依存する女
・一応ファンタジーです。
・所謂マナを使った魔法やスキルは登場しません。
・但し超常現象やオーバーテクノロジーは登場します。
・この物語はフィクションであり現実世界と類似した事象があったとしても偶然の一致に過ぎません。
以上の事をご理解の上、お楽しみ頂けると幸いです。
――食事を始めて約30分後。
「……結構、(カウンター)席が埋まって来たんじゃない?」
「ここは、老舗のてんぷら店。交通のアクセス面を考えても、接待に使いやすいと思う」
店内を見ながら話を振る陽菜に対し、同じく見ながら答える靖之。
いつの間にか満席になっており、それに比例して話し声で賑わい始めていた。
「あれを見れば解るけど、そろそろ団体客も来るはず。これ以上忙しくなる前に、お皿を空けておかないと」
「えっ? ああ……なるほどね」
靖之の言葉に陽菜は首を傾げたが、彼の視線の先を見て理解したようだ。
調理台の奥に大量のお盆と食器が並んでおり、既におかみさんが下準備を始めている。もちろん、同時進行で座敷も受け入れ準備を開始。
2人はお店の負担を少しでも減らすべく、自分達に出来る範囲で協力する。
「……失礼します。空いているお皿を下げても、宜しいでしょうか?」
数分もしない内に、店員(次男)が回収を開始。
手前から順に進めて行き、すぐに2人の所にやって来た。
「あっ……気を遣わせてしまって、申し訳ない」
「いやいや、大丈夫ですよ。それより、今日は予約の人が多いんですか?」
まとめられた空き皿を見て礼を口にする店員(次男)に対し、さりげなく質問する靖之。
陽菜自身は無関心を装っているが、しっかりと耳だけは向けているようだ。
「……確か、宴会が3件だったかな? このご時世にフグのコースを指定してくれるんだから、我々としてはありがたい。時間的にもうそろそろ、来るんじゃないか?」
「へぇ……フグとは、またリッチですね」
「ウチも、月に1回出るかどうかだからな。値段だってそれなりにするんだから、期待に応えられるように努力しないと」
「なるほど……頑張って下さい」
会話自体は、これだけで終了。
回収が終わるとすぐに隣に移動する店員(次男)を見て、顔を見合す2人。
「フグの、コース料理か……食べた事が無いから解らないけど、結構な値段になるんだろうな?」
「ちょっと待ってね……この前家族でここに来た時に、ちょうどフグのコースを食べたんだけど……確か、1人1万2000円ぐらいだったと思う」
「1万2000円か……まぁフグなんだし別に驚きは無いけど、どんな内容だった? 差し障りが無いんだったら、教えてほしいんだけど」
「うん、えーっとね……鍋があって、うす造り(てっさ)でしょ? 後はから揚げと天ぷらの盛り合わせに、ヒレ酒……それから、確か飲み放題のオプション付きだったかな?」
「へぇ……なるほど」
あっさりと内容を話す陽菜を、驚きも無く受け入れる靖之。
彼女の家の財力を考えると、当然といえばそれまでだろう。
“1万2000円か……
家族単位の祝い事ならまだしも、今回の客は団体客のはず。しかも3件ともとなると、全て同一のグループと考えるべき。
そうだ!
今日は、4月21日で日曜日……
平日じゃないんだから、打ち上げや送別会が行われるとは考えられない。だからといって、金持ちのボンボンが仲間とヒャッハーするチョイスとは違う。
じゃあ、コイツ等は何者だ?
もしかして、中国あたりの団体客か?
