バラの花輪は死の香り(1)
・一応ファンタジーです。
・所謂マナを使った魔法やスキルは登場しません。
・但し超常現象やオーバーテクノロジーは登場します。
・今回は3つ目の長編の1パート目です。
以上の事をご理解の上、お楽しみ頂けると幸いです。
【前回までのあらすじ】
靖之達は先生から話を聞くも、中途半端な結果に終わった。
とはいえ、手掛かりを得たのも事実。モチベーションを維持出来た所で、午後の講義に出席する事を決めた。
2人は別々の教室に向かうも、終わった後に合流する予定である。
しかし、靖之は偶然にも中学時代のクラスメートの吉川さんと再会。話をするのはいいとして、ノコノコと舞が待つ場所に付いて来たから大変だった。
軽い修羅場を経験するも、表面上は丸く収めたのだろうか?
かくして、靖之はリアル世界でも悩みを抱える結果になってしまった。
――その日の夜。
「よりにもよって、畑の真ん中とは……これは、正直まいったな」
靖之は目を覚ますなり、眼前に広がる光景に溜息を洩らした。
目に入るのは、視界の大半を占める小麦畑と奥にチラ見えする山が1つだけ。民家はもちろん小屋すら無く、光源は星と月灯りのみ。
漆黒の暗闇ではないものの、歩き回るには無理があるだろう。
「仕方ない……とりあえず、奥田さ――じゃなかった。他にやる事も無いし、舞でも探すとするか?」
靖之は頬をポリポリかくと、当ても無く歩き始めた。
とはいえ、周囲には人影はもちろん気配すらゼロの状態である。時折吹く風で小麦がなびく音と、虫やカエルの鳴き声が聞こえるのみ。
幾ら歩いても景色が変わらない現状に、焦りが募り始めた頃だろうか。
バラの花輪だ、手を繋ごうよ♪
ポケットに、花束さして♪
ハックション!♪ ハックション!♪
みぃんな、ころぼ♪
どこからともなく女の子の歌声が聞こえ、響は反射的に身構えた。
同時に声の主を目で探すも、反応なし。足で探そうにも、土地勘もなければ植えられている小麦が移動と捜索を妨害してしまう。
そうこうしている間に、声自体がピタリと止んでしまった。
「クソッ! この、目障りな小麦さえなければ……いや、そんな事はどうでもいい。ここがどこかも解らない以上、今は舞との合流を急ぐべき。どこでもいい……目印になるような場所は、ここには無いのかよ?」
靖之は苛立ちをグッと抑えると、再び周囲を観察。
畑をウロウロしながら、舞が居そうなポイントを探す。
それにしても、何か違和感があるな……
トラクターの類は、時代背景的に無いのが当然。それでも、普通は小屋の1つぐらいあるんじゃないのか?
まさか、ぶっ通しで作業するわけじゃあるまいし。
休憩するスペースも無ければ、道具を収納する所もない。植えられた作物を見る限り、手入れは行き届いているように見えるんだが。
う~ん……
もしかして、泥棒対策に何かにカモフラージュしてるとか?
とにかくここは気味が悪いし、さっさと他に行くか?
言いようのない不安に襲われたのか、徐々に靖之の移動ペースが鈍化。
微かな風の音にも、過敏に反応するようになってしまう。
「……もう少しだ。後ちょっとで、道に出られる。こんな場所はさっさと――」
視界の先に道らしき何かが見えてホッとするが、急な突風が吹くなり一変。
あからさまな腐敗臭が鼻に突き刺さり、反射的に鼻を抑えて悶絶してしまう。
「……げほっ! …………げほげほっ! クソが! 臭いの元が動物か人かは知らんけど、片付けぐらいちゃんとしろよ……病気が広がったら、どうするんだよ……」
涙目になりながら、靖之は込み上げる吐き気を辛うじて耐えた。
口ではブツブツ言いながらも、発生源が気になるのだろうか。
「……遠目から確認するだけなら、感染症のリスクも低いはず。見たら、可及的速やかに離れたらいいんだから……落ち着け、俺。何も、自分が処理をするように命令されてるわけじゃないんだからな?」
自身に言い聞かせるように呟きながら、元凶の捜索を始める靖之。
手で鼻を抑えながら、10分程歩き回った頃だろうか。
「……間違いない。それにしても、これは酷いな……一体、何羽居るんだ?」
それは、道路を挟んで反対側にある小さな沼に浮かんでいた。
おそらく、本来は農耕用に作られた溜池なのだろう。周囲が100メートルほどの湖面には、数十羽の水鳥が浮かんでいる状態。
腐敗の状態から、死後数日ぐらいのようだ。
既に無数のハエなどの虫がたかり、その場に留まるのも困難を極めた。
「……はぁ……はぁ……はぁ……いっ、一体アレは何なんだ! どうやったら、あんな大量の水鳥が同じ場所で死ぬんだ!」
慌ててその場から逃げ出すと、道路まで来た所で躓いて転んでしまう。
思わずパニックを起こしかけるも、理性でどうにか立て直そうと試みる。
落ち着け……
こんな事で正気を失ってどうする? お前は、舞と2人で元の生活を取り戻すんじゃないのか?
