イスパニアの醜聞(5)
・一応ファンタジーです。
・所謂マナを使った魔法やスキルは登場しません。
・但し超常現象やオーバーテクノロジーは登場します。
・この物語はフィクションであり現実世界と類似した事象があったとしても偶然の一致に過ぎません。
以上の事をご理解の上、お楽しみ頂けると幸いです。
――裏道を使って逃走を図ったフェリペ王子一行はというと。
「……『たられば』を口にするつもりはないが、さすがに参ったな」
王子は、横転した馬車を見ながらそう呟いた。
幸いケガ人は出なかったものの、シャフト(?)が折れて完全に壊れた状態。馬も負傷したらしく、足を引きずっていた。
しかも、自分達を狙った犯罪者達が近くに居るのである。
そのまま、立往生している場合ではない。
「申し訳ありません……我々が護衛しますので、最寄りの町まで徒歩での移動をお願いします」
「いえ……それは構いませんが、皆さんの疲労具合が心配です。私達だって、イスパニアを代表してここに来ています。銃ならそれなりに扱えますし、自分の家族を守るぐらいはしますよ」
「我々の仕事は、王子一家の護衛です。お心遣いはありがたいですが、あなた方の力を借りたとなれば世界の笑い者……国家の威信に掛けても守り通してみせますので、どうぞご安心を」
「……解りました。ただ……いざという時は、私も飾りの置物ではないという事は忘れないで下さい」
王子の申し出を、どうにか断る警備隊員。
そして、馬車を丸ごと放置すると今後の方針を他の隊員と話始めた。
“皆、怖いだろうに……
ただイスパニア王族の一員として、取り乱した姿を見せるわけにもいかない。公人として、祖国に命を捧げる。
私の妻であり、子供達の母親であるマーサ。
ボヘミア現国王の3女として、政略結婚によりイスパニアに嫁いできた女性。常に気丈に振る舞いつつも、寂しがり屋の側面もある家族の太陽だ。
彼女の笑顔に、何度助けられたか……
どんな事があっても、守らなければならない。
それに、息子のラウルと娘のヴェロニカ。
イスパニアの将来は、この2人の双肩に掛かっているといっても過言ではない。政情不安を私の代で終わらせ、子供達が発展させる。
荷が重いのは重々承知だが、それ以外に国が生き残る道は無いのだ。
幸い、王族の一員としての資質は十分。この危機的状況下にも関わらず泣き喚かず、感情を押し殺してるからな。
兄者の子供達と手を携え、国家の再建に尽くして欲しい。
それも、この窮地を脱したらの話だ。甘えたい盛りにも関わらずこんな経験をさせてしまい、本当に申し訳ない。
私にも、父親の意地がある。
2人が再びイスパニアの地を踏む為なら、どんな犠牲でも払おう……”
王子が1人決意を固める中、警備隊も方針が固まったのだろう。
代表して、先程声を掛けて来た人間が説明しにやって来た。
「道は悪いですが、途中で迷うような道ではないようです……周囲を我々が固めますので、殿下御一行は御自分のペースで移動して下さい。もちろん、何かありましたらすぐに声を掛けて下さい」
「……解りました。それで、お願いします」
王子は、家族の顔を見て異論が無いのを確認。
そのまま返事を伝えると、すぐに移動を開始した。
――同時刻
「……ヤツ等が逃走に使ったと思われる、裏道を発見。馬車が通った痕跡も確認しましたので、間違いないとの事です」
「解った。まだ、そんなに時間が経ってないはず……このまま一気に補足して、一家全員の首をとるだけ。夜が明けるまでに、撤退するぞ」
「了解しました。既に斥候を出していますので、すぐに捕捉出来るはずです」
「頼んだぞ……雨で地面のコンディションが悪いとはいえ、馬車が壊れないとも限らない。我々本隊が距離を詰めるまで、確実に足止めするんだ」
襲撃犯達のグループは、最後の決戦に備えて後一歩の所まで来ていた。
報告に来た人間が去って行くのを横目に、周りの幹部に声を掛ける。
「聞いての通りだ。途中で邪魔が入ったとはいえ、目標達成に手が掛かった状態だ。報告があり次第総攻撃を掛けるから、そのつもりで準備を怠らないようにしてくれ」
「はっ! 解っております!」
「撤退ルートも、異常が無いのを確認しております。この国の警察関係者が事実を把握する頃には、もう手遅れ。我々の犯行声明が、全世界に向けて発信された後です」
「公表してしまえば、こちらのものだ。混乱に乗じて、祖国に凱旋するだけだ」
メディア対策も済ませた事を確認し、満足そうに頷くトップ。
