イスパニアの醜聞(4)
・一応ファンタジーです。
・所謂マナを使った魔法やスキルは登場しません。
・但し超常現象やオーバーテクノロジーは登場します。
・この物語はフィクションであり現実世界と類似した事象があったとしても偶然の一致に過ぎません。
以上の事をご理解の上、お楽しみ頂けると幸いです。
――靖之達が移動し始めて少し経った頃。
「フェリペ王子……少し宜しいでしょうか?」
ようやく脱出を果たした王子一行だが、ものの数分で馬車が止まってしまった。
しかもトラブルらしく、家長に対して降りるように促す始末。
「その様子だと、好ましくない事が起きたようですね?」
「……はい。申し訳ありません」
穏やかに聞く王子に対し、衛兵の1人はバツが悪そうに答える。
他にも数名の衛兵が居るが、揃って下を向いたまま無言だった。
「……雨の影響で、山が部分的に崩落。町に向かうルートが、1つ遮断されてしまいました。そこで、現地住民が使用している裏道の使用を考えています。ただし……整備されていない為、かなり揺れる事にはなりますが」
「我々は、それでも構いません。襲撃犯の目的が私達家族であるなら、一刻も早く脱出するべき。あなた方の苦労を考えれば、意見を言える立場でもありませんし」
申し訳なさそうに言う衛兵に対し、あっさり同意する王子。
妥協できる点は受け入れ、衛兵達の心理的な負担を軽くしようと考えているらしい。
「了解しました……そして、お心遣いに感謝します」
「いえ、こちらこそ申し訳ない。それでは、家族共々お願いします」
会話は、たったこれだけで終了。
各々が自分の持ち場に戻る中、王子も荷台に移動した。
「……あなた。何かあったみたいですけど、大丈夫ですか?」
「ああ、問題無い。この先道が悪いみたいで、かなり揺れるそうだ。万が一頭を打ち付けるとダメだし、子供だけはちゃんと守ってやらないと」
「……ええ、そうですね。子供は私が見ておきますから、あなたは何かあった時の対応をお願いします」
「ああ、任せてくれ」
スヤスヤと寝息を立てる息子と娘を見つつ、小声で会話をする夫婦。
そうこうしている間に馬車が動き始めるが、不安からか会話は続かなかった。
“この国でも、議事堂が焼失するという大事件が起きたばかり……
比較的安定していたにも関わらず、テロの標的にされたわけだからな。産業革命で景気が良くなっているのは確かとはいえ、その分他国の標的にされ易い。
どの国も、植民地を求めて外にばかり目が向いている。
自国民を蔑にしていると、いずれ大きな代償を支払う時が来るのかもしれない……
ただ、我が国イスパニアはそんな悠長な事は言っていられない。ガリアと組んでメシトリに出兵したのはいいが、戦闘は泥沼化。
植民地として立て直すどころか、膨れ上がった戦費が経済を圧迫している。
これで万が一にも負けようもんなら、覇権争いから取り残されるのは確実だ。負ける事が許されず、引くに引けない戦争に足を突っ込んでしまった。
しかも、国内でも反乱・クーデター・陰謀が続出中だからな。
今回の私達を狙った暗殺事件も、恐らくその1つに過ぎない。だからこそ、何としてもヤツ等の手に掛かる事だけは避けなければ。
これ以上、我が国を衰退させるわけにはいかないのだから……”
王子がアレコレ考えている間に、裏道に入ったのだろう。
激しく揺れ始める馬車に、自分達の祖国が重なったように感じたようだ。
「皆、不安だと思う……私も不安だ。だからこそ、力を合わせて耐え凌ぐ必要がある。命懸けで我々を守ってくれている警備の人達の為にも、弱音を吐くわけにはいかない」
恐怖と不安で下を向いて固まっている家族に対し、必死に語り掛ける王子。
それでも反応がないので、実力行使に出る。
「王族は、国家の象徴……我々は、テロ行為には屈しない。その事を、今こそ国内外に知らしめる……いや、心配しなくてもいい。たとえどんな事が起ころうとも、皆は私が守って見せるから」
王子としてではなく、1人の父親・夫として家族3人を抱きしめる。
その決意は、しっかり全員に伝わったのだろう。声こそ出さないものの、涙を流してしがみ付いて来た。
不安なのは、一緒なのである。
そして、彼らの逃亡劇はまだ始まったばかりなのだから。
――同時刻。
「……報告します! 雨の影響により、湖の水位が上昇。移動に、深刻な影響が出ている模様です」
「……土砂崩れの発生を確認! 王子一行を乗せた馬車を、ロストしました。応援要請が出ています!」
「別荘は、既にもぬけの殻です……指示を求めていますが、どうしますか?」
襲撃犯のリーダーの元に報告が立て続けに届くも、マイナスな内容ばかり。
ここまでトラブル続きであり、司令部全体がパニックを起こす寸前である。
“何故だ……
こちらにも不手際があったにせよ、こうもチグハグになってしまうとは。状況が掴めてないのは、王子側も同じだというのに!
