バラの花輪は死の香り(3)
・一応ファンタジーです。
・所謂マナを使った魔法やスキルは登場しません。
・但し超常現象やオーバーテクノロジーは登場します。
・この物語はフィクションであり現実世界と類似した事象があったとしても偶然の一致に過ぎません。
以上の事をご理解の上、お楽しみ頂けると幸いです。
「クソッ! あれだけ注意してたのに……でも、待てよ? 気付かれるだけなら解るけど、明らかに待ち伏せされていたよな? 真後ろから観察してたけど、そんな素振りはなかった……」
靖之は、森の中を歩きながら首を捻った。
30分ほど休憩し、体力はある程度回復したものの疲労困憊なのは変わらず。体が鉛のように重く感じつつも、敵の追撃の可能性を考えると立ち止まってはいられない。
フラフラした足取りながら、行く宛ても無く徘徊するしかなかった。
「こうなった以上、舞との合流は諦めよう。それよりも、今は隠れられる場所を探さないと……この際、居心地なんてどうでもいい。とにかく、朝までやり過ごすだけで十分なんだから」
目を皿にしてセーフティスポットを探すが、残念ながら周囲は暗闇である。
いくら慣れたとはいえ、日中の視力とは比べ物にならない。
「……ダメだ。こうも遮蔽物が多いと、見えるものも目に入らない。もっと開けた場所に行くか、いっその事倒木の陰に隠れてもいい」
一向に進展しない状況に、痺れを切らしたのだろうか。
苛立ちを隠せないまま、時間だけが過ぎていたが……
「……んっ、アレは何だ?」
遠方に灯りらしき光源を発見し、靖之は目を細めた。
とはいえ、ここは夜の森の中である。自然に発生したものとは考え辛く、そうなると人為的な要因の可能性が大である。
ただ、手放しでは喜べない。
「アレは、俺を攻撃して来たヤツ等のアジトかもしれない。迂闊に近付くのは危険なのは解っているが、このまま引き下がるのも後味が悪いからな。ここは危険を承知で、自分の目で確認した方がいいんじゃないか?」
若干迷いこそしたが、それでも靖之は決断した。
そして、満身創痍の体を引きずって接近を試みる。
「おいおい……ちょっと様子を見るだけのつもりだったけど、まさかこんな代物に出会うとは……さて、ここからどうするかだ」
コッソリ忍び寄って茂みの中から確認してみると、光源の正体は平屋建ての家だった。
しかし、猟師が休憩所として利用するような山小屋の類ではない。
「30メートル……いや、どう考えてもそれ以上のデカさだ。窓は外から板を打ち付けて見えないようにしてるし、木製家屋のクセに玄関のドアは金属製。煙突があるから暖炉が室内あるとして、外に積み上げられたマキの量が尋常じゃない。後は……さすがに見張りは居ないとして、それでもどう考えてもおかしい」
パッと見える範囲の判断材料ながら、靖之でも普通ではないと感じ取ったようだ。
木を切り倒して作ったと思われた空間に、デンと構える巨大な家。これだけでも違和感しかないが、他にも異常な点は多数見受けられる。
下草も伸びてない所を見ると、手入れは行き届いているらしい。
「ここで指を咥えて黙って見てても、何も始まらない。とりあえず、中に入る方法でも探ってみるとするか?」
家を見ているうちに、好奇心がくすぐられたのかもしれない。
靖之はおもむろに立ち上がると、距離を保ったまま家の周りをグルッと周り始める。
なるほど……
排泄物や生ゴミの類は、ここに埋めて処理しているんだろう。中に何人居るのかは解らんが、穴の大きさ的に5人前後のはず。
侵入後に鉢合わせしたら、俺に勝ち目はないな。
木の根元に盛られた土を見て、即座に判断を下す靖之。
埋める時に漏れたのか、周囲には魚の骨と排泄物の異臭が少しだが残っていた。
水が流れる音がするし、足跡の方角も一緒。
飲料水を川上で汲み、排水は……ああ、解らないように木の板で蓋をして上から土を掛けているが、ここだ。
向きからして、川下に繋がっているはず。
排泄物処分場所から少し離れた所で、上下水道に関する痕跡を発見。
そのまま家の裏側に回った。
……んっ?
木の樽みたいな物が沢山置かれているのも気になるが、それよりも脇に積まれた木箱だ。蓋がずれて少し中が見えてるけど、あれってフラスコとビーカーだよな?
他にも、薬品の入ってるビンみたいな物が地面に落ちてるし……
ますます、中で何をやってるか気になってきた。
場に不釣り合いな発見の連続に、不信感を募らせる靖之。
同時に、謎を解きたいという好奇心も増大したらしい。
とにかく、中に入らん事には何も始まらない。
どこでもいいから、侵入路を見つけないと。
靖之はそのまま家を一周し、それらしい場所がないか確認。
窓横の、通気口らしき穴のカバーが取れかかっているのを発見した。
よしっ……これなら!
