バラの花輪は死の香り(2)
・一応ファンタジーです。
・所謂マナを使った魔法やスキルは登場しません。
・但し超常現象やオーバーテクノロジーは登場します。
・今回は3つ目の長編の2パート目です。
以上の事をご理解の上、お楽しみ頂けると幸いです。
【前回までのあらすじ】
眼前に小麦畑が広がる中、靖之はまず舞との合流を目指して移動を試みた。
ところが謎の歌声が聞こえ、急きょ方針転換。声の主を探すも空振りに終わり、諦めようとした時だった。
強烈な死臭を感じ発生源を探した結果、溜池に多数の水鳥の死骸が浮かんでいた。
しかも、回収業者らしき集団まで現れる始末。とはいえ、何か情報が手に入るかもと考えたのも事実だろう。
耐えがたい悪臭を我慢しつつ、作業を見守る事にした。
――監視を再開して約30分後。
「よしっ……とりあえず3分の1ぐらいか? お前等、辛いのは解るがここが踏ん張りどころだぞ!」
「……へいへい」
「マジでキツ過ぎる……先が見えねぇ」
「まだ、3分の1かよ……信じらんねぇ」
リーダー格の男が発破を掛けるも、どうにも効果薄。
大量の水鳥の死骸を埋めるとあっては、相応の大きさの穴が必要になる。部下達が不満を口にするのも、無理はないだろう。
それが解っているからか、否定的な言葉に対して注意も無い。
いや、当の本人にそれを口にする気力が無いだけかもしれないが。
「うーん……後は埋めるだけだろうし、これ以上居ても時間の無駄だな。舞がどこに居るかも解らんし、ここは放置して探す方を優先するか?」
隠れて様子を窺っていた靖之も、一向に進まない作業に飽きてきたようだ。
早めに見切りを付けて、その場を離れようとするが……
「んっ……あれは何だ?」
小麦畑の奥で、何かが動いているのを発見。
一瞬の出来事で、それ以上の事は残念ながら不明ではある。それでも、この場に留まるよりはマシだと判断したのだろう。
とりあえず誰にも見つからないように注意を払いつつ、現場に向かった。
うーん……
ちょっと、人とは違う動きに見えたからな。とはいえシカやイノシシとは明らかにフォルムが違うし、キツネやネコにしては小さすぎる。
となると、残る線は人間だけ……
もしかして、舞が居たとか?
いや、それなら逃げる必要なんてないからな。さっきのヤツ等の仲間とも思えんし、農家関係者も違う気がする。
じゃあ……あっ、そうだ!
ここに来てすぐに聞こえた、歌声の主。
声色からして女の子なのは間違いないけど、それ以外は謎のままだったからな。あの時は逃げられたけど、今度は逃がさん。
捕まえるつもりは無いとして、姿ぐらいは確認しておかないと。
舞がどこに居るのかも解らんし、今はこっちに集中しよう。
考える内に、影の主が気になって仕方ない靖之。
一直線に現場に向かったが、当然ながら空振り。
「クソッたれ……あそこに、アイツ等さえ居なければもっと早く来れたのに。でも、まだ遠くには行ってないはず」
焦る気持ちを抑え、周囲に目を向ける靖之。
先程は空振りに終わったが、今回は天が味方したのだろうか。
「……居た! 今度は逃がさん」
視界の端に動く物体を捉え、靖之は感情を抑えきれないのだろう。
周囲への警戒感など持たず、ターゲットに向かってダッシュした。
「はぁ……はぁ……はぁ……たっ、確かこの辺りに来たはずだが? ここまで追い掛けて無駄足じゃ、割に合わんからな。こうなった以上、是が非でも顔を拝んでやる」
一向に捉えられない現実に、靖之のフラストレーションは爆発寸前。
息が切れるのも無視して追掛ける内に、小麦畑の端まで移動していた。
「不味いな……この先は森だし、逃げ込まれると手の出しようが無い。どうにか、その前にケリを付けないと」
焦りを隠せず切れそうになる精神を、どうにか我慢する靖之。
ただ、見失った現実は変わらない。
「どこだ……どこに、逃げた? スピード自体は、俺とそう変わらないはずなんだ! この近くに居る――って、あの光は?」
慌てて周囲を確認していて、森の中に向かう移動する炎のような光源を発見。
よく見ると、人らしき物体も一緒に確認出来た。
「……見つけた! 今度は逃がさん。確実に後をつけて、その顔を拝んでやる!」
まだ自分に気付いて無いと判断し、静かに尾行を開始。
一定の距離を維持しつつ、勘付かれない事に全神経を集中した。
よしっ!
