双子池の怪物(中編)
・一応ファンタジーです。
・所謂マナを使った魔法やスキルは登場しません。
・但し超常現象やオーバーテクノロジーは登場します。
・この物語はフィクションであり現実世界と類似した事象があったとしても偶然の一致に過ぎません。
以上の事をご理解の上、お楽しみ頂けると幸いです。
――舞からの電話から10数分後。
「……とりあえず、これでいいか?」
靖之は荒れた地面を足で慣らすと、その場にしゃがみ木の棒を土に刺した。
次の瞬間、地面の下に隠されたツタの輪が反応。しっかり締まるのを確認すると、納得したのだろうか。
静かに頷くと、再び元の場所に仕掛け直した。
ただ、その表情は冴えなかった。
“さて……
とりあえず作ってはみたが、所詮簡易的なトラップ。舞が言った通りの化け物なら、数秒耐えられるかどうか。
ただ、他に方法が無いからな。
逃げる前に、1撃で仕留めないと”
強度が心配なのか、何度もツルを触るも表情は変わらず。
やがて諦めたのか、立ち上がって舞に電話を掛ける。
「とりあえず設置したけど、正直期待は出来ない。2人掛かりで、殺すつもりでやるしかないと思う」
「うん、時間も道具も無いからね。解った……ありがとう。じゃあ……これから追い込むけど、大丈夫?」
「こっちは問題無い。舞の方こそ、無茶しないでいいからな? 無理だと判断したら、すぐにそっちの判断で中止してくれて構わない」
「私は大丈夫……じゃあ、そういう事でお願いね」
かなり緊張しているらしく、靖之の言葉への反応は薄い。
結局そのまま通話が終わってしまった以上、もうやるしかない状況である。
「……舞はああ言ってるけど、本当に大丈夫なのか? とはいえ、今更応援に行くわけにいかない。俺は俺で、自分の仕事をするだけだ」
相方を心配する言葉を口にするも、実際には本人も緊張しているようだ。
手を腰に当て足先をトントンしつつ、その時に備えて次の行動に移る。
「うわっ、マジか……近くにまともに使える物が無いとはいえ、こんなので大丈夫か?」
周囲の木々を見渡して、その中の1本から枝を拝借するも想像よりも軽かったようだ。
手で重量を図るも、表情は不安を拭えていないのは明らかである。手で処理する事を優先して枯れ木に手を伸ばしたが、裏目でしかない。
それでも時間が無いだけに、余分な細かい枝を落として棍棒(仮)が完成。
試しに何回か素振りするも、乾いた風切り音がするだけで不安は残ったままだった。
「……どうやら、始まったみたいだ。舞の事だから上手く追い込んでくれるだろうし、後は俺の手に掛かっている」
少し離れた所で、何とも形容し難い金切り声が発生。
そして一拍の間を置いて何かが接近する気配を感じ、覚悟を固めたのだろう。静かに木の陰に隠れると、両手で棍棒(仮)を両手に持って静止。
目の前に『ソレ』が現れるのを、息を殺して待った。
“……っ!
よく解らんけど、凄いスピードだ。真っ直ぐこっちに向かってるとはいえ、これじゃあ舞は引き離されているはず。
どうにか2対1の状況に持ち込みたかったが、そんな悠長な事は言っていられない。
30秒?
いや、ともかく俺1人でどうにかするしかない!”
徐々に足音が大きくなるにつれ、その速度に驚きを隠せない靖之。
そうこうしている内に、『ソレ』が視界に飛び込んで来た。
“おいおい……
ここ数日結構化け物を見て来たけど、今度は恐竜? かよ。
体長は3メートル(半分は尻尾)ぐらいで、身長は俺とほぼ同じ。薄い茶色の体色に、手足の指にはカギ爪と皮膜が見られる。
ノコギリ状の歯といい、おそらく魚食性の生物のはず。
接近戦になったら、こっちが不利なのは火を見るよりも明らかだ。そうなる前に、一気に勝負を決めないと。
初撃を当てられるかが、成否を分ける!”
目の前に現れた『ソレ』を観察し、罠に掛かる瞬間を待つ靖之。
ただ、相手は野生の化け物である。近くに何者かが隠れている気配を感じたのか、2叉の舌をしきりに出して警戒。
周囲をキョロキョロ見て、なかなか歩を進めない。
“しまった!
どんなに痕跡を消した所で、嗅覚はアイツの方が上なんだ。おそらく、俺が隠れている事にもすぐ気付くはず。
どうする?
罠に掛かるのを待つんじゃなくて、このまま一気に仕掛けるか?”