慎重に手で掴み、カバーの木が腐っている事を確認。
音を立てないように外すと、一気に体を押し込んで中に侵入した。
「……ふぅ。泥棒みたいで後ろめたいけど、気になったからには仕方ない。何もなければ、そのまま立ち去るだけだし」
靖之は自分に言い聞かせるように呟くと、そのまま物色を開始。
侵入した先は倉庫のようで、置かれているのは小麦や干し肉といった保存の利く食料のみ。一応詳しく調べるのだが、変わった物は何も無かった。
そのまま他の部屋に移ろうとするも、次の瞬間ピタッと足が止まる。
「……あれっ? ここって、森の中だよな。しかも、通気口は密閉出来てない状態だった。それにも関わらず、何でここにはネズミはおろか虫が1匹も居ないんだ? 殺虫剤も置かれてないし、そもそもこの時代には存在しないはず……」
ふと脳裏に浮かんだ疑念が、急速なスピードで肥大化。
明確な解が見出せないでいると、背後に人の気配を感じた。
「……くっ、しまっ――って、舞か……急に来たから、心臓が止まるかと思った……」
「……そっ、それはこっちのセリフよ。急に矢で攻撃されて逃げてきたら、この小屋だもの。とりあえず隠れようと逃げ込んだけど、何で靖之もここに?」
「えっ? 舞も、攻撃されたのか……」
状況が全く飲み込めないものの、奇しくも両者は合流を果たした。
とはいえ、このままではラチが開かないのも確かだろう。これまでの経緯を互いに説明し、細部こそ違いがあってもほぼ同じだと判明。
倉庫内の謎に関しても、舞も答えが出せなかった。
「ここで何かが行われているとみて、まず間違いない。そして、俺はそれが何なのかを明白するべきだと思う」
「……そうね。先に靖之が見た水鳥の死骸も、ここでやっている事と関係してそうだし。私も、このまま引き下がるべきじゃないと思う」
2人の意見が調査続行で一致し、すぐに行動開始。
まずは倉庫の外に出ると、周囲を観察する。
とりあえず、近くに人の気配はない……
降下不幸か、通路が一本道の上部屋は右側に集中している。1つずつしらみ潰しに調べて行けば、見落としもないだろう。
それに、こっちは2人居るんだ。
片方が監視役をやれば、いきなり発見されるリスクも減る。
よしっ、これで行こう!
靖之は素早く考えをまとめると、舞に耳打ちをして内容を伝達。
頷いて合意したので、そのまま捜索を開始した。
――約30分後
「……遂に最後の部屋だけど、まさかここまで空振り続きだとはね。相手に見つかってないだけ、まだマシだとは思うけど」
「そうだな……いきなりビンゴだとは思ってなかったけど、ここまで空振り続きだとは。もう、さっさと切り上げて他に移るか?」
黙々と部屋を調べ続けるも、ここまで倉庫と物置ばかりで終了。
成果ゼロの状況が続き、2人の顔にも焦りの色が滲み始めていた。
「そもそも、私達は建物の構造を把握してないんだから。闇雲に部屋を調べても、鉢合わせするリスクが高まるだけじゃない?」
「確かに……ノンビリしてても危険が増すだけだから、ここは思い切って大部屋に狙いを絞ってもいいかもしれない」
「私も、そっちがいいと思う。とにかく、見つからないのが大前提だもの。今日もそうだけど、ここ数日は突っ込み過ぎて危ない目に遭ってるわけだし」
「ああ……そうだな」
舞に押される形で、決断を下す靖之。
ほぼ毎日負傷しているだけに、さすがに危機感が芽生えたのだろう。両人は気まずそうにしつつも、方針を決定した。
そして、建物の中心部を目指して移動を始める。
なるほど……
建物の周囲を倉庫などで囲んで、外敵の侵入に備える構造か。さすがに見回りまではしてないが、よく考えてるな。
通路も単調で、気を抜くと袋小路に追い詰められかねない。
さすがに、この短時間で頭の中に見取り図を作るのは不可能だからな。例え得るものが無かったとしても、相手に発見されるミスだけは避ける必要がある。
さて……
そろそろ大部屋が目立ってきたし、ここからが正念場だ。
道なりに進んでいると、ドアの感覚が広くなったエリアに到着。
2人は互いの顔を見合わせると、1番手前の右側の扉に手を伸ばした。
「……マジか」
「ねっ、ねぇ……これって、全部実験とかに使うの?」
室内を見るなり、驚きを隠せない2人。
広さは、だいたい15畳前後ぐらいだろうか。中央部に鎮座する2つの巨大な棚には、ビン・フラスコ・ビーカーがパンパンに詰められた状態。
学校の理科室に似た、独特の臭いが充満していた。
「とりあえず、ここに突っ立てても何も始まらない。専門知識のない俺達に何が解るのかは解らないけど、やれるだけの事はやらないと」
「そっ、そうね……誰かが来る前に、さっさと調べてしまいましょう」
少し固まったものの、2人は我に返ると行動を開始。
手分けをして、素人ながら調査を始めた。
なるほど……
薬品の大半はホルマリンみたいだし、臭いの正体もコレだろうな。でも、こんな大量に保管して何に使うんだ?
