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229、声をかけずにやっつけてしまえば良い……気がする

 アレスがヴァリアルに近付く、あと5メートル程のところまで行った。

ゲームだったら魔王に見つかりボス戦に突入するか、何らかのアクション入りそうな距離だろうか……?


 緊迫した空気が私の喉を鳴らす。

ゴクリ…


 しかし何も起こらず静寂のまま、座したヴァリアルは目を閉じ微動だにしない。


 魔王は封じられているんだよね?


魔王と一緒にヴァリアルの意識も眠っている?

頭の中に疑問が浮かぶが、その時アレスのイケメンボイスが広間全体に響いた。


「ヴァリアル!」


 アレスがヴァリアルに態々話しかけるのを見て、思わず驚愕してしまう私。

相手が眠ってるのなら黙っとけばいいのに!と、心の中で舌打ちしそう。


 気がつかれないならそのまま近づいてヤってしまえ! 

黒い考えだが声を大にして訴えたい。そう思っていた私はセコイのか? セコかろうと正面から危険に飛び込む必要はない。勇者が強かったとしても彼が傷ついたりする事は避けたい。勿論自分もだ。


 暫しの沈黙の後、ヴァリアルがゆっくり目を開けた。

こんなに動きが遅いなら、殺るなら今だ!と私の心の中でアレスに念を送る。


 目を開けたヴァリアルの姿を改めて見ると、私と同じ栗毛の髪に栗色の瞳。アゴヒゲの生えたガッチリしたおっさんだ。容姿的にやはり自分の血族なのかもしれないと思った。

 そう思ったところで、このおっさんに私は肉親の愛情や、それ以外の親しみも全く湧いて来なかった。


 アレスの兄弟という割に全く似てない。アレスの方がカッコいい! 比べるまでもないけど


 アレスが同じくらいの歳になったとしても間違いなく"イケおじ"となるだろう。

最もアレスはどんなアレスでも私の中では受け入れられられる自身がある。


…て、こんな時に私は何を考えているんだ?



 ヴァリアルは無言でアレスを見つめる。

その動きは緩慢で、まるで寝起きの人のようだ。


アレスはヴァリアルの様子を少し眺めた後、また口を開いた。

「久しぶりだねヴァリアル。俺、生きてるよ、ほら?」


 アレスは手を挙げ己の無事を確認させる様な仕草を取る。

自身が本当に何でもない事を相手に伝えているようだ。

到底アレスを刺した本人に向けての言葉や仕草とは思えない。かと言って嫌味などでもない、純粋に自分の無事を伝えたい様子に感じた。

 ゆっくりヴァリアルに近寄り2人の距離は約3メートルほどに縮まった。


 ヴァリアルがアレスを見て目を細め、額には皺が寄る。

「何だ……? 誰が入室を許可した……?」


 ヴァリアルが喋った。低く掠れた声だ。掠れているのはしばらく声を出していなかったせいかもしれない。


「ヴァリアル……意識はあるか? ヴァリアル兄さん!」

アレスの少し労りを含む声色にヴァリアルが不思議そうに顔をしかめた。


「貴様は誰だ?」


 アレスの表情が固まり、動きが止まった。

一瞬の沈黙の後

「俺がわからない……? 兄さん」


ヴァリアルの感情は読み取れない。

アレスの感情も私には読み取れない。


アレスはゆっくり距離を詰め、更に訴えた。

「ヴァリアル。俺は戻って来た。 助けに来たんだ」


「貴様など知らぬ。侵入者よ……勝手にこの王の間に入った事を後悔させてやろう」

冷ややかな声を発したヴァリアルがゆっくりと立ち上がろうとした。


ボス戦開始か?

戦ってしまっても大丈夫なのか不安が過る。

この後繰り広げられる闘いを予想して思わず手をぎゅっと握った。


 その瞬間凄まじい耳鳴りがして、一気に視界が歪んだ!!



なにこれ!?


なにこれ!?


プチパニックになる私。

一体何が起きた。







ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!?







 気がつくと私はベッドに寝かされていた。


見慣れた天井だ。

枕元には何体かのお気に入りのぬいぐるみが置いてある。私の部屋で間違いないようだ。


 あれ? 私、いつのまにか気を失っていたの?

身体を少し起こそうとしたら頭がズキリとしたが、すぐに治った。その他特に身体に異常は無いみたい。


 自身の無事を確認後、先程迄のことが思い出された。

何がどうなった?


