オオダコと沈没船(2)
・一応ファンタジーです。
・所謂マナを使った魔法やスキルは登場しません。
・但し超常現象やオーバーテクノロジーは登場します。
・今回は長編の2パート目です。
以上の事をご理解の上、お楽しみ頂けると幸いです。
【前回までのあらすじ】
この日靖之が訪れた(?)のは、とある田舎の寂れた漁師町だった。
とりあえず舞との合流も果たせないまま、海岸を捜索。自殺志願者らしき老父を助けるも、彼の勘違い。
しかも、役人に間違われる始末。
それでも、何か情報が得られるならと成り済ます事に。新聞の情報に謎の海難事故を知るも、それだけ。
調査は、出鼻を挫かれる形でスタートした。
――新聞に目を通し終わった直後。
「すみません……ちょっと、聞きた――」
靖之としては、とりあえず探りを入れたいのだろう。
老父の目をジッと見据えながら口を開くが、次の瞬間だった。小屋の外で『パンッ!』という、乾いた大きな炸裂音が発生。
完璧な不意打ちに驚きを隠せない彼に対し、老父はノーリアクションのまま。
「ちょっと、外の様子を見て来ます。そうですね……何かあってもアレだし、あなたはこのままジッとしてて下さい」
靖之の言葉に対し、老父は黙って頷くだけ。
何か言いたそうな顔ではあるものの、聞いて答えるような雰囲気でもない。釈然としない状況ながら、まずは音の原因の調査を優先なのだろう。
そのまま、小屋の外に出て行った。
マジか……
あれだけの音にも関わらず、外に出たのは俺だけ。家の中に人が居るのは、窓の灯りや気配からしてほぼ間違いなし。
それにも関わらず、話し声の1つも聞こえて来ないからな。
まるで、住民全員が耳を塞いで聞こえないふりをしてるみたいだ。
……どうする?
下手にこの近くを彷徨って、姿を見られでもしたら犯人扱いされるだけ。だったら、一か八か海に向かうべき。
適当に周りを見て、異変が無ければ小屋に戻ればいいわけだし。
それより、爺さんのあのリアクション……
俺に何か隠してるのは間違いないとして、問題はその内容だ。十中八九事件絡みだろうけど、助けを求めておいて隠し事をするか?
まぁ……閉鎖的な土地だし、独特な風習が残ってる可能性はある。
あんまり深入りしても、痛い目を見るだけ。俺の目的は、あくまでもこの世界の情報収集だからな。
ダラダラしてたら、朝になってしまう。
明日はまた別の場所に居るだろうし、さっさと調べないと。
靖之は頭の中で考えをまとめると、再び海に向かった。
途中では特に異変もなく、聞こえて来るのは波の音ぐらい。まるで何も無かったかのごとく、すぐに目的地に到着した。
もちろん、そこも至って普通の状態である。
「……う~ん。爆発音みたいなのがしたにも関わらず、この静けさ。海で何かあったのなら、目に見える変化があってもいいんだけどな」
アクションを起こそうにも手掛かりも掴めない現状に、靖之はただ首を傾げるだけ。
そのままボーッと立ち尽くすものの、時間だけが過ぎるのみ。それでも、15分程粘って変化が無い事で断念したのだろう。
踵を返して、小屋に戻ろうとした時だった。
「……やっ、やっと見つけた」
「あっ、奥田さん! そんなボロボロになって……いや……そうだな。とりあえず、そこの岩に座ろう」