ウチにも直行便が出来て、町で見掛ける事も増えてるからな。ここの座敷は確か3部屋だから、埋める事自体は難しくない。
それに、お店としては有りがたい話だろうし”
靖之なりにアレコレ考えている中、その団体客が到着したようだ。
しかしゾロゾロと奥の座敷に向かう集団を見るなり、怪訝そうな表情になった。
「……どうしたの? 怖い顔して」
「いや……座敷の団体だけど、どこの誰かなと思ってさ」
不思議そうに聞いて来る陽菜に対して、率直に答える靖之。
なおも、視線を座敷に向けていると。
「……あの人達なら、松下グループの人達じゃない? 何人か見覚えのある人が居たし、間違いないわ」
「えっ……松下グループって、あの総合商社の? 日曜日にわざわざスーツを着て会食とか、只事じゃないんじゃないか?」
思わぬビッグネームが出て、驚きを隠せない靖之。
一方で口にした陽菜は、淡々としたままである。
「先頭を歩いていた30代ぐらいの女の人が、松下澪さん。松下・織田銀行の現頭取の3女で、松下製薬の社長だったはず」
「松下製薬っていったら、去年辺りにウチの大学近くに工場を建てた所だろ? 何をしてる所か知らんけど、反対運動があったのは覚えてるからな」
「だからでしょ。元々『あの会社』との繋がりが指摘されていたぐらいだし、悪い噂には事欠かない。実際、何をしてるか私も疑ってるし」
いきなりキナ臭い話になり、どうしても雰囲気が悪くなってしまう。
靖之としてもそれは不本意らしく、すかさず軌道修正を図る。
「そうだよな……でも、ここでアレコレ考えてても始まらない。せっかく美味しい料理もあるんだし、今はそっちを楽しもう」
「……それもそうか。せっかくのデートなんだから、楽しまないとね」
「いやいや、デートっていうほどじゃないだろ? いや……別に俺はそういうつもりで言ったつもりはないんだけど、周りに誤解されてもアレだろ?」
「いいじゃない、今日ぐらい? 楽しく食べて、楽しくお喋り出来れば」
陽菜の言葉に、動揺を隠せない靖之。
咄嗟の上手く反応出来ず、流れは食事に向かっている。だからと言って、ムキになっても変に傷付ける可能性があると判断したのだろう。
とりあえず、目の前の夕食に集中する事にした。
“うーん……
まさか、松下製薬のトップと出くわすとは。しかも、日曜日にわざわざ会食をするぐらいだ。
仕事の話とみて、まず間違いないはず。
だとしたら、何を話すんだ?
今回の化け物とは関係無いとしても、興味が無いと言えばウソになる。『あの会社』が、またヤラかしてなければいいんだが。
でも、あれにしても証拠は最後まで出ず仕舞い。
もちろん、それも所詮噂だけどな。どこまで本当の話か解らんけど、日本で問題を起こすのだけは勘弁して貰わんと。
まぁ、大丈夫だろうけど……”
食事をしつつも、さっきの集団が頭から離れない靖之。
さりげなくトイレに行くと陽菜に告げ、席を立って店の奥に向かった。
「さすがに、話し声までは聞こえんか……」
トイレの中は、耳を澄ませても無音のまま。
もしかしてと思ったが、諦めて出ようとした時だった。
「……それで、土地の買収の件はどうなった?」
「はい、所有者との交渉は終了。評価額の6割で手に入れたので、悪い買い物ではないかと思います」
突然話し声が聞こえ、壁に耳を密着させる靖之。
相手も盗聴している人間がいるとは思ってないらしく、普通に話を続ける。
「6割か。まぁ……それでも高過ぎるが、仕方ないだろ。それよりも、現地住民には気付かれてないんだろうな?」
「はい、問題ありません。法的に守られていますので、余程のヘマをしない限り問題は起こらないかと」
「よろしい……それで、工事はいつから始まるんだ?」
「計画通り、ゴールデンウィーク前に着工予定です。カムフラージュもやりますから、まず気付かれないかと」
聞こえて来るのは、不穏な単語ばかり。
不信感をマッハで溜める靖之を尻目に、話はなおも進む。
「今回の計画は、我々の将来が掛かった大切なプロジェクト。アメリカのヤツ等だけじゃなく、捜査関係者にも気付かれるわけにはいかない。急ぐことも大切だが、それ以上に情報が漏れないように細心の注意を払ってくれ」
「「了解しました」」
呼び掛けたのは女性の声であり、その内容から社長の発言なのだろう。
しっかりと釘を刺すも、隣のトイレにまで気が回ってないようだ。
“マズいな……
話を聞いたからには、黙っている訳にもいかない。どうにか場所を特定して、調べに行かんと。
もちろん、吉川さんにこの話をするのはNGだ。
同じく、舞や響も巻き込むべきじゃない。
話を聞いたのが俺である以上、これは1人だけで動くべき。幸い、ここは『あの世界』みたいに警察が無能ではない。
最低限の証拠があれば、勝手に捜査をするはずだ。
変に首を突っ込まなければ、そこまでリスクは負わないで済む”
靖之なりに考えをまとめると、そのまま盗聴を続行。
相手の言葉を聞き逃すまいと、耳に全神経を集中した。