 周りをキョロキョロ見渡し、安全を確認しつつ、私のベッドのすぐ脇に目がいく。


 そこにはアレスが膝を抱えて顔を伏せていた。

1人だと思った部屋に誰かいてビックリなのだが、相手がアレスなので無事にいてくれて良かったと言う安堵の気持ちになった。

 しばらく動かないアレス見つめていたが、ふと頭に屍戦士の姿のアレスを思い浮かんだ。

アレス、動くよね? ちゃんと無事だよね? 今更もう屍戦士の時の状態にならないとは思うけど、動いて生きてるアレスが夢になってしまう様な、何とも言えない不安が過ってしまった。

「アレス……?」

動かない彼の無事を確かめたくて、ちょいちょいとつついてみる。


するとアレスがポツリと呟く。

「………覚えて……なかった」


アレスの声が聞けてちゃんと生きてる状態にホッとする。

アレスをつついていた手をそのまま彼のサラサラした黒髪に置いて撫でてみた。


「わかっていた……あれから30年以上も経ってるんだ。ヴァリアルの精神が飲み込まれていて当たり前だ」


 顔を伏せ表情が見えないけれど彼が落ち込んでいるのは感じ取れた。


「飲み込まれていた? ヴァリアルの意識がもう無いってこと?」


 私の質問には答えず、アレスが顔をあげ、こちらを見つめた。

「さっきはごめん、あの場に行って昔の感情に引き摺られたようだ」

落ち着いた優しい、いつもの声だった。


「田舎にいた俺が初めてエターナル城に来た時、ヴァリアルに兄だと名乗られた。今まで1人でいた俺を、とても慈しみ大事な弟だと言ってくれた。兄弟で力を合わせ、平和な国にしたいと夢を語ってくれた。俺は彼の言葉を信じ、彼の望む理想の弟になろうとした。そうすればもう捨てられる事はないと思った」


 捨てられる? 不穏な言葉が混ざっていたが、私は黙ったまま彼の言葉を聞いた。

私に語ると言うより自分の中の思いを整理する為の様に感じたからだ。


「今の俺は和也として生きた時間のお陰でアレスだった時の記憶を客観視出来る。ヴァリアルが本当は俺を嫌っていたかもしれないのも承知しているし、彼の良いように利用されていたのかもしれない事も、俺は王位に興味はなかったけれど、家臣が色々兄に言っていたのを知っている。彼に思うところがあり、その負の感情がきっかけになった事も充分想像出来る」


 哀しそうなアレスの表情を見て、私は胸がぎゅうっとなった。彼の悲しい顔は見たくないと思った。

少しでも彼の気持ちが楽になる様に、髪を撫でる。こんな小さな女の子に撫でられたところで、気持ちは変わらないかもしれない。でも何かせずにはいられなかった。

 彼の瞳を見つめると、その瞳に私が映っていた。


「魔王討伐に絶対に着いて来る、と言うヴァリアルを止める事が出来ず、一緒に勇者パーティとして旅立った。けど、あいつは大事な時期国王だし、俺はヴァリアルを守る事を誓った。必ず無事に国に連れ帰る事を。

彼を守る為にフェル達も無理をさせた。わがままも聞いてやった。なのにあいつに刺された俺は、かなりショックだった」


 つまりアレスはヴァリアルを魔王討伐に連れて行きたくなかった……という事か。

ちょっと愚痴っぽさを感じた。


「刺された当時のままの俺で戻って来たら、間違いなく復讐の勇者になるところだった」

少しふざけた感じに笑うアレスだが、無理に笑おうとしている様だった。

それに合わせて私も少し笑顔を作ったが、上手く笑えたかは分からない。


 彼の頭を撫でていた私の手をアレスが優しく掴む。

そのまま彼は自分の口元まで持って行き、愛おしそうに私の手にキスをした。


 不意打ちだった。何だそれ?