声を掛けられ姿を見るなり、慌てて駆け寄って肩を貸す靖之。
クラシカルなドレスは、既に砂と泥でグチャグチャ。同じく体も出血こそ無いが、軽度の打撲や捻挫はあるのだろう。
手を貸した状態にも関わらず、移動にはそれなりの時間を要した。
「とりあえず、奥田さんはここで休んでてればいい。ちょっと、水を探して――」
「わっ……私の事なら、もう大丈夫。それより、もう時間が……解るでしょ?」
休憩を提案に対して、途中で遮る舞。
おそらく、具体的な成果が挙げられていないのだろう。その言葉からは、焦りのような感情が滲み出ていた。
ただ、それは靖之も同じ。
心情も痛いほど理解しているだけに、すぐに意見交換を始める。
――10分後。
「なるほど……音の原因は後にするとして、私としては住民やそのお爺さんの話が気になるわね。隠し事をしてるのはほぼ間違いないとして、それが何なのか。佐山君は、どう思う?」
「……音に関しては、何の動きもないからな。この際無視するとして、問題は行方不明事件だと思う。爺さんの隠し事も、それに関するものだろうし」
まずはザックリと話し合い、優先順位を確認。
舞の体力も回復したらしく、すぐに行動を開始する。
「海の様子を見たいから……ここの人には申し訳ないけど、とりあえずボートを1つ借りて行こう」
「まぁ……遠くに行かないなら、小さいので十分だからね。私と佐山君の2人だけなんだし、1番小さいヤツで十分だと思うけど」
靖之と舞は、浜辺に止められている船を1つずつチェック。
全て手扱きなので動かすのは問題無いとして、問題はサイズだった。大型は最初から無視し、探しているのは2人乗り。
加えて、操舵に慣れてないので幅の狭いタイプは除外した。
結果、端から端まで探してようやく見つける有様。実際に海に出たのは、作業を始めて1時間近く経った後だった。
「はぁ……はぁ……はぁ……どっ、どうにか海に出られたけど、大事なのはこれから。ボートを動かすのは久しぶりだけど、とにかく頑張るしかない」
「……そっ、そうね。事件があった現場まで行くのは無理だとしても、とりあえず入り江の外の様子は見ておかないと」
「確かに……あっ、奥田さんは疲れてるんだから休んでて。行くだけなら僕だけで十分だし、いざという時もあるから」
「……ごめんね。佐山君1人に負担させるのは申し訳ないけど、今はお言葉に甘えさせて貰うわ」
役割担当もあっさり決まり、夜の海に漕ぎ出す事には成功。
ただ舞はというと、体力の消耗が激しい状態である。焦点の合ってない目で遠くを見詰めるのを、靖之はチラ見するのみ。
断腸の思いだが、それでも彼にはボートを動かすという仕事が残っている。
一旦彼女の事は頭の隅に追いやり、オールを動かす手に神経を集中させた。
釣りの経験が、まさかこんな所で生きるとは……何が役に立つか、解らないものだ。
とりあえず入り江の外に出るとして、こっちは土地勘が全く無いからな。遠くに行くのは無理として、どこまで進むか?
行ったはいいが、戻れませんでしたではそれこそ致命的。
それに、奥田さんは無理をさせられない。とはいえ、次はどこに飛ばされるかも解らん状態なのがもどかしい。
新聞も、結局事件関連にしか目を通してないし……
どうにかして、今日中に情報の1つでも見つけないと。
でも、出来るのか?