足手纏いになるようなリアクションをして、恥ずかしくないのか?
まずは、落ち着いて考えるんだ……
あれだけの数の水鳥が、同じ場所で死んでるんだ。自然に起こったとは思えんし、何かしらの原因があるはず。
パッと見る限り、目立った外傷は皆無……
それから、野良犬やキツネが食べた形跡も見当たらなかった。
となると、害獣駆除の線はない。
毒を盛るにしても、農業用水を犠牲にするほどバカじゃないはず。
残るのは病気ぐらいだけど、ここじゃ検査のしようがないからな。知識も全く無いし、完全にお手上げの状態だ。
仕方ない……
下手にアレコレやって、感染症になる方が怖いからな。さっさと見切りを付けて、舞を探すとするか?
今日は周りに人も居ないから、合流を急がなくても問題は無いはず。
気楽に考えてもいいだろう。
様々な要素を検討した結果、靖之は撤退を選択。
スッと立ち上がると、何事も無かったかのように道路を歩き始めた。
「それにしても、凄い田舎だな……見渡す限り、畑と山だけ。こんな調子じゃ、今日は成果を期待出来んな。まぁ……ここのところ、毎日が緊張の連続だったんだ。キズも全然治ってないし、こうやって休めるのも悪くない」
口ではノンキな言葉を並び立てるが、顔は真剣そのもの。
緊張が解けないまま、数分歩いただろうか。
「……んっ? 馬車が1台か。こんな夜更けにどこに行くのかは知らんが、特に何かを警戒しているわけでもなさそうだし……そうだな。変にこっちから動いてもアレだし、ここは無難にやり過ごすか?」
遠くから馬の蹄と荷車の音が聞こえ、近くにあった草の茂みに身を隠す靖之。
息を殺して通過を待つが、いざ姿を視認出来る距離になると苛立ちを隠せなかった。
おいおい……
馬車は馬車でも、荷物運搬用かよ。しかも何をするのか積荷は無いし、人も乗らないで歩いてるじゃねぇか。
こちとら、早く先に進みたいんだよ。
そっちから絡んで来なかったら、こっちは手を出さないんだから。だから、さっさとどっか行ってくれねぇかな?
あ~っ、イライラする……
2頭の馬を2人の男が先導し、荷車の周りに4人の男が歩くフォーメーション。
人数だけ見れば脅威だが、服装からして農家の関係者らしい。特に急ぐ様子も無く、ダラダラと歩く姿は日常そのもの。
早くこの場を離れたい靖之とは対照的に、彼らは何か会話をしていた。
「なぁなぁ、兄弟……死体を回収するだけだったら、無理に今じゃなくてもいいだろ? 明日の朝でもよかったんじゃないか?」
「……そうはいかん。依頼は、夜明けまでの回収。それに手段を問わないって言ってんだから、まだ楽な仕事だろ? 報酬だってタンマリ貰ってるんだから、さっさと終わらせるぞ」
あからさまに不満を口にする男に対し、別の男が弁解を入れる。
とはいえ、そう簡単に納得出来ないのだろう。
「えーっ……そうは言うが、動物の腐乱死体の回収だぞ? 臭いが服について取れないだろうし、もうちょっとなぁ……」
「……そうそう。その動物が何で死んだのかは知らんが、俺達が感染しない保証はどこにも無いんだろ? 確かに良い額の報酬かもしれんけど、もうちょっと配慮があってもいいんじゃないか?」
「俺も、そう思う……どこの誰が依頼して来たのか知らんし知りたくもないけど、兄貴の足元を見て来たんじゃないか?」
「解った、解った……そこまで言うなら、仕事が終わったら町の酒場で好きなだけ飲ましてやる」
変に慰めても逆効果になると考えたのか、露骨に飴を与える男。
そして、単純な手法であってもその効果は絶大のようだ。
「「「えっ? マジで?」」」
「ああ、約束する。だから、早く終わらせるぞ。酒場だって、空いてるのは日が昇るまで。潰れるまで飲みたいなら、どうするべきか解るだろ?」
「よっしゃ! そうと決まれば、こうしちゃいられない」
「おうっ! 町に戻る時間も考えると、さっさと終わらせないと」
「ああ、臭いとかこの際どうでもいい。それより、酒が俺を呼んでるからな」
一行は近くに不審者が隠れているとも知らず、酒の話で盛り上がりながら前進。
靖之は、通過して十分な距離が離れてから姿を現した。
「なるほど……雇い主が誰かは、この際どうでもいい。ヤツ等が死体を回収するのであれば、見届けるのみ。舞がどこに居るかも解らんし、今日はヒマだからな。朝まで時間を潰すには、ちょうどいいだろう」
野次馬根性丸出しでそう呟くと、そのまま気取られないように注意しつつ尾行を開始。
例の溜池に戻って来ると、道路脇の土が盛り上がった場所に身を隠して様子を窺った。
えっ?
