夢は異世界への扉
・一応ファンタジーです。
・所謂マナを使った魔法やスキルは登場しません。
・但し超常現象やオーバーテクノロジーは登場します。
・まだ導入部分になります。
・ヒロインが本格的に登場するのは次回からです。
以上の事をご理解の上、お楽しみ頂けると幸いです。
【前回までのあらすじ】
佐山靖之は、讃岐浜大学(生物学部)に所属する大学1回生。
若くして天涯孤独の身となりながらも、どうにか日々の生活をこなしていた。そんなある日、馴染の本屋で入学祝として謎の羊皮紙本を手に入れる。
この本がどんな影響を与えるのかは、まだ誰も知らない――
――(本を受け取った)その日の深夜。
「あーっ、やっぱりダメだ……とてもじゃないが、俺の手に負える代物じゃない。悔しいけど、俺みたいな素人には荷が重かったのか? いや、まだ始めて数時間しか経ってないんだ。それに、文学部の先生なら何かアドバイスをくれるかもしれない。明日の1限目が始まる前でいいから、ダメ元で聞きに行ってみるか?」
靖之は天を仰いで己の無謀さを実感しながら、1人足掻いていた。
本屋から帰ると、楽しみにしていた雑誌には脇目も振らずに貰った羊皮紙本と格闘。ネットで、本の修復に関する情報を集めるところからスタートした。
もちろん、そう簡単に問題が解決するほど甘くは無い。
どれも実現不能か、荒唐無稽な素人の意見ばかり。確かに僅かながらまともなモノもあったが、原本は手元の1冊のみ。
どうしても失敗した時のリスクが頭をよぎり、実行には移せなかった。
結果として時間だけが過ぎ、気が付いたら午前2時過ぎ。
これ以上は明日に響くと判断し、独力での解読は諦めたようだ。
あれから、まだ1年も経ってないのか……
考える余裕も無いぐらい忙しくすれば、悲観に暮れることもない。そう思って、今まで必死に耐えて来た。
親戚との繋がりも皆無。
余計な心配をかけたくないから、友達にも隠したままだしな。
どうにか生きてはいるが、正直心から楽しいと感じたことは1度もなかった。
何を目標に生きればいい?
アレがしたい、コレがしたい。どれも将来に希望があってこそ感じるのであって、今の俺には……
せめて、誰か相談出来る相手がいれば。
あの頃に戻りたいなんて贅沢は言わない。でも……せめて、ゆっくり話をする時間が欲しかった。
会いたい……
大切な人と、笑顔でたわいない会話をするだけ。無理なのは解っていても、そう願わずにはいられない。
俺は、あの日から――
「あーっ、イライラする……もう、止めだ!」
トラウマでも甦ったのか、本を机の上に放置したまま立ち上がりベッドに向かう靖之。
本人は自覚せずとも、メンタル同様に長時間目を使って疲労が溜まっていたのだろう。布団を被って、ものの3分もしないうちに睡魔に襲われた。
それも、自分の意思では抗えそうにないほど強烈なレベルで。
「……あっ、目覚まし忘れた。でも面倒臭いし、今日はいい……かな」
一瞬起きようとするも、既に手遅れ。
薄れゆく意識の中、諦めつつ夢の世界に旅立って行った。
それから、どのぐらい経っただろうか。
靖之は、目を覚ますと思わず目をパチクリさせた。
「えっ……なにこれ?」
しばらく沈黙が続き、出て来た単語はそれだけ。
目を擦ったり頬をつねったりするも、何も変わらなかった。
そこは、普段暮らす日本ではない別の世界。
露店が軒を連ね、ガス灯だろうか。レトロな光が周囲に建ち並ぶ、レンガ調の建物の輪郭を浮かび上がらせる。
これだけでも異常な光景なのだが、決定的になったのは通行人だった。
ほぼ全員が白人系な上に、服装はドレスかスーツ&コート。これが日本国内だと、結婚式ぐらいでしかお目に掛かれないだろう。
例えるなら、18世紀中頃のイギリスの光景といったところか。
そして人々はというと、靖之の存在など完全に無視。夜もどっぷり更けているにも関わらず、各々が露店で夜食や日用品を買っている。
ただ、靖之は状況が呑み込めずパニック寸前。
「ウソだろ? いや、ちょっと待て! ここは、どこだ? いや、そもそも俺が居たのは21世紀の日本じゃないのか? 出来の悪いラノベじゃあるまいし、『あれっ? もしかして、タイムスリップした?』なんて、あってたまるか!」
辺りを忙しなく見回すものの、残念ながら変化なし。
ただ、通路の真ん中で右往左往していても目立つだけなのは理解しているのだろう。とりあえず、人目を避けて建物の陰に移動。
自分を落ち着かせようと、所持品チェックを始める。
しかし……
……ウソだろ?
