少女はガレキの中で夢を見る(3)
・一応ファンタジーです。
・所謂マナを使った魔法やスキルは登場しません。
・但し超常現象やオーバーテクノロジーは登場します。
・今回は、2つ目の長編の3パート目です。
以上の事をご理解の上、お楽しみ頂けると幸いです。
【前回までのあらすじ】
靖之は、児童労働者であるミコットと偶然遭遇。
最初はスルーしようとするも、彼女の境遇に思う所があったのだろう。食べ物と飲み物を手に入れ、それを彼女に渡した。
そして話を聞く内に、自身の中学時代の苦い思い出が甦った。
直後、目の前人が殺されるのを目撃。このままでは自分達にも被害が及ぶと判断し、先制攻撃を決意する。
2人の、生死を掛けた戦いが始まろうとしていた。
――靖之達が茂みを飛び出して数十秒後。
「……はぁ……はぁ……げほっげほっ!」
額に滲む汗を腕で強引に拭きながら、靖之は乱れた息を整えていた。
拳は血がベッタリと張り付き、服の前面は返り血でグチャグチャ。足元では、男2人が顔面から血を流した状態で倒れている。
奇襲が成功し傍らでミコットが安堵の表情を見せる中、当の本人は複雑な心境だった。
クソッたれ……
殴った時の感触に、聞こえる生の悲鳴。仕方がない事とはいえ、こんなに不快なものだったのか?
血の臭いがこびり付いて、洗っても消えないような感覚……
初めてこの世界に来た時は、無我夢中だったからな。何も感じなかったし、船で殴り掛かった時も本気で殴り殺すつもりだった。
でも、今回は違う。
いくら相手が犯罪者であろうとも、俺が一方的に痛めつけた事実は変わらない。不快感しか無いし、言いようのない不安で押し潰されそうだ。
……いや、ここまで来て弱音を吐いてどうする?
お前は、あの子を見て何も思わないのか?
コイツ等は、ただの犯罪者。町の平穏を乱す悪であり、俺は彼女を……大切な友達である奥田さんを守ると決めたんだ。
元の生活を取り戻す為、戦わなければならない。
この2人は、いわば『ヘンゼルとグレーテル』のパンくず。元をたどって行けば、おのずと事件の黒幕にたどり着くはず。
確かに、今日1日では無理かもしれない。
明日はまた別の場所だろうが、それでも何もしないよりはマシ。出来るだけ調べて、この世界について1つでもいいから情報を持って帰る。
黙って殺されるなんて、まっぴらゴメンだからな。
そう……俺達は誰にも相談出来ない以上、自分達だけでやるしかないんだから。
靖之は、折れそうになる心をどうにか奮い立たせる事に成功。
乱れた息も整ったので、すかさずミコットに声を掛ける。
「コイツ等の仲間が、ここに来たら面倒だ。本来なら、死体も含めて隠したいところだけど……そんな事をしてる余裕は、今はないからな。そうだな……とりあえず、持ち物だけ漁るべき。次の行動を考えるのは、それからだ」
「……うん、解った。いつ、誰が来るとも解らないからね」
2人は、焦る気持ちを抑えて物色をスタート。
とはいえ科学技術が発達していない時代で、尚且つ靖之とミコットは素人である。やっている行為は、傍から見れば追剥そのもの。
とりあえず所持品全てを出して、取捨選択をするつもりらしい。
「スコッチ? のビンは要らない……懐中時計……は、時間を確認するのに必要だから、悪いが頂こう。死体はこれぐらいにして……にしても、頭と心臓に集中して撃ち込むとは酷い事しやがる」
「……そうね。でも、逃げる場所なんてどこにもないから……あっ、後は拳闘(所謂、裏格闘技)のチケットだけ。他は、何もないわ」
まずは被害者のチェックをし、まともな収穫が無かったのを確認。
ただ、ここまでは想定の範囲内なのだろう。あっさりと見切りをつけ、人殺し2人組の調査にシフト。
周囲に目を光らせつつ、手分けして所持品を漁り始める。
「おっ、これは手帳か……中の確認は後でするとして、これはキープ。後は……こいつも、闘拳のチケットか。どいつもこいつも……もっと、まともな趣味があるだろうに」
「仕方ないでしょ。都会ならまだしも、ここは田舎町なんだから。それに、趣味をするにしてもお金がないと始まらないし」
「お金って……ギャンブルこそ、金が必要だろ? チマチマ賭けてても、リターンが少ないだろうし」
「いやいや……私はやったことないけど、幾ら利益を出したかが重要じゃないんでしょ。欲しいのはスリルなんだから」
子供とは思えないセリフに靖之は驚きを隠せないが、言った本人は真顔のまま。
咄嗟に次の言葉が浮かばないのか、出て来たのは平凡なものだった。
「えーっ、そんなもんかね?」
「そんなもんなんじゃないの? 正直、よく知らないけど」
手を動かしつつ、同時に口も動かす2人。
いつ見つかるか解らない不安の中、所持品検査自体は5分程で終了した。
