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164、同じ世界に存在できている

 気が付けば知らない木目の天井が見えた。


身体がうまく動かせない! そして声は出るけど上手く舌を動かせない。しゃべれない!?


 ここはどこ?

 病院ではなさそう?

 和くんはどこ?

 私はどうしちゃったの?

 どうしてまともに動けないの?


もうバタバタして大泣きするしかない!

もう、悲しい、ひたすら悲しい。私は声が涸れるまで泣き続けた。


 泣くのと眠りを繰り返し、数日して私は生まれ変わったんだ、と理解した。

私は赤児になっていたのだ。夢だと思いたかった。

でも、何度寝て覚めても、赤ん坊のままなのだ。


 誰も私が私とはわかってくれない!


 和くんもいない!


和くんはどこに行ったの!?

和くんは夢に呼ばれているって言っていた。

じゃあここが夢で呼ばれた世界!? そこに来ちゃったってことなの?



 和くんもあのトラックもどきに私と一緒に運ばれたりしたのだろうか?


和くんも生まれ変わってどこかにいるの?


和くんに会えないまま毎日が過ぎる。


 『新しい私』には母がいない様だった。

お世話をしてくれる大きな手の人は少し乱暴で嫌だった。ミルク飲ませるのが下手で私は何度も咽せたし、おしめも布を軽く巻く程度で放置された。見かねたらしい近所の人がよく来て、私の世話をしてくれた時はホッとした。


 聞いた事の無い言葉。窓の外に見た事のない羊の様な牛を見た。

嫌な予感はしていた。ここは日本ではないのは分かっていた。

聞いているうちに言葉を何と無く理解する頃には、ここは異世界なんだろうと思った。


きっと異世界転生、ラノベとかアニメとかであるやつ……?


 異世界? 日本じゃない! 地球じゃない!?


 和くんはどこにいるのか?


 もう二度と会えないのか?



 毎日が絶望だった。

どうしてこんな事になってしまったのか……

私はただ和くんが好きで彼と一緒にいたかっただけなのに、もうそれは叶わない事なんだ。



 『新しい私』が1歳になる頃、私はもう『新しい私』でいることに耐えられなくなってきた。


 最初の頃より身体はずっと動かせる様になって来たし、微妙に言葉も話せそうには、なって来た。

これから時間をかけて普通の子供として成長して、もっと動きやすくなりこの世界見る事が出来るのだろう。

本当にここが異世界ならば、ステキな冒険が待っているのかもしれない。

しかし、そんな希望に満ちた発想は全く起きる筈も無く、ただひたすら全てが嫌で堪らなかった。


 乱暴で嫌だと思っていたお世話してくれる人も、後で考えれば慣れない子育てを一生懸命ワンオペで頑張っていたおじいちゃんなので、仕方なかったのだ。

 赤ん坊の私はいつも機嫌の悪い子でおじいちゃんを困らせた。おじいちゃんにはとても迷惑をかけてしまった。

お母さんは私産んですぐに亡くなったから、私にはおじいちゃんしかいなかったのに……


 でも当時の私は、このままずっと絶望して生きていくのは、もう耐えられないという、強い思いを持っていた。


 大好きな彼に会うことはもう出来ないのか。

悲しみに包まれずっと絶望していた。毎日心が張り裂けそうだった。



こんなに苦しいのなら、いっそ全て忘れてしまえたら良いのに!


 私はもう『新しい私』の人生を歩んで行くしかない。

だって私はもう『柚子』ではないのだから……

 その事実を受け入れるしかないのだ。

 絶望の中、何度も記憶を無くしたい、それが無理ならもう死んでしまいたいと思った。

私が愚図る度に、負担を掛けてしまう、おじいちゃん対して申し訳なさでいっぱいで、困らせたり、心配させたりしたく無いと思う様になって来た。


 ある日、私は自分がアイテムボックス、つまり異空間に物を収納出来る能力がある事を発見した。

この世界はかつて柚子の時にやっていたRPGのゲームの世界に似ていた。

特定のゲームという訳では無く、よくある感じ?という程度の既視感だけど、現実味が無かっただけかもしれない。


 何もない空間から物を出したりしまったり出来る能力。

よく見るとおじいちゃんは、時々何も無いところから斧を出したりしていたのだ。ランプ灯す時など、種火を何も無いところから着けていた。これは魔法かもしれないと思った。


 それに気がついた時、自分でも出来るのではないかと思い、試したのだ。


 赤ん坊の私は、退屈過ぎる程の時間を持て余していた。


 色々試した結果、ゲームにに出てくる様な攻撃魔法は使えないようだったが、アイテムボックスだけでも当時の私は相当驚いた。いや、これも立派な魔法だと思う。


 アイテムボックスは箱として視認出来た。この箱は自分専用で自分にしか見えないらしい。


 アイテムボックスの存在は私の目にはちょっとした希望に映った。


 この世界に魔法があるのなら、どうにかここに苦しい記憶を全部詰めてしまってしまえないか?

そんなことを考え始めた。


 記憶と言うものがはたしてしまえるものなのか……?


 そんなことを考えている間は、自分の不安思う事や、和くんの事を考えずにいられたので、私は夢中になって自分の記憶をしまっておく方法を考えた。


 そしてある日私は記憶を封じ込める事に成功する。


 もう一度同じことをやってみろと言われたとしても、きっともう二度と出来ないと思うが、私の思い出の象徴でもあるスマホの事を考え、そこに全てを入れてしまい込む。そんなイメージで実行したのだ。

上手くいったのは奇跡で、私の執念の末の技だったのかもしれない。


 成功した私は、アイテムボックスの存在も、前世の記憶も無くしてしまった。


 この世界の普通の赤ん坊になったのだ。


そこから数年無事に過ごす事が出来た。

普通の子供になることが出来て、もう苦しむ事はない。私にとって平和な時間となった。


 そして五歳で流行り病の熱病で死にかける。


 そのときに封じ込めた筈の記憶の一部が何故か漏れだした。


 熱が覚める頃、私は前世の一部と、そして和くんの事を思い出す。

和くんと会えない苦しいままの事実から自分を守る為、ネジ曲げた記憶になってしまった。


 和くんにフラれたと思っていたのは勘違い。

和くんが夢を選んで、私を捨てたと思ったのもそんなイメージだけが残っていたから……


 少なくとも和くんから、私と別れるという言葉は無かっし、そのつもりも無かったんだ。


 だって和くんは私の事を忘れていなかった。

『君の事だけは忘れなかった』と言ってくれたのだ。


 私の悲しい勘違いだ。


 私達は別れていない。




 私達は今、もう一度同じ世界に存在出来ている!!!



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