准教授の頼み事
・一応ファンタジーです。
・所謂マナを使った魔法やスキルは登場しません。
・但し超常現象やオーバーテクノロジーは登場します。
・この物語はフィクションであり現実世界と類似した事象があったとしても偶然の一致に過ぎません。
以上の事をご理解の上、お楽しみ頂けると幸いです。
「あーあっ……せっかく朝早くに来たのに、不在とはついてないな」
「……仕方ないんじゃない? 先生だって、色々予定があるでしょうし」
靖之と舞は、電気の消えたままの研究室の前でガックリ肩を落とした。
気合を入れて朝9時に来たものの、成果はゼロ。両名にとっては手ぶらでは帰れない状況ではあっても、相手はそんな事情を知らないのだ。
現実を受け止めたのか、1つ大きな溜息をつき踵を返す2人。
「とりあえず講義は休講になってなかったから、昼休みに行けば大丈夫のはず。英文科の先生の方は、来てくれてればいいんだけど」
「まぁ、こっちもアポ無し突撃だからね。もう1回来るのは面倒臭いけど、こればっかりは仕方ないとしか言えないし。英文科の先生なら確か1限目からのはずだし、さすがに来てるんじゃない?」
「これでダメだったら、さすがに堪えるな……」
「……ええ、全く」
脳裏にマイナスのイメージが浮かぶのか、露骨に口数が減る2人。
エレベーターホールに到着する頃には、完全な無言になっていた。
ブレスレットに関しては、正直期待はしていない……
ただ、俺と舞はただの学生に過ぎない。ダメならそれで諦めるけど、その前に専門家のお墨付きが欲しいだけ。
あの先生は、国内でも有数の文字のエキスパート。
文化人類学の権威なら、もしかしてと期待しているのも事実……
昼休みまでおあずけなのは残念だが、今日はヤル事が多いからな。しっかりと集中して、1つずつこなして行くしかない。
とはいえ、次は英文の翻訳だ。
特に珍しい事も無いし書類数枚分だから、難易度も高くない。
ただ、自分達の時間と気力を割きたくないだけ。先生には悪いが、こっちは命が掛かってるんだ。
言い訳も考えたし、精々利用させてもらおう。
靖之がアレコレ考えている内に、エレベーターが目的地に到着。
エントランスにある案内図を見て、そのまま研究室に向かった。
「……そういえば、靖之って休みの日は何をしてるの?」
「休日か? んーっ、そうだな……飼ってる熱帯魚の水替えとか、本屋巡り。ハードディスクに溜まってるアニメを消化したり、時期によっては釣りに行くぐらいかな?」
「へーっ、なるほど……私もチャカチャカ(分類上はナマズ)を飼ってるんだけど、ずっと見てられるし癒されるわ。靖之は、何を飼ってるの?」
「俺はポリプ(古代魚)と、アイスポットシクリッド(キクラテメンシス)かな。よく見てたら1匹1匹個性があるし、全然飽きない」
「それ解るわ。私も時間を忘れて水槽を見ちゃうし。全然動かないけど、そこがまたいいというか」
先程までの無言とは打って変わり、会話に花を咲かせる2人。
結局まともな打ち合わせもしないまま、研究室に着くまで話し込んでしまった。
――20分後。
「「ありがとうございました」」
2人は無事に用件を済ませると、深々と頭を下げてドアを閉めた。
その顔は、どこかホッとしたようにも見える。
「……ふぅ。どうにか内容も解ったし、大収穫と言ってもいいんじゃないか?」
「そうね……時間が掛かるだろうから、後日またの流れだと思ってたんだけどね。ともあれ、用事の1つは片付いたし良かったんじゃない?」
「まさか、あの建物の中で感染症の研究をしてたとは思わなかったけどな……本当に、科学者の連中ときたら。普通、まともな予防設備も無い所でやろうとするかね?」
「まぁ、時代的にまだ実用化されてないだろうし。危険性を理解するのも、研究に必要なんじゃないの?」
「それはそうだけど、実際に水鳥の例もあるからな? これがもし人伝いに感染するタイプだったら、あっという間にパンデミックになるだろ。再び会う事は無いだろうけど、くれぐれも胆に銘じて欲しいもんだ」
「ええ、私もその通りだと思う。だからこそ。私達も行動する時は慎重にならないと。間違ってこっちの世界に持ち込んだら、もう手が付けられないもの」
「確かに……とりあえず、文章も解読出来たからな。後は研究内容だけど、こっちは専門家に頼らざるを得ない。あのメデューサが言うには人への感染はないみたいだけど、それだけでは安心出来ん。ここは、医学部の先生に聞きに行くしかないか?」
