モントレー卿暗殺計画(1)
・一応ファンタジーです。
・所謂マナを使った魔法やスキルは登場しません。
・但し超常現象やオーバーテクノロジーは登場します。
・この物語はフィクションであり現実世界と類似した事象があったとしても偶然の一致に過ぎません。
以上の事をご理解の上、お楽しみ頂けると幸いです。
「……1度飛ばされた場所は、2度と来ないと思ってたんだけどな。しかも……よりによって、ここだとは」
靖之は、視界の先にある特徴的な建物を見て呟いた。
そう、初めてこの世界に来た時の町である。
「あの時は、ここで銃を撃たれたんだったな……まだ数日しか経ってないはずなのに、遠い昔のように感じる」
感慨深そうに橋の欄干に手を伸ばし、負傷した左上腕部と右脇腹を触る。
当然完治したわけではなく、ここ数日で蓄積したダメージで目立たないだけ。意識したら痛むのを確認し、これが夢の中であって夢ではないと再確認した。
同時に、周囲の人間に怪しまれないようしつつ観察を始める。
さすが、都会なだけはあるな……
こんなコスプレ衣装としか思えない服装(海賊風)で歩いてても、誰も気に掛けない。まるで、他の人間に対して関心が無いみたいだ。
とはいえ、前回の例がある。
いきなり攻撃されるのは避けたいから、注意だけはしておかないと。
靖之は橋を行き交う人々の動きに目を向けつつ、あの時は辿り着けなかった対岸に移動。
某時計塔で有名な、国会議事堂らしき建物の前辺りだろうか。
『モントレー卿を釈放せよ!』
『即刻釈放し総選挙を!』
『裁判官は民意を尊重しろ!』
物騒な文言の書かれたプラカードを掲げた人々と、その周りに居る大勢の市民団体。
正確な数字は解らないものの、それでも数100人規模ではあるだろう。
「マジか……いつの時代も、ああいう輩が居るもんだな。法治国家なんだから、文句があるなら他に手段があるだろうに」
靖之は目を細めつつも、トラブルを避けるべく通路を挟んで反対側に移動。
建物の入口には、今にも暴徒化しそうな勢いの群集で異様な空気を醸成していた。
「とりあえず、舞と合流しない事には何も始まらない……」
周囲を見回し、まずは監視・尾行されていないかチェック。
人の注意が議事堂に向いているのを確認すると、目立たないようにその場を離れた。
あーっ、クソが……
ランドマークを利用しようにも、ああ殺気立った集団が居るなら逆効果だ。この線は、除外するしかない。
となると、次は月の位置……は、ダメだ。
空気が汚いから、星どころか月も見えないじゃねぇか!
いや……産業革命の時代の都市部だから、解っていた事ではある。現に今も、煙臭いというか金属臭いというか……
出来る事なら、長居したくないんだけどな。
でも、そんな贅沢も言っていられない。
ランドマーク・月・星がダメなら、って――
八方塞かと思われたが、視界の端に舞らしき人影を確認した靖之。
向こうもすぐに気付いたらしく、すぐに合流した。
「……何か物騒な集団が居て騒がしいけど、どうしたの?」
「いや……ただのデモの団体だろ。どうせ俺達には関係無いし、そんな事より町を調べるいいチャンスだ」
「確かに……周りの人はあの人達に気を取られてるし、この機会を逃す手は無いでしょうね」
「よしっ、そうと決まれば行動開始だ」
手早く行動方針を決めると、そのまま実行に移す2人。
まずは大通りから離れ、裏路地を目指した。
あの化け物達……
実際に話した時の感覚からして、メデューサの方はまだマシだ。協力関係は無理だとしても、ある程度の取引には応じる可能性がある。
ただ、あの妖精モドキはダメだ。
全身から滲み出てた殺気もそうだけど、どうも信用出来ない。表向きは手助けするように見せかけて、肝心な所で掌を返すのが目に見えている。
今後も、接触する機会は多々あるだろう……
その時にどう立ち回るかが、生き残る為の大きなカギになるはず。1つの判断ミスで俺だけじゃなく、舞の命まで脅かす事になる。
2人で協力して、臨機応変に対応出来るようにしなければ。
昨日の経緯からか、警戒を強める靖之。
ただ特に何の動きも無いまま、裏路地に到着する事は出来た。
「それにしても、凄い賑わいね……」
「この時代、スーパー(マーケット)やコンビニはないからな。仕事帰りの人間が買い物をする場所だから、情報収集にはもってこいだ」
「確かに……これだけ人が多いと、私達が紛れ込んでも周りに気付かれないでしょうし。あっ! あの時も、こうやって情報収集したと?」
