バラの花輪は死の香り(4)
・一応ファンタジーです。
・所謂マナを使った魔法やスキルは登場しません。
・但し超常現象やオーバーテクノロジーは登場します。
・この物語はフィクションであり現実世界と類似した事象があったとしても偶然の一致に過ぎません。
以上の事をご理解の上、お楽しみ頂けると幸いです。
「全く……社長も、無理なのは解ってるだろ? そもそも、ウイルスだって遺跡から持ち帰ったものなんだから。古文書の内容も、どこまで信用していいのか……ひょっとして、私達がやろうとしている事は……いや、止そう。賽は既に投げられたのだから……」
机に座り、独りブツブツ呟く研究者らしき男。
侵入者の存在には気付いて無いようだが、当の2人からするとそれどころではない。
『とりあえず、ここはもういい。ウイルスはともかく、今は古文書を探そう』
『……ええ。ウイルスに関しては私達じゃ手に負えないし、紙を抑えましょう』
靖之と舞は手のジェスチャーで意見を交わすと、静かに入口に移動。
意識が自分達に向いてないのを確認し、慎重にドアを開けて外に出た。
「急に風向きが変わったけど、これは俺達にとっては追い風。ヤツ等が何を企んでいるかは解らんけど、どうせロクな事じゃないはず。古文書を盗み出し、可能であればウイルスの研究を止める」
「何か、嫌な予感がするもの……どこに古文書があるか解らないけど、急ぎましょう」
手早く今後の方針を固めると、2人は建物の奥に向かって移動を始める。
ただ靖之は口にこそ出さないものの、妙な胸騒ぎを感じていた。
何だろう……
さっきから、何か引っ掛かるというか見落としているような気がする。
アイツ等の話しぶりから推測して、ウイルスはインフルエンザだと思い込んでいた。それは、認めよう。
この時代、ちょうどインフルエンザという言葉が定着した頃だからな。
ただ、この世界の科学技術は18世紀のままなんだ。21世紀現在ならいざ知らず、人為的にウイルスを変異させるのは不可能なはず。
遺跡から持ち帰った、ウイルスと古文書……
2つが何なのか解らんけど、実際に水鳥が大量に死んでいるのを見てるからな。2人の口ぶりからして、まだ人に影響は無いみたいだけど断定は禁物。
あっ!
というか、俺は死体と近い場所に居たんだ。感染ルートが解らないから何とも言えないけど、もしかして既に感染してるんじゃ……
だとしたら、非常にマズイ。
舞にもうつってる可能性があるし、何より自分達の世界にウイルスを持ち帰ってしまう。
いや……落ち着け。
まだ、人間に感染するという確証はないんだ。アレコレ悩むより、まずはその古文書とやらの回収が先だろう。
そして、ウイルスの開発を止める。
夜が明けるまで時間があるとはいえ、急がねば!
危機感を募らせつつ、舞とターゲットの発見を目指す靖之。
先程まで居たエリアを抜け、部屋が1つも無い通路に差し掛かった頃だろうか。
バラの花輪だ♪ 手を繋ごうよ♪
ポケットに♪ 花束刺して♪
ハックション! ハックション!
みぃんな、ころぼ♪
突然だった。
急にここに来た時に聞いた女の子の歌声が聞こえ、ピタッと足を止める靖之。
ところが、舞は何事も無かったように歩き続ける。まるで何も無かったかのような反応に困惑するが、耳に入った声は1度だけ。
気になりこそしたが、状況が切迫しているのか深く考えるのは止めた。
「おそらく、これから先は建物の最重要部分。人の数も多いでしょうし、軽はずみな行動は避けるべきじゃない?」
「あっ……ああ、そうだな。俺達の目的は、あくまでも古文書の奪取。ウイルスが何にせよ、その前に人に見られるわけにはいかない」
「ちょっと、靖之……顔色が悪いみたいだけど、大丈夫?」
「……えっ、問題無い。大丈夫」
「そう……ならいいけど、ここからが正念場だからね?」
「ああ、解ってる……」
若干の不安を見せつつも、気を引き締める2人。
これまで以上に緊張して、奥に進もうとするのだが……
「おいっ! 何だ、今の爆発は!」
「西側の倉庫だ! 誰か、見て来い!」
「ちょっ、一体何事だ!」
いきなり『ドンッ!』という音と衝撃が発生し、室内の人間がパニックを起こした。
これには、靖之と舞も同様を隠せない。
「……どっ、どうするの? 何が起こったのか解らないけど、このまま居座るのはヤバいんじゃないの?」
