。王子達の安全は、今ここに居る人間で対処する。移動ルートを選定中のメンバー以外の人間に、警戒を厳重にするように伝えてくれ。プランがまとまり次第、すぐに出発する」
突如降って湧いた問題に驚きつつ、即時決断を下す隊長。
すぐに指示を伝えに走り去る部下を見つつ、思案に耽る。
“我々でもなく、警察でもない第3の勢力……
とはいえ、王子一家を攻撃して来たヤツ等を潰しに掛かってるからな。少なくとも、イスパニア王家に牙を剥く組織ではない。
では、何者なんだ?
いや、少ない判断材料で断定するのは危険過ぎる。
目的は不明ながら、邪魔者を排除したのは事実。そして、こっちの居場所が解っていないのなら採るべき選択肢は1つ。
この混乱に乗じて、町に逃げ込むだけだ。
体力の消耗が気掛かりだが、悠長に休んでる場合でもないからな。移動ルートが決まり次第、この場を離れるべき。
守るべきは、護衛対象のみ。
何があろうとも、我々が盾になって死守するだけ!”
考えてはみたものの、根性論で落ち着いたようだ。
隊長は、祈るような気持ちでその時が来るのを待ち続けた。
――同時刻。
「さすがにキツイな……手は出し続けているのに、元々の力の差が大き過ぎる」
「……だからといって、逃げ場所なんてどこにもないんだから。ここで死にたくなかったら、手を出し続けないと」
傍から見れば靖之と舞が押しているが、体力の消耗が激しいのも事実。
精神力で持ち堪えているだけで、気を抜くと形勢が逆転しかねない状況である。
「俺の任務は、貴様等2人の足止め……だが、そんな事はどうでもいい。ここまでコケにされて、引き下がれるか! 絶対に、今日この場で殺してやる」
鎧の化け物にしても、仕留めきれずに苛立っているのだろう。
感情剥き出しで切り掛かってくるのを、どうにか防ぐ靖之。
「……つぅ! さすがに、全て受けきるのは無理がある」
「そんな事を言ったって、気持ちまで守りに入ったら飲み込まれるだけでしょ。とにかく、手を出し続けないと」
よろめいて2・3歩後退する靖之に檄を飛ばしつつ、がら空きの後方から攻撃する舞。
目に見えるダメージは与えられなくとも、追撃を阻止する事には成功した。
「おのれ……非力な人間風情が、ちょこまかと。1発だ……まともに、1発でも当ててしまえばこっちのもの!」
力任せの攻撃を繰り出す鎧の化け物に対し、辛うじて回避する2人。
先の見えない戦いに人間側の表情が険しくなるも、靖之には気になる事があった。
“どういう事だ……
さっきの言い方だと、まるで俺達がここに居るのが解っていたみたいじゃないか。そりゃあ、何かしらの方法を使ったのかもしれんけどな。
とはいえ、コイツが誰かの指示か依頼を受けているのは事実。
それも、『あっちの世界』の住民ではない。この世界の誰かだろうが、問題はソイツが何者かだ。
少なくとも、俺達の存在を言っている人間だからな。
消去法で考えると、可能性が高いのはミコットと会った時に戦ったグループだろう。
ただ、アイツ等の最終目標は国家の転覆のはず。例のクーデター未遂をやらかした議員グループと接触しても、俺達に執着は無いだろう。
それとも、個人的な恨みで殺しに来たのか?
でも、今日ここに居るのを知る術はないはず。
いや……そんな事は、今はどうでもいい。問題はこの化け物であり、生き延びるには破壊するか逃げるかの2択だ。
依頼主と背後関係は、後でゆっくり考えればいい”
頭の中がモヤモヤしつつも、目の前の戦闘に集中する靖之。
起死回生の策はあるようだが、なかなかそのチャンスがないらしい。
「だっ、大丈夫? 生き残るには、耐えるしかないんだから。ここで、気を抜いてるヒマは無いわよ?」
「あっ、ああ……問題無い。コイツだって、完璧じゃないんだ。このまま、諦めるつもりはさらさら無いさ」
考え事をして無言になったのを勘違いしたのか、声を掛けて来る舞。
靖之としても無駄に心配させたくないのか、それらしい事を伝えるに留めた。
「なぁ……1つ、聞いていいか?」
「……急にどうした? まさか、ここに来て命乞いでもする気か?」
「まさか……ただ、ちょっと気になった事があるだけだ」
「どうせ、貴様等はこれからここで死ぬからな……餞別代りに、答えてやろう」
急に鎧の化け物に話を振る靖之を見て、舞は何かを察したようだ。
気付かれないように僅かに距離を取る中、話を続ける両者。
「何故、俺達がここに居るのを知っていた?」
「私は、いわば保険だ。万が一貴様等が邪魔をした場合、対処するように依頼を受けた。居なかったとしても、報酬はしっかり貰うが」
「じゃあ、依頼主はどこの誰だ」
「守秘義務があるから、それは答えられんな」
さりげなく聞き出そうとするも、あっさり拒否する鎧の化け物。
これは不発に終わったものの、すぐに質問を変えるようだ。
「最初の騒ぎは、あんたがやったのか?」
「……あれは、私ではない」
「さっきも戦闘があったみたいだが、誰と誰が戦っている?」
「……さぁな。人間同士の争い事に興味はないが、片方は私の依頼主だと言っておこう」