「そう……まぁ、あの後ミコットを危険な目に遭わせてしまったけどな。でも情報収集をするなら、こういう場所がベストだと思う」
「それもそうね」
靖之はともかく、舞はこっちの屋台は初体験からか驚きを隠せないようだ。
路地の両サイドは露店でギッチリ詰まり、大勢の買い物客で渋滞が発生。ガス灯がいくつもあるので、昼間と変わらない明るさである。
皆がショッピングに夢中になる中、2人は別の目的で人混みに混じって行った。
「おっ! 兄弟じゃねぇか……そうそう、仕事の調子はどうだい?」
「うーん、ダメだな……コショウの値上がりが半端ない。この調子じゃ、据え置きにするのは無理だろうし」
「やっぱり、そっちもかい……どうも最近、船便が遅れ気味だからな。海を挟んだ対岸の大陸も、キナ臭い噂が飛び交ってるしこれからどうなるんだろうな?」
「さぁな……どうせ、なるようにしかならんさ」
「まぁまぁ、そう辛気臭くなるなよ。今日は俺が奢ってやるから、パーッとやろうぜ?」
「……それもそうだな。こんな日は、飲んで寝ちまうに限る」
目の前に居た商人みたいな2人組の男は、現実逃避がしたいのかそのまま離脱。
空いたスペースの分だけ靖之達が前に詰めると、右側から話し声が聞こえて来た。
「なんか最近、物騒になったと思わないか?」
「ん? 急にどうした……この町が汚くて物騒なのは、今に始まった話じゃないだろ?」
「いや、それはそうだけど……街中で見かける警官の数も増えたし……それにほらっ、モントレー卿の件もあるし」
「おいっ……どこで誰が聞いてるかもしれんのだぞ? 変な事を言って、目を付けられても知らんぞ」
「あっ……ああ、それもそうだな。ただ、気になるんだ。これから先、この国がどこに向かうのかが……」
「そんな事は、俺達が心配する事じゃねぇよ。俺達の国は、産業革命の真っただ中。ようやく景気が上向いてきたんだから、庶民はただ乗っかっていればいい」
「そうかな……ならいいんだけど、何か不安で」
こちらは建築労働者風の男2人だが、意見は一致しないまま。
それでも、マイナスな発言ばかりで業を煮やしたのだろう。男がウジウジしている方の男の肩を掴むと、飲み屋の方に消えて行った。
その後聞こえてくるのは、近所の人間関係にまつわるゴシップ情報ばかり。
得られる情報も無いので、靖之達が屋台から離れようとした時だった。
「そういえば、奥さん……モントレー卿が拘束された本当の理由って、暗殺から守る為らしいじゃない?」
「えっ、いや……いくらなんでも、それはないでしょう。確かに、モントレー卿は何かしらの告発をしようと計画してたのは知ってるわ。でも、今回の逮捕の発端は自身の女性スキャンダル。暗殺防止説を唱えるには、ちょっと説得力に欠けるんじゃない?」
「そうね……私も、考え過ぎだと思うわ。逮捕に関しては手を出した女に問題があったとはいえ、見抜けなかったのはモントレー卿の責任。残念だけど、彼個人の経歴にキズが付くだけでは済まないでしょう」
「うーん……でも、何か引っ掛かるのよね。タイミングが良過ぎるというか、だって何日か前に変な男に銃で撃たれたばかりよ? 事件に関しても、続報は新聞にも載らなくなったし」
「……もう、この話は止めましょう。今日は、せっかく皆でショッピングに出かけたんだから。ちょうど近くにいいレストランがあるし、そこでお酒でも飲んで。ねっ?」
「そうそう……せっかく旦那も仕事で遅いんだし、私達も楽しまないと」
強引な形で話を止め、2人掛かりでディナーに誘導。
まだ何か言いたそうな顔をしていたが、そのまま3人とも屋台の外に出て行った。
「なるほど……さっきのデモが、まさかこんな形で繋がっていたとは。このまま聞く耳を立ててもいいけど、どうする?」
「いや……せっかく、向こうからネタが来てくれたんだから。下手に歩き回って昨日みたいになるのも嫌だし、今日はこれでいいんじゃない?」
「了解。じゃあ、まずは現場で何か動きが無いか見てみるか?」
「そうね……現段階で動きがあるのは議事堂前だけ。噂話だけじゃ限界があるし、現場に行くしかないんじゃない」
靖之と舞も、あっさりと情報収集を止め行動を開始。
目指すは、2人が合流した議事堂前である。
モントレー卿か……
この時代は、まだ貴族の力が強かったからな。政治にも多大な影響があったし、だからこそ汚職が蔓延る要因にもなった。
逮捕の理由は、女性スキャンダル?
現在より性に寛容だったにも関わらず、それが原因で逮捕されるとは。金銭を要求されて脅迫されたとか、痴情のもつれとかで刃傷沙汰?
それとも、相手本人か関係者が犯罪を犯したか?