「そうだな……原因を突き止めるのが先決だけど、向こうからすると俺達はただの侵入者。変に見つかると犯人にされかねんし、とりあえずどこかに隠れないと」
「えっ……隠れるって、どこによ? 木造の建物で爆発って、そのまま炎上のパターンじゃない!」
「だからって、人が行き交う場所を突っ切って脱出するのは不可能だろ。ここは、落ち着いて状況を整理しないと」
「そんな悠長に構えてても、事態が悪化するだけじゃないの? 今すぐ、ここから逃げましょう」
「こんな時こそ、冷静に行動しないでどうする? 闇雲に逃げて袋小路に迷い込んだら、万事休す。助かりたいなら、行き当たりばったりの行動は避けるべきだろ」
状況が呑み込めず、意見が真っ向から対立する2人。
ただ、ノンキに言い争いをしている時間はないようだ。
「とりあえず、俺達が様子を見て来る。お前達は社長達を保護して、アレに異常が無いかチェックを頼む!」
「全く……だから人を雇えとあれほど言ったのに、あのバカ社長ときたら」
「おいっ! 雇い主の悪口を言うヒマがあったら、手を動かせ。クビになりそうになっても、俺は口添えしないからな」
「無駄口はいいから、さっさと手を動かせ! またアレが外に漏れでもしたら、お前等はどうするつもりだ?」
「そんな事は、言われなくても解っている! とにかく、人手が足りんのだぞ?」
ハチの巣をつついたような騒ぎの中、関係者は事態の対処に動き出そうと懸命。
靖之と舞が発見されるのも、もはや時間の問題だろう。
「……クソッたれ! このままでは、時間が経つにつれて俺達が不利になる。不本意ながら、建物の外まで撤退だ」
「ええ、そうしましょう。とりあえず爆発は西側みたいだから、逃げるのは東側ね?」
「そうだな……ただ、中に入って方向感覚がメチャクチャになっている。外に出るのを最優先にしつつ、周囲への注意はしっかりやらなければ」
「解ってる。私だって、こんな所で死にたくないからね」
状況を鑑みて、舞の案を採用した2人。
目的を明確にすると、すぐに行動に移った。
――10分後
「マジか……あんな事があったのに、ダラダラ喋ってていいのかよ? こんな所で油を売ってないで、さっさと現場に行けよ」
「あーっ、イライラする……動く素振りも見せないし、とっとと殴り飛ばした方が早くない? 向こうも2人だけなんだし、私達が同時に攻撃すれば一瞬で片が付くはず」
通路の陰から靖之達が見詰める先に居るのは、建物の関係者らしい男2人。
この緊急事態にも関わらず、笑顔を交えて談笑していた。舞の口から好戦的な意見が飛び出すも、まずは様子見。
自分達の方を見ていないのを確認し、一気に距離を詰めようと試みた。
「だっ、誰だ! そこに居るのは……」
「えっ? ぎゃあぁっ……」
靖之達が突っ込んでいる途中で、相手が居る場所に白煙が充満。
何者かに襲われたのか、断末魔の声を上げて倒れてしまった。
「ウソでしょ? 何、今の……」
「……解らん。ただ1つ言えるのは、この建物内に俺達以外の侵入者が居る事だ。タイミング的に、さっきの爆発もそいつ等が原因のはず」
靖之と舞は、攻撃を見て反射的に1番近い場所にあった部屋に籠城。
そこは倉庫や仕事に使うのではなく、誰かの個室のようだった。
キレイなペルシャ風の絨毯に、壁には額縁に入った高そうな絵画がズラリ。本棚も高級そうな専門書が並び、デスクの机とイスは木製のオーダーメイド品のようだ。
とてもじゃないが、一般人が使用しているとは思えない豪華さである。
ただ、2人はパニックになる寸前。
気配殺してやり過ごそうとするも、動揺は隠せず部屋の内部に目をやる余裕は無かった。
「ねぇ……これから、どうする? 2人を倒したのがどこの誰であれ、このままここに隠れ続けるわけにもいかないし」
「確かに、隠れるのはリスクが高過ぎる。ベストは、攻撃したヤツ等と内部の人間で潰し合いが発生する事。これだと、俺達に向けられる圧力が減るからな」
「でも、それは戦力が拮抗してる場合でしょ? 侵入者側は武器も持ってるだろうし、制圧されるのは時間の問題じゃないの?」
「そうだ……連中は、まともに建物の警備をしてなかったからな。はなから当てには出来んし、ここは隙を見て脱出する事に集中するべきだと思う」
「……そうね。外に出るまで後ちょっとだし、頑張らないとね」
2人は小声で話し合い、現実的なプランをチョイス。
ドア付近で外に出るタイミングを窺うが、何を思ったのか靖之の視線がある1点に集中した。
んっ?
