169、動く勇者
「ア、アレスが咳き込んでる~」
咳き込むアレスを見て目を潤ませ嬉しそうなフェル。
「いや、かわいそうだからお水でもあげて」
私が言うと急いでフェルがカップを取り出しお水を注ぐ。
「ゴメンね~アレス。気が利かなくて~!」
フェルがアレスに水を差し出す。
「ごめっ……げほっ」
水を受け取り飲む。
ちょっとむせているが大丈夫そうだ。
「ゴメン……喋ろうとしたらムセた。」
アレスが喋った。
これにはさっきまでの事を忘れて目をキラキラにさせてしまいます。
勇者の生声ですよ!!
夢と同じ? 和くんと同じ声!!
イケメンボイスだ!!
「アレス~!」
フェルが感動のあまり泣き出した。
ロイドは表情を変えていないがたぶん驚いている。
今までチビリル越しにしか意思を伝えられなかったアレスが遂に本人から言葉を発したのだ!!
30年ぶりの勇者の言葉『喋ろうとしたらムセた』
石碑にでも刻まれちゃいますかね? ぷぷっ
「えっと、先ずはやっと再会だ、フェル、二ーナ、久しぶり……」
アレスがフェルに向かって右腕を出す。
フェルも右腕を出して二人の腕がぶつかり、今度はお互いの手をガッチリ掴む。
これは、二人の挨拶のようだ。
ウエイ的な? うえいな人だった?
その後フェルはアレスにしがみつく。
「長かったよ!」
フェルが言う。
「ああ、でもまだ終わってない」
と答えるアレス。
今まで自己申告のみでしたが、どうやらフェルは本当にアレスの親友のようです。
そしてフェルの表情がいつもと違う。今のフェルはオカマっぽさが一切ない。男の子っぽい顔つきだ。いや、元からオカマでは無いのは分かってますけど。
「アレス、時間停止はどうやった?」
フェルが男の子らしい喋りだ。
「今もまだ発動中だ。今はムリに一時停止させてる。だから時間はない。一方的になるが聞いてくれ」
フェルが頷く。
「時間停止で30年、その内10年はもがいていた訳だが、閉じ込められた空間でもがくうちに気が付いた。どうやら時間停止魔法に対しての耐性がついてきたようだ。だけど今はまだ解けない。フェル、俺はこれからフェンリルを連れてジルニトラに会う。ジルニトラは普段は次元の狭間にいる、だから身体を置いて精神だけで行く」
「ボクも行くよ」
「そう言うと思った……でもフェルは残れ。そして俺に入れたコアを外し魔力をありったけ込めておいてくれ、きっと役に立つ」
「君の魔導コアを……?君が動かなくなる」
「どうせ中身がいないんだ。その辺に寝せておいてくれればいい。俺はジルニトラのところで修行してジルニトラの炎を手に入れる。死者を還す浄化の焔だ。そして最終的にクロノスを目指す。どのくらい時間がかかるか分からないけど……最速で戻るよ」
「クロノスって時間の?……アレス……キミ何をするつもり?」
「ジルニトラのところで上手くいったらの保険だよ」
「また待つのは辛いな……」
「大丈夫。今度はそう長くない、俺のいない間、頼むよ」
それからアレスはロイドに向かう。
「意識はなかったけど、いろいろお世話になりました」
礼儀正しくロイドに挨拶をした。
「……本当に復活するとは……私は君が復活出来なければ、君の身体だけでも利用してやろうと思っていたんだがね?」
ロイドが悪そうに笑って言った。
「でも俺が捕まらないようにしてくれてたでしょう? 包帯も巻いてくれてたし、ありがとう」
「いや……」
ロイドが少し照れたようだ。
勇者の輝きが眩しい。
「リリアを頼みます。"お父さん"」
え? どうしてアレスは私がロイドの事をお父さんて呼んでたの知ってるの? いったいいつから意識あったの?
「フフ……まあ姫様は娘だと思って育ててますが、私は君のお父さんにもなるのかな?」
「リリアは俺にとっての大事なお姫様ですから……」
アレスが爽やかに笑った。
それに対してロイドが変な顔をした。
なんだこれ? 爽やか過ぎる! 笑顔が眩しい!!
『事案』だとか言ってた自分が恥ずかしい。
そしてアレスはチビリルを抱えた。
「随分可愛い姿だね。俺はキミの本体を連れていくよ。キミはもしもの時の連絡係だ。頼んだよ」
「わかった。任せろ!」
チビリルが答える。
それから私と目が合った。
虚ろでない、しっかりとした意思のある瞳だ。
「じゃあ、リリア、行ってくるね」
「行ってらっしゃい、アレス」
そしてアレスの身体が動かなくなる。