私の体感温度が急上昇し、顔が一気に熱くなる。茹でタコの様に真っ赤になってしまったかもしれない。

 もう彼の話の殆どが私の中からすり抜けてしまう。


 そのまま上目使いで私を見つめたアレス。

サラリと瞳にかかる前髪に光によってブルーグレイの様に見える瞳。

ドストライクのイケメンが私を見詰めている。

 これ以上私を動揺させるのはやめてほしい。


「俺が復讐の勇者にならなかったのは、ユズコの…君のおかげだよ。ありがとう、リリア」


 何に対してお礼か分からない。手にキスって王子様じゃん!とか言う感情に支配されてしまった私にはもう理解力は皆無だった。


「俺がエルシオンで刺された理由もわからないままだな……」

ぽつりと呟くアレスの横顔を見ながら、私は仕事を放棄した動かない頭で考えようとした。


 アレスでもあり、和くんでもある彼。

彼の語る言葉は私の大好きな2人の心を持った言葉。


 『王子様のキス』をして貰った私の手はそのまま大事そうに彼の手に包まれた。

そしてアレスは今度は真剣な表情で私に向き直る。


「柚子、俺はこの世界でアレスとして目が覚めてからずっと考えていた。『この世界に救いはあるのか』……もういろいろ遅すぎるんじゃないかって、この数日街を見て回って、変わり果てた街の様子に驚いた。美しく栄えていた街は廃屋ばかりで荒れていて、表通り以外はスラムのようだった。親を無くした痩せ細った子供達が隠れ住み、食べ物も行き届かずゴミを漁って生き延びていた。その親達は屍兵士とされてしまったようだ。街は一見普通に暮らしている者も居るが、抵抗したら自分達も屍にされる恐怖で逆らう事も出来ず、諦めている者たちばかりだ。もうこの国は駄目だと嘆く者ばかりだった。他国に屍兵を送り蹂躙し、更に新たな屍兵士を生み出す。この国だけじゃない、既にこの世界全体が…これでは以前の魔王軍が起こした戦争よりも被害が大きい」


言葉最後には悔しさが滲み出るようだった。

そうだ。この世界は一度アレスによって救われた世界だったのだ。

彼が平和にした筈の世界だったのに、彼がいない間に取り返し付かないまでなってしまった世界。


「だが、それでも、この世界で生きている人達がいる。みんな生きている。辛い状況でも前を向いて生きていく人がいるなら勝手にダメだと決めつけてはいけない気がする。でも、被害が大きすぎる……君と離れたくない……俺はどうしたらいいかわからない……」


 一気に色々話してくれたけど、私にもどうして良いのかわからない。

魔王軍と勇者の戦いなんて物語の中やゲーム話みたいで全くピンと来ない。

最後の方は何を言っているのか、正直よくわからなかった。

アレスの抱えている物はきっと大きい。力になりたい。でも私にはどうするか全く分からない。

話してくれた内容全部は分からなかったけれど、私と離れたくないと言ってくれた事は嬉しいし、私も同じ気持ちだった。


アレスと一緒にいたい。ずっと、ずっと一緒に在りたい。


大好きな彼の力になりたい。でも何の力も持たない私に出来る事なんてほぼ無いだろう。

だからせめて、彼を何とか勇気付けられたら……


「深く考えても答えのでない時はあるよね。

そう言う時は一旦別の事をしたりするといいんだよ! 後で良い考えが浮かんだりするし」

なるべく明るい声を出して言った言葉は、自分で思っていた以上に、無責任ぽく良い加減に感じる言葉だった。

あー私って役立たず。役立たず過ぎて悲しい。


だけどそんな情けない提案に和くんが「現実逃避」とボソッっと言って笑ったと思ったら立ち上がって伸びをした。


「んーーーーーーーー! よし、そうしよう!! まあすぐに決めなくてもいいか!」


 よくわからないが吹っ切れたっぽい? 彼が元気になってくれたなら嬉しいけど……

こんな言葉で元気になるのか?

無理させてないか心配になってしまう。 でも気持ちの切り替えって大事だよね。


「ところで……さっきまで本宮にいたのにどうなってるの? ヴァリアルはどうなったの?」


「ああ、攻撃される前に時間停止して逃げてきた。リリアが巻き込まれるのだけは絶対に嫌だし」


「時間停止ってアレスがずっと動けなくなってたあれ?……」


「肉体を止めたんじゃ無くて全体を止めたんだ。魔力消費が激しいけどかなり使える技だ。ただ僅かの時間しかとめられない。もっと大量の魔力がないと……」


時間……って……止められるの……?

「すごいチート技だね!!」

感心するしかない。 最強技じゃないですか!?


「ハハハ……今回スゴいよ! 前に魔王を倒した時には無かったモノを手に入れてるから。前回アレスをやってた時には精神だけで神に会いに行くなんて裏技思い付きもしなかったし、神の力をエルシオンに付与出来る事も知らなかったからね……今回は時間魔法クロノスのチート技とジルニトラの浄化の焔、あとは魔王の核を見つける為にバロールの瞳を……」


言いかけてアレスは気不味そうに黙った。


バロールの瞳ってなんだっけ?


「ただ倒しても次の身体に移動されちゃうからね……完全消滅させないと……」


アレスの留守中は寂しかったけど、しっかり準備してたんだね。さすが勇者様!

 

 でもさっきの私と離れたくないってなんだろう?

また何か離れてしまうことがあるの?




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