本人は平静を装ったつもりのようだが、一瞬動揺したのを靖之は見逃さなかった。
ここがチャンスと思ったのか、質問を変えて反応を窺うようだ。
「そういえば、俺達と戦う前から自慢の鎧にキズが目立ってたな? もしかして、先に誰かと戦って尻尾を巻いて逃げ出したんじゃないのか?」
「負けてなどいない! アイツが一方的挑発して来たのであって、私はケンカを買っただけ。しかも、途中で姿を消したのは向こうだ!」
「仕留めきれなかった上に、ボロボロになってるじゃないか。その上、人間である俺達相手に苦戦する始末。実は、負けたのを引きずってるだろ?」
「あの婆だけではなく、貴様まで私を侮辱する気か! どいつもこいつも、バカにしやがって! 許さん……何が、『あの2人組と戦えば解る』だ! この場で、八つ裂きにしてくれる!」
靖之の言葉に、感情剥き出しで反論する鎧の化け物。
思わず口を滑らせた事にも気付いてない中、靖之は淡々と言葉を続ける。
「人間を見下しつつ、その人間の依頼を受ける。背後に誰が居るかは知らんが、あんたはただの雇われの身じゃないか? そうやって自分を正当化するだけで、自分の意思で行動するのが怖いだけだろ?」
「好き勝手生きて来た貴様等に、私の何が解る! 創造主に鎖を巻きつけられ、制約で縛られた存在……評議会だか何だか知らないが、生殺与奪権を握られているんだぞ? だったら、どんな屈辱だろうが従うしかない!」
「それで、指示に従って俺達を始末しようとしていると……ただ、その言葉を聞いて納得した。あんたは、昨日見たロボットとは違う。感情に左右される、不完全な暗殺者でありただの傭兵だ」
「ふん……アイツこそ、自我が芽生え始めた欠陥品。創造主である評議会にたてついた、愚か者よ。好奇心だか何だか知らんが、始末され記録から消される存在に過ぎない」
本人に自覚があるのかは解らないが、傍目から見れば墓穴を掘った状態だ。
靖之はこのチャンスを逃さず、更に畳み掛ける。
「人間同士の争いに興味が無いと言ったが、本当は羨ましいだけなんじゃないのか? 方法は間違っていても、そこに自分達の意思があるからな。アンタと決定的に違うのは、そこだ」
「自由だの意思だの、所詮は烏合の衆の戯言よ。それで良い方向に向かえば自画自賛し、失敗すれば責任転換。責任を取らずに歴史を捏造するのは、貴様等人間の専売特許だろ」
「確かに、そういった輩が多いのも事実だ。しかし、失敗と真摯に向き合い次に生かそうとする人間が居るからな。少なくとも俺達の国民はそうだし、難しくともそうでなくてはならないと思っている」
「それは、お前個人の意見だろ? この世界の人間達を見てみろ! どいつもこいつも、考えるのは己の保身のみ。醜く争い、罪の無い他国の人間をも利用しようとしているではないか?」
話の流れの偶然なのか、思わず事件のキーワードを口にする鎧の化け物。
もちろん、靖之が聞き逃すはずもなかった。
「他国の人間を巻き込むにせよ、手を貸しているアンタも同罪じゃないのか? 首謀者では無い事を言い訳に、汚い現実から目を逸らしているだけだろ」
「暗殺しようと企んでいたのは、自国のテロリストだ。それを利用しただけであり、結果として自国の名誉を守れるならそれで充分なはず。組織力が脆弱な以上、それを利用して何が悪い」
「正義とは何かを、ここで議論するつもりは無い。それに成功した所で国民の利益にならず、テロリストの勢力拡大に繋がるだけ。だったら、尚更アンタ達を放置するわけにはいかない」
「貴様等が何をしようと、無駄な足掻きに過ぎない。何故なら、ここで今から私に殺される事になるからだ!」
言い終わると同時に、靖之に対して切り掛かる鎧の化け物。
必然的に会話は強制終了となるが、必要な情報は引き出した後である。
“なるほど……
コイツの言い方からして、依頼主は予想通り。俺達がここに居るのはたまたま知ったようだが、ヤツ等からすると前回負けた相手だ。
警戒するのは、当然だろうな。
どうやって繋がったかは解らんし、今はどうでもいい。
そして鎧のキズは、メデューサの化け物か妖精モドキが付けたもの。あそこまでムキになるからには、相手にされないレベルの完敗だろう。
後、他国の人間とか言ってたな……
それも、この国に来てまで暗殺しようとしてるからな。だったら、そのターゲットは議員・貴族・王族・財界の大物のどれかだろう。
マズいな……
暗殺が成功すれば、国の信用と信頼が崩れ去ってしまう。
だからといって、アイツ等の手柄にしてもテロリストを助長させるだけ。全てを丸く収めるには、ターゲットが自力で逃げる事のみ。
今から間に合うかは解らんが、助けに向かうしかない。
その為にも、コイツをすぐに片付けないと!”
靖之は素早く考えをまとめると、そのまま鎧の化け物を押し返す。
同時に、舞に対してアイコンタクトで意思を伝えた。
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