そのまま踵を返す事を恐れ、頭の中で葛藤する靖之。
しかし、その考えは杞憂だったようで。
「……よっしゃっ! 絶対に、逃がさん!」
恐竜が数歩進んだ所で、罠が作動。
自分の足にツタが掛かり、パニックを起こしているのだろう。大音量の金切り声が響く中、木の陰から飛び出す靖之。
そのまま一気に距離を詰め、相手の喉元に向かって棍棒(仮)を突き出す。
ここまでは作戦通りに推移したが、問題はその直後である。
「ちっ! やっぱり、こんな攻撃じゃ無理だよな」
狙い通り棍棒(仮)はヒットしたものの、その衝撃でバキバキに粉砕。
同時に手に伝わった感触で、相手が改めて化け物だと認識したようだ。
“信じられん……
急所に当てたはずなのに、まるで生ゴムを巻いた筋肉の塊。こんなヤツを相手に正面から殴り合うなんて、正気の沙汰じゃない。
ここは一旦引いて、体勢を立て直すか?
いや……
この状況下で、どうやって逃げ出すんだ。どう見ても俺を完全にロックオンしてるし、スピードでも向こうが上。
背後から襲われて、それで一巻の終わりだろ?
もう少ししたら、舞が追い付くはず。それで2対1の状況を作って、隙を作って倒すしかない。
その為にも、俺が今やるべき事は時間稼ぎだ”
靖之なりに考えをまとめている間に、罠はあっけなく引き千切られて無力化。
しかも、攻撃を受けて頭に血が上ったのだろう。体色が濃い茶色に変化すると共に、頭頂部から尾の付け根の寝ていたヒレを展開。
血管が浮き上がって、不気味な模様を描いていた。
「……うっ! 早い……とはいえ、こっちも死線を潜り抜けて来てるんだ。そう簡単に、食らって堪るかよ」
相手の突進&手を振り回す攻撃を、全て躱す靖之。
この辺りは、連日の実戦で動体視力が養われているのだろう。無難に対処すると共に、隙を見つけて地面の土を目に向かって投げつける。
本人としては無我夢中だったものの、これはキレイにヒット。
頭を振って嫌がる素振りを見せたので、好機と捉えたようだ。
「さすがに、固いな……ただ、体重は思ったほど重くない」
試しに半分ほどの力で殴って見て、素手での攻撃は無意味と判断。
ただ手の感触から、軽さを感じ取ったようだ。
「このまま距離を保ちつつ、舞と2人掛かりなら……うおっ!」
慎重に様子を窺う靖之に対し、相手が口を開いたかと思うと何かを吐き出した。
少し離れていたから辛うじて回避出来たものの、大きくバランスを崩してしまう。
「こいつ、毒持ちか……これじゃあ、迂闊に取り押さえる事も出来ない……いや、これ以上のリスクは危険過ぎる」
慌てて体勢を立て直すと同時に、捕獲の可能性を捨てたようだ。
そして、このタイミングで待ちわびた援軍が姿を現す。
「はぁ……はぁ……はぁ……ごっ、ごめん! 大丈夫?」
「いや、間に合ってくれてよかった。舞は知らないだろうから説明する――」
全身汗だくの舞を見るなり、相手の特徴を伝える靖之。
向こうの攻撃を避けながらなので時間は掛かるが、それも程度の問題なのだろう。途中から理解したのか、彼女も攻撃して気を逸らし始めた。
これには、相手も危険に感じたのだろう。
一際大きな奇声を発すると、長い尾を振り回して攪乱。
「……この、鬱陶しい!」
「靖之! 下手に近付いても、逆効果なんだから……ここは一旦距離を取って、様子を見ないと!」
高速かつ立体的に動く尻尾に、悪戦苦闘する2人。
しかも固さも併せ持っているのか、その威力は意外とバカに出来ないようだ。
「……っ! コイツ……厄介この上ないな」
「……確かに。このままだと、面倒な事になりかねないわよ?」
狙っているのかは不明ながら、地面の小石が散弾銃の効果を発揮。
所々被弾しているらしく、2人に流血が目立ち始める。
「どうする? 一か八か、どっちかが囮になるのもアリだと思うけど?」
「いや、それは危険過ぎる……下手に肋骨にでも直撃したら、それが致命傷になりかねない。やるなら、もっと確実な方法にしないと」
舞の提案に対し、現実的な意見で応える。
彼女も頭では解っているらしく、もどかしそうな顔をしつつも食い下がりはしなかった。
ただし、そうこうしている間もダメージは蓄積。
滲んでいるだけの出血も、流れ出すレベルになっていた。
“さすがに、これ以上はマズイ……
せめて数秒でもいいから、コイツの気を逸らせれば。となると、舞が言うように一か八かの特攻か?
やるなら、俺が囮になるしかない……
それで、背後から舞が奇襲すれば!”
