羊皮紙本
・一応ファンタジーです。
・所謂マナを使った魔法やスキルは登場しません。
・但し超常現象やオーバーテクノロジーは登場します。
・とりあえず今回はプロローグ部分であり、話が動くのはもう少し先になります。
・ヒロインの登場は次々回からです。
前書きは以上になります。
連載作品の投稿は初めてですが、何卒宜しくお願いします。
――20××年4月15日(月)、夕方頃。
「これはアンティークの本ですよね? それも……ずいぶん年季が入ってる」
店員から『それ』を手渡され、男は動揺を隠せなかった。
彼の名前は、佐山靖之。
今年の4月から地元の讃岐浜大学に通う、大学1回生だ。
神童でもなければ、ずば抜けた身体能力の持ち主でもない。どこにでもいる、本と動物に釣りが好きな18歳である。
容姿に関しても、パーツ1つずつは整っているが全体的に見れば平凡なレベルだ。
170半ばの身長に、ガッチリした体格。黒髪のツーブロックスタイルなので、パッと見るとスポーツマンに見えなくもない。
しかし、ファッションセンスは皆無。
着れる服を着ているだけのようで、今日も着古した茶色のジャケットとボロボロの紺色のジーンズでコーディネートしていた。
靴に至っては、底が擦り切れた赤いスニーカーである。
ここは、彼にとって小学校時代から通う馴染の店。
そして、この日は定期購読している雑誌の発売日なのだ。平日なのでポイントが2倍にならないが、早く読みたいから我慢するのみ。
断じて、ボロボロの骨董品を受け取る為に来たのではない。
店員の真意は不明ながら、ありがた迷惑でしかなかった。
えーっ、マジか……
俺は、早く帰ってアクアタイムズ(雑誌)を読みたいだけなのに! 確か今月号は、待ちに待った大型ナマズ特集と自作フィルターの記事が載ってるからな。
正直、こんな所で油を売ってる時間はないんだ。
でも……君島さんとは、俺が小学校の頃からの付き合いだからな。無下に断るのもアレだろうし、形だけ乗っかっておくか?
あくまでも、形だけだけど……
靖之は頭の中で考えをまとめると、フレンドリーな表情を形成。
言葉に角が立たないように注意しつつ、話を振った。
「へぇ……いかにも、昔に作られたって感じの本ですね。雰囲気もあって面白そうではあるんですけど、僕にはちょっとハードルが高いかな?」
「まぁまぁ、そう固いこと言うなよ? 靖之も今月から大学に通ってるんだし、こういうビンテージの本も持っておいた方がいいんじゃないか? 後々、何かのレポートとかで役に立つかもしれんし」
「……確かにそうなのかもしれませんけど、大学の講義が始まってまだ1週間しか経ってないんですよ? 教科書だって買ったばっかりで、教室の場所だってまだ覚えきれてないんですから……今は、それよりも大学生活に慣れるのが先決じゃないかなって」
「いやいや……そんなのは、慣れればどうってことないから。それよりも、教養? 今までとは違うジャンルに目をやるのも、大事だろ?」
「……いや、そうなのかもしれませんけど」
さりげなく断ろうと試みるも、上手くいかず失敗。
他のお客さんのレジ待ちを理由に断ろうにも、こんな時に限って誰も並んでいない。
「まぁ、百聞は一見にしかずって言うだろ? パラパラっとでもいいから読んでみろよ」
「えっ? いや、はぁ……じゃあ、お言葉に甘えて」
しどろもどろになり、咄嗟に言葉が出て来ない靖之。
結局、店員に押し切られる形になってしまった。
それは、まるで映画やドラマの小道具に見えた。
ボロボロで、ちょっと力を入れたら破れそうな表紙。カバーは存在せず、薄い木の板に布を覆わせただけの質素な作り。
余程昔に、作製されたのだろう。題名は擦れて解読不能で、そもそも何語かも判別できない状態。
この時点では、興味の無い人間からすればゴミでしかないだろう。
それでも、もしかして本当にアンティークアイテムか、もしくは価値のある文献ではないか?
靖之は、僅かに残る可能性に賭けてページを捲った。
えっ……なんだ、これ?
外側がアレだったから、中身も同じ状態ならまだ解る。でも、これにはイラストはもちろん文字すら書かれていない。
ただの白紙……
おいおい、これじゃあマジでゴミじゃねぇか!
いや、落ち着け……落ち着くんだ、俺。
なるほど、手触りからして中の紙も表紙と同じで確か羊皮紙だったか? 作られた年代までは解らないとして、かなり昔なのは間違いない。
え~っと……それだけ?