ボートにあるのは、投げ網とモリがあるだけ。まともな調査機器なんて期待出来ない上に、乗っているのはズブの素人が2人だけ。
普通に考えるなら、無謀でしかない。
でも……
どんどんネガティブなイメージだけになり、靖之はそれ以上考えるのを止めた。
そして、ボートの操舵に専念しようとした時だった。
「おいおい……マジかよ! って、悠長に構えてる場合じゃない!」
突然スターター(運動会で使うアレ)のような音が連続で発生。
何事か確認しようとするも、もう既に手遅れ。進行方向の沖で火が上がったかと思うと、瞬く間に燃え広がるのが確認出来た。
考えるまでも無く、何者かの襲撃であり音は銃声だろう。
距離があって炎上いるかものを特定出来ないが、状況的には漁師のボート1択だ。
「奥田さん! 申し訳ないけど、緊急事態だ」
「わっ、解ってる……どうする? 逃げる? それとも、やり過ごす?」
当たり前だが、2人揃って素人丸出しでパニック寸前。
咄嗟に決断が出来ない間にも、事態は更に進行する。
「くそっ! 船はもう沈んだか……周りに遮蔽物も無いし、このままじゃ見つかるのは時間の問題。とにかく……今は逃げよう! 陸地に上がってさえしまえば、まだこっちに勝機がある」
「ヤバい、ヤバい……えっ? 逃げるって……そうだ! 町なら隠れる場所にも困らないし、時間も稼げる。まさに、一石二鳥じゃない?」
「確かに……ボートは岩場に乗り捨てるとして、問題はそれまで見つからずにいられるかだ。どこの誰がやったのかは知らんけど、俺がヤツ等の立場なら全力で口を封じようとする。その前に、どんな手段を使っても逃げないと」
「信じられない……あんなに苦労してここまで来て殺されるなんて、まっぴらゴメンだわ。私は、どんな手段を使っても生き延びる。こんなどこかも解らない場所で、死にたくないもの」
究極の焦りからか、2人共に理性が大幅に低下しているのだろう。
感情剥き出しながら、意見が割れなかった事が幸いしたのか。口ではアレコレ言いつつも、ボートは180度ターン。
陸地に向けて、全速力で戻って行く。
「……あっ、後少しだ! 奥田さん……足の方はどう? 1人で走れる?」
「えっ? あっ、足なら……大丈夫。問題無い」
出発して時間がそれほど経って無かったのが、プラスに作用したらしい。
入り江の入口まで20メートルほどの距離になり、すかさず状態を確認する靖之。幸い舞の足に問題もないようなので、そのまま全速力で突進するのみ。
そして岩場に突っ込むと同時に、2人は陸地に飛び移った。
「はぁ……はぁ……はぁ……おっ、奥田さん……とっ、とりあえず上陸に成功したし、後は町に逃げ込むだけだ」
「げほっげほっ……はぁ……ふぅ……そうね。どうにかここまで来れたんだし、後はこのまま慎重に動くだけだもの」
地面にへたり込みながら、まずは体力の回復に努める2人。
急がなければならない状況ながら、体力の限界が近いのかもしれない。すぐに立ち上がる素振りは見せず、また両者の足は痙攣していた。
それでも、休んでいたのは3分ぐらい。
ノロノロした動きながら、移動する準備は整った。
「事件の犯人もだいたい解ったし、今日はこれぐらいでいいかな? そうそう……地名も解ったんだし、後は学校でゆっくり調べればいい」
「私も賛成だわ……明日は3限目からだし、学校に行くのは昼過ぎでいいからね。とにかく今は、ゆっくりお風呂に入りたいわ」
「いいなぁ……こう疲れてたら、風呂上りのアイスも悪くないかも」
「え~っ、そこはコーヒー牛乳でしょう」
敵の姿が見えない事で、若干の余裕が生まれたのだろう。
周囲に視線を向けながらも、雑談をしながら町に向かえているようだ。
だからこそ、海に突然現れたソレを見た時の衝撃も大きかった。
「コーヒー牛乳か。それもアリか――って、えっ? あれっ……ウッ、ウソだろ?」
「まさか……そんな、ウソでしょ?」
2人して驚愕するが、それもそのはず。
巨大な帆船がボートの沈没現場に現れたかと思うと、その場で急旋回。その軌道もさることながら、今日の風は凪である。
ありえない現象を靖之と舞に見せつけると、今度は陸地に向かって突進して来た。
「はははっ……おいおい、これは何か悪い冗談だよな? 何か、こっちに向かって来てる気がするんだけど」
「ちょと、佐山君……そんなコントみたいな展開かあるわけないでしょ? たぶん、私達は疲れてるのよ。だから、こんな有り得ない幻を見るわけで――」
両名共に口では否定しているものの、本能は現実だと察知。
それまでのノンビリした足取りがウソかのように、急激にスピードアップ。不安定な足場を、可能な限り早く移動する。
そう、一刻も早く町に逃げ込む為に。
「くそったれ! 信じられん……本当に帆船かよ」
「ウソでしょ? 急がないと、間に合わないんじゃ……」
「奥田さん……後ろ向きの言葉は、心を食うぞ。今は逃げる事に集中するんだ。町にさえ逃げ込んでしまえば、どうにでもなる。だから……」
「そうは言っても……」
2人は、チラチラ後方を確認しながら必死に逃走。
その間にもみるみる大きくなる船影に、恐怖を隠し切れないのだろう。途中からは見るのを止め、無我夢中で足を動かす。
転んだら最後、一巻の終わりなのは明白。
ダッシュ出来ないもどかしさに苛立ちを覚えながら、岩場も後僅かの位置まで来た。
パチパチパチッ!
