モントレー卿暗殺計画(7)
・一応ファンタジーです。
・所謂マナを使った魔法やスキルは登場しません。
・但し超常現象やオーバーテクノロジーは登場します。
・この物語はフィクションであり現実世界と類似した事象があったとしても偶然の一致に過ぎません。
以上の事をご理解の上、お楽しみ頂けると幸いです。
「モントレー卿……個人的な恨みは無いが、これも全ては国の為。恨むなら、時代とあなた自身の主義主張を恨んでくれ」
「……ウォルコット議員。何故だ! あなたは袖の下を受け取らず、真面目に政治と向き合っていたはず……それなのに、どうしてこんなバカな事を!」
順調かと思われたモントレー卿の逃走劇も、郊外へと続く通りの中ほどで捕捉された。
追い付かれる事は想定していたようだが、その実行犯を見て驚きを隠せなかった。
「バカな事? それは、こっちのセリフだ。列強諸国が海外への勢力拡大を競う中、国内への投資を充実させる。あなた方が国民を堕落させているだけだと、何故気付かない?」
「それは、違う! 私も、海外進出は否定しない。ただその前に疲弊した国内経済を立て直さない限り、他の列強諸国に磨り潰されるだけ。今でこそ産業革命の恩恵で景気が上向いているが、いつまでも続くわけじゃないんだぞ?」
「永遠に続く成長? そんな事を主張するほど私は夢想家ではないし、国内経済の重要さだって認識している。ただ……現実を見ろ! 植民地のマウリヤで大規模な反乱があったのが、今から8年前。鎮圧にこそ成功したものの、アレを契機に勅許会社(植民地の経済支配の為の国営の貿易会社)の権限が王室に渡った。モントレー卿……あなた方が、裏で動いたのは知っている。あの愚行を、再び繰り返すわけにはいかない!」
「マウリヤに関しては、植民地として維持するだけで十分じゃないのか? 無理に勅許会社など設立するから、現地の住民達の反感を買うんだ。汚れ仕事は、向こうのヒマを持て余している王族に任せればいい」
「面倒な事は自分達は関知せず、現地に任せておけばいい……その腐った考え方が、今の国の現状を表している」
「じゃあ、どうしろと? マウリヤとの貿易は機能しているんだから、それで十分じゃないのか?」
「悪いが、ここで議論している時間は無い……そろそろ、終わりにしよう」
「……こ、こんな所で死ぬわけには」
主義・主張のぶつかり合いも終わり、後はモントレー卿の死を待つだけの展開。
ウォルコットと側近3人が銃を構える中、突然横槍が入った。
「……見つけたぞ! モントレー卿も一緒だ」
「もうすぐ、日が昇る。ここで、一気に片付けるんだ!」
「1人も逃がすな! 全員、ここで始末するぞ」
モタモタしている間に議事堂の襲撃犯に追い付かれ、銃撃を受ける事態が発生。
ウォルコット達からすれば、虚を突かれた上に人数でも3倍以上の差があるのだ。モントレー卿の事は一旦忘れ、応戦せざるを得ない。
そして、それはターゲットの逃走を助ける行為でしかなかった。
「……クソッ! ここまで来て、逃がして堪るか」
必死に撃ち返すも、多勢に無勢。
遮蔽物に逃げ込む事に成功したとはいえ、致命的な被弾は時間の問題と思われた。
「このままじゃ、殺されるのを待つだけ……あなただけでも、モントレー卿を追って下さい!」
「ここは、俺達が食い止めます! モントレー卿を仕留めてあなたさえ生き残れば、我々の勝ちですから……」
「自分のやるべき事をやる。違いますか?」
3人の側近の覚悟を聞き、ウォルコットも開き直ったのだろうか。
相手の弾切れの隙を突き、モントレー卿を追って走り去って行った。
――同じ頃
「こっ、こいつ……さっきまで今にも死にそうになってたくせに、急に動きが良くなりやがって! いくら粘ったところで、人間風情が勝てるはずもないのに」
「はぁ……はぁ……はぁ……しゅ、集中しろ。今ここで俺が倒れたら、舞とモントレー卿の頑張りが無駄になる。少しでもいいから、時間を稼ぐんだ」
カエルの化け物と靖之の戦闘は予想に反して長期化。
武器の斧を壊したところを境に、戦況が逆転していた。
「……なっ、何故だ! アイツの攻撃はことごとく当たるのに、こっちの攻撃は殆ど空振り。1発だ……1発でもいいから、当たりさえすれば仕留められるのに!」
「なんだ……化け物とはいえ、コイツも所詮は生き物。やれば……出来るもんだ」
ジャブを連続して被弾し苛立ちを募らせる相手に、靖之は満足げに微笑む。
1つ1つは微々たるダメージでも、冷静さを失わせるには十分なようだ。
「こんな事があって堪るか! これだけ時間を稼がれただけでも屈辱なのに、押されるなど有り得ん! 俺は、認めんぞ!」
「……お前こそ、舐めるなよ? 背負っている物の重みの違いを、身を持って味わうがいい!」
焦って大振りに殴り掛かったのを見て、すかさず右のカウンターを合わせる靖之。
拳が壊れていようと、お構いなし。フルパワーで振り抜くと、相手の左こめかみ辺りにヒット。
何かが砕けるような音と共に、化け物の膝が崩れ落ちる。
よしっ!