結果は、手帳と少額のお金に被害者の似顔絵と町の地図ぐらい。両人共に同じ内容であり、違いは着ている服の色だけである。
ただ、靖之とミコットからすれば成果は十分と判断したらしい。
「あっ、そうそう……銃だけど、使った事は?」
「私はまだ子供な上に、善良な一般市民なのよ? あるわけないでしょ」
「……だよな。ただ、こっちは丸腰の状態。いざという時に、武器が無いじゃ済まされん。使えるかどうかは別として、一応持っておかんと」
「そっ、そうね……これも、自衛の為……だもの」
足元に転がっている凶器の銃を見て、躊躇いつつも手に取る2人。
射撃は未経験ながら、選り好みをしている状況ではないのは確かだろう。状態を未確認&ポケットに直に捻じ込むという、素人丸出しの狂気の行動である。
全ては、極度の緊張感と銃器に対する無知が原因。
そうとも知らず、靖之とミコットは足早に広場を後にした。
「この地図を見る限り、そうだな……殺しを依頼した人間は、被害者の行動パターンを完璧に把握していたんだろう。何としても、始末しなければならない相手……には、見えなかったんだけどな」
「議員バッチもしてなければ、警官にも見えなかったし。となると、動機は個人的な恨みかしら?」
移動しながら、地図を広げながら推理を始める2人。
限られた情報で、どうにか次の足掛かりを探そうと必死だった。
「……さぁな。憶測で決めつけるのは危険だし、まずは痕跡を辿るべき。だとすると……これから向かうべきは、ここしかない」
「ああ、町はずれの教会ね……ご丁寧にここだけ何度も丸で囲んでるし、書いてある時間は依頼人との待ち合わせの時間とか?」
「他に書かれてるのは、被害者の移動ルートと行動パターンだけだからな。消去法で考えて、他の線は考え難い。後は手帳の中身だけど、どこにアイツ等の仲間が居るか解らん。それにこの辺りは灯りも少ない上に、書かれている時間まで余裕が無い。今は、教会に向かう事を優先するべきだと思う」
「……なるほど。ようするに、急がないといけないわけね?」
少ないヒントを元に、どうにか目星を付ける事に成功したらしい。
ただ、急いで辿り着く必要がある。
「そういう事。ただ地図があるとはいえ、俺はここの住民じゃない。土地勘が全く無いから、君だけが頼りだ。申し訳ないけど、道案内を頼む」
「ええ、任せといて。この先にショートカット出来る所があるから、そこに行きましょう。10分もあれば、教会に着くから」
「さすが、地元の人間。ありがたい」
次の目的地も決まり、急いで向かう2人。
どうしても周囲への警戒が散漫になる中、それは突然だった。
「うおっ! 何だ……何が起こった!」
「きゃあぁぁっ! だっ、誰か助けて!」
「……誰か! 爆発よ!」
「落ち着け! まずは火を消すんだ!」
「誰か、警察に連絡しろ! 早く手を打たんと、手遅れになるぞ」
少し離れた場所で、爆発らしき音と衝撃が発生。
直後から逃げ惑う人々の声が聞こえ、炎上している為か周囲が僅かながら明るくなった。
「えっ? これも……もしかして、さっきの事と何か関係があるの?」
「さっ、さぁ……いくら何でも、関係ないと思うけど。いや、待てよ……タイミングを考えると、もしかして。でも、そんな都合よくテロじみた事をするか?」
想定外の出来事に、足を止めて困惑する2人。
咄嗟に動けずにいるも、その間も事態は進行して行く。
「とにかく、ここに留まるのは危険だ。どこかに逃げないと、こっちまで……」
「おいっ! 警察への通報はまだか?」
「ていうか、原因は何よ?」
「どこって、燃えてる建物をよく見ろよ! 今回も、アレ絡みだよ」
「クソッたれ! 一体、どこのバカだよ? お偉いさんとケンカしたいなら、自分達だけでやれ! 俺達を巻き込むんじゃねぇよ!」
「野郎……今まで我慢してたけど、今回ばかりは堪忍袋の緒が切れた。犯人は、まだ遠くに行ってないはず。さっさと捕まえて、袋叩きにすればいい」
「そうだ! 数では、俺達の方が圧倒的に多いからな。相手は犯罪者だし、殴り殺しても文句は言われないはず」
「ああ、その通りだ! よりにもよって、ここ(飲み屋が集まる区画)でバカするとは。見つけ出して、ぶっ殺してやる!」
徐々にヒートアップし、物騒な単語まで飛び交う始末である。
事件とは無関係とはいえ、このままでは2人が巻き添えを食らうのは確実。だったら、採るべき行動は1つしか無い。
互いに口にするまでも無いらしく、無言で頷き合うとダッシュで逃走。
脇目も振らず、教会に向かって走り出した。
頻発する政治関係者の殺害に始まり、さっきの殺人に続き今回爆発……
偶然にしちゃ、さすがに出来過ぎてるよな?
