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追憶のアルテナ  作者: =Moto*
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一 序章

眠りから覚めた途端とたん、大切な何かを忘れる。

いつもそうだ。

きっと覚えていたい夢でも見ていたのだろうけれど、忘れてしまった後では思い出そうという気も起きない。

思い出してはいけない、思い出したくないことだってあるから、なおのことだ。

だから起きてすぐは、虚無感きょむかんみたいな気持ちだけが残って、少しがゆい。


「いいかい、テナ。この世界は僕たち一人一人のために作られてなんかない。自由じゆうであると同時に、不自由ふじゆうでもあるのさ。都合つごうしなんてのは、あくまで主観しゅかんでしかないから。分かるね」


私には彼の意図いとしたことが分からなかった。

そして、理解できないままうなずいた私を見透みすかすように彼は微笑ほほえみかけた。

おさながらにして、その表情は悲しみをびたものだと強く印象に残っている。


彼は言った。


特別とくべつに意味なんてない。君は特別とくべつでありたいのか」


私は彼を永遠とわに覚えている。


***********************


「やっと起きたのね。体調はどうかしら」


おどろくほどき通った声。

声のする方向に目を向けると、そこには小さな羽をまとった少女が不思議そうな顔で見つめていた。

いや、おそらく不思議そうな顔をしていたのは私の方で、彼女は私の表情をうかがっているようだった。


白くて細い腕。なんて弱々しい体だろう。

彼女は今にでも倒れそうなほど、病弱びょうじゃくそうに見えた。


「……あなたは?ここはどこなの」


よくぞ聞いてくれたと言わんばかりに、どことなく嬉しそうである。

彼女は大げさに考える素振そぶりを見せ、人差し指を上にしてこう言った。


「雲の上、空の下!」


ああ、にやっと見せる表情がなんともあいらしい。

ほっぺをつついてしまいたい衝動しょうどうをなんと表現ひょうげんすればいいだろう。


彼女の言う通りだった。

見渡すとそこには、あたり一帯いったいの雲の絨毯じゅうたんが広がっていた。

おどろきのあまりに、思わずわあっと声を出す。


ーー少し落ち着こう。

私はどうしてこんなところにいるのか。

目を覚ます前の状況じょうきょうを思い返すーー。


「………私は……誰?」


空気が冷たいと思うと同時に少しだけ息苦いきぐるしさを感じた。

ここが雲より高くに位置するからだろうか。


「あなた、何にも覚えてないの。あなたが倒れているところを私が看病かんびょうしてあげたのよ」


倒れていたのなら覚えていないのは当然とうぜんではないか!と思ったが、口には出さなかった。


「ごめんなさい、何も覚えてなくて」


ーー私は多くの記憶を失っていた。

覚えているのは、カインという彼の存在そんざいと彼へのおもいのみである。


はあ、やれやれといったいきをついてから彼女は見上げた。


「ここはちょう巨大きょだい樹木じゅもくの上。みなはこの木を『世界樹せかいじゅ』やら『古代樹こだいじゅ』と呼んでいるわ」


ごくり。

私たちが今腰掛けているのは、雲でおおわれ、そこが見えないほどの高さである。

落ちれば一溜ひとたまりもないことは明白めいはくだった。


自己紹介じこしょうかいが遅れたわね。私はイーティア。リリィ族のイーティアよ」


これが彼女、イーティアとの初めての出会であいである。


***********************


彼女イーティア背中せなかには半透明はんとうめいな小さな羽がえていた。

服には羽が通るだけの切り込みがあるようだった。


「私たちリリィは生まれつき羽を持っていて、空を自由自在じゅゆうじざいに飛び回ることができるわ」


そう言って彼女イーティアは空を飛んで見せた。

うらむほどにばたく姿は実に優美ゆうびである。


「私には羽はないのよねー?」


それを聞いた彼女イーティアは、笑いをこらえるのに必死といった素振そぶりを見せ、ゆっくりと降りてから腰掛けた。


「本当に自分の種族しゅぞくも忘れちゃったの?名前も?」


忘れてしまったものは仕方ないじゃない。

それに思い出したくても思い出せないことは、いくらだってあるはず。


「そう。私が思うに、あなたはパーリアの生まれだと思うわ。パーリアはあなたのように色白いろじろだから」


パーリア?と質問しつもんを投げ返す前に、彼女イーティアは説明を続けた。


「この世界には大きく分けて四つの種族しゅぞくが生活しているの。《アーシェ》《パーリア》《リリィ》《ウェイルド》。それぞれがかく地方ちほうに分かれて国を形成けいせいしている。ここはリーヤン地方といって、かく種族しゅぞくの子どもたちがつどうリリィの国よ」