手ごたえはあったし、見ての通り与えたダメージも大きい。こっちは、さっきから意識がいつ飛んでもおかしくないからな。
出来るなら早く終わらせたいんだが、参ったな……
痛みはもう感じないから解らんけど、右の拳は今振り抜いた時に完全に砕けた。
出血のせいで、踏ん張るだけの力すら残ってない。だからといって、ちまちま当てるのも体力を消耗するだけ。
だったら、次の攻撃に全てを懸けるしかない。
ダメだったら、俺に運と実力が無かっただけ。それでも、モントレー卿はともかく舞が助かるならそれでいい。
死ぬのは、怖くない。
ただ、彼女の悲しむ顔だけは見たくないだけ。だから、最後の最後まで諦めるべきじゃない。
俺は、生きて元の世界に戻るのだから……
靖之は、ふらつきながら立ち上がる化け物を見ながら決意を固めた。
ただ、相手も早期決着を狙っているのは明白。それまでの無防備なスタイルから一変し、背中の盾に手を伸ばすと体前面をガード。
そして、直線状に突っ込んで来た。
「……ちぃっ! 今、タックルを食らうわけには」
「やはり、左に避けたな。その隙を待っていた!」
靖之が咄嗟にスライドしたのを予測していたらしく、盾を投げつけて攻撃。
辛うじて避けはしたものの、体勢を崩した所に右の前蹴りが飛んで来た。
「しっ、しまっ……げほっ!」
「……勝った! これで、終わりだ!」
みぞおちにヒットして動きが完全に止まった所に、追い打ちの左フックがアゴに直撃。
糸が切れたマリオネットのように崩れ落ちたのを確認し、ようやく戦闘態勢を解除した。
「……危なかった! もし、コイツが拳を壊していなかったら、今頃どうなっていたのか解らん。だが、これも勝負の世界だ。時間は取られたが、まだ逃げたヤツを追うには十分。何も問題ない」
口では余裕を見せるも、全身が汗だくで追い詰められていたのは明らかだろう。
そのまま立ち去ろうとするのだが、数歩移動した所でピタッと止まった。
「……止めておけ。せっかく、拾った命だ。今から治療を受ければ、助かるかもしれんのだぞ?」
「……ひゅーっ……ひゅーっ……ばだ、終わって無い! 貴様を、このまま行かせるわけには……」
淡々と現実を告げる化け物に対し、体中から血を噴出させながら立ち上がる靖之。
このまま放置していても勝手に死にそうだが、それでも戦おうと足を前に出す。
「愚かな……そうまでして、戦おうとする理由は何だ? 例え貴様が私に勝った所で、状況は絶望的。勝ち目がないと解っていて、命を投げ捨てるのは勇気とは違う? 無謀と言うのだ」
「解ってる……解ってるさ……どのみち、俺に勝ち目のない事ぐらい。でも……それでも、引けない事があるのさ。人間には……例えこの身が朽ち果てようと、変えちゃいけない信念があるんだ」
「人間の信念? くだらん……そんな物に縋って何になる? 弱者は弱者らしく、強者に従う事こそが真理。理想だけでは、何も救えない」
「そうかな? 俺は……覚悟だと思う」
「覚悟?」
「……そうだ。例え無謀で意味のない行為だとしても、覚悟があるから幸せになれる。それを捨てたら、もう死んだのも同然。生きていない……死んでないだけよ」
「覚悟・決意・信念……人は、時に形無い何かに頼ろうとする。だが、それは強さではない。弱者が自分を正当化するだけの、詭弁なだけだ」
「……化け物に言って、理解されるとは思ってねぇよ」
「ほぉ……そう言うなら、見せてみろ。そのボロボロの体で、何か出来ると言うのなら」
両者の主張は、真っ向から対立。
解決するには、力で強引に理解させるしかないだろう。
「人間という、弱き生物に生まれた運命を呪うがいい!」
「俺は、生き残って見せる! だから……最後まで、絶対に諦めない!」
感情の衝突に相応しく、両者の右拳が交錯。
力は互角だったのか、初撃は空振りで終わった。続いて左フックの応酬になるが、こちらは互いの頬に直撃した。
当然、ダメージが大きいのは靖之である。
「よしっ! 今度こそ、これで終わりだ……がっ!」
「まだだ……俺は、まだ戦える!」
よろけた靖之に右拳振り下ろすも、大振りで当たらず顔面を掠めるだけ。
それどころか軽い右ジャブをもらい、攻撃が寸断。
「何なんだ! そんなボロボロになってまで、貴様を突き動かす物は何だ?」
