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【箱】短編

別にすることもない昼下がり

作者: FRIDAY

即興小説トレーニングで書いたものの加筆修正です。

 一日で最も気温が高くなるのは午後二時である、というのは小学校で学んだ知識だ。三つ子の魂百まで、という話ではないが、そんなちょっとしたことばかり妙に覚えている。

 夏だ。

 暑い。

 大学四年生ともなると単位もほとんど取ってしまっていて講義に出ることも減り、平日と休日の違いが曖昧になって来るが、ついこの間に夏休みに入ったらしいことを学友から聞いた。

 夏休みだ。

 世間も夏休み、行楽シーズンらしく、偶然立ち寄った河川敷でも小学生から大学生くらいまでの幼若男女が川遊びしていた。子供でも膝丈までしか水位のない浅い川だから、小さい子供も多い。そして日傘や木陰、橋の下などでは子供の保護者らしき大人たちも談笑している。

「……元気だねえ」

 堤防の坂に座り、戯れる人々を見下ろしながらつぶやく。横には愛用のロードバイクが横倒しに寝かせてある。

 あまりにもすることがなかったので、好天気だったことから何の気なしにツーリングに出てきた。市内をあちこち転がしていて、気が付けば昼を過ぎていたが昼食に手頃な場所がなかったのでこの時間までうろうろしていた。そうしてようやくちょうどよさそうな場所を見つけ、テイクアウトで買ってきた昼食を摂っているというわけだが。

 日陰は軒並み占拠されていて、日向しか場所がなかったのが惜しいが。気分は悪くない。

 しかし、こうして眺めてみると、小中学生はともかく、大学生まで大はしゃぎなのはどうなんだろうか。いや、ゲームだの何だのインドアな遊びばかりでけしからんとか時代に追いついていない非難も根深い昨今、天下で川遊びは健全なのかもしれないが、水鉄砲やら何やらまで駆使して楽しんでいて、童心に返ってるなあ。いや、別にいいんだけどさ。

 大した量は買っていなかったから、無心に食っていたらさっさと食べ終えてしまった。ゴミをまとめて鞄に突っ込む。それから、さてこの後どうしようかと考える。市内は観光名所だらけ、午前中はそれらを適当に回り、ごった返す観光客を眺めていたりしたが、進学のために来てからこっち、そういったところは何度となく行き厭きてしまった。折角まとまった時間もあることだし、どうせならもう少し足を伸ばして隣の市まで行ってみようか。軽い山越えになるが、良い運動になるくらいでちょうどいいだろう。

 そうしようかな、と本気で考え始めたところで、「あれ」と背後から声が飛んできた。

「先輩じゃないですか。奇遇ですね。こんなところで何してるんです?」

 知った声だ。振り返ると、やはり知った人物だった。ゼミの後輩だ。

「別に。することないからツーリングしてたんだ。今まで飯食ってた」

「ははあ。いいですねえ四年生は。暇なんですもんねえ」

 よっこいしょ、と後輩は横に座る。ショルダーバッグが重そうだ。

「こちとら講義、ゼミ、講義、ゼミで自分の好きな本を読む時間もないですよ」

「そんな多忙なお前は何してたの?」

「古本市ですよ。ここの上流にある神社で毎年やってるやつ。知りません?」

 ほら、とバッグの中身を軽く見せてくれる。結構厚めの本が何冊も詰められていた。そういえばそんなのやってたな、と思い出す。本はあまり読まないから行ったことはない。

「どんな本売ってるんだ?」

「先輩の期待してるような猥褻な本は置いてませんよ」

「そんなもん期待してねえよ」

「古本も古本、古書の類ばかりですよ。チェーンの古本屋に並ぶような最近の本は、それほど多くはありませんね。夏目漱石全集とか、石川啄木全集とか。あとは辞典とか絵本とか……たまにコレクター受けする貴重な本が発掘されますね。高く売れるんで、それ目的でうろうろしてる人もいるくらいです」

 はあ、と頷く。いや、別に本当に猥褻本の陳列を期待していたわけではないけど、そういった本ばかりならやっぱり俺が好き好んで出かける市場ではなさそうだ。転売に勤しむほど暇でも金欠でもないし。

「単価は安いんですけどね。いやあ、こうやって本ばっかり買っちゃって、部屋は本だらけだしお金も足りないし、大変ですよ。この間なんて本棚の棚が重みに耐えきれなくなって落っこちちゃいましたし、そろそろ床が抜けるって大家さんからとうとう苦情が来ました」

「どんだけだよ。大学生らしいといえば大学生らしいけどな……それこそ大学生なんだから、お前も一回くらい彼氏作ってデートでもすりゃあいいのに。本ばっかりじゃなくて」

「そんな、軽く炒めればできるみたいな言い方を。先輩だって彼女いなくて折角の夏休みを雑に浪費してるくせに」

「失敬な。俺は健全だぞ。こうして外に出て身体を動かしてる。部屋に籠もってひたすら本ばっかり読んでるよりいいだろ」

「失礼なことを言いますね。本に失礼ですよ。それに私だってこうして外に出向いてます。何なら重たい本を引っ提げてヒイヒイ言いながら運んでいます。運動です。健康的です」

「どうだかな……」

「大体、男にウツツを抜かして時間・体力・気力・お金を浪費している暇があるなら私は同じ対価を支払って知識教養を深めます。健全な大学生らしく」

「まあ確かに健全っちゃ健全だけどな。それにしたって嫌悪が強過ぎだろそれ」

「それに」

 膝を抱えるようにして座り直し、その膝頭に頬を乗せてこちらへ視線を向けながら、ふふ、と後輩は笑った。

「私にとってはそこらの軽薄な大学生男子と交際するよりも、先輩とこうやって駄弁っている方が遥かに有意義ですからね」

 そんなことを言って、後輩は本当に楽しそうに笑った。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 素敵な昼下がりの過ごし方ですね。一見平凡な日常って感じですが、きっと現実でやろうと思ったら難易度は高い。だからいいというのもあるかもしれない。 [気になる点] 後輩の見かけや声。主人公の視…
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