その男は戦争家
この世界には6つの種族が存在する。
西の大陸には、人間種である【ヌイアン】、亜人種【エルフ】と【ドワーフ】。
東の大陸には、人間種である【ハリアハン】、獣人【フェレ】、亜人種【ウォーボーン】。
これら種族は過去に旧大陸に住んでいたが、いつしかその大陸を追われ東西の大陸へ移り住むこととなる。
何時の日か、輝かしき栄光の日々――旧大陸に戻り住むことを夢見て。
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風が血の匂いを運び、黄金色の草原が赤に濡れて黒く染まる。
鉄靴の行進と剣戟の叫びが響き渡る、誉れ高き勇者たちの戦場。
そこは西の大陸――【ゴールド平原】。
そこでは今、百人近いプレイヤー達が競い争っている。
戦争の切っ掛けは何だったか? そんなものは知らない。
貿易品の略奪か、海賊行為か、山賊行為か、西の勢力が、東の勢力が、どっちが先で、どっちが原因で――そんな事はどうでも良かった。
戦場がある。ただその事実のみで十分なのだ――ペテルギウスは戦場を見渡し、ニヤリと嗤った。
鍛冶師であったはずのペテルギウスがなぜ戦場にいるのか。いや、鍛冶師というのは彼の複数ある顔の一つでしかない。
味方の東勢力からも、敵の西勢力からも、彼はこう認識されていた――『戦争家ペテルギウス』と。
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「前衛、前ですぎないで!! ヒーラー、マークした前衛にヒール集中!! 火力、横に広がり過ぎない、そいつらは囮だから深追いしないで!!」
そこは戦場の最前線。
「遊撃隊、敵陣後ろのヒーラー黙らせて!! 更に横から食い破って攪乱!! 火力はその隙に敵の陣形崩すよ!!」
怒号と剣戟、悲鳴と爆撃音が混じる狂喜の遊び場。
突如として天から巨大な火球が降り注ぎ、着弾点付近に居た十名近いプレイヤーが吹き飛ぶ。その神罰の如き一撃は阿鼻叫喚を戦場の一角に産み落とした。
精緻に極めた魔術操作、詠唱という魔術の発火装置を起動させた魔法職の手からは、目が眩むほどの閃光が敵へと迸る。雷光を浴び、さらにはその周囲に居た多くの敵に感電してその身を焼き焦がし継続ダメージを与える。
前衛は敵を攪乱するため単身、突撃系攻撃スキル『ストームクレスト』を使用し敵四十名が陣を布くその中心地まで一気に切り込む。
一見無謀にも飛び込んだ前衛はすぐさま敵からの集中砲火を喰らうも、事前に発動したスキル『ファランクス』や『フォースシールド』、さらには極限まで鍛え上げたレベルと装備が、その数十人からの猛攻を数秒間だが防ぎ切る。
多くの連携と協力。それは、たかが数秒――されど数秒。
敵の注意がたった一人の前衛に集中し、その瞬間――大勢が決した。
「Gooooooooooo!!!!!!! 今だ、踏み潰せ!!! 敵を蹂躙しろ!!!!!」
その掛け声で敵陣営へと、味方が一気に流れ込む!! それは人の津波。無謀にも抗おうとする愚か者どもを一瞬にして呑み込み、暴力的なまでに蹂躙し粉砕する。
均衡は崩れた。
敵陣営の後方に居た者達はすでに壊走を始めている。こちらに尻を見せ、どうか噛みついてくださいと言わんばかりの光景に、思わず舌なめずりしてしまう。
敵と言う認識は一瞬にして塗り潰され、そこに残ったのはただの逃げ惑う羊の群れだった。
『名誉+24』
『名誉+2』
『名誉+12』
『名誉+1』
『名誉+4』
ウィンドウが名誉Pの表記で埋め尽くされた。それは敵勢力やNM討伐、ほかにはデイリークエストをこなす事で獲得できる一種の便利ポイントだった。
『名誉ウマー!!!!』
『ひゃっはーーーー!!!』
『逃がすかぼけぇぇぇ!!!』
『殺せ殺せーーーー』
そんな表記と一緒に、どこの世紀末だと考えてしまいそうなチャットが高速で流れていく。
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「今回は勝ったなー」
敵は既に敗走しており、大勢は決した。すでに残党狩りにして名誉pの狩場と化した戦場を眺め、ペテルギウスは感慨深く呟いた。