とはいえ、組織の長として油断・慢心するつもりは無いようだ。
「女王失脚が、我々の最終目標ではないからな。他の列強国と付いた差を巻き返す為にも、この国が目障りだ。国賓暗殺という汚名を着せると共に、完全に国際社会から脱落して貰うとしよう」
「ヤツ等を蹴落としたい国は、吐いて捨てるほどありますからね。めぼしい国や組織は既にリストアップしてありますから、今後接触を試みるつもりです」
「解っているとは思うが、相手を選ぶ際は細心の注意を払うように。その相手も、いずれは潰し合う可能性があるのだから……」
「……解っております」
色々と今後の話をしている間に、準備が整ったようだ。
部下の1人が耳打ちでそう告げて来たのを聞き、王子一行発見の報を待ち続けた。
――その頃、もう1つのテログループはというと。
「襲撃犯の、現在位置を特定しました。同時に、王子一行が使ったと思われる裏道も発見。現在、具体的な場所を探っているところです」
「……ご苦労。ヤツ等に先を越されたら、全ての苦労が水の泡だ。もし向こうに動きが見られるなら、足止め程度でいいから攻撃を仕掛けろ」
「了解しました」
「ヤツ等は王子一家に夢中で、こっちの動きを把握出来てないからな。戦闘になった場合も深追いせず、足止めに止めるんだ。可能な限り、私達の存在に勘付かせないように注意してくれ」
自分達の目的の為、彼らも準備を整えていたようだ。
既に全員の戦闘準備は終わっていて、いつでも攻撃出来る状態になっている。
「戦力は、我々の約半分ほど……ほぼ包囲が完了しており、いつでも攻撃出来ますが?」
「いや……まだ、ダメだ。今回の目的は、あくまでも王子一家の保護にある。彼らに用がある以上、同類と思われるのは避けたい。これまでのように、力で訴えるやり方では意味が無いからな」
「……はっ! 了解しました」
「解れば、それでいい。攻撃開始の命令が出るまで、その場で待機するように徹底させるように」
いつもの調子で攻撃したがる部下を、半ば強引に黙らせる。
その目力に圧倒されたのか、黙って頷くと指示を伝えに踵を返した。
「それにしても、ヤツ等も思い切った手段に訴えたものですね? 普通の国なら、王族殺しの只の反逆者じゃないですか?」
「……まぁな。あの女王だから、そうしたくなる気持ちは理解出来るが」
幹部の1人の言葉に、苦笑を浮かべる首領。
直後急に真顔になると、小声で内部情報を語り始めた。
「実は……皇太子のアルフォンソと次男のフェリペは、母親こそ女王イザベラだが両人共父親が別人なんだ」
「……えっ? まさか、そんなウソでしょ?」
「そうですよ……大方、誰かが作った与太話の類なんじゃ」
「いくらなんでも、それは有り得ないんじゃないですか?」
ゴシップ話に、幹部全員の目が点になる。
思わず否定的な言葉が続くが、言った本人は至って真面目な表情のまま。
「まぁ、話は最後まで聞け……俺も、最初は信じてなかったんだ。ただな……旦那である王配フランシスコは、同性愛者で有名な話。しかも、アルフォンソとフェリペを妊娠した時期の前後は顔も合わしてないんだぞ? 更に、同じ時期に側近が謎の病死を遂げているからな。無関係と笑うには、出来過ぎているとは思わんか?」
根拠を説明する首領に対し、幹部一同は呆気に取られるのみ。
咄嗟に言葉が出ないものの、それでも鵜呑みには出来ないようだ。
「その……同性愛者かどうかは置いといて、それが事実なら大スキャンダルじゃないですか? だったら無理にこんな事をしなくても、真実を公表するだけで十分でしょう」
「それだと、イスパニアの醜聞で済む話。ヤツ等の目標は、女王を排除した上で国の力を再び取り戻す事。不名誉な事実は、闇に葬り去るか別の生贄を用意するかした方が都合がいいだろう?」
「それが我が国であり、無能な警察というわけですか……」
「ただでさえ、議事堂の一件で悪い意味で目立ってるからな。批判の矛先を向ける相手としては、これ以上の相手は無いだろう」
動機としてこれ以上ない材料が揃っているからか、この件に関しての反論はゼロ。
ただ、それでも完全に納得したわけではないようだ。
「仮に父親が別人として、相手は誰なんですか? 病死に見せかけて抹殺するにしても、政治家や軍人にもクーデター勢力は存在するはず。彼らが、黙って見過ごしているとは考え難いのですが……」
