少女はガレキの中で夢を見る(5)
・一応ファンタジーです。
・所謂マナを使った魔法やスキルは登場しません。
・但し超常現象やオーバーテクノロジーは登場します。
・今回で2つ目の長編パートは終了です。
以上の事をご理解の上、お楽しみ頂けると幸いです。
【前回までのあらすじ】
追い詰められた靖之に対し、事件の首謀者自ら尋問を開始。
ノラリクラリ躱しつつチャンスを窺うも、国(こっちの世界)に触れた辺りで一変。互いの主張は相容れる事が無く、ヒートアップした。
舌戦は平行線に終わるも、靖之の話す内容に何か気になる事があったのだろう。
そのまま連行されそうになった時、先程爆発した建物が崩落。相手の意識がそちらに向いた瞬間、首謀者を除く全員の排除に成功した。
これで1対1になったと安堵するも、ミコットを人質に取られてしまう。
またしても劣勢に立たされてしまうも、ここで舞が乱入。体勢を立て直し、男2人による殴り合いになだれ込んだ。
双方の主義主張が飛び交う中の激戦が続くも、辛くも勝利を掴んだ靖之。
ボロボロになりつつも、仲間2人の手を借りその場を離れた。
――死闘に終止符が打たれた数十分後。
「……これで、よしっ! とりあえず血は止まったけど、打撲の方は相当だからねぇ。腫れが引くまで、安静にしてなきゃダメよ?」
「すみません……見ず知らずの人間に、治療までして貰って。シスターには、感謝しかありません」
「いいのよ、別に。ミコットちゃんにはいつも苦労を掛けて、申し訳なく思ってたから。その彼女が連れて来た大切な友達なら、これぐらい大歓迎よ」
「……ありがとうございます」
ここは、ミコットが住んでいる教会。
彼女の口添えもあり、匿って貰う事に成功し応接室で応急手当まで受ける待遇ぶり。傍らで座ったまま寝息を立てる舞を横目で見つつ、靖之は素直に礼を口にした。
とはいえ、広場の時点では批判的な感情を抱いていたのも事実。
感謝の言葉に偽りはないものの、心の内のモヤモヤは完全に晴れてはいない。
「……幼い子供を晩まで働かせ、その僅かな収入を受け取る。口では偉そうに説教をするけど、実態はこんなものよ。情けないというか、申し訳ないというか……ねぇ?」
「いや、失礼ですけど……そう思うのであれば、子供の為にも大人が体を張るべきじゃないですか? こんな遅い時間まで働いていたら、いつか事件に巻き込まれる。実際に、今日そうなっていたかもしれない」
「ええ、解ってるわ。でも、あなたもこの町を見たでしょ? 田舎だから国からは見放されて、発展からは程遠い現実。治安も最悪で、売春や強盗が公然と行われて……しまいには、テロリストまで現れる体たらく。警察や政治家も、己の保身しか考えてないから使いものにならないからね。人って、働けば豊かな生活が出来るって言うでしょ? あんなのは、偽善者か世間知らずの坊ちゃん嬢ちゃんの戯言よ」
靖之は自分の価値観を口にしただけだが、返って来た言葉はこの世界の現実そのもの。
現代の日本とかけ離れた時代背景に、思わず絶句してしまう。
「なんか、すいません……ただ住民全員の意識を変えない限り、この町は変わらない。キレイ事にしか聞こえないでしょうけど、僕はそう思います」
「いや……あなた方は行動で示したでしょう? いくら年若い子供の為とはいえ、赤の他人の為にあそこまで出来るもんじゃない。その揺るぎなき信念に、私は心の底から敬意と感謝を送ろう……ありがとう、と」
「……別に、そこまで大層なもんじゃないですよ。ただ……ここで引いたら、一生後悔するって時があるでしょう? だから、歯を食いしばって立ち向かうんです。2度と、あんな思いをしたくないから」
「なるほど……細かい話を聞くのは、野暮ってもんだ。しかし、その黄金のような精神は忘れないで欲しい」
シスターは、靖之の言葉の裏の事情を汲みとったのだろう。
何か察したように頷き、踏み込もうとはしなかった。そしてアレコレ話している間に、それなりに時間が経過していたのだろう。
ドアをノックする音がして、会話はここで終了した。
「あの……食事の準備が出来ました」
「ありがとう、ミコットさん。お2人は私が連れて行くから、その間に飲み物とかの準備をお願い」
「はい、解りました。それでは、食堂でお待ちしています」
用件だけ伝えると、ミコットはそのまま部屋を後にした。
靖之としても、これ以上シスターと話す事はないと判断したのだろう。簡易的ながら、乱れた服装を整えて食事に備える。
また移動に備えて、ウトウトしている舞の肩をポンと叩いた。
「……あっ、ごめんね。私、寝てたみたいだけど佐山君は大丈夫?」
「あーっ……うん、大丈夫。それより、ご飯を用意してくれてるみたいだから。せっかくだし、御馳走になっていく?」
「えっ、そうね……今日は色々あって疲れたし、甘えさせて貰おうかな」
「お2人は、家族の恩人。遠慮せず、じゃんじゃん食べてってね。外は物騒だから、今日は泊まって行っても構わないし」
靖之と舞は一瞬返答に迷ったが、互いに顔を見合わせるとゆっくり頷いた。
シスターも、2人の答えに満足したのだろう。ゆっくり立ち上がると、ドア前に移動して扉に手を掛けた。
そしてニコッと笑うと、食堂に案内するべく移動を促した。
あのテロリスト達……
無力化したのはいいとして、完全に意識を断つ事は出来なかったからな。今頃は、どこかに逃げた後だろう。
クソッたれ!
