イスパニアの醜聞(1)
・一応ファンタジーです。
・所謂マナを使った魔法やスキルは登場しません。
・但し超常現象やオーバーテクノロジーは登場します。
・この物語はフィクションであり現実世界と類似した事象があったとしても偶然の一致に過ぎません。
以上の事をご理解の上、お楽しみ頂けると幸いです。
――いつもの時間。
「……今日こそ、平穏に朝を迎えたいものだが」
この日靖之が訪れたのは、湖の畔だった。
とはいえ、目に入るのは広大な水面と周囲に生い茂る無数の木々ぐらい。空を見上げると、宝石を散りばめたかのような夢の世界である。
キャンプデートするにはもってこいのシチュエーションだが、今はそれどころではない。
「どこで、誰が見てるかも解らない。さっさと舞と合流して、今日ここで何をするかを考えないと」
周囲に警戒しつつ、相棒との接触を最優先にして行動。
森の中に入ると、事前の打ち合わせに従って移動する。
“さて……
議事堂の襲撃事件以降、立て続けに事件が発生している。昨日に至っては、化学兵器を持ち出される寸前だったからな。
どんな小さな町であれ、何が起こっても不思議じゃない。
ただ、今日は人の生活とは無縁の場所。
舞と合流した後は、適当に時間を潰すだけでもいい。ゆっくり休まないと、神経を擦り減らすだけ。
何もせず、ノンビリ夜空を満喫するのも悪くないか?”
人の気配も全く無い中、考えるのは休む事だけ。
油断はしてないようだが、だからといって緊張しているわけでもない中途半端な状態。咄嗟の判断を迫られた時に困りそうだが、今日が運が良いのだろう。
数分もしない内に、舞と合流する事に成功した。
「……お待たせ。そっちは、どんな様子だった?」
「どんなも何も、湖があるぐらいだ。人の気配も感じなかったし、近くに町は無いんじゃないか?」
「そうね……こっちも道すらなかったし、森に人の手が入った形跡もない」
「生えてる木を見ても、材木に適してるとは思えんからな」
合流するも、双方共に成果はゼロ。
周囲の木に視線を向けるも、全く手入れがされてない自然そのものの状態だった。
「下手にこのまま森の中を彷徨っていても、俺達はここの土地勘がないんだ。迷子になるのが目に見えている以上、湖周辺に留まるべきだと思う」
「なるほど……化け物が居ないとも限らないし、闇雲に歩き回るのはリスクがあるからね」
あっさり目的地を決めると、すぐに移動開始。
万が一の時を備えてか、両人共に周囲への警戒はしっかり行っていた。
――同時刻。
「ねぇ、あなた……無理に、こんな時期にこの国に来る事もなかったんじゃないの?」
「いや……だからこそだよ。我々も王族の一員として、国益の為に働かないと」
湖を見渡せる丘の上にある、建物の一室で話をしている男女2人。
どうやら、それなりに格式のある人物なのだろう。きっちりとした身嗜みをしているものの、表情は晴れない。
むしろ話し振りからして、バカンス目的ではないのだろう。
「イザベラ様が女王に即位して以降、国は廃れるばかり。このままじゃ、あなたにも矛先が向かうかもしれないのですよ?」
「解っている……だからこそ、他国の援助が必要なのだ。そして、今頼れるのはここだけ。そう……失敗は許されない」
「だからって、あなたは次男ではありませんか? 次期国王である、皇太子アルフォンソ様がやるべき仕事でしょう?」
「兄者は、母上の補佐で忙しいのだ……それに、軍や政治家連中の動きも怪しい。ヤツ等を抑え込む必要がある以上、私しかないというわけだ」
どうやら、彼らの国も傾いているのだろう。
悲壮感すら漂う会話だが、国家存亡の危機は頼った相手も同じである。
「女王陛下と面会するのが、明後日……いや、今考えても始まらない」
「もう、遅いですからね……子供達を起こさない為にも、私達も早く寝ましょう」
「……そうだな。あの子達が安心して暮らす為にも、私達が頑張らないと」
「ええ、もちろんですとも」
2人は手を取り合ってそう言い合うと、そのまま寝る準備を開始。
ただその眼には、確固たる決意が滲んでいた。
――その頃、靖之達はというと。
「……よしっ! 火は確保出来たけど、靖之の方は大丈夫かしら?」
湖畔で光源を確保出来たのはいいが、まだ不安定な状態である。
口では相方の心配をしつつ、自身は慎重に調整を続けていた。
「何も無いに越した事は無いけど、こうも静かだと逆に不安というか……後で、とんでもない事が起こるような気がして……」
舞なりに、嫌な胸騒ぎでも感じたのだろうか。