2人にとっては、まさに青天の霹靂だっただろう。
急に前方から手を叩く音が聞こえたかと思うと、人影らしきものが岩陰から現れた。
「まさか、もう1艘ボートがいたとは……しかも他のボートが炎上するや、間髪入れずに陸地に向かう判断。とりあえず、見事だと言っておこう」
どうやら2人に讃辞を送っているようだが、当の本人達はそれどころではない。
顔面蒼白で、ただ黙って相手を見詰めているだけだった。
化け物……
所謂、メデューサってやつか? しかも、海賊みたいな服を着てる……いや、そんな事はどうでもいい。
この世界自体、現実離れしてるからな。
映画の世界の住民が出たとしても、こっちは受け入れざるを得ない。
問題は、こいつはどうやって俺達の前方に回り込んだんだ? まさか、ファンタジーの世界みたいに魔法でも使ったのか?
何だ、そのチートは!
いや……現実に、今目の前に居るんだ。
どうにかして切り抜けんと、このままだと2人揃って殺されるだけ。しかも、奥田さんはヘロヘロだからな。
俺が突っ込んで、その隙に逃がす……ダメだ。真っ向勝負で勝てるような相手じゃないし、返り討ちに遭うだけ。
反応を窺うにしても、躊躇わず攻撃する相手だぞ?
この2ヶ月の間に犠牲になった漁師が、いったい何人いるか考えろ。しかも、俺達は違う世界の人間。
新聞にすら載らず、自分の部屋のベッドで死んでるのがオチだ。
考えろ!
どんな手段を使っても、この場を切り抜けるんだ!
靖之なりに頭を働かせたものの、そんな短時間で解決策が浮かぶほど甘くは無い。
2人して何の反応も示せずに沈黙する中、今度は背後から声が聞こえた。
「カリーナ様……こちらの証拠隠滅は、全て終了しました。この者共以外、目撃者もいません」
「……ご苦労」
2人が声の主を確認すると、今度は諦めにも似たような表情に変わった。
背後に居るのは、映画ア○ターで出て来たような魚人のような姿をした生物。手にはしっかり火縄銃が握られ、弓矢を背負っているのも確認出来た。
しかも1人ではなく、2人である。
完全に戦意を喪失している人間達を尻目に、会話を続けるようだ。
「すみません、カリーナ様……例のタコですが、今日も見つかりませんでした」
「それは、別に構わん。この海域に逃げ込んでいるのは、確実だからな。船の位置もだいたい掴んでるし、人間共もそう簡単に近付いて来ないはず」
「了解しました。速やかに、タコを回収します」
「そうだ……積荷の財宝を回収する前に、タコに襲われたらシャレにならん。目撃者を始末しつつ、確実に追い込め」
「「了解しました!」」
話を手早く済ませると、魚人2人は用件が済んだとばかりに踵を返した。
そして、いつの間にか大型の帆船は既に入り江の内側に侵入。つまり、靖之と舞にとっては、完全に詰んだのも同然だろう。
文字通り完全敗北した人間達に、カリーナが問い掛ける。
「貴様等には、聞きたい事とやって欲しい事がある。ご同行願おう」
靖之達にとっては、死刑宣告そのものである。
その証拠に、彼女の2つの眼と多数のヘビの目が怪しく光っていた。
読んで頂いた全ての方々に、感謝申し上げます。
ジャンルとしては、変則的な転移系ローファンタジーです。
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