彼は燃え盛る名馬『イリス・ゼオノス』に跨り、ゴールド平原のMapの赤と青の表記を確認しつつ、今回の戦場での反省点を脳内に羅列してゆく。
百点満点の戦場など無い――それは彼の持論だった。勝ち戦にも、負け戦にも、どこかしら問題点や改善点が存在する。
ペテルギウスはそれらを洗い出し、確認し、対策を行い、実践することで数多の戦場で味方を勝利へと導いてきた。
勿論、多くの負け戦をも経験し、諦めずに行動してきたからこそ今があった。
「やっぱり、前衛不足か…………」
先ほどの戦場での問題点――いや、それは常に浮上し、長い間改善できていない問題点だった。
前衛とは必須職業の一つに数えられる職種であった。
敵の敵愾心を管理し、自分に注意を引き付け仲間を守る盾。死を恐れず、仲間を信じ、戦況を勝利へと切り開く剣。
だが、そんな前衛の要求ステータスは限りなく高い。装甲が薄ければ敵の火力の前に崩れ去り、PSがなければ敵愾心管理も出来ずに仲間を危険にさらし前衛としての役目を果たせない。
戦場の花形である火力職は人気が高い。そして必須職業であるはずの前衛職は、どうしても火力職に比べて地味なのだ。
一つの戦場での平均名誉Pの獲得値は歴然だ。
火力職の名誉Pは少なくても+200~500P、最高峰の火力として定評がある弓師、彼の戦場での最高名誉獲得スコアは+1200を超える。
そして一方前衛はと言うと、平均名誉Pは 0 。プラスになれば良いほうで、悪ければマイナスをマークする。良くて+100で、最高でも+300いけば御の字だ。
要求ステの高さとその難易度に反して、褒章は微々たるもの。
ただし、一つ言おう。
優秀な前衛は、全てのプレイヤーから敬意を払われるのだと。
ふと、思案顔のペテルギウスの横に、ペテルギウスと同様の全身鎧を身に纏い、もう一頭の燃え盛る名馬『イリス・ゼオノス』に乗ったプレイヤーが訪れた。
「指揮お疲れ様です、ペテさん」
「お疲れ様です、狂さん。前衛ありがとうございました」
「いえいえ」
互いに労をねぎらう。『狂さん』と呼ばれた彼は、ペテルギウスがギルドマスターを務めるギルドのサブマスであり、信頼できる戦友であり右腕とも呼べる存在であった。
「今回もなんとか勝てましたが、やっぱり前衛が薄くて大変ですね」
「ペテさんに前衛に戻って来てもらえば解決なんですけどね」
狂は笑いながら、結果の分かり切った提案をした。
「じゃあ狂さん、指揮お願いします」
「無理です」
いつも通り、狂にきっぱりと断られる。
その常なる反応に、ペテルギウスは泣きそうな顔でため息を零した。
「前衛も、指揮官も足りないかぁ……」
「いやー、皆ペテさんの指揮で慣れちゃってますからね。ペテさんが居ない戦場だと、みんな好き勝手動いちゃってバラバラですもん。酷いときは途中で帰っちゃいますし。こればっかりは人望と実績ですからね」
「うーん……どうしたもんですかねぇ」
こればっかりはどうにかしようとしても、どうにもできないのが分かり切った問題だった。
ペテルギウス以外の指揮官を育てようにも、他のプレイヤーは指揮の経験値が少なく、それ故に自信が無いから指揮をしたがらない。
仮に指揮をしてみても不慣れな指揮では味方が好き勝手に動き回ってしまい、良い結果は出ない。
折角指揮をしてみても良い結果に結びつかなければ、再び指揮を執ろうとはしない。
だがしかし、結局のところ敵に指揮官がいて味方に指揮官がいなければ対規模な戦争には勝てないし旨味もない。
そして始まるのが指揮官の押し付け合いと、それぞれが勝手に動きあう連携もなにもない面白みに欠ける戦場だった。
そして毎回、自然な流れで指揮はペテルギウスが執ることとなっていた。
これはまさに悪循環とも言えるが、解決策がなく抜け出すことが出来ない状況である。
「指揮も楽しいけど……たまには戦場の前線で、思いっきり暴れたいな」
「それじゃあ、少数でのゲリラ戦か、貿易品の略奪でもいきますか」
「お、いいですねー」
「よし、それじゃあ早速ギルメンさそって…………あ」
ふと、チャットウィンドウを操作しようとした狂の手が止まる。
「どうしました? 狂さん」
「あーーー……今から、俺ら領主会議に出ないといけないの、忘れてました」
「ああ…………アア、ソウダッタネ」
ギルドマスターとサブマス、それも最大級戦