子どもたちがつどう国と言われても、イーティア以外の姿を誰一人として見ていない。


「イーティアはこんなところにいつも一人なの?さみしくはない?」


私もカインと出会う前、彼女イーティアとしころはずっと孤独こどくだった気がする。


「早いうちに誤解ごかいいてもいいかしら」


コホンと小さくせきてて、言葉を選ぶようにあらたまって彼女は言った。


「リリィは長寿ちょうじゅなの。私の年齢ねんれいゆうに100をえているわ」


なんと。5才ほどの身長をした可憐かれんな少女が、実は老婆ろうばだとは、何より信じがたい。

努力はしたものの、おどろきの表情をかくせてはいないだろう。


「ふふ。あなた、おどろくのが上手ね」


彼女イーティアの話を聞いていても、何かを思い出す気配けはいはなく、初めて耳にする知識ちしきそのものだった。

ーー私はなんで記憶を失ったんだろう。


「倒れたあなたを見つけたとき、今からちょうど半年くらい前のことかしら。古代遺跡こだいいせきの調査が行われてーー」


「ちょ、ちょっと待って。私は半年もの間、眠っていたというの」


ーー落ち着け。いや、記憶がないだけあって落ち着いてはいるけれど。


「そうよ。外傷がいしょうはなかったから、すぐ意識を取り戻すと思って運んできたんだけれど、なかなか起きなくて」


おどろきが重なって、頭がついていけていない。


混乱こんらんするのも分かるけれど、いい?私が今から話すのは世界において、きわめて重要な話よ。半年前、エルダー地方の古代遺跡こだいいせきから《古代遺産こだいいさん》が発掘はっくつされたの。古代こだいの文明は今の私たちより発達しており、その遺産いさんには今の世界を変えるだけの力があった。最初に遺産いさん発掘はっくつしたパーリアはその力で世界を統治とうちしたの。これまで、世界情勢せかいじょうせいを動かしてきた《アーシェの天皇てんのう》を手にかけて」


なぜか、ハッとした。大切な何かを思い出せそうな気がする。


「それと同時に、突如とつじょとして現れた《魔物まもの》と呼ぶべき生物が世界中に蔓延はびこることとなった。遺産いさん発掘はっくつとあまりに同時の出来事だったので、魔物まものの原因は古代こだいの何かだとも言われているわ。魔物まものと呼ばれるにふさわしく、彼らは凶暴きょうぼうであり、主に抵抗手段ていこうしゅだんの持たない子どもたちをおそった。結果として世界総人口せかいそうじんこう三割さんわりを失うこととなったわ」


ーー遺産いさん

ーー天皇てんのう

ーー魔物まもの

ーー『アルテナ』


「思い出した。私の名前はアルテナ!」


思い出したのはあくまで名前だけだけれど、私は確かにそう呼ばれていた。


唐突とうとつね。改めてよろしく、アルテナ」


結局けっきょく、私は彼女イーティアの話を空想くうそうのようにとらえることしかできなかった。

何しろ記憶がなければ、私自身の世界ですら、まるで他所よその出来事なのだ。


「それにしても、世界総人口せかいそうじんこう三割さんわりだなんてあんまりだわ。カインは無事ぶじかしら…」


私があんじているのは世界ではなく、カイン安否あんぴである。


「大事な人なのね。残念ざんねんだけれど、私が倒れていたあなたを見つけた時には、そばには誰もいなかったわ」


カインならきっと無事ぶじよ。私の知っているカインはしぶとかったもの」


彼女イーティアはただ見つめるだけで、何も言葉にはしなかった。

当然とうぜんのことながら、安否あんぴ断言だんげんできないのだ。


「私にはカインしかないのよ。すぐにでもカインもとへ帰るわ」


カインがこの世界のどこかで生きていることは、私にとって明白めいはく事実じじつだった。


「……分かった。世界樹せかいじゅの上にまで運んでおいてもうわけないけれど、地上へ降ろすわりにたのまれてくれないかしら」


そう言って彼女イーティアは、いつにもして真剣しんけんな表情でじっと私を見つめた。


「《聖典せいてん》を見つけて欲しいの。大変、貴重きちょう書物しょもつよ」


それがなんであるか、なぜほっするかはけなかった。

有無うむを言わせぬ、気迫きはくに押され、私は首をたてほかなかった。


「分かったわ。見つけられる保証ほしょうはないけれど、あなたの頼みなら見つけてみせるわ」


ーーくして、記憶を失ったアルテナはカインを探す旅に出ることとなる。

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