ここまでは、完璧だ……ただ、光源が松明の炎だけだからな。フード付のロングコートみたいな服を着てて、この位置じゃ顔を確認出来ん。
とはいえ、まさか前に回り込むわけにもいかんからな。
現段階で解る事はというと……
身長は170半ばぐらいで、歩き方と素振りから推測して利き手と利き足は右。たまに体を左右に揺らすのは、おそらく癖だろうな。
それから気になるのは、一定間隔で顔を少しだけ右に傾ける所だ。
ただ動きに変な点もないし、こっちには気付いてないはず。
癖と言ってしまえばそれまでだけど、楽観視は禁物。ここまで来て逃げられたら、冗談抜きで洒落にならんからな。
念の為、もう少し距離を離しておくか?
妙な胸騒ぎを感じたのか、数メートルではあるが間合いを取った。
ただ、相手の動きに変化は見られない。ただ一定のペースで、迷わず森の奥に入って行くだけ。
付かず離れずの尾行が、15分ほど続いた頃だろうか。
「……おかしい。こっちに気付いた素振りは見せないけど、コイツは一体どこに向かってるんだ? 小屋とかがあるとも思えんし、もしかして俺を誘い込む為の罠なんじゃないか?」
先の見えない尾行劇に、思わず疑心暗鬼になる靖之。
小声ながら、本音が口から出た事すら気付かない状態になっていた。
「どうする? 今なら、まだ引き返せる……どこの誰かは知らんが、こっちはケガを抱えた状態。1対1ならまだしも、仲間を呼ばれでもしたら万事休すだ。ここは見なかった事にして、舞を探した方がいいんじゃないか? それとも、どこかに身を隠して朝になるまで待つとか……」
完全に気持ちが後ろ向きになっているも、ターゲットは構わず前進。
靖之も、釣られるかのように後を続いた。
「おっ、休憩か? ちょうどいい……そろそろ尾行するのも疲れたし、これでまた奥に行くようなら俺は引き返す。これ以上、こんな気味悪いヤツの後をつけたくないし……」
倒木をイス代わりにしてパイプを口にするターゲットを見て、溜息をつく靖之。
本人は気付いていないが、既に緊張の糸が切れた状態である。だから簡単に相手から目を離すし、動作も見落としがちになっていた。
そして、相手はその隙を見逃さない。
「……えっ、あれ? くっ……しまった! アイツはどこに行った!」
数秒だけ視線を切った間にまんまと逃げられ、状況が呑み込めない靖之。
感情任せに周囲に目を向けるも、既に影も形も無かった。
「……何てザマだ! あれだけ注意してたのに、まんまと逃げられて……いや、今はそんな事より逃げるべきじゃないのか? 近くに、アイツの仲間が居るかもしれん……このまま1人で居るのは、リスクが高過ぎる」
怒りと同時に、得体の知れない恐怖を覚える靖之。
追跡など頭からスッポリ消え、生存にシフトチェンジしたのだろう。ターゲットが置いて行った松明を手に撤退を選択。
そのまま走り出そうとするが……
「……ちぃっ! やってくれる」
ヒュンという風切り音と共に、数本の矢が進行方向前方に着弾。
靖之に出来る事は、近くの木の陰に隠れるのみ。どこから撃たれたのか、敵の人数も解らない中攻撃は続く。
逃げようにも、完全に足止めされた格好になってしまった。
「落ち着け……下手に飛び出しても、的になるだけ。逃げるには、アイツ等の隙を見つけるしかない」
次から次へと木の幹に矢が当たるのを実感しながら、必死に頭を働かせる靖之。
失敗が死に直結するだけに、慎重になるのは仕方ないだろう。
「どうする? 松明を消して、アイツ等の目をくらますか? いや……こっちは、相手の正確な位置も掴んでないんだ。俺にはここの土地勘が全く無い以上、その作戦はリスクが高過ぎる」
ふと頭に浮かんだプランだが、瞬時に否定する靖之。
ただ、その間も攻撃の手は緩まない。
「いかん……こっちが動けないのを良い事に、回り込んで来るんじゃないか? ただでさえ圧倒的に不利な状態なのに、これで包囲されたら……ダメだ! マジで、シャレにならんぞ!」
そうなった時の想像をして、絶望する靖之。
持久戦は自滅行為だと悟り、再び頭をフル回転させる。
パッと見た限り、光源はこの松明のみ……
土地勘が無いとはいえ、木に当たる矢の感覚からして相手は5~6人のはず。最初の10秒さえ乗り切れば、逃げ切れるはずだ。
その為には、タイミングが重要になる。
ベストは、放った直後……
ここで真っ暗になってしまえば、狙いを付けるのも困難なはず。なんたって、主導権はこっちにあるからな。
少し前から目を閉じて暗闇に慣らしておけば、対応する事は可能なはず。
完全に運頼みだけど、今はそれしかない!