追い詰められ、靖之は遂に最後の策に頼る決断をしたようだ。
その事を、舞に伝えようとした時だった。
「……靖之! 早く!」
どうやら舞が近くに落ちていた石を投げつけたらしく、頭をぐらつかせる相手。
同時に尻尾の攻撃も止まったのを確認し、靖之が一気に距離を詰めた。
「舞、ナイス!」
相方に声を掛けると共に、全力でタックル。
互いの体重差からか、相手も奇声を上げるのみ。後は簡単な作業であり、2人掛かりで殴る蹴るの攻撃をするだけ。
それでも、さすがは化け物である。
素手での攻撃では何の効果も無かったので、落ちている石を使用。
無我夢中で攻撃し続ける事で、ようやく動かなくなった。
「はぁ……はぁ……はぁ……どっ、どうにか仕留められたみたいね?」
「あっ、ああ……そっ、そうだな」
息も絶え絶えながら、とりあえずは安心した顔を見せる2人。
とはいえ両人共に返り血で服は真っ赤でドロドロの状態である。フルパワーで殴りつけた手も、その反動でパンパンに腫れていた。
今は興奮して感じないだろうが、それが収まった時に地獄を見るのは明らかだろう。
「……ところで、この化け物はどうするの?」
「そうだな……誰かに見られたら、騒ぎになるのが目に見えている。だからといって、埋めるのもちょっとな……コイツが何者か、全然解らんし」
血だらけの恐竜を見つつ、咄嗟に明確な解を出せない2人。
無我夢中だったので、その後の事は考えていなかったのだろう。
“まだ4月とはいえ、今この瞬間も腐敗は始まっている……
死体を冷やすのは双子池を使うとして、問題はその後だ。1晩だけでもいいから、冷凍庫を使わせてくれる場所があればいいんだけど。
そもそも、このサイズだ。
業務用の貸し冷凍庫がベストなんだろうけど、この食品偽装にも厳しい世の中。何のチェックもせず使わせてくれる会社は存在しない。
何か、別の方法を考えないと……
あっ!”
靖之なりに考えた結果、何かアイデアが浮かんだのだろうか。
ハッとした表情になると、そのまま舞に声を掛けた。
「舞、あるぞ!」
「……えっ、あるって何が?」
「この死体を、明日の朝まで保存する場所だよ。しかも、誰の目にも触れずに安全に隠せる所が」
「ウソでしょ? 本当に?」
靖之の言葉に、驚きを隠せない舞。
見当もついてない彼女に、彼はその意外な場所を伝えた。
――同時刻。
「……おいおい、随分けったいな商売を始めたみたいだな」
「仕方ないだろ……例の2人の監視をするだけじゃ、ヒマで仕方ないからな。表面上だけでも仕事をしておけば、格好もつく」
先程響に謎の生物を売りつけた老父に対し、店内の商品を見ながら話を振る謎の人物。
とはいえ、姿形は人間の体型をしたトカゲの化け物である。明らかに『あちら側』の住民ながら、彼は驚く素振りは見せない。
それどころか、以前から見知った関係のようだ。
「それで、あんな生物を売り付けて何が目的だ?」
「あの2人が写本に憑りつかれて、次元の歪が出来た可能性がある。ただ、ヤツ等以外の人間にとっては理解の範疇を超えた話だ。騒ぎになる前に捕獲したが、だからといって殺すのは忍びない。だから、欲しそうにしてる人間に売った。それだけだ」
「ウソつけ……そんな事をしても、無意味だろ? いずれ、逃げ出すか捨てる人間が現れるのは時間の問題。騒ぎになるのは目に見えているからな」
淡々と答える老父に、懐疑的な目線と言葉を投げ掛ける化け物。
全く引き下がる素振りを見せないので、根負けしたのだろうか。
「次元の歪を処理するのも、私の仕事だからな。それに、闇雲に売りつけているわけでもない。相手は、ちゃんと選んでるつもりだよ」
「ほぉ……俺には、さっきの人間は平凡な男にしか見えなかったが?」
「いや、彼も既に憑りつかれた人間の1人。アイテムに触れてないだけで、彼の運命は既に決まっている」
「なるほど……お前が言うんだから間違いないんだろうが、だからといって売る理由にはならん」
老父の話に興味を持ったのか、色々な質問をぶつける化け物。
それに対して面倒臭がる素振りを見せつつも、ちゃんと答えるつもりのようだ。
「あの生物は、いわばイレギュラーな存在。それが身近にいる事で、あの人間にどういう影響が出るのか。私は、それが知りたいだけだ」
「お前……悪魔だな」
「いや、お前には言われたくないな」
「はははっ、確かに!」
真意を聞き納得したのか、ノンキに笑う化け物。
一方の老父もニコッと笑うと、顔が粘土細工のように変形した。
「……いいのか? まだ、昼間だぞ」
「構わんよ。表向きは平日のみの営業だし、名刺を渡したのは彼ぐらいだからな」
「まぁ、お互い外れくじを引いたんだ。先は長そうだし、気長に頑張ろうぜ」
「ああ、そうだな……ヒマなら、また来てくれ」
「おう、そうさしてもらうわ」
互いに言葉を交わすと、影も無く姿を消す化け物。
一方残された者は、骨だけの指で頭蓋骨をポリポリかいた。
読んで頂いた全ての方々に、感謝申し上げます。
投降ペースが不規則になってしまい、申し訳ありません。
次回の投稿ですが、まだドタバタしている為毎日投稿は不可能です。
細かい情報は、ツイッターでご確認下さい。