露骨に顔に出つつも、火が消えないように調整は続行。
「……もう、大丈夫かしら? やっと安定して来たし、後は風の影響を受けないように工夫するだけ」
舞は頃合いと判断したらしく、種火の周りを木の枝で囲ってガード。
安定しているのを確認していると、靖之が戻って来た。
「あっ、お帰り……どうだった?」
「とりあえず、この通り。2人で食べるには、十分な数じゃない?」
「えっ……この短時間に、凄いじゃない」
「いやいや……それを言うんだったら、舞だって凄いと思うけど」
木の枝に刺さった魚を見て驚く舞に、靖之も讃えて来た。
20センチ程の魚が4匹と、軽くお腹を満たすには適量といえるだろう。
「それにしても、どうやって(魚を)捕まえたの?」
「いや……この近くに、入り江みたいになってる所があって。夜間休む為か、固まってたから木の枝で突いただけ」
「へーっ、なるほど……たまには、こうやってノンビリするのも悪くないわね」
「……確かに。休める時に、しっかり休んでおかないと」
会話をしつつも、舞は火の確認を靖之は魚を下処理と手は動かし続ける。
ただ、それも10~15分程度。
「塩でもあれば完璧だったんだけど……後、包丁じゃなくて石を使ってるから身が脆くなってると思う」
「了解……じゃあ、後は任せといて」
舞は靖之から処理の終えた魚を受け取ると、いよいよ調理開始。
火との距離を見ながら、慎重に位置を調整して行く。
「後は、じっくり火を通すだけ……とはいっても、時間が掛かるからね。ヒマつぶしってわけじゃないけど、何か話でもする?」
「そうだな……」
完全に気が緩んでしまっているが、まぁそれも仕方ないのかもしれない。
2人は半ばキャンプ感覚なのか、普通に話に花を咲かせ始めた。
「じゃあ……まずは水槽だけど、舞はフレームがある方がタイプ? それとも、フレームレス?」
「うーん……確かにフレームレスはお洒落だけど、その分制約も多いでしょ? こだわりはないなら、フレーム付きを選ぶわ」
「やっぱり、そうだよな……器具1つ取っても、フレームレスのやつは値段が張るし」
「ライト1つで1万の世界だからね? 水槽本体より、器具1つの方が高いって……まぁ、それだけ選択肢に幅があるとも言えるけど」
まずは、趣味のアクア関係をチョイスする2人。
軽くジャブ感覚で水槽に触れると、後は流れに任せて会話をするだけ。
「お金と言ったら、エサ代よね? 人工飼料を食べる種類が多いとはいえ、たまには生餌もあげたいし……靖之は、何か工夫してる?」
「……そうだな。サビキ釣りのシーズンの時に釣れた、豆アジとかイワシを冷凍しておくぐらい? まぁ、コスパは良くないけど……」
「いいんじゃない? 今度さ……シーズン中に、一緒に行こうよ? 気分転換にもなるし、弁当とか持って行ったら面白そうだし」
「弁当か……面白そうだし、俺は別に構わんけど」
さりげなく、靖之の休日が消える事が決定。
軽いノリで予定を決めるも、会話はそのまま次の話題にシフトする。
「あっ、そうそう……実は、前から気になってたんだけどさ。靖之は、自分のオリジナルレシピってあるの?」
「……しいて言うなら、食パンの上にマヨネーズと薄焼き卵を乗せたヤツかな? 甘めのコーヒーと一緒に食べると、めちゃくちゃ合うんだよ」
「なるほどね……私はざるそばを食べる時に、天かすとスダチを入れるぐらいだわ。もちろん、そばつゆじゃなくて天つゆでね」
「いや……それは、美味しそうだ。今度、俺も試してみよう」
時間的に、やはり食系の話は鉄板だろう。
ついつい、2人共テンションが上がるようだ。
――その一方で。
「……これで、全員戻ったな?」
森の中で、黒の服装で統一した出で立ちの集団が何か話していた。
ただし、ハロウィンの衣装やドッキリをする集団ではないのだろう。全員の手には銃等が握られ、目は血走っている。
視線が自分に向いているのを確認すると、その男は再び口を開いた。
「ターゲットは、丘の上の別荘に宿泊中のフェリペ王子家族だ。幼い子供を手に掛ける事は心苦しいが、これも祖国復活の為。皆、心を鬼にして貰いたい」
あっさりと衝撃の事実が告げられるも、動揺したり反対したりする者はゼロ。
真剣な面持ちの男達に、言葉を続ける。
「女王と王子の面会があるのが、明後日だ。議事堂での一件から間もないとはいえ、相手は世界の屈指の強国。何を仕掛けて来るか解らん以上、その前に抹殺する必要がある」
淡々と説明するも、ここでも口を開く人間はゼロ。
全員の視線を受け止めつつ、頭をフル回転させる。