しかも、戦力ではこっちの方が圧倒的に上のはず。
もしかして、情報が漏れていたのか?
いや、『あの方』の計画は完璧だったはず。スパイの可能性は低いとなると、やはり我々の練度の問題になるだろうな。
まともに訓練もしていない、チンピラ崩れが大半を占めている。
無能と名高いこちらの警察以下なのは、想定外だったが……
その他にも、最初に攻撃して来たヤツの素性も気になるからな。正直、考えてもキリが無い状態だ。
それでも、今更引くわけにもいかない。
どんな手段を使っても、王子一家だけは始末しなければ!”
「落ち着け! この雨だ……裏道を使って脱出を図ったのだろうが、途中で馬車は使えなくなる。焦らず位置を特定すれば、捕捉するのは時間の問題だ!」
慌ててトップ自ら声を張り上げるも、効果なし。
まともに話を聞く人間が居ない事に痺れを切らしたのか、個別に指示を出し始める。
「別荘に居る人間を引き揚げさせ、土砂崩れがあった地点に向かわせろ。近くに、裏道があるはずだ。それさえ見つけてしまえば、こっちのもんだ!」
「りょ……了解しました!」
「ターゲットが脱出を試みている以上、ここに用は無い。部隊の再編をしつつ、ポイントD―5に集結。現時点をもって、作戦プランをC―3に移行する!」
「了解しました!」
とりあえず、組織としての統制を取り戻す所からスタート。
そのまま指示を伝えに動き出したのを確認すると、続けて側近達の引き締めに移る。
「今すぐ、幹部を全員集めろ。緊急の、作戦会議を始める!」
「はっ、了解しました!」
目的達成の為には、急いでいても実施する必要があるのだろう。
逸る気持ちを抑え、雨に打たれながらメンバーが集まるのを黙って待った。
――その頃、靖之達はというと。
「これだから、山は嫌いなんだ……地面がぬかるんで、まともに歩けやしない」
「まぁ、仕方ないでしょ。条件は、向こうも同じなんだし……」
慣れない環境下での移動を強いられ、2人共苛立っているのだろう。
雨で地面はぬかるみ、木の根と土が判別し難い状況である。それでなくても、体が濡れて体力の消耗が激しいのだ。
凹凸の激しい地面を歩くだけでも、苦行以外のなにものでもない。
だからなのか、ついついマイナスな言葉が口から出るようになっていた。
「後方よりも、左右前方が気になるな……」
「……そろそろ、最初の騒ぎがあった場所だからね。向こうも警戒してるでしょうし、慎重に行動しないと」
「全くだ……雨で足音がほぼ聞こえないし、目と感覚が重要になるからな」
「マジで、どのバカの仕業なんだろうね? あーっ、イライラする……」
苛立ってはいても、これまでの経験からか集中力だけは持続させる2人。
同時に、靖之には気になる事があるようだ。
“俺達を探している、あのテログループ……
確かに向こうが意識するのは当然として、今日で2回目だろ? そもそも、俺達がここに居る事をどうして知っている?
まるで、最初から気付いていたかのような反応だったからな。
タイミング的に考えて、姿を見られたか?