靖之は素早く考えをまとめると、実行に移すべく目を閉じて神経を集中。
木に矢が当たる感覚を覚えると、最適と思われるタイミングで松明の火を消した。
「……神様、お願いします!」
目を開け、祈る気持ちを込めて攻撃を受けている反対側に向かって全力でダッシュ。
作戦は図に当たり、敵の攻撃は停止し脱出に成功した。
よしっ!
目を閉じていたおかげで、暗いけど薄ら周りが見える。
後はアイツ等から逃げるだけだけど、こんな状況だからな。とりあえず逃げるだけ逃げて、後の事はその時考えよう。
とにかく、今は少しでも遠くまで離れないと!
勢いに任せて、森の中を疾走する靖之。
体力のペース配分など目もくれず、ガムシャラに足を動かし続けた。
――10分後。
「はぁ……はぁ……はぁ……のっ、喉が渇いた……みっ、水が欲しい」
気力と根性では乗り越えられないラインに到達し、足が止まる靖之。
ヒザに手を置いて息を整えるも、既に歩ける状態ではなかった。
クソッたれ……
中途半端な好奇心で、ノコノコついて行った結果がこのザマとは。我ながら、マヌケと言うほかない。
舞が居なかったから良かったけど、これが一緒の時だったらと考えたらシャレにならん。
それにしても、無駄の無い攻撃だった。
あのままあそこに隠れ続けていたら、今頃殺されていたはず。逃げたのは正解だが、問題はこれからどうするかだ。
早く逃げないと、追っ手に見つかるのは明白。
ただ、今はそれどころじゃない……
後先を考えない行動で、靖之の体は既に限界を突破した状態である。
例え無自覚であろうとも、体の異変は本人が一番理解していた。
「……ダメだ。息が……心臓が苦しい」
体に力が入らなくなり、仰向けに大の字になって倒れてしまった。
もちろん、休んでいるヒマなどないのは解っている。頭ではすぐに立ち上がろうとするも、言う事を聞かないのだ。
無気力。
靖之は、力ない目で空を見上げるしかなかった。
――同じ頃。
「……それで、ヤツを上手く誘導出来たか?」
「はい……今頃体力が尽きている頃でしょうが、30分もすれば回復するでしょう」
靖之が通れている場所から、かなり離れた森の中。
開けた場所に設置された布張りのテント中で、何やら話し込む2つの人影。周りに人の気配は無く、完全に目張りをされた状態である。
外に光は漏れず、声も可能な限り絞っているようだ。
「……なるほど。それから確認するが、こっちの姿は見られてないだろうな?」
「ええ、現地の人間だとでも思い込んでるでしょうね? 少なくとも、我々がここにいるとは想像もしてないかと……」
話をしていたのは、いつぞやのメデューサの化け物と側近のマーフォークだった。
先程の靖之に対する攻撃は、どうやら彼女達によって行われたらしい。
「ご苦労。人間の争いに、我々が関与するわけにはいかんからな。事件の解決はヤツに任せ、こっちはブツを手に入れる」
「……はい、解っています」
「男の方は問題ないとして、女の方はどうだ? 肝心な時に邪魔されたら、何の意味もないからな」
「そちらも、問題ありません。計画通り、この後合流するように仕向けていますので」
どうやら、舞に対しても靖之と同じ手法で攻撃を加えたようだ。
同時に上手く事態が推移している事に、安堵しているらしい。
「よしっ! では、これより作戦を第2段階に移行する。不備がないように、部下全員に徹底させるように」
「了解しました!」
「全く……我々とヤツ等は同じ境遇のはずなのに、何故こうも違うのか? 早く元居た世界に帰りたいものだな」
「なぁに、我々は飼い犬としてこき使われて来たじゃないですか? 場所は不満ですが、一種のバカンスだと思えば気が楽ですよ?」
自虐的に微笑むカリーナに、優しく声を掛ける側近。
半ば強がりに聞こえる言葉ながら、気分転換にはなったのだろう。
「……ふふっ、冗談にしては笑えないな」
「申し訳ありません……」
「いや、いい……とにかく、今は目の前の作戦に集中するだけだ」
「はい、カリーナ様」
カリーナと側近はそう言い合うと、少し悲しげな顔を見せる。
そして何を思ったのか、2人は視線を宙に向けた。
読んで頂いた全ての方々に、感謝申し上げます。
ジャンルとしては、変則的な転移系ローファンタジーです。
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