「まぁ……そっちは急がないし、明日以降手が空いた時にやればいいんじゃない? 私達にしたって、何の準備もしてないわけだし。今日は、予定の事を片付ける事に集中しましょう」
「ああ、それもそうだな」
エレベーターホールに着くまでに、今後の方針を決める2人。
口には出さないものの、気持ちは既に次の作業に向いていた。
「今が9時45分だし、そろそろ朝ご飯にでもする? この時間なら、まだモーニングに間に合うはずだし」
「いいね。学食に着くまでに、どのセットにするか決めとかないとね」
これからの作業を考え、2人がとった行動は食事だった。
腹が減ったら何とやら精神で、ノリノリだったが建物の外に出た辺りだろうか。
「ああ、靖之君と……そこの女の子。ちょうど探してた所なんだけど、お2人さんに頼みたい事があってね?」
背後から呼び止められ、一瞬動きが止まる2人。
しかし、両者のリアクションは両極端である。靖之は黙って天を仰ぎ、舞は状況が把握出来ずキョトンとしたまま。
ただ声を掛けられて放置も出来ず、振り向かざるを得なかった。
「えーっと、僕達はこれから朝食を食べに行く所でして……用件なら、それが終わってからでお願いしたいのですが?」
「2人仲良くモーニング? 私もまだだったし、ちょうどいいわ。食べながら話すから、一緒に行きましょう」
2人に声を掛けたのは、風間淳子准教授。
年より大幅に若く見える風貌と低い身長に加え、アニメ声というスペックである。実際に学生の人気も高いが、それはあくまでも外野からの意見なのだろう。
その証拠に、目の前の靖之は苦虫を噛み潰したような表情を見せていた。
「……えっ? 僕はいいですけど、まっ……じゃなかった。奥田さんは先生と面識が無いですし、緊張するかと」
「えっ、私? いや、その……確かに、緊張はしますね」
「へぇ……そっちの美人は奥田さんね。どうせ、生物学部の1回生でしょ? どこのゼミの所属?」
「……羽生ゼミです」
「ああ、羽生先生ね。彼の所は大所帯だし、名前を憶えて貰うだけで大変でしょ? 手伝ってくれたら私からも言っておくから、まぁ話だけでも聞いて行けばいいじゃない」
途中から舞にターゲットを絞ったのか、露骨に圧力を掛けて来る。
横の靖之は目で合図を送るも、当の本人はそれどころではないらしい。
「いっ、いや……でも、私達はこの後の予定がありまして。声を掛けて頂いた事は、ありがたいのですが……」
「まぁまぁ、そう言わずに。どんな予定かは知らないけど、話を聞くぐらいはいいんじゃないか? 何も、タダとは言わない。朝食は私の奢りだし、2人とっても悪い話じゃないんだ」
「はっ、はぁ……佐山君は、どう思う?」
「どう思うって、そりゃあ……まぁ、話を聞くぐらいならいいと思う。ただし、先生。まだ、引き受けると決めたわけじゃないですからね? そこは、間違わないで下さいよ」
「もちろん。じゃあ時間も勿体ないし、学食に向かうとしよう」
さしたる抵抗も出来ないまま、結果として准教授に押し負ける結果となった2人。
そのまま無言のまま、学食に到着してしまった。
「それじゃあ、食べたいものを頼んだらいい。でもまぁ奢るといっても、全部経費だから。私に遠慮する必要は無いから」
「……そうですか? じゃあ、モーニングのAセットにチョコレートパフェで」
「私は……そうですね。じゃあ、モーニングのBセットにチーズケーキで」
軽くオーダーを決めると、そのままレジに移動。
学校の先生が一緒だからか、おばちゃんとの雑談はなし。数分もすると、2人の頼んだものと、准教授のサンドイッチセットが出て来た。
後は、会計を済ませて近くの席に移動するだけ。
「さぁ……冷めたら美味しくないし、まずは食事にしよう。話をするのは、それからという事で」
「「はい……頂きます」」
ただでさえお金を出して貰っているだけに、2人には拒否権があるはずもない。
准教授に促されるまま、たどたどしく食べ始めた。
何だろう……
ウチの先生とは、出会って2週間ぐらいか。相手が1回生だろうが、雑用というか自分の研究の手伝いを結構振って来るからな。
しかも、断り難い手口で。
今回もそのパターンだろうけど、重要なのはその内容だ。何日後とかだったら、予定を組めるだけまだマシ。
ただなぁ、この人の場合この後すぐのパターンが多いような気がする。
もちろん、出来が良ければその分ちゃんと評価はしてくれるし褒め方も上手い。だからこそ、ゼミ内でも悪く言う人は居ないんだ。
それにしても、まずい状況になったな……
たかがモーニングとはいえ、こっちはガッツリ奢って貰ってるからな。断るのは無理だとして、頼むから今日以外でお願いします!