「その反対勢力の中枢メンバーだとしたら、どうする? 実際、女王は遊興が派手な事で有名だ。また、浮名を流した男の名前を上げても暇がない。謎の病死をしたと言ったが、トータルすると50人以上にもなる。叩けばホコリが出るから、皆見て見ぬふりをしてるだけ。お前達も解ると思うが、男はこういった時にバカだろ?」
実情を知らなかったからか、幹部一同驚愕しているようだ。
自分の想像の上をいって固まる面々に、首領はなおも続ける。
「息子に代が変わっても、形を変えてお家騒動が勃発するのは目に見えているからな。互いに足を引っ張っている無能共に、それに踊らされる愚かな群衆。救いようの無いバカ揃いとはいえ、腐ってもイスパニアは列強国の一角だ。せいぜい、我々の地盤固めの役に立ってもらおうじゃないか」
不敵な笑みを浮かべる自分達の上司に、無言のまま下を向く幹部達。
話の内容からか変な空気になりかけるも、このタイミングで部下が報告に来た。
「……王子一行の居場所を特定し、尾行を開始しました。例の武装集団は、その事にまだ気付いて無い模様」
「でかした……」
手をポンッと叩く首領を見て、安堵したような表情を見せる幹部達。
その場に居る全員が固唾を飲んで見守る中、遂にその時が来た。
「敵に対して、攻撃を開始。王子一行に勘付かれる前に、一気に殲滅しろ。王子一行については、そのまま尾行を続行。タイミングを見計らって、接触する」
「「了解!」」
GOサインが出て、一気に活気付く面々。
指示を伝えに部下が去るのを尻目に、自身達も行動を開始した。
――ところで、靖之達はというと。
「……もうちょい! 距離さえ詰めてしまえば、こっちのもんだ」
「ちょっと、靖之! 前に出過ぎ……」
ロングレンジの弓矢攻撃に手を焼きながらも、どうにか近付く事に成功。
後少しの所まで来ていたが、今度は2人の意識の差からか連携が乱れ始めていた。
「ちぃ……このままでは、ラチが明かない。俺が囮になるから、舞が仕留めてくれ」
「……えっ? こんな状況下で、そんな博打じみた攻撃をしてる場合じゃない。この距離を取りながら、慎重に立ち回らないと」
降り続ける雨の影響からか、2人の体力も限界が近付いているらしい。
露骨に動きが鈍り始める中、相手側に動きが見られた。
「……おいおい! どこの誰かと思いきや、まさかの2日連続の登場とは」
「ウソでしょ……今度は、私達に何の用よ」
ウンザリした顔の2人の視線の先に居るのは、鎧の化け物だった。
何故か既に甲冑がボロボロの状態ながら、それ以上に激怒しているらしい。
「貴様等がどこの誰だろうが、知った事では無い……ただ、ここで会ったからには死んで貰う!」
「一体何なんだ……コイツは!」
「……そんな事を考えてる場合じゃないでしょ? とにかく、今はどうにかしてこの場を切り抜けないと」
問答無用で切り掛かって来る相手に、やむを得ず応戦する2人。
感情剥き出しだから太刀筋が見えるものの、それでは防ぐのが精一杯のようだ。
「貴様達さえ……貴様達さえ、今日この場で始末してしまえば!」
「……まだだ。俺達は、生きて元の生活を取り戻す! あんたには悪いが、こんな場所で死ぬわけにはいかない」
「人間にも、意地があるのよ……いつまでも、そう簡単にやられるわけにはいかない」
単調な攻撃に終始する鎧の化け物に対し、必死に耐える2人。
そして死が身近に感じられる状況下で、バラバラだった意識が合い始めたようだ。
「……何故だ! この私が、たかが人間2人に後れを取るはずがない!」
「理由なんて、知った事か! ただ、今死ぬわけにはいかない……」
「とにかく、攻撃し続けないと……ここで引いたら、そのまま押し潰されるだけ」
攻撃の合間を縫って、靖之と舞の攻撃が当たり始める。
とはいえ、武器(ブレスレットが変形したもの)の剣は防御に専念。素手での攻撃なのでダメージは皆無だが、メンタル面は大打撃らしい。
余計に頭に血が上ったのか、単調な攻撃に拍車が掛かるだけだった。
「お遊びは、もう止めだ……このまま、2人まとめて消し飛ばしてくれる!」
「……マズイ!」
「ちょっ……靖之!」
一瞬動きが止まると同時に、目の部分が光り始める鎧の化け物。
昨晩の経験から、靖之と舞にはそれが予備動作だと解ったのだろう。咄嗟に地面に伏せた次の瞬間、大きな衝撃波が発生。
次の瞬間には、巨大なクレーターが形成されていた。
読んで頂いた全ての方々に、感謝申し上げます。
投降ペースが不規則になってしまい、申し訳ありません。
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