黒のジャケットとズボンに、白のポロシャツって。三ヶ崎高(母校)の制服は、ブレザーとワイシャツだぞ。
それに、この安っぽい黒のロングコート。
どれも買った覚えも無ければ、着た覚えもないものばかり。そりゃあ、周りの人の服装と比べれば違和感は少ないけども……
あっ、そうか!
グダグダで穴だらけの設定といい、この場違いな世界観もそうだ。昨日本を調べるのに飽きた時に、シャーロックホームズ(小説)を読んだんだった。
おそらくその影響で、夢を見てるだろう。
そうとなれば、もう大丈夫だ。目が覚めるまで適当に楽しんで、起きたら学校に行く準備をする。
簡単な話だ。
後……時間に遅れたらアウトだし、早めに行動しないと。
気が動転しつつも、どうにか冷静さを取り戻したのだろうか。
心は目覚めた後に向いているようで、ここが夢の中の世界だと断定。軽い気持ちは、注意力の散漫として形になって表れている。
だから、咄嗟の反応が遅れてしまう。
「……つぅ!」
急に左上腕部に火傷に似た痛みが走り、反射的に患部を右手で抑える靖之。
当然その程度で落ち着くはずもなく、手を外すとベッタリと血が付いていた。
「くそっ! 何があった? 血が出ているということは、誰かに攻撃された? いつ、どこから? なんなんだ……なにがなんだか、サッパリ解らない」
物陰に完全に身を隠し、止血すべくポケットの中を必死に探る。
とにかく血が止まれば何でもOKであり、選り好みする気は最初から無かった。
「よっ、よしっ! 後で治療するとして、今はこれで十分なはず……」
どうにかハンカチは見つけるも、所詮は素人である。本人は患部をきつく縛ったつもりなのだろうが、実際は片手だからユルユルの状態だった。
ものの数分で、血に染まって変色してしまう。
もちろん、これで事態が収まったわけではない。
攻撃した側も、靖之を仕留められていない事に気付いているらしく……
「おいっ、こっちだ!」
「見つけたか?」
「逃がすなよ? 確実に殺すんだ!」
背後から物騒な話し声が聞こえる中、脱出する機会を窺う靖之。
路地裏の人は、異変に気付いていないのか。チラッと視線を向けるも、ピクリとも反応せず。何事もなかったかのように、買い物を続けている。
それでも助けを求めようかと考えたが、相手は見ず知らずの相手である。
他人を頼る線は早々に諦め、独力での脱出に専念した。
落ち着け……冷静に考えるんだ。
何をされたのかは解らないが、犯人はハッキリしている。同時に距離があるということは、飛び道具のはず。
銃……弓矢……ひょっとして、槍?
ダメだ、痛みで集中出来ない。
違う、今はそんな事よりも逃げるのが先だ。どうにかアイツ等を撒いて、その上でキズの治療をする。
いや……治療するって簡単に言うけど、病院はどこにある?
そもそも金なんて持ってないのに、診てくれるわけがない。
どうする……
このまま、ここに隠れてても殺されるのは確実。それだったら、とりあえず逃げるのが先決だ。
ケガの治療は、それからでも十分のはず。
靖之は考えをまとめると、物陰から目だけを出して周囲を観察。
建物間の隙間の奥から、人の足音が聞こえるのを確認した。
「クソッたれ……逃げるといっても、路地に出て大通りに向かうしかない。先回りされてたら終わりだけど、どのみち俺には土地勘なんてないんだ……生き残るには、たとえ無謀だとしてもやるしかない」
周囲をキョロキョロ見回し、脱出路が1つだけなのを確認。
焦る気持ちを抑え、飛び出すタイミングを窺う。
「2人目だ! こっちにもいたぞ!」
「ちょっと待ってろ。俺が先回りするから、お前はそのまま袋小路に追い込め!」
「こっちのヤツは動けないみたいだし、俺1人で大丈夫だ!」
「了解した。おいっ、よく聞け! こいつさえ始末してしまえば、俺達の仕事は終わるんだからな。油断せず、全員で囲んで追い込むぞ!」
「「了解!」」
どうやら2人目の発見により、相手方は浮足立っているようだ。
必然的に靖之への負担が減り、逃げるチャンスが増えた事になる。もちろん当の本人も自覚しており、覚悟は完了。
ジッと息を潜め、その時に備えて待ち続ける。
「えっ? 貴様ぁ……っ!」
相手が姿を見せると同時に飛び出すと、タックルからのマウントを取っての連打でKO。
無我夢中ながら、ものの数秒で排除する事に成功した。
