163、前世での出来事
和くんの様子がおかしかった。
以前から和くんは不思議なところのある人だった。
同級生男子の中にいても、和くんの纏う空気はどこか違った。
皆といても和くんだけ別の空間にいるかのような違和感。
和くんはイケメンなので、狙っている女の子は私以外にもいっぱいいた筈だった。
イケイケの女子から告白したくても捕まらないとか、追いかけていてもいつも見失う……更に教室にいても、イケメンで目立つ容姿なのに、いつの間にか居なくなるなんて事は当たり前にあった様だ。
不思議がる人の話は聞いた事はあったけれど、その話はそこまで広がる事もなく、いつの間にか自然に収束してしまう、なので話した人が大袈裟に言ってみただけなのかもしれない。私は普通に彼を見つけて話しかける事が出来ていたから。
私は小学生の頃から彼が好きだったので、ずっとずっと彼を見つめていた。
家もそう離れてはいないので、用も無く彼の家周辺をウロウロしてしまう事もあった。今考えるとちょっとヤバい。
小学生の頃の彼はよく1人でいた。
私は自然と彼を目で追う事が多かった。
時々、どこかを遠くを悲しそうに見つめている様な気がした。
そんな彼の表情を見る度、私は少し寂しさを感じた。
和くんは最近何かに悩んでいる様子だった。
普段はそんなことは見せない人だった。
私の17歳の誕生日にお祝いをしてくれた数日後、和くんの様子がおかしくなった。
話をしていても、あまり聞いていない様で溜息がちになった。
今までは笑い合って話が出来ていたのに、私といても話を聞いていない。
ずっと何かを考えている様だった。 どうしたのか尋ねても何でもない、としか言わない。
何でもないわけがない!!
明らかに様子がおかしいのにも関わらず、何も私には教えてくれない。
私は頼りにならないからだろうか?
何も言ってくれない和くんに、私は何も分からないまま、心配することしか出来ない。
何かあったのか?
どうしたんだろう?
でも今までだって、和くんが変な方向を見て動かなかったり、何も無いところを避ける様な動きをしたり、ちょっと変わった行動をすることはあった。
だから時間を置けばいつもの和くんに戻ってくれる……そう信じていた。
そして遂に運命の日が来る。
その日、学校を休んだ彼の家へ行ってみた。
彼の家に行くと別に体調が悪い訳でも無いらしく、いつもの様に家に入れてくれ、彼の部屋で2人になった。
しばらく彼の部屋で無言で過ごした。
しかし遂にその日の私は、彼に対して厳しく当たってしまった。
和くんは恋人である筈の私に対して何も話してくれない。もどかしさから、私は和くんを責めてしまった。
本当は自分が彼の何の力にもなれない、彼に頼ってもらえない寂しさと情けなさで、自分に対して苛立ち覚えていたのかもしれない。それなのに矛先を彼に向けてしまったのは、どう考えても失敗だった。
あまり話したがらない和くんを見て『もしかして他に好きな人が出来たのでは?』と稚拙な考えをぶつけて彼の反応を伺い、それでも『違う』としか言わない和くんを、感情的に責めてしまったのだ。
そこで和くんが疲れた様に、妙な事を言い出した。
『自分には小さい頃から繰り返し見ている夢がある』と……
何を言っているのか分からなかった。
和くんはその夢から呼ばれ、近いうちにこの世界からいなくなると言う。
何を言ってるの!?
いなくなるってどう言うこと?
今まで中二病っぽい事を言った事のない和くんが変な事を言う。
夢に呼ばれているって何!?
『もうすぐお別れ』だと……
そんなことを、真面目な顔で言われても訳が分からない!!
混乱して怒る私に、和くんはポツリポツリと話しを始めた。
この世界に生まれて幸せだった事、
家族がいて、自分の家が在ることの幸せ、
友達のいる幸せ、
そして何よりも私に会えて幸せだった、と
この幸せな時間をもらえた事をとても感謝している。と話した。
だったらずっと、ずっと、ここにいて!! と責める私に彼は何も言わなくなった。
どう考えても受け入れ難い話だった。そんなの小説や漫画、ゲームとかの話みたいで現実感がない。
ただ、彼に拒絶された事だけが分かった。受け入れ難い事実。私は、和くんが私の事を嫌いになったのだと思った。
だから変な話をして別れようとしているのだと……
和くんのバカ!!
そう叫んで私は彼の部屋を出ていった。
彼は追って来なかった。
泣きながら帰った私は、家で錯乱していた。
どうして良いかわからずパニックだった。
クッションを叩き枕を投げて子供の様にわんわん泣いた。多分一生分くらい泣いた。
****************
気が付けば、夜になっていた。
ーーーーーーーーーいつの間にか、泣きながら寝てしまったようだ。
何時間経っていたのか分からなかったが、もう家族は寝ていたようだ。
散々泣いて目が腫れぼったく口元もカラカラに乾燥していた。
喉が渇いていた。
お腹も空いている事に気がついた。
こんな時でもお腹って減るのかと思いながら、情けかくて笑えた。
ありったけのスイーツでも買って食べてやる!
やけ食いと言うやつだ。お小遣い全部を持ってコンビニに行く事にした。
夜中だった。食卓に私の分と思われるご飯がラップをかけて置いてあった。家族は私に声をかけたのかもしれないけれど、寝ていたのでそのまま起こさなかったのかもしれない。
玄関を開けると夜の匂いがした。
こんな時間にひとりで外に出た事はないかもしれない。
コンビニまでは5分程度の道。
空を見上げ、夜の町を見ながら、和くんはどうしたか考えていた。
和くんはなぜあんなことを言ったのだろう。
本当に私と別れたかっただけ?
和くんはそんな嘘をつく人だったか……?
違う気がする。
彼はそんな嘘をつく人じゃない……
歩きながら、渇いた筈の目元に、また涙が溜まってしまった。
そんなことを考えながら大通りへ近付いた……
静かだった。
昼間ならもっと人通りもあるし、車も通る道なのに、まるで示し合わせた様に、音がしない。
道路にぽつんと人影があった。
その人影が和くんだとすぐに分かった。
誰もいない道路に立っている。
その異様さに私は一瞬止まった。
こんなところで何をしているの?
轟音がして、何か大きな物が近づいてきた。
光る大きな物が……
トラック!?
和くんはそのまま動かない。
和くんが轢かれる!?
そう思った私は身体が勝手に動き、気が付けば和くんの元へ走っていた。
その瞬間大きな光に包まれた。
トラックだと思った大きな物はトラックではなかった!?
アニメとかで見る様な眩しい魔法陣みたいな物に囲まれた。
光の中で和くんと目が合う。
和くんの驚きと慌てた表情!!
彼が私に手を延ばす。私も彼に手を延ばした。
ああ、
あと一歩。あと一歩でも近くにいたら、彼の手を掴めたかもしれない。
ーーそこから私の視界は真っ白な光に包まれ、何も見えなくなった。