それか、パパッとおわる簡単な作業で……
いや、無理だろうな。
でも、俺達のような1回生に頼むような内容だろ。地味で単純な作業だろうけど、だとしたら資料集めとか?
うわっ、面倒臭い!
靖之なりにアレコレ考えてはみたものの、相手の真意までは読み取れないらしい。
終始無言のまま、食事自体は15~20分程で終了。普通なら和やかな雰囲気で雑談するのだろうが、今回に限っては可能性がゼロである。
反応を窺う2人に対し、准教授は口元を拭いながらあっさりと告げて来た。
「2人に頼みたいには、学校裏の双子池の水質調査だ。いや~本来なら手の空いてる3回生の誰かに頼むんだけど、ちょっと言い忘れててね。就活はもちろん、卒論に自分の研究と皆忙しそうで……もちろん、タダでとは言わない。検査機器は全てこっちで用意するし、日当として1日1万出そう」
ケロッとした顔で提案して来るも、当然2人は渋い顔を見せるのみ。
咄嗟に言葉が出ない中、頭をフル回転させる靖之。
いやいやいや……それは、無いわ。
頼み忘れたのは淳子先生(ゼミ内での苗字呼びは何故か禁止)のミスだろ。それに、いくら忙しくても研究室に入り浸ってるだけの無能なら何人も居るはず。
それにも関わらず、俺達を指名って……
こんなの、絶対に何日も掛かる作業じゃねぇか!
いや……平時なら、いくらでも協力したさ。でも、今は自分が生きるか死ぬかの瀬戸際で戦ってるんだ。
しかも何がイラつくかって、本当の事を話してもだれも信用してくれないって事だ。
どうする?
ダメ元で、キッパリと断って……ダメだ。俺の夢は、生物学者になって好きな研究に没頭する事。
まだ大学に入って1ヶ月も経ってないのに、ゼミ担当官の心証を悪く出来ない。
舞がどんな反応を示すか解らんけど、最適解は引き受ける1択。タイトなスケジュールになるぐらいは、受け入れるしかない。
空いている時間を使って、一気に検査を済ませる。
これなら、締め切りに遅れる心配はほぼないはず!
靖之は素早く考えをまとめると、横の舞に対してアイコンタクトで反応を窺った。
そして意思疎通を済ませると、准教授に返答した。
――同日、午後1時過ぎ。
「……なるほど。思ったより大きくないし、水の透明度も高い。最初話を聞いた時はどうなるかと思ったけど、これなら1~2日あれば十分だろう」
「そうね……パッと見た感じ、生態系に異常はないみたいだし。道具は明日の1限目後に取りに行けばいいし、問題ないでしょう」
嫌々ながら引き受けはしたが、だからといって2人共に手を抜くつもりはないようだ。
とりあえず現場を下見に来て、周辺環境を済ませた所らしい。
「元々は溜池のが、数十年前の大雨で東の春日川と繋がったと……こんな田舎だからな。土木関連の予算も降りないし、放置したまま今に至ると」
「枯れないのは、裏の山の湧水がここに集まってるからでしょうし。逆に元の環境に戻したら、大雨の度に氾濫しかねないからね」
2人は准教授に聞いた情報を元に、地図を広げてそれぞれの位置を確認。
おおよそのデータを頭に入れ、今度は池の周囲を歩き始めた。
「周囲は約500メートルで、水深は深い所でも10メートルぐらい。近くに不法投棄されている痕跡もないし、役所のお世話になる事も無い。調べるのは水質と水棲生物(水草も含む)だから、3日あれば十分なはず」
「ええ……その間、あっちの世界の事を調べられないのは面倒臭いけどね。でもまぁ……淳子先生曰く今回だけだって言うし、仕方ないんじゃない?」
「それもそうだ……って、これは何だ?」
「さぁ……何かの動物の足跡みたいだけど、一応写真だけでも撮っとく?」
「そうだな……使うかどうかは別として、調査結果は後でレポートにまとめるんだ。写真は多いに越した事は無い」
「OK」
池を回る途中で謎の足跡を発見するも、2人はあくまでも周辺に棲む動物の物と断定。
写真を撮るだけで、特に気にも留めなかった。いや、現実世界だからという思い込みが働いていたのかもしれない。
これが後に、大きな影響を及ぼすとも知らず……
読んで頂いた全ての方々に、感謝申し上げます。
今回は、長編パート前の単発の話です。
次回から、長編パートが始まります。
投降ペースが不規則になってしまい、申し訳ありません。
次回の投稿ですが、まだドタバタしている為毎日投稿は不可能です。
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