はぁ……
どれだけページを捲っても、汚く結果は同じ。変色して、ボロボロに擦り切れる寸前の白紙が続くだけだからな。
って……気を付けないと、今にも破れそうだ。
君島(店員)さんには悪いけど、持って帰っても新聞と一緒に捨てるのがオチ。正直に話して、ハッキリと断ろう。
最後のページまで目を通し、改めて結論を出す靖之。
そのまま、突き返そうとした時だった。
うん?
擦れてハッキリと読めないけど、これは英語だ。結構長文だし、解読さえ出来れば本の目的が解るかもしれない。
待てよ……
そもそも、これだけしっかりした作りの物を普通ノートやメモ帳に使うか?
もしかして、文字は劣化した経緯で消えただけとか?
本の長期保存は案外難しいって、どこかで聞いた事もあるからな。ひょっとすると、これはもの凄く価値がある物なんじゃ?
知りたい……何が書かれているのか、気になる。
疑問が生まれると同時に、探究心が湧きあがる靖之。
店員も長い付き合いから、彼の心情の変化を読み取れるのだろう。
「それは、知り合いの古本屋の親父からタダで貰ったものだ。もちろん、どうするかは靖之次第。飽きて捨てるのもいいし、大学なら復元に必要な設備も整ってるだろ? 先生の許可が下りるかは別として、良い経験になるんじゃないか?」
「うーん……じゃあ、お言葉に甘えていただきます。どうするかは、家でゆっくり考えてからですけど」
流されるまま、2人のやり取りは終了。
後は適当な雑談を挟みながら、当初の目的だった定期購読の雑誌を購入。軽く挨拶を済ませると、靖之は家路についた。
ただ、彼の姿が見えなくなると君島の表情が一変。
心配そうに見つめていると、同じエプロンを着た同僚が姿を現した。
「君島君、お疲れ。さっき階段で靖之君と擦れ違ったけど、手に持ってたビンテージっぽい本は? 君が渡したんだろう?」
「ええ……松本さん(古本屋の主人)の所で絶版のマンガを探してて、偶然見つけて。値段も安かったから、彼への入学祝に渡しました」
「松本の爺さんも、また珍しいものを……入学祝にするぐらいだから、普通の写本とかとは違うだろうし……どんな本?」
「さぁ……劣化して文字が消えてるみたいなので、何とも……でも古い本を手に取る機会って、このご時世なかなか無いじゃないですか?」
「確かに……それにしても、靖之も、気が付けばもう大学生か。月日が経つのは、早いもんだな」
「……ええ。半年ぐらい前はどうなるかと思いましたが、彼なりにケジメも付けたようですし。後は、時間がキズを癒してくれるでしょう」
「ああ、そうだな……手続き事が多いし、何かと大変だろう。明日は我が身だが、我々でサポート出来る事はやってやりたいな」
「……はい、僕もそう思います」
店員2人はそう言い合うと、神妙な面持ちで沈黙。
気まずい空気のまま、暫くフリーズしてしまった。
靖之のここ数年は、振り返ると不幸の連続である。
発端は、父親が心筋梗塞で急死した4年前。一家の大黒柱を失ったものの、この時は祖母(祖父は既に死亡)と奮起して立て直した。
ただ、一昨年に母親の膵臓癌が発覚。
自覚症状が無かったから安心するも、肝臓への転移が見つかり一転してしまう。手術不可能な中抗がん剤等の治療を受けたが、次の年の秋に死亡。
しかも、死因は父と同じ脳梗塞であり死に目にも会えなかった。
これで、祖母のメンタルが完全に崩壊。
もともと、母方の家系で婿養子を取ったという経緯がある。それだけに、実の娘の死は想像を絶するショックだったようだ。
みるみるうちに口数と生気が失われ、49日を待たずに入院。
再び元気を取り戻す事無く、不整脈を起こして天に召されてしまった。
これが、去年の11月の話。靖之1人が取り残された形になったが、彼を引き取る親戚は既にこの世には居なかった。
それでも、近所の住職である女性が手を上げた事で解決。
彼女は、母親の学生時代からの親友だった。
失意のどん底ではあっても、他人に泣き付いても無駄なのは解っていたのだろうか。
母親の葬式を最後に、今まで人前で涙を流した事は1度も無い。
『人生、何が起こるか解らない……俺にはもう、何も無い』
声を掛けて来た友人に対して靖之が呟いた言葉だが、それ以降話題にする事自体タブー。