正直、現段階で判断するには材料が少な過ぎる。
ただなぁ……
この時代を象徴する小説である『、シャーロッ○・ホー○ズ』シリーズ。確か、「ボヘミアの醜聞」だったか?
あの女性が登場する話は、その痴情のもつれが原因。
国を巻き込んだ、大スキャンダルにまで発展したからな。フィクションの世界とはいえ、あの作品は時代の影響が色濃い。
もしかすると、この事件も……
考えている内に、言いようのない不安が湧いてきたのだろうか。
舞には告げなかったが、現場についても靖之の不安が消える事はなかった。
「相変わらずデモをしてるけど、議事堂に動きはなし……警察が排除する素振りも見せないし、靖之はどう思う?」
「建物に灯りが付いてるから、中で何かしらの審議が続いてるんだろう。このタイミングで排除したら、中に居る人間を外に出す時の邪魔になりかねん。とはいえ、近づくのもリスクが高いからな。この距離を保ったまま、様子を窺った方がいい」
「了解。私は周りの動きの変化を見ておくから、靖之は議事堂をお願い」
「OK……ちょっとでも変な動きがあったら撤退するから、そのつもりで頼む」
「OK」
建物の陰に隠れ、息を殺してデモ隊を観察する2人。
通行人の大半がスルーする中、動向の変化を注視し続ける。
モントレー卿の暗殺……
どこの誰かグループかも解らんけど、仮に事実だとしよう。逮捕されたからには、警備も厳重なはず。
直接警察署とかを襲う可能性は、かなり低いはず。
まだ、ネットや携帯も無い時代だ。俺が犯人なら、世間を混乱させて国家の中枢をマヒさせた上で行動を起こすからな。
特に、近くに感情の高ぶった民衆が居るならなお良い。
狙うは、町のシンボルであろう国会議事堂となる。
それにしても、警察はヤル気があるのか?
議事堂の正面玄関前でデモをしてるのに、近くに居るのは普通の装備のヤツが5人だけ。このタイミングで武装集団の襲撃があったら、ものの数分で突破されるぞ。
それとも、見えないだけで本隊がどこかに隠れてるのか?
どっちにしろ、違和感しかない。
靖之は警備体制に疑問を抱くが、時間が経っても変化なし。
時折舞に確認を取るも、周囲も同じ状態のようだ。
「ねぇ……そろそろ30分ぐらいだと思うけど、いい加減デモの演説にも飽きてきたわ。どうせここに居ても動きが無いし、町を調べた方が早くない?」
「……まぁ、そういうなよ。ヒマなのは解るけど、ここ数日そのパターンでやられてるんだ。このまま朝になるなら、それでよし。現実の方でも、池の水質検査っていう肉体労働が待ってるんだ。休める時に、休んでおかないと」
「それは、そうだけど……こうも動きが無いままだと、虚無感みたいな感じ? さっさと元の生活を取り戻す為にも、目に見える成果がないと不安で」
「いや……気持ちは解るけど、今は耐える時だと思う。どのみち、今日明日で問題が解決するほど、簡単じゃないんだ。長期戦になる以上、ケガで動けなくなるのだけは避けるべきじゃないか?」
「ええ……確かに、それはそうだけどさ」
動きが無い事で焦っているのは、2人の共通認識なのだろう。
ただ意思の共有までは至ってないだけに、両者の間に温度差が感じられた。
「あっ……どうやらデモも終わったみたいだし、私達がここに居る理由も無くなったんじゃない?」
「……確かに。変に長居する意味もないし、今の内に町に戻るか。夜更けといっても、まだ深夜じゃないからな。屋台で買い物をしてる人は、それなりに残ってるだろうし」
「……そうね。何の動きも無かったけど、どの時代のデモもやってる事が同じだと解っただけマシ。今なら道を覚えてるし、さっさと戻りましょう」
「了解……はぁ、何も無かったから良かったんだろうけど……何かモヤモヤする」
結局成果はゼロであり、両人共に心の中では残念に思っているのだろう。
そのまま、誰にも気付かれずに立ち去ろうとするのだが……
「おいっ! 何か、銃声のような音が聞こえなかったか?」
「ちょっと! 仮面みたいな物を付けた集団が、銃を乱射してるぞ!」
「早く、逃げろ! 銃を持ったヤツ等が、そこら辺にいる……誰か、警察に!」
少し離れた所で爆竹が鳴るような音が聞こえたかと思うと、数秒後には阿鼻叫喚。
聞こえてくる悲鳴は複数ヶ所になり、同時に銃声も爆発的に増加していた。
読んで頂いた全ての方々に、感謝申し上げます。
今回から、長編パートです。
投降ペースが不規則になってしまい、申し訳ありません。
次回の投稿ですが、まだドタバタしている為毎日投稿は不可能です。
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