書いてある内容は解らないけど、このマーク……いつは忘れたけど、どこかで見たような気がする。
それに、ここまで何の成果も上げられてないんだ。
部屋の主には悪いけど、せっかくのチャンスだ。読めなかったら捨てればいいだけなんだから、逃げる前に全部頂いて行こう。
引き出しは……ちっ! こっちは、ロクなもんがなかった。
靖之は机の上に散らばっている紙をかき集め、そのまま上着の中に突っ込んで確保。
舞が呆れた顔を向ける中、シレッと元の場所に戻った。
「よしっ……周りが静かになったし、出るなら今しかないと思う」
「……そうね。出来るだけ物陰を使って移動して、とにかく見つからないようにしないと」
2人は覚悟を決めると、ドアを開けて部屋の外を確認。
確かに、煙が残っていて完全にクリアな視界ではない。それでも、移動には支障が出ないと判断したのだろう。
周囲の動向に神経を向けつつ、ゆっくりと移動を始めた。
あっ、そうだ……
爆発にばかり気を取られて、今の今まで頭から抜けていた。
ここに来る途中に俺達は弓矢で攻撃されたけど、その実行犯達。アイツ等は躊躇なく攻撃して来たし、このタイミングでの襲撃だ。
同一犯と見て、まず間違いないだろう。
そして、森の中で攻撃されたのは口封じの為。最初から何らかの目的で襲ったのなら、辻褄が合うからな。
だとするなら、外に出ても安心は出来ない。
さすがに包囲はしてないだろうが、逃げた人間は始末したいはず。口封じ用に、どこかで待ち伏せている可能性は十分に考えられる。
油断しないように、気を引き締めなければ。
最初から掌の上で転がされているとも知らず、勝手に推測して警戒を強める靖之。
とはいえ、爆発と襲撃で2人の捜索どころではないのだろう。襲った側に鉢合わせする事も無く、移動自体は順調らしい。
慎重に動く必要があり、時間こそ掛かったが15分ぐらいで目的地に到着した。
「外に出たら、まずは川に移動しよう。森の中で待ち伏せされる可能性を考えたら、これがベストだ」
「……えっ、何で川なの? 変に小細工しないでも、そのまま来たルートで戻って朝まで時間を潰せばいいでしょ」
「いや……さっき、弓矢で攻撃されただろ? いくら不意打ちを食らったとはいえ、森の中での戦闘ならあっちが何枚も上手だ。向こうの人数も把握出来てない以上、ヤツ等の居る可能性の低い場所に逃げないと」
「あっ! 忘れてた……なるほど。川なら、私達が来た方向と逆……でも、実際に見たわけでも場所を目標にするのは危なくない?」
「……この状況では、もう仕方ない。上下水道に利用してるぐらいだから、それなりの水量があるはず。もし追われても、水音を利用して逃げ易いんじゃないか?」
「……もし、相手が先回りしてたら?」
「そうだな……前提条件として、まずは最初の攻撃を躱す。後は腹を括って戦うか、それとも逃げるかの2択になる」
「……でしょうね。そうならない為にも、常に警戒しておかないと」
倉庫の中の通気口と格闘しながら、今後のプランを話し合う2人。
高さの関係で靖之が舞を肩車しているが、カバーが外れず悪戦苦闘を強いられる。戦っても無いのに、外れた頃には既に息が上がっていた。
もちろん、その間も時計の針は進んでいる。
「雑魚は、この際どうでもいい! 生け捕りにするのは、責任者と研究員だけ。残りは、全員殺せ」
「おいっ! 野郎共、ブツと関係書類の回収も忘れるなよ。必要な物さえ手に入れたら、建物は焼き払えばいい」
「目撃者を1人も残すな! 必ず、全員の口を封じろ!」
どうやら制圧がほぼ完了したようで、聞こえて来るのは物騒な言葉ばかり。
靖之と舞は改めて気を引き締め直すと、通気口を使って外に脱出した。
――同時刻
「……カリーナ様。建物の制圧が、ほぼ完了しました。ブツの回収に関しては報告待ちですが、こちらの損害はゼロです」
「よろしい……数は我々が圧倒している上に、相手は非戦闘員ばかり。不意打ちさえ成功してしまえば、こんなものよ」
「……はい。それで、生存者はいかがしましょう?」
「我々の顔を見られているのだ。生け捕りにする責任者と研究員も、用が済んだら死んで貰うしかあるまい」
「了解しました。それから例の異界の人間共ですが、ヤツ等に関しては?」
「ああ、あの2人は見事に陽動の任を果たしてくれたからな。今回は我々が一方的に利用したわけだから、命だけは見逃してやろう」
「はっ、了解しました!」
テントの中で、事後処理の打ち合わせをするカリーナと側近。
一方的な虐殺なだけに、仕事は簡単そのもの。特に揉める要素も無く、後は部下からの結果を聞くだけ。
しばらく沈黙が続いたのだが……
「……そういえば、この近くで謎の少女の目撃談があったらしいな?」
「はい。おおかた原住民が作った噂でしょうが、目下調査中です」
「いや、それならいいんだが……万が一、アイツ等がここに来ているとなれば厄介な事になる。くれぐれも、慎重に調べるように」
「了解しました」
短いやり取りにも関わらず、2人の周囲に漂う空気が一気に緊張。
圧勝の状況にも関わらず、メデューサとマーフォークの顔に笑顔は無かった。
読んで頂いた全ての方々に、感謝申し上げます。
投降ペースが不規則になってしまい、申し訳ありません。
次回の投稿ですが、まだドタバタしている為毎日投稿は不可能です。
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