“何故、こうなってしまったのか……
全ては、イザベラが女王に即位した事から始まった。
まだ3歳にも関わらず、前国王の唯一の子供という理由でいきなり即位。母親が摂政についたが、彼女は4番目の妻であり海外から嫁いだ立場である。
議会や貴族が反発する事になり、7年にも及ぶ内戦にまで発展した。
更に、彼女自身が16歳の時に政略結婚をさせられる始末。
もちろん、軍や政治家に貴族の思惑が働いた結果だ。皆が権力を利用しようとした結果、吹っ切れたのだろう。
独断で政治に口を出すようになり、内政・外交共にボロボロ。
放置していてもクーデターなり内戦で倒れるだろうが、それでは無意味だ。腐りきったバカ共を、まとめて始末しなければならない。
王子一家には、その生贄になってもらう。”
手のジェスチャーを交えて声を掛けるも、ただ乗って来るだけ。
傍から見ていると気付くのだろうが、本人に気付く術は無かった。
「本当に、救いようの無いバカ共だ……どいつもこいつも、ただ暴れる口実を探しているだけ。自分達に危険が迫ると、平気でリーダーに責任を丸投げするんだろうな」
集団の上空から見詰めるのは、いつぞやの妖精モドキ。
どうやらお気に召さないようで、徐々に機嫌が悪くなり始める。
「ああいう輩達は、増長させると見るに堪えんからな……どれっ? ここは、見の程というのを知って貰おうか」
ニヤッと笑うと、何かの呪文を詠唱。
何も無い空間に弓と矢の束が現れ、それを眼下の人間達に向かって乱射した。
「てっ、敵襲!」
「おいっ! どこから撃って来てるんだ?」
「とにかく固まるのは危険だ! 散開するんだ」
次々に倒れる仲間達を見て、リーダーの言葉を待たずに勝手に行動する面々。
慌てて対応しようとするも、既に手遅れの状態だった。
「おいっ! 大至急、来てくれ……武装グループだ!」
「もしかすると、王子達を狙ったテログループかもしれん! 何としても、排除しろ……絶対に、建物に近付けるな!」
「手の空いてる人間を集めろ! 数で押し潰すんだ」
騒ぎはすぐに警戒中の護衛グループに伝わり、この時点で作戦は事実上の失敗である。
撤退か? 強行か?
襲撃側のリーダーは、決断を迫られた。
「作戦を変更し、これより別荘を急襲する。敵の攻撃に対しては、各個応戦。いっきに距離を詰め、そのまま仕留める!」
そう宣言すると、反応も待たずダッシュ。
殆どが好き勝手に行動する中、それでも15人程度が後に続いて来た。
“もう、生きて帰る事は無いだろう……
ここで王子一家を始末した所で、まだ皇太子はピンピンしてるからな。政治自体に与える影響は、大きくないだろう。
それでも、このまま何もしないよりはマシだ。
クーデターや内戦では、この国は変わらない。やるなら、民衆の関心を集めるだけの衝撃を伴ってなければならない。
その為に死ぬなら、俺は本望だ!”
一心不乱に別荘を目指すリーダーグループに対し、他の面々は引き続きパニック中。
とっくに攻撃が止んだにも関わらず、明後日の方向に向かって銃を乱射していた。
「あの調子だと、警備チームに制圧されるのも時間の問題……別荘に向かったヤツ等がどうなるか見ものだが……おっ! あれは、いつぞやの2人組じゃないか? アイツ等を利用すれば……」
上空から人間達を観察していたが、偶然靖之と舞を見つけたのだろう。
何か悪知恵でも働いたのか、いきなりスッと姿を消した。
――その靖之達はというと。
「おいおい……どこのバカ共か知らんが、ノンキに魚を齧ってる場合じゃない。こっちに気付かれる前に、とりあえず撤退しよう」
「……本当、ここから離れた場所で助かったわ。首を突っ込んでもロクな事が無いし、巻き込まれる前にさっさと逃げないと」
これまでの経緯から、こういう時にどういった行動をとるべきか理解しているのだろう。
迷う事無く焚き火を処理すると、食べ終わった魚の骨を土に埋める。後は追跡を避けるべく、足跡を消して逃げるだけ。
もちろん、騒動と反対方向である。
「はぁ……やっぱり、こうなるか」
「仕方ないでしょ? 私達が当事者でないだけ、まだマシよ」
いきなり騒動に巻き込まれ、さすがに納得出来ないのだろう。
両人共に不満が顔に表れているが、グッと堪え森の中に逃げて行った。
読んで頂いた全ての方々に、感謝申し上げます。
投降ペースが不規則になってしまい、申し訳ありません。
次回の投稿ですが、まだドタバタしている為毎日投稿は不可能です。
細かい情報は、ツイッターでご確認下さい。




