220、洗われる私
朝っぱらからこんな事をしていると思わなかった。
朝からビックリだ。
ついにアレスが生き返った。
心臓が動いている。呼吸もしている。
なんて嬉しい事なんだろう。
「姫様、そろそろ戻りましょう。起床時間ですのでマルタが部屋に来ます」
え? 今アレスを満喫中なのに戻らないとダメなの?
私はアレスにしがみつく。
「あはは……リリア、ムキになってくっついてくる。かわいいなあ」
アレスが笑う。
笑顔がかわいい。
アレスは私に頬ズリをしてから、おでこにキスをした。
そしてぎゅうっと抱き締める。
笑顔のアレス。アレスも凄く嬉しそうだ。
アレスの瞳はもうあの虚ろな瞳では無い。
綺麗な瞳にしっかりと私が映っている。
その事がこんなに嬉しいなんて!!
ああ、生きてる、生きてるアレスの感触、幸せ。
一瞬私たちは周りにフェルとロイドがいることさえ飛んでしまうくらい二人の世界にいた。
見つめ合う瞳にはお互いしか映らない。
「もういいでしょう……行きますよ姫様」
ロイドの言葉に二人だけの世界にいた私たちは現実へと引き戻された。
何かにムカついたらしいロイドが不機嫌げにアレスから無理やり私を剥がし連れていく。
酷くない?
「あ、アレス、お前、風呂入れよ!」
ロイドが振り返りアレスに言った。
「え?」
「30年以上入ってないだろ? 洗え! そうじゃなきゃ姫様に触るな!」
「はあ……時間止まってたから、大丈夫だけど……入ります」
アレスが謙虚に答える。
「ロイくん待って、さっきの結晶の話……」
フェルがロイドを止めようとしたが、
「あとで!」
と言って、さっさと戻って行く。
師匠と勇者に厳しい執事は足早に部屋に戻った。
私はアレスが戻ったことが嬉しくて嬉しくてバタバタしたい気分だった。
ただ、さっき暗がりだったせいなのかフェルの顔色が悪そうに見えた。
それでもアレスを見るフェルの瞳には力があった気がする。
フェル……疲れているだけかな?
あと1年……?
頭にその言葉が過る。
間違いであってほしい。
やっぱり間違いであって、ちょっと疲れていただけだよ。っていってほしい。
ロイドのこともだ。
この執事が簡単に死ぬとは思えない。
きっと何か助かる方法があるはずだ。
部屋に戻るとマルタとエリザがいた。
私の部屋は二階のフロア全てなので、各部屋を探していたようだ。
「ロイド様、どちらへ行かれてました?」
エリザがロイドに訪ねる。
「エリザ、君は休憩時間だろう。戻って休みなさい」
「いえ、大丈夫です。私もこちらで控えさせて下さい」
「……ウォルター様への定時連絡は済ませたのか?」
「あら? ご存じでしたか。勿論済んでおります。"異常なし"と出しておきました」
「よし、偉いぞ。よくやった」
そう言ってエリザの頭をポンポンと撫でた。
年上の女性に対してどうよ?と思ったがエリザは満足そうに微笑む。
「次は撫でるところを変えてほしいです」
エリザが赤くなりながら言った。
「は?」
ロイドがマジわからんわって顔をしたがエリザは気にしないようだった。
「ではアレス様もいらっしゃらないようなので、ロイド様の言う通りに休憩に入らせていただきます。おやすみなさいませ」
ほぼ夜担当のエリザはやはり吸血鬼だから夜起きて昼寝ていることが多いということに今更ながら気がつく。じゃあ、私の昼間の授業の時って眠くて仕方がなかったとか? いつも厳しそうに見えたエリザは眠たいだけで不機嫌でも冷たい訳でも何でもなかった?
昨日ずっと私と話していたのはアレスに会って興奮して眠れずに起きてたんだね。
昨日から乙女モード全開のエリザはルンルンで休みに向かった。
ロイドが部屋の隅でため息をついた。
「マルタ、姫様洗って……」
「どうしました?」
突然この男は何を言っている?
「さっき汗だくの男に抱きついてた。洗った方がいい……」
なんだかお散歩に行った犬が汚れて帰ってきたから洗うような言い方……
「ええ!? ふ、不審者!?」
マルタがビックリしている!
違います!
そもそもアレスの汗は汚くないです!!
神経質な男だな!!
吸血鬼退治で血ミドロになってたロイドより、アレスは全然キレイです!!
朝っぱらから風呂に入れられ洗われる私。
アレスもお風呂入ってるのかな?
あの地下室は風呂もあるのだろうか?
しばらくするとチビリルがやって来てお風呂にドボンと入った。
何の迷いもなく飛び込んでくるチビリル。大胆なヤツだ。
「俺も洗ってくれ!」
チビリルがマルタに向かって言った。
「チビリルちゃん喋れるの?」
今さらながらマルタが驚いていた。
「あ!」
チビリル、あんた皆の前で喋れるの内緒にしてたのにアレスの事もバレたから気が緩んでたな!?
うっかりマルタの前で喋ってしまったようだ。
「凄いですわ、天才かもしれない、リリア様、今の聞きました?」
興奮して喜ぶマルタ。
どうするの? チビリル……もう普通に喋っちゃう?
私が横目で見ると…
《べ、別に間違って喋った訳じゃないぞ! ママになら話してもいいかなって思ったんだ!》
じゃあ、なんで今テレパシーにしたんだ?
びちょぬれのままマルタの胸に飛び乗った。
「きゃっ、チビリルちゃん、濡れちゃう!」
その上チビリルはぶるぶるっと身体を震わせた。
もう手遅れだ。
マルタのブラウスはびしょ濡れになった。
でもここには透けたブラウスで喜ぶ男子はいない。
セーフだよ。マルタ!
《そう言えばさっきアレスが街に行ったよ》
ぶるぶるしながらチビリルが言った。
「え? アレス?」
《街を見てくるって》
アレスが出掛けた?(私も行きたかった)