じゃあ、犯人達の目的は?
個人的な怨恨の線は薄いだろうから、クーデターか武装蜂起。いや、経験がないから全て推測だけど……
昨日見た化け物といい、一体この世界は何なんだ?
ヴィクトリア朝のイギリスと似てはいるものの、細部は全くの別物。事件の多さや治安の悪さに至っては、戦争寸前としか思えない。
クソッたれ……
これ以上、ここに居たらいつか殺される。
ただ、それは嫌な現実から目を背けているだけじゃないのか?
例えば、今日出会ったミコットという名の少女。今はどうにか生活出来ているとはいえ、収入はほぼゼロのはず。
遅かれ早かれ、限界が来るのは目に見えている。
俺は、そんなか弱い人間を見殺しにして平和な生活を満喫するのか?
否……断じて、否だ。
確かに、奥田さんと2人だけじゃあ出来る事に限界がある。それでも、自分達の信じる正義を貫き通すべきじゃないのか?
これじゃあ、いくら何でも理不尽過ぎる。
世の中に不満があるなら、自分が変われ。それが嫌なら、自分が変えてみせろ。それからも目を背けるなら、耳と目を塞いで自分の殻に閉じ籠ってろ。
昔見たアニメで聞いたセリフだったけど、今ならその意味が解る。
俺は、最期まで足掻く道を選びたい。
その結果、例え命を落とす事になろうとも……
靖之なりに、思うところがあるのだろう。
密かに決意を固める中、どうにか目的地に到着。地元の人間しか使わない路地や藪を通ったからか、誰とも合わずに済んだのが幸いした。
この段階で、地図に書かれた時間まで約10分。
爆発の影響がなければ、ここで何か動きがあるはず。
2人は、とりあえず教会そばの茂みに移動。息を殺して身を隠すと、動きがあるまで様子を窺う事にした。
嫌でも緊張感が増す状況に耐え、5分ぐらい経った頃だろうか。
「……お待たせしてしまい、申し訳ございません。爆発により、ターゲットの殺害に成功しました。一般人も数名巻き込まれたようですが、想定の範囲内。実行犯は、所定のルートで逃走中です」
「解った。実行犯に関しては、予定通り始末しろ。方法は、お前に任せる」
「はっ! 了解しました」
入口のドアが開いて数名の人間が出て来たと思ったら、そこに誰かが到着。
淡々と報告をするのに対し、無感情な言葉が返るのみ。あからさまな口封じに緊張を高める2人だが、当の本人達に変化はなし。
気付かれていないのはいいとして、会話は淡々と進む。
「これで、我々の活動の障害となり得る人間は全て始末しました。このまま、次の段階に移るべきだと進言します」
「……そうか。政治・警察関係はこれでクリアしたとして、確か……そう。まだ、商店組合関係者が残っていたはずだろ? そっちはどうなった」
「はい。1名だけ残っていましたが、それも今日始末したはず。相手は素人ですし、もうすぐ報酬を受け取りにここに現れるでしょう」
「……解った。そいつらも、姿を見せ次第始末しろ。下手に足が付いたら、かなり面倒だからな。方法は、お前に任せる」
「はっ! 了解しました」
会話の内容からして、さきほど倒した2人組を指しているのだろう。
両方の事件が同一グループだと判明し、隠れている靖之達の緊張はピークに達する。このまま様子を見れば更なる情報が手に入るが、見つかれば絶体絶命のピンチ。
周囲の空気がピリ付く中、相手は会話を続ける。
「そういえば、得体のしれない女が町で何か嗅ぎ回ってたみたいだが? どこの誰なのか、解ったのか?」
「いっ、いえ! 肌の色からして、大陸の東方出身だとは思うのですが……目下全力で捜索中ですので、1時間以内には解るかと」
「大陸の東方か……では、政府関係者やスパイではないんだな?」
「えっ、ええ……海賊風の服を着てるみたいで、観光客や貿易関係者とも思えませんが」
「民間人なら、別に構わん。その程度の人間が何をした所で、ここ(地元)の警察が動くわけでもなし」
「そっ、そうですね……」
突然出て来た舞らしき人物を捜索中との情報に、動揺を隠せない靖之。
不思議そうに見つめるミコットだが、その変化は別の人間も察知していた。
「では……引き続き、実行犯の始末と不審者の捜索に全力を尽くします」
「いや、待て……不審者ならそこにも居るし、もしかしたら関係者かもしれん。まずは、そいつに聞いてからでも遅くないだろう」
「えっ? ああ、確かにそうですね」
確信を持ったようにそう宣言すると、一同全員が茂みを凝視。
同時に、靖之とミコットの顔から血の気が引いていった。
読んで頂いた全ての方々に、感謝申し上げます。
ジャンルとしては、変則的な転移系ローファンタジーです。
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