それとも、『あっちの世界の住人』の誰かがサポートしてるとか……いや、有り得ない話ではない。
昨日・一昨日の事を考えたら、そっちの方がむしろ自然だ。
他にも引っ掛かる事はあるけど、今は逃げる事に集中しないと……”
考えてはみたものの、すぐに答えが出ないだけに途中で諦めたのだろうか。
周囲の警戒を維持したまま、10分程移動した頃だった。
「……うおっ、マジか!」
「ウソでしょ? って……このままじゃ、さすがにマズいんじゃないの?」
後方で風切り音がしたかと思うと、2人の足元に矢が着弾。
咄嗟に近くの木の陰に身を隠すも、攻撃は連続している。
「……クソッたれ! どこから、撃って来てるんだ? 舞、そっちから確認出来ないか?」
「無茶言わないでよ! この雨じゃ、数メートル先を見るのが精一杯。犯人探しなんて、やるだけ無駄じゃないの?」
両人共に、動くに動けない状況である。
それでも舞の言葉を聞き、靖之が勘付いたようだ。
“そうだ……
この視界の悪さに加え、この威力と正確さ。矢もパッと見た感じ、2メートル近い長さと棒みたいな太さだ。
しかも、撃って来ているのは100メートル以上離れたポイントから。
とても、人間には出来ない芸当だからな。
もし出来るとしたら、先住民の中でもトップクラスの狩人ぐらい。まさか、そのレベルのヤツがアイツ等の仲間ではないはず。
となると、残る選択肢は1つしかない……”
冷静に考えた結果、1つの結論を行きついたらしい。
だとするなら、2人の取るべき行動は決まっているだろう。
――同じ頃。
「土砂崩れの影響で、道が完全に塞がれました。王子一行を乗せた馬車ですが、例の裏道を使って逃走中です」
靖之達を利用しようと企んでいるが、今は別件の報告を受けていた。
とはいえ、こちらが最重要ターゲットである。
「我々にとっては、まさに恵みの雨だな。アイツ等はここの土地勘がない以上、裏道を見つけるのに手間取るはず。獲物は、網に掛かったのも同然だ」
「はっ! 後は、網を引き絞るだけです」
「いや……ちょっと、待って下さい。王子一行が裏道を使っているのなら、そのまま逃げてしまうんじゃないですか?」
首領と報告者は満足そうだが、幹部の1人が待ったをかけて来た。
とはいえ、その手の質問は想定の範囲内のようだ。
「あの裏道は、地元の人間が使う簡易的な抜け道に過ぎない。舗装も整備も、全くされてないからな。この雨の影響を受け、状態は著しく劣化しているはず。馬車は、乗り捨てるのが目に見えている」
「はっ、はぁ……それならいいのですが、武装集団も気掛かりです。不測の事態に備え、こちらも早めに決断するべきかと」
「解っている……あの2人の誘導が出来次第、一気にケリを付ける。王子達に恩を売るのは、それからだ」
「了解しました……それでは、私は攻撃に向けて編成を整えておきます」
会話は、ビックリする程あっさりと終了。
その場を後にする幹部を横目で見つつ、報告者に話を振る。
「周辺に展開中の人間を引き揚げさせ、王子一行の監視に向かわせろ。一定の距離を取りつつ、情報を逐次報告するように。くれぐれも、我々の存在に勘付かれないように。そこは、徹底してくれ」
「了解しました」
手短に指示を与えると、足早に去って行く報告者。
依然として雨が降り続く中、今度は別の報告をしに部下がやって来た。
「申し上げます……例の2人組ですが、計画通り誘導する事に成功。ちょうど、武装集団の背後に位置している事になります」
「……ご苦労。それで、武装集団側の動きはどうだ? 王子一家の暗殺が目的であるからには、そろそろ反応があってもいい頃合いだが?」
「どうやら、裏道の存在には気付いた模様。具体的な場所の特定はまだのようですが、そのまま総力戦を仕掛けると思われます」
「警備隊を力で押し潰し、その勢いで王子一家に迫る……余程焦っているのか、計画性がまるで感じられない」
報告を聞いただけで、相手の様子が解るぐらいである。
そして脅威度が低いと判断したのか、安堵したような表情を見せた。
「そろそろ叩き潰したいが、準備はどうなっている?」
「完全に、我々が包囲した形となっています。こっちが突いてやって、2人組との戦闘で浮足立った所を狙う。30分も掛からずに、殲滅出来るでしょう」
「よろしい……後の予定も詰まってるからな。邪魔者には、退場してもらうとしよう」
「ええ、そうですね」
頭の中でシミュレーションをしつつ、話をまとめ始める首領。
しかし、報告者は何か気になる事があるようで。
「それで、武装集団を排除した後ですが……2人組の方は、どうしますか?」
「下手に始末しようとして、逃げられた時が面倒だ。我々の今回の目的は、あくまでも王子一家の保護にある。それさえ邪魔をして来なければ無視してもいいだろう」
「……了解しました」
「ただし、障害になると判断した場合は容赦なく排除する。私も、2回目を見逃す程甘くは無いからな」
「承知しました」
2件目の報告に対しても、これで話は終了。
小走りで去って行く報告者を尻目に、首領は天を見上げた。
「議事堂を国外のテロリストに破壊され、議員のクーデターまで起こる始末……いつまでも、田舎で燻ってる場合ではない。何としても、フェリペ王子達を保護しなくては。我が国を、イスパニアのようにするわけにはいかない」
首領はここ数日の出来事を振り返り、大きな溜息をつく。
フェリペ王子一家を巡る攻防は、降りしきる雨と同様に先行きが暗く淀んでいた。
読んで頂いた全ての方々に、感謝申し上げます。
投降ペースが不規則になってしまい、申し訳ありません。
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