――5分後。
「遅かったけど、大丈夫? お腹が痛いなら、薬があるけど……」
「いや……大丈夫。ちょっと、考え事をしてただけだから」
戻って来るのが遅かったからか、露骨に心配する陽菜。
靖之としては本当の事を話すわけにはいかず、曖昧に答える事しか出来ない。
「へー……それなら、別にいいんだけどさ。ひょっとして、私に隠れて奥田さんと電話でもしてたのかと思ってね」
「いやいや……あの子とは、別に付き合ってるわけじゃないんだから。わざわざ電話をする用事もないし」
「そうよね? 女の子と2人きりで食事に来て、まさか他の女に電話するわけがないし。いや……別に、靖之君の事を疑ってるわけじゃないけどね」
「あっ、ああ……もちろん」
真顔で詰め寄る陽菜に、思わず視線が泳ぐ靖之。
実は、彼女が彼にこのような態度を取るのはこれが初めてではない。
中学校の1件以降、彼女は靖之に依存した。
いや……彼が手を差し伸べるのを逆手に取り、独占したがったと言っても過言ではない。
誰か女子が声を掛けようものなら、距離が近くなる前に妨害。
告白されないように、常にベッタリの状況を作り出して周囲にアピールし続けた。その結果、中学の間はまともに会話をしたのは陽菜だけだった。
靖之自身がどう考えたのかは、本人にしか解らない。
ただ周囲の人間からすると、彼女が病的に執着しているようにしか見えなかった。
しかし、これは中学での話。
高校は別々になったから露骨な干渉は無くなったが、それは平日だけ。休日の度に電話をするか遊びに誘うかで、プライベートを把握していた。
舞の存在に気付いていなかったのは、最近までまともに会話をしてなかっただけである。
だからこそ、その反動で内心では焦りを募らせているのかもしれない。靖之自身が気付いて無いだけで、周囲の人間はその危うさを認識していた。
いつか、彼女は暴走すると。
そんな緊張状態とは知らず、ノンキにデート(?)をしている状態である。
しかも、コースもなんやかんやで終わる直前のようだ。
「最後は、トウモロコシ……お塩が合うと思います」
「「ありがとうございます」」
出されるがまま、口に運ぶ2人。
ちゃんと下処理をされているだけに、味は文句なし。しっかりと堪能し、後はデザートを残すのみ。
どうやらアイスクリームのようだが、出て来る前に陽菜が話を振って来る。
「靖之君は、今度の土曜日は空いてる?」
「土曜日? そうだな……池の調査が終わってたら、特に用事は無いけど」
陽菜の言葉を額面通りに捉えたのか、特に考えも無く答える靖之。
言った本人も、その言葉を待っていたようだ。
「じゃあさ……水族館に行かない? もちろん、2人だけで」
「水族館? 用が無いなら、別にいいけど」
「よかった……じゃあ細かい話は、またメールするね」
「OK、了解」
何も考えてないのか、2つ返事で同意する靖之。
あっさりと話がまとまった所で、デザートのアイスが2人に届けられた。
――同時刻。
「よしよしっ……ちゃんと、食べてるな?」
響は、自室内のケージを眺めつつ満足そうに頷いた。
目の前に居るのは、今日受け取った異形のトカゲ。冷凍コオロギをガッツク姿は普通のそれと同じだが、他は全くの別物である。
ただ、飼育者として断る選択肢は無かったのだろう。
「そうだ……明日は、荷物を学校に届けないといけないからな。さっさと風呂に入って、寝るとしよう」
壁時計を確認し、そのまま着替えを衣装ケースから取り出す響。
よほど時間を気にしているのか、窓の外から自分を見ている影に気付かなかった。
「あの様子だと、今日か明日だろうな。アイテムは後で接触した時にするとして、問題はいつまで生き残れるかだ」
淡々と感想を口にしつつ、懐から布の小袋を取り出すガイコツの化け物。
どうやら中には砂が入っているらしく、それを全て手に乗せゆっくりと息を吹きかける。
「彼が、3人目の生贄か……となると、残る1人は2人目の男の幼馴染の女で間違いないはず」
砂が空中で得体の知れない文字を描いたかと思うと、次の瞬間には灰になって消滅。
化け物は改めて確信を持ったらしく、小さく溜息をついた。
「とにかく4人が全滅する前に、何かしらの情報を掴む必要がある。でないと……こっちの世界も、取り込まれかねんからな」
化け物なりに、焦りを感じているのだろうか。
数秒沈黙するも、すぐに響の様子を観察。
「そうだ……やっと、『アレ』の保管場所を突き止めたからな。悪いが、その時が君のターニングポイントになるだろう」
それだけ呟くと、いつもの如くスゥッと姿を消してしまった。
一方の響は自分の置かれた状況も認識せず、着替えを持って自室を後にした。
読んで頂いた全ての方々に、感謝申し上げます。
投降ペースが不規則になってしまい、申し訳ありません。
次回の投稿ですが、まだドタバタしている為毎日投稿は不可能です。
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