「さぁ……ここで引いたら、俺の人生も否定する事になる。18年、今年で19年か……辛い事、楽しい事……色々あったさ。だからこそ、最後ぐらいキレイに終わりたいだろ? ここで逃げたら、死んでも死にきれない。それだけさ」
「貴様……名前は?」
「佐山靖之。遠い国からやって来た、運命に抗うただの人間。あんたの言う所の、脆く脆弱な人間だ」
「そうか……私の名前はジョージ。違う世界から迷い込んだ、異質な存在。貴様を、戦士だと認めよう。そして、敬意をもってこの手で葬り去る!」
「やってみろよ……出来るもんなら!」
互いに、これが最後の攻防だと解っているのだろう。
口上を済ませると、全身全霊の右拳が炸裂。直撃して固い物がぶつかり合う音が響き渡ると、続けざまに左拳。
それでも互いに倒れず、無言のまま何度も拳を交わす。
何回ほど、それが続いただろうか。
「……いっ、いい……これほど充実した勝負は、久しぶりだ。そして、認めよう……貴様ほど、信念と覚悟を持った人間は初めてだった」
血だまりに沈み動かなくなった靖之を見下ろし、満足げに言い放つジョージ。
そして、今後こそ立ち去ろうとするがピタリと静止。数秒の沈黙の後、そのまま前のめりに倒れてダウン。
かくして、両者の死闘は相打ちという形で終了した。
――その頃、モントレー卿はというと。
「……皆が繋いでくれたこの命。絶対に生き残らなければ……そして、国政を立て直す」
どうにか郊外に逃げる事に成功し、後は隠れる場所を探すだけ。
とはいえ、ここは発展目覚ましい首都である。そう簡単に身を隠せる場所は無く、周囲は民家が立ち並ぶのみ。
下手をすると、これまでの苦労が水の泡になりかねない状況だった。
「どっ、どこでもいい……こうなったら、住んでいる人に頼み込んで匿ってもらうか? でも、その人がヤツ等に密告しないとも限らない。それこそ、万が一があるかもしれんからな。慎重に動かないと」
咄嗟の判断が下せないまま、夜の街を徘徊するだけ。
既に、議事堂の騒動に気付いているのだろう。飲み屋街にも人の姿は無く、町全体に灯りが1つもない有様である。
そして、追っ手はすぐに現れた。
「……モントレー卿。議事堂は既に火に包まれ、警察の捜査は難航しているようです。陣頭指揮を執るべきあなたが、逃げ回っていて国民に示しがつかないとは思いませんか?」
「……誰だ! お前も、ウォルコット議員の仲間か!」
「いえ……私は、この国がどうなろうと知った事ではありません。祖国の為、あなたが目障りなだけです」
「何だと! じゃ、じゃあ……列強のどこかの国のスパイか?」
「さぁ? 私がどこの誰か想像しようと、あなたの勝手。それに、そんな事はどうでもいい事。あなたは、これから死ぬのだから」
姿を見せたのは、議事堂を襲撃したグループの首領だった。
どうやら最初からこうなる事を予期し、1人だけ別行動をとっていたのだろう。その策は上手くハマり、最後の最後で捕捉する事に成功。
そのまま作戦を仕上げるべく銃口を向けるが、ここで伏兵が登場した。
「おいっ! そこのテメー……今、そこの家に火を付けようとしたな? 皆! こんな所に、議事堂を放火したヤツの仲間が居るぞ! 近くに仲間が居るのを見たし、次の標的にされているぞ!」
近くに隠れていた舞が、ありったけの大声でそれっぽいウソを叫んで注意喚起。
それまで無視を決め込んでいた住民も、自分達がターゲットなら致し方なし。次々に家の灯りが灯り、窓から顔を出す人が続出。
こうなっては、モントレー卿を暗殺するどころではないだろう。
「……この女! 最初からこれを狙って、今まで隠れていたな。やってくれる……でも、まぁいい……目的の大半は成功した。そして……今回はこれで引くが、女! 貴様だけは、絶対にタダでは置かない! 必ず、この手で始末してやる……必ず!」
さすがに状況が不利だと悟ったようだが、直前まで舞から視線を外さず逃走。
舞も迫力に押されたのか、それとも暗殺を阻止して安心したのかは解らない。ただ、疲れが一気に噴き出したのだろう。
その場に、力なくへたり込んでしまった。
読んで頂いた全ての方々に、感謝申し上げます。
投降ペースが不規則になってしまい、申し訳ありません。
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