手袋や防護服が無いのは解るが、素手で死体を掴みやがった。しかも全く躊躇もせず、全員で同じ作業をするとか正気か?
死体が浮かんで腐ってるんだから、水は完全に汚染された状態のはず。
臭いはもちろん、飛び交ってる虫は気にならないのか?
そりゃあ仕事なのは解るが、無神経過ぎるだろ?
確かにこの時代のヨーロッパが汚かったのは知ってるが、まさかここまでとは。それとも、コイツ等が特殊な仕事をするプロなだけか?
どちらにせよ、コイツ等は関わり合いたくない相手だな。
靖之が眉間にシワを寄せる間に、腐乱死体の回収が終了。
無造作に近くの地面に積み上げると、馬車の荷台から木片らしき物を何個も取り出した。
なるほど……
この時代は、油も高いしガソリンだって普及してないからな。てっとりばやく木炭を使って、文字通り死体を消し炭にするか。
でも、これだけの数だぞ?
完全に燃え尽きるまで待ってたら、朝になるんじゃないか?
それとも、俺が知らないだけで何か裏ワザ的なアイデアがあるのか?
疑問が消えない靖之をよそに、男達は荷台から大きな布袋を降ろして開封。
中に入っていた粉や木の枝みたいなものを、荒っぽくスミの上から降り掛けた。
へぇ……
木くずと小枝を、着火剤代わりにするのか。それだけで燃焼するのかは知らんが、少なくてもアイツ等はそう考えているはず。
でもなぁ……
結果がどうなのかは知らんが、どうせ俺には関係ない事。
ここから、ゆっくり観察させて貰うとしよう。
靖之が隠れているとも知らず、男達はマッチを使って着火。
周囲に悪臭をまき散らしながら、ゆっくりと燃え始めた。
うぉえっ!
ただでさえ腐っている上に、焼けた匂いまでプラスされてる……この距離でも地獄なのに、至近距離で作業をしてるヤツ等はよく正気でいられるな。
俺なら、絶対に耐えられん。
いや……慣れれば平気なのかもしれんけど、そうまでしてやる仕事でもないだろうに。それとも、他に働く場所がないのか?
冗談抜きで、吐きそうだ……
想像を絶する悪臭に、思わず逃げ出しそうになる靖之。
その一方で、例の4人組は特に気にしてないらしい。
「とりあえず灯りも確保出来たし、後は穴を掘るだけ……いいか? 浅かったら、何の意味も無いからな。周囲の土も処分する事を考えて、最低でも2メートルの穴を掘るんだ」
「う~す」
「了解」
「よしっ、任せろ」
荷台からスコップを取り出すと、4人は少し離れた場所に穴を掘り始めた。
やはり、重労働だからだろうか。全員が下を向いて黙々と手を動かしている為、周囲の警戒心は激減。
それは、靖之にとっては絶好のチャンスだろう。
物音を立てず、細心の注意を払って一気に馬車まで接近した。
残ってるのは、えーっと……換えのスコップだけか?
死体を燃やしたのは、おそらく腐敗が進んで体内にガスが溜まるのを防ぐ為。臭い防止で、石灰も積んでるかと思ったんだけどな。
まぁ、それはこの際どうでもいい。
問題はあれほど沢山の数の水鳥の死体があった事と、その死因だ。
いや……わざわざ日の出までに処分させようとしている、ヤツ等の雇い主の素性が気になる。
まさか、行政関係者とも思えんし……
じゃあ、堪りかねた地元の農家か?
いや……何か、それは違う気がする。
とにかく、決め付けで判断するのは時期尚早。どうせ、穴を掘り終えるまで時間があるんだ。
結論を出すのは、安全な場所からじっくり観察した後いい。
靖之は荷台に見きりをつけると、元居た場所に帰って監視を再開した。
対象に変化が出たのは、その30分後である。
読んで頂いた全ての方々に、感謝申し上げます。
ジャンルとしては、変則的な転移系ローファンタジーです。
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