「はぁ……はぁ……はぁ……ぶっ、ぶっつけ本番だったけど……どうにか、上手くいってよかった。後は逃げるだけだけど、どこか近くに仲間がいるはず。間違って見つかると意味が無いし、ここからは慎重に動かないと」
乱れた息を整えつつ、靖之は自分に言い聞かせるように呟いた。
足元では中年の白人の男が顔面から血を流して倒れているが、完全に無視。拳の血を拭いもせず、さっさとその場を後にする。
目指す場所は、路地の先にあるはずの大通りだ。
「それにしても、コイツ等の無関心さはすごいな。さっきから何人も目が合ってるのに、誰も反応しない。結構目立つ出で立ちのはずなのに、信じられん。まぁ、俺にとっちゃあ好都合だけど……この無関心さは、ちょっと気味が悪いな」
拳の地に加え、負傷した左腕と全面は返り血で赤く染まっているのだ。
それにも関わらず、通行人が完全スル―する事に驚きを隠せない靖之。ただ、だからといって深く考えるだけの余裕はないのも事実だろう。
そのまま勢いに任せて、大通りに到着することに成功した。
「ふぅ……どうにか逃げ切れたようだし、後は傷の手当をするだけか……病院がどこにあるかはおいといて、今はとりあえずここから離れるのが先だ」
安堵の表情を見せたのは僅かで、すぐに気を引き締める靖之。
ここでも遮蔽物に体を隠しつつ、ゆっくりと移動を続ける。
あ~っ、イラつく……
土地勘が全くないのは仕方ないとして、とにかく病院だ。後、警察もあれば助かるんだけど。
でもなぁ……
どうみても、ここは日本じゃないからな。
現地の住民じゃない俺を、そう簡単に保護してくれるのか?
そもそも、これは俺が見てる夢の中だろ? 左腕といい、さっき殴った時に痛めたのか両方の拳までザクザクしてるんだけど?
もしかして、指の何本か折れるかヒビでも入ってるんじゃないか?
いや……そんなのどうでもいいから、さっさと起きろよ。いつまで、こんな意味の無いことをしなくちゃならないんだ。
全く……こんなことになるなら、本なんて受け取らなきゃよかった。
関係ないかもしれないけど。
心の中で愚痴を垂れ流している間に、大通りから大きな橋が掛かっている場所に移動。
そのまま前進して、3分の1ぐらい来たところだろうか。
「おいっ、そこの男! こんな時間に、何をしている!」
背後から唐突に声を掛けられ、思わず立ち止まってしまう靖之。
そのまま近づいて来るのを足音で感じながら、振り向く事も出来ない。
「やっぱりな……貴様には個人的な恨みはないんだが、目撃者は殺せと言われている。悪いけど、死んでもらう」
相手が言い終わると同時に、靖之は最後の抵抗に出た。
とはいえ、完全に素人の悪足掻き。欄干に手を掛け、川の中に飛び込んで逃げ切るという映画でしか成り立たない脱出手段だった。
それでも、虚を突いたのか体半分ほど身を乗り出すことには成功。
相手が発砲するのと、靖之が川に飛び込むのはほぼ同時にみえた。
「クソッ! ちぃっ……まぁ、いい。弾は体のどこかには当たったはずだし、左腕の出血はかなりのレベルのはず。数日以内に、水死体になって川岸に打ち上げられるだろう」
銃を発砲した相手は、欄干から川を覗き込みながら忌々しく吐き捨てた。
それでも、手応えは感じているのだろう。2~3分だけ、欄干から身を乗り出して川を観察するだけ。
苛立った表情のまま、去って行った。
――同時刻。
「さっ……さすがに、ここまで逃げたら大丈夫よね? 何が何だか解らないけど、どうせ夢の中の出来事のはず。気が付いたら、いつもの自分の部屋……もう、沢山! いきなり殺されそうになるわ、しつこく追い掛けられるわ。学校の生活にも慣れてないのに、これ以上ストレスを溜め込むなんて……」
建物の屋上で、体を震わせて怯える1人の女性。
幸い周囲に人影は無く、現時点では安全と言ってもいいだろう。ただ階段を抑えられたら、完全に袋のネズミ。
一転してピンチになるが、当の本人には自覚がないのだろう。
「うぅ……こんな時に、佐山君が居てくれたら」
彼女は、1人天を見上げて寂しそうに呟いた。
彼が同じ町に居て、さらに川に落ちた事も知らず。
読んで頂いた全ての方々に、感謝申し上げます。
ジャンルとしては、変則的な転移系ローファンタジーです。
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