いくら数的不利だったとはいえ、勝つチャンスは十分にあった。
にもかかわらず相打ちに終わったのは、偏に俺の作戦ミスと殴り合いの弱さにある。そこさえ完璧だったら、教会のお世話にならずに済んだんだけどな。
もし、奥田さんがあのタイミングで来てくれなかったら……
今頃、ここに居なかったはずだ。
となると、近接戦闘と合理的な判断力を早急に身につける必要がある。次も幸運があるなんて、いくらなんでも都合が良過ぎるからな。
それから、この町のその後が気掛かりだ。
いずれ国が動くだろうが、それまでにもう1回同じような事件が起こったらアウトだ。暴動が起きるか、そのまま内戦に突入するか。
結果がどうであれ、起きてしまえば取り返しのつかない惨事になるだろう。
ただ……
俺達が、再びこの町に来る事はないだろう。
ミコットさんが、この先も無事に過ごせるのか? 未来に希望も見いだせず、自暴自棄に陥らないか?
それだけが、心残りだ。
靖之なりに今回の反省をしてみたが、浮かんで来るのはマイナス要素のみ。
ドンヨリとした気持ちのまま、食堂に来てしまった。
レンガ剥き出しで、窓すらない閉鎖的な空間。
目に見えるのはテーブルとイスに、ロウソクの灯りのみ。微かに厨房らしきスペースが見えるものの、カーテンが掛かっていて詳細は不明。
後は、来る時に使ったドアが奥にあるのみだった。
想像と違ったのか言葉を失う2人に、シスターは構わず声を掛けて来る。
「見ての通り粗末な食事だけど、遠慮せずに食べておくれ。何か用があれば、そこに居るミコットに言えば大丈夫だから」
「「ありがとうございます」」
シスターはそれだけ言うと、さっさと奥に引っ込んでしまった。
残されたのは、イスに座った靖之と舞に隅で立って待機しているミコットのみ。
「……あっ、そうだ。確か、ミコットさんだっけ? 私と佐山君だけじゃ食べきれないし、一緒に食べようよ?」
「確かに。ずっと立ったままじゃ疲れるだろうし、そうしなよ?」
2人共に、重苦しい空気を変えたいのだろう。
どうにか3人での食事に持ち込もうとするも、当の本人は真面目そのもの。
「いや……私は給仕だから。お客さんと同じテーブルを囲んで、しかも食べ物に手を付けるなんて許されていません」
「そう、固い事言わなくてもいいんじゃない? どうせ、言わなきゃ解らないんだし」
「そうそう、奥田さんの言う通りだ。何か言われても、俺達が無理に頼んだって言えば済む話。それに、皆一緒にワイワイ食べた方が楽しいし」
「えっ? でも……じゃあ、2人に甘えて頂こうかな」
2人に説得される形で、ようやくミコットも同意。
腹を空かせているのは、3人共同じなのだろう。最初からガツガツ飲み食いしつつ、ある程度落ち着いたら会話をスタート。
まず口火を切ったのは、ミコットだった。
「えっ~と……失礼ですけど、お2人ってお付き合いされてるんですか?」
「うんっ? いや、大切な友人であって彼氏・彼女みたいな甘い関係じゃないな」
「ええ……そうね。知り合って、もう4年目だもの。それなりに理解はしてるつもりだけど、あくまでも仲の良い友達ってところかな」
探りを入れるような聞き方をするミコットに対し、少々考えつつも返事をする2人。
聞いた側としては、両人の関係性に興味があるようだ。
「へぇ~なるほど……私も、同年代の男の子と話す機会はあるよ? でも……2人みたいに、命懸けで支え合う関係になれるのかなって思って」
「いや、それは無理だろ。俺だって怖いし、出来る事なら平穏に暮らしたいさ。でも、人生に後悔したくないだろ? 逃げ出せないなら抗うしかないし、友達が一緒なら命懸けで守る。ただ、皆がこんな考えを持ってるわけじゃない。世の中、救いようのないクズも多いからな。仲良くなるにしても、相手を選ぶべきじゃないか?」
「そうそう……私達の国には、『類は友を呼ぶ』という言葉があってね。人間は、似たレベルの者同士が惹かれ合うみたいよ。だから、志高く生きていればミコットさんも良いパートナーと巡り合うんじゃない?」
「なるほど……解った。頑張ってみるね」
とりあえず、最初の話題はこれで終了。
3人共和やかな雰囲気で会話をしていたかに見えたが、どうやら心の内は違うらしい。
ああは言ってみたものの、実際はきついだろうな……
さっきのシスターの話を聞く限り、この町は変わらない。このままあの子が暮らしていても、待っているのは死のみ。
テロリストも捕まえられなかった以上、また活動を再開するはず。
確か……アイツ等は、敵対者は全員排除したとか言ってたよな?
