気づいたときにはもう遅い
長かったので二つに分けました。
『初めまして、加賀見 涼。僕の名前は日暮 章人、君たち風に言うなら、ただのマッドサイエンティストだよ。』
「・・・・は? えぇ、っと・・」
「? 加賀見の知り合い??」
「・・いや、全然知らないけど・・・・。」
日暮と名乗った自称マッドサイエンティストはニコニコしながらオレを見つめていた。彼は黒澤に似ているだけあってかなりの美青年だが、彼の雰囲気は簡単には信用してはいけないような危険な感じを醸し出していた。・・まぁ、初対面で名乗ってもいないオレの名前をフルネームで言ったり、自らをマッドサイエンティストとか厨二みたいなこというやつに安全性は見当たらないけどな。
黒澤も、その様子を見る限り知り合いというわけでもなさそうだ。
彼は、黒澤をちらりと一瞥しふむと顎に手をついて少し考えるような素振りを見せたあと、何かを思い付いたようにパチンと指を鳴らせてみせた。
「・・あ、そっか。君以外の家族は皆事情を知っているけど肝心の君だけには伝えられてないんだったっけね。
あっはは、そりゃあ僕のことを変な目で見るわけだ。」
ごめんごめん、と軽く謝りながらも笑い続けるその男にオレと黒澤は警戒マックスである。今オレと黒澤の頭にはある思考が浮かんでいた。
──この男をいつ警察に連絡するかということだ。
「・・あの、よく分かりませんけど、オレたち用事があるので先失礼します。」
「えぇっ?ちょっと待ってよ。ようやく話すことが出来るようになったんだから」
そのまま男の横を通りすぎようとしたらその男はオレの肩を掴み、強制的にその場に引き留めた。
「いい加減にしてください!! 誰だか知りませんが、これ以上しつこいようだと本当に警察呼びますけど!」
「いいよ?」
「え?」
ポカンとしながら平然と男は言う。
「僕もそれ、気になってたからさぁ。この世界で設定されていないはずの組織が存在するのかどうか。
まぁ、来たとしても僕を捕まえるなんてこと絶対に出来ないと思うけどね~」
男の発言の一つ一つに異常を感じ、体全体が一気に冷えがるような恐怖に包まれた。
(こいつやばいっ・・!!)
「・・・っ! 加賀見っ、走るぞっ!!」
「・・えっ、あ、うんっ!!」
「あぁっ!? ちょっと待って・・・って行っちゃったか・・。」
黒澤の機転によりようやくこの場を切り抜けることができた。
「うーん、なんでみんな僕の話をちゃんと聞いてくれないかなぁ~」
日暮は一人その場で、困ったように頬をかいた。
「・・はぁっはぁっ・・・大丈夫か?
加賀見」
「・・はぁっっ・・ん、大丈夫。黒澤は?」
「俺も。逃げきれて良かった・・。あれ以上あいつに関わっていたらきっとヤバかったからな。」
路地裏に入り、息を整える。ここまでがむしゃらに走ってきたから他人から凄い目で見られてたけど、しょうがないと思う。
「なぁ、加賀見。本当にあいつのこと知らないの?」
「あぁ。」
「そっか、じゃああいつは一体なんだったんだろうな?」
黒澤はさっきと同じ質問を繰り返した。けれどオレは何度聞かれたところでその答えは決まっている。だって本当に知らないんだ。オレは産まれたときから意識がはっきりしていたから記憶に見落としがあるわけがない。
あるとすればそれは、─────
「・・・・・あれ?」
そのときあることに気づいた。今まで当たり前すぎて気にすることでもなかったこと。しかし1度それに気づいてしまったからにはどんどん先程の恐怖とはまた別の恐怖が自分のなかでせりあがってくる。気づいてはいけなかった。気づかない方が幸せだったのに。
「? どうかしたのか?」
(嘘だろ、なんで・・)
「オレの "名前" 、なんだったっけ?」
カチリ、またどこかで音が鳴った。
ダンっ!!!
「くそっ!!! 何やってんだよあの人は!!
早くっ、早くしないと兄貴が
本当に"死んじゃうじゃないかっ"!!!」
机を思いっきり叩いたせいで拳に鈍い痛みが広がるけれどそんな痛み気にならないくらいに彼女は激昂していた。焦りはやがてどうしようもない不安に変わりそれはどんどん広がっていく。その不安は彼女を覆い、周りを見えなくさせていた。しかし、それを止めるものはこの部屋には誰もいなかった。
『───続いてのニュースです。×××市で少女二名が行方不明になったことが×ヶ月前に判明し、その後も警察は捜索中だということで──』
付けっぱなしのテレビから流れる無機質な音声だけがこの部屋を支配していた。床には食べ散らかされたインスタントのカップヌードルのゴミやお菓子の食べ残しが散らかっていた。
少女はそれでも目の前の画面に集中し、カーソルを動かす。
彼が、 "目的" のために動きやすいように。
「あぁっ、もうっ! 何ダラダラ遊んでんだよ!
なにが"にぃは俺だけのにぃ"だよ!!
兄貴はわたしのなんだからっ!」
そうだ。いくら推しのキャラだろうと大好きな二次元だろうとくれてやるもんか。兄貴の本当の妹はわたしなんだ! わたしが、兄貴の本当の・・
「・・・ぅぅぅ、ふぐっ、兄貴ぃぃ
もう嫌いなんて言わないから、ちゃんと嫌いなパセリやトマトだってこれからは食べるからっ・・・だからっ、
早く、帰ってきてよぉぉぉ。ふぇぇぇ・・」
少女の頬には涙が止めどなく流れ落ちた。
次に進みます。




