161、君の事だけは忘れなかった
「ジルニトラに会いに行くのに、何も肉体じゃなくていいんだ」
いきなりの発言にキョトンとしてしまう、戸惑いの私。
私とアレスは、また違うお店にいた。テーブルを挟み椅子に腰掛け向かい合っている。
さも自然に先程から此処にいました感がある。
店内は明るく窓が大きい。所々に植物が配置され、天井近くから吊るされているワイヤープランツが空調によって少し揺れていた。
梁や柱はウォールナットに塗られテーブル同じ色だ。シンプルモダン?とでも言うのか、オシャレカフェだ。
今日のアレスは制服ではなく、私服だ。無地でまとめたシンプルコーデだ。
カットソーにカーディガン、そしてカーゴパンツとお洒落雑誌から出てきたようなイケメンぶりだ。
私はガン見したいのを我慢しながら、彼の服装や様子をチェックする。
服が良いんじゃなくて着ている人がイケメンだと服が良く見えるのか……
卵が先か鶏が先か的な事を、頭の中でぐるぐるしてしまう。
カッコいい人は何を着てもカッコいいんだろうけど、やはり服より何より顔が良い……。
そして声もイケメンボイスだ。喋るたび私の奥に響いてしまう。
あまり見つめ過ぎないように注意だ。変な子に思われる。恥じらいを持った私は、我慢し下を向いた。
ちょっと顔が赤くなっているかもしれない。そこは見られたくなかった。
私の目の前にスイーツの乗ったお皿がある。
ワッフルがイチゴ、マンゴー、クリームやアイスでトッピングされている。どうやらここは前世で行った事のあるワッフル専門店かもしれない。
美味しそうなスイーツによだれが出そうだった。
アレスの次はスイーツをガン見してしまう。
欲望に忠実な私。
これ……食べられる……よね? 夢でも食べられるなら食べておこう。
だって起きたらこんなスイーツお目にかかれませんから……
やっぱり前世のスイーツ最高だよ!!
それにアレスから気をそらさないと……ドキドキしすぎてしまう。
私はワッフルを食べ始めた。
メープルシロップもかかっていて美味しい。
ああ、これだよ! これ!!
くく…
アレスが笑っている?
何よ?
「いや、ごめん、ホントに柚子は甘いもの好きだよね」
「……何かご用ですか?」
食べておいて今さらだが、用件を聞いてみる。
また私はアレスの精神世界に引っ張りこまれたらしい。
引っ張り込まれたのだから、引っ張り込まれ代としてスイーツくらい食べても良いと思う。
「はあ……どうしてそんなに冷たいのかな? あ、柚子は俺と別れた事になってるんだっけ?」
イタズラっぽく笑いながら、アレスの手が伸び私の頬に触れた。
ひゃっっとなったが、アレスはそれを気にする事もなく、私の頬についていたクリームを指で拭い、それを舐めた。
ぎゃーーーーーーーーーー!! いきなり何すんの!?
そんなことするのは少女マンガの世界だけで十分だよ!!
恥ずか死んだらどうすんのーーーーーーーー!?
アレスがクスクス笑っている。
笑いながらこちらを見詰めるその姿は、自分のかっこよさを全て理解して、私に見せつけて来ているのではないかと思ってしまう。
どういうつもりなんだろう……
私は気持ちを落ち着ける様に深呼吸をした。
彼のペースに乗ってはいけない。
姫巫女の修行を思い出し気持ちを落ち着かせる。
……よし、私、成長している。
もう大丈夫。これで私の気持ちは簡単には乱れません!
私はカップを持ち、お茶を飲んだ。
「以前、現実世界でキスしてくれたのはリリアだよね?」
ぶーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!
飲み込もうとしていたお茶が噴き出た。
簡単に気持ちが乱れました。
「この前フェルに色々話を聞いたんだ。自分の意識がはっきりしてなかった時の事、なるべく思い出して繋げて行ったら、自分の中でやっと繋がった。キスの相手がリリアで良かったよ」
固まる私を前に、爽やか笑顔で話すアレス。
「いくら意識はっきりしてなくても、好きな子以外とか考えられないからね。あ、あと、毎日の朝晩の頬にキスもね。最近してくれないのは何で?」
うわーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!! (恥ずか死!)
もう私は固まったままだ。
しかし心の中は暴風雨!
そうだよ!! 相手が意識がないと思ってやりたい放題だよ。
いつかこんな日が来ても不思議ではなかったのに……。
「朝晩のキスも、リリアなら口で良いよ」
ピキっ!!
な、ナニをイッテルノ……コノヒトハ……
私のハートに負荷がかかり過ぎて壊れそうだ。
「あれは……キスではなくて……ぶつかったの……事故」
これは本当のことだ。星降り祭りでのキスは事故だ。
カウントされません。
「ふうん……じゃあ朝晩のキスは?」
「……あれは……アレスが寒がっていたから……」
アレスが嬉しそうな顔をした。
「そうだね。柚子は優しいな……毎日のあれがあったからここまで復活出来たんだ。ありがとう。リリアがキスしてくれるととても温かかった。ちょっと前は自分が誰かもよく分からなかった。まるで不定形の生き物でどろどろ溶けてるみたいに。それでいて真冬の氷の下にいる様だった。でもそんな時でもずっと柚子の存在は支えだった。君の事だけは忘れなかった」
私の事を忘れなかった?
「ずっと君に会いたかった」
私をまっすぐに見つめ、切なそうに語るアレスに嘘があるように見えなかった。
私はアレスの視線から逃れる為にお店の中を見渡した。
お洒落な内装だ。お洒落雑誌に出てきそうだ。
たぶんこの店、量の割にお値段が高い筈。
私(柚子)の服装もかわいいピンク系のワンピースを着てデニムの上着を羽織った甘辛コーデで気合いが入っている感。首には可愛いハートのネックレス……これは頑張ってお洒落してきた感じだな……。
「……このお店って一緒に来たことあるの?」
「柚子の17歳の誕生日にね。柚子が行きたがってたから、この日の為にバイトして……ここなら覚えてるかもと思ってけどダメだったか……そのネックレスは誕生日プレゼントだったんだよ」
ええ!?
私達ってそんな仲だったの?
お誕生日に彼女の行きたがってたステキカフェに連れて行っちゃうんだ。
アクセサリーとかもプレゼントしちゃうんだ!!
しかも親のお金じゃなくてバイトして?
アレスってそんな人?
これは……私達ってラブラブじゃん?