違う場所に移ればいいが、どこも似たり寄ったりである以上結果は同じ。せめて、女の子の1人ぐらいは救えないだろうか?
……ダメだ。
常に行動を共にするならまだしも、俺達は別の世界の人間。
毎晩こっちに来るとはいえ、行く先は毎回ランダムだからな。とてもじゃないが、守れるもんじゃない。
無力だ……俺は、何て無力なんだ。
考えても答えが出ず、気分が落ち込む靖之。
ただ、当の本人はそうは思ってないらしい。
「あっ、そうだ! 2人には色々迷惑を掛けたし、お礼がしたいの。私、頑張って働くから。だから、次会ったらご飯を御馳走させてね? この町で1番のレストランで!」
「えっ? いや……気持ちはありがたいけど、そのお金は使わずに溜めておくべきだ。この生活……この町から出る為にも」
「そうよ。勉強して良い仕事先を見つけるにも、良い伴侶と結婚するにしても、お金があってこそ。だから、今は自分の為にお金は溜めておかないとね?」
ミコットの言葉に、何かをグッと堪えたように語り掛ける2人。
それでも、言った本人は真剣そのもの。
「でっ、でも! それだと……」
「じゃあ、こうしよう。いつになるかは解らないけど……次会った時、その時まで俺達を覚えていたら手料理を御馳走してくれ。それも、どんなレストランも足元にも及ばないとびっきりの」
「あっ、いいね。是非とも、それでお願いしたいな。料理の出来る女は、男が放っておかないから。私が保障する」
「う~ん……なんか釈然としないけど、まぁいいわ。2人がそう言うなら、手料理でいいわ。とびっきりのやつを用意しておくから、楽しみにしててね」
「ああ、楽しみにしておく」
「私も、楽しみだわ」
口約束ではあるものの、再会を約束し笑い合う3人。
その後は特に会話も無いまま、食事が終了した。
――数時間後。
「奥田さん……そろそろ夜明けだし、ここを出た方がいい」
「……解った。色々心残りだけど、仕方ないものね」
身支度を終えた2人は、足音と気配を消してゲストルームを後にした。
シスターの厚意で泊まって行く事も出来たが、どのみちこの世界に留まれるのは朝まで。何もしなくても元の世界に戻るとしても、いきなり消えるのは筋違いだろう。
両名は部屋に用意されていたペンと紙を使って、2通の手紙をしたためた。
1つは、シスターへの世話になったお礼。
もう1つは、ミコットに対する激励と感謝である。
これで、この町で出来る事は何も無い。後ろ髪を引かれる気持ちをグッと抑え、教会の入り口を目指した。
時間が時間だから、皆寝静まっているはず。
だから、誰とも会わないと踏んでいたのだが。
「おやっ……こんな時間に、お出かけかい?」
「すみません。黙って出て行くのは失礼かと思いましたが、これ以上お邪魔していると、別れが辛くなるだけですので」
「申し訳ありません。そして、見ず知らずの私達にここまでして頂き感謝します。いつの日か、彼と共にここに来ます。ありがとうございました」
通路の陰から現れたシスターに、お辞儀をしながら礼を口にする2人。
相手も、靖之達の事情を察しているのだろう。特に止める様子も無ければ、世間話をするわけでもない。
黙って入口の方を手で示し、和やかな顔を見せるのみ。
しかし、擦れ違う際に小声で声を掛けて来た。
「君達にどんな事情があろうと、私は家族だと思っている。それと、彼女はああ見えて寂しがり屋でね。出来ればまた足を運んで欲しい」
シスターの言葉に2人は立ち止まって頷くと、再び歩き始める。
そして、教会の外に出ると東の空が明るくなっていた。
読んで頂いた全ての方々に、感謝申し上げます。
ジャンルとしては、変則的な転移系ローファンタジーです。
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