この時代だから、おそらくすぐに劣化するはず。
それに、肝心の用途が解らない?
1番しっくり来るのは標本作成だが、それが見当たらんからな。消毒にも使うって話を聞いた事があるけど、これだけの量をストックする理由にはならない。
何か他に理由があるんだろうけど、正直見当もつかん……
まぁ、そんな事より時間が限られてるからな。他の場所も調べたいし……棚は舞に任せて、俺は机を見るとするか。
どうせ、ろくな物はないだろうけど……
靖之は早々に棚を見限ると、部屋の奥に置かれた机に移動。
ザックリではあるものの、1つずつチェックを始めた。
うわっ、汚っ!
デスクぐらい、ちゃんと整頓しろよ……
でも、調べる側としては好都合。これだけグチャグチャだったら、ちょっと物の位置が変わっても気付かないはず。
部屋は、まだ沢山あるんだ。
1つの部屋で、時間を使い過ぎるわけにはいかない。
えーっと……
机の上にある書類は、完全にスルー。どれも変な方程式や記号だらけだし、何を書いてるのかも解らんし、解りたくもない。
机の引き出し……こっちも書類だけか。
……って、これは何だろう?
引き出しを調べていて、床に黒い紙片を発見し拾い上げる靖之。
角度を変えたり灯りにかざしたりしているうちに、ピンと来たようだ。
ああ、なるほど……
紙を燃やした後の残りカスみたいだけど、何でそんな物がここに落ちているんだろう。それに急いでいたのか、目を凝らすと結構な量が落ちてるし。
もしかすると、繋ぎ合わせれば部分的に復元出来るんじゃないか?
パッと思い付くと、すぐ行動に移す靖之。
床に視線を向け、散乱している紙片を可能な限り回収して行く。
よしっ!
これだけ集めれば、少しは解るはず。
えーっと……スペインの……蔓延……ダメだ。単語単位で読み取るのが精一杯で、文章にすらなってない。
これ以上粘っても仕方ないし、舞の方に合流するとしよう。
気合十分で読んだのは最初の数分だけで、靖之はすぐにギブアップ。
舞と合流して棚の調査を再開しようとした時だった。
「……それで、ウイルスの毒性の方はどうだ?」
「先日報告した通り、強毒性ウイルスに変異したのは確認しました。ただ想像以上に感染力が高く、屋外に漏れたのが想定外でしたが……」
「それなら、既に掃除屋を手配したから問題ない。私が知りたいのは、人間に感染した上でどれほどの威力を発揮するかだ」
「えーっと……人間への臨床実験が送れていまして、まだ不透明な状況です。ただ過去のデータと比較しましても、パンデミックを引き起こすには十分かと……」
「過程など、どうでもいい。私が求めるのは、結果のみ。より多くの人間に感染させ、爆発的な拡大で混乱を誘発させるウイルスが必要なのだ」
「もっ、もちろん解っております……ただ……データを集めるには生体サンプルも少なく、時間も掛かります。もう少し猶予を頂かないと……」
「……いいだろう。そこまで言うなら、1週間だけ待ってやる。それでダメなら……その時はどうなるか、解っているだろうな?」
「はっ、はい! 死力を尽くして頑張ります!」
「私からは以上だ。貴様には高い報酬を支払い、尻拭いまでしてやってるんだ。給料分ぐらいは、黙って働いてもらうぞ」
「……了解しました」
ドアが開くなり、人目をはばからず内部事情を口にする2人の男。
さすがに、侵入者が居るとは思わないのだろう。一方的に注文を押し付けると、片方の男を残して立ち去ったようだ。
残された男はこの部屋の主らしく、ガックリ肩を落としたまま机に移動。
テンションがダダ下がりの中、何を思ったのか周りの物を片付け始めた。
「……どうする? とっさに隠れたのはいいけど、今度は出るに出られないわよ?」
「戻って来てしまったものは、しょうがない。いざとなれば排除すればいいとして、まずは様子を見るべきだと思う」
「……そうね。変に動いて、怪しまれるのも嫌だし」
「相手は1人なんだ。このまま息を潜めていれば、チャンスは必ず来る。それを待つんだ」
靖之と舞は、棚の死角で息を殺して潜伏。
部屋の主の動きに目を光らせ、その時が来るのを待ち続けた。
読んで頂いた全ての方々に、感謝申し上げます。
投降ペースが不規則になってしまい、申し訳ありません。
次回の投稿ですが、まだドタバタしている為毎日投稿は不可能です。
細かい情報は、ツイッターでご確認下さい。