彼も普段と変わらないように振る舞い、殆どの人は事実を忘れて行った。
「……先輩。靖之は、大学を出てどうするつもりなんですかね?」
「さぁな……病気による死別とはいえ、彼は天涯孤独の身。大手企業や自衛官は厳しいだろうし、公務員になるとも思えない。元々夢だった、研究者の道に進むんじゃないか?」
「……そうですね。実際には無いと信じたいですけど、その手の噂はよく聞きますし。その点研究者なら、自由度が高いはず」
「ああ、その通りだ……ところで、アイツはどの学部に入ったんだ?」
「確か、生物学部のはずです」
「ほぉ……讃岐浜大学の生物学部といえば、私学の中でも結構いいランクだ。しっかり勉強して、大学院に進んで欲しいな」
「ええ、全くです……」
店員2人も、口には出さないが心配し応援しているのは事実。
未来は解らないとはいえ、そう言わずにはいられなかった。
――その頃、靖之は。
徐々に空が暗くなり始める中、彼は帰路を急いでいた。
誰も居ない、自宅を目指して。
うーん……
せっかく一軒家に住んでて、何をするのも自由なんだ。150(cm)か、180(cm)の水槽を置いてもいいな。
このクラスにもなれば、大抵の大型魚を飼える。
アロワナに大型シクリッドに、ビックキャットや大型ポリプ。混泳だって、自由自在じゃないか?
それか、特注のケージでモニター(オオトカゲ)を飼うのもいい。
夢は、膨らむ一方だ。
あっ! 今はそんな事よりも、目の前の予定だ……
母さんやおばあちゃんの保険金があるとはいえ、元を正せば俺のお金じゃない。今は、おばさんのお世話になっている身。
将来の為に残しておくとして、そろそろバイトぐらいはしないと。
どこにしようかな?
あの(先程居た)本屋は、気まずいから除外するとして……やっぱり知識も増やしたいし、ペットショップがいいかな?
確か、西○の中の店が募集してたし……
漠然とバイト先を考えていたが、急にハッとした顔になる靖之。
よほど緊急な事なのか、思わず声に出てしまう。
「雑誌を読むか、それとも本を調べるか……水槽の水替えは済ませてるし、寝るまでまだ時間もある。いやぁ、楽しみだな」
自転車を漕ぎながら、どうやら今度は夜の予定に思いを馳せているらしい。
気分はノリノリなのか、笑顔まで見せる余裕ぶり。本人にすれば、ただで貰えてラッキーぐらいの感覚なのだろう。
深く考えもせず、あくまでも暇つぶし程度である。
明日の講義は、いつからだったっけ?
まだ1週間しか経ってないから頭に入ってないけど、家に帰れば解るからな。そのうち覚えるだろうし、今は急がなくてもいいはず。
それよりも気になるのは、貰った本だ。
まさか希少価値があるとは思えないけど、TVとか見てたらワンチャンあるからな。出来るだけキズを付けないように、注意しないと。
とりあえず、(午前)1~2時ぐらいまでは粘ろう。
寝るのは、それからでも十分だろうし。
――同時刻。
「おーいっ……さっき売れた古本だけど、あんな物をいつ仕入れたんだ?」
「さぁ? 結構前から置いてあったんでしょうし、僕は知らないッス……マスターが、仕入れたんじゃないですか?」
古本屋の主人である松本は、パタパタを振りながらバイトに声を掛けた。
ただ聞かれた側も解らないらしく、答えるとそのまま段ボールを抱えて奥に引っ込んだ。
「あれっ? おかしいな……買い取った覚えもないし、仕入れた記憶もない。値札が貼ってあったから、疑わずに売ったけど……まぁ、いいか。店の売り上げになったんだし、そもそもあんなボロボロの本に価値があるとは思えん。さて……ウチもそろそろ閉店時間だし、今日は飲んで寝てしまおう」
腑に落ちない感覚はあるが、考えるのも面倒だと思ったのかもしれない。
強引に自分を納得させると、レジを閉めるべく準備を始めた。
靖之としては、あくまでも軽い気持ちで受け取った羊皮紙本。
それは、プレゼントした君島(本屋の店員)も同じだろう。不穏な空気を醸し出しつつも、気付く人間はゼロ。
この事実が後どのような事態をもたらすのか、当人達には知る由も無かった。
読んでいただいた全ての方々に、感謝申し上げます。
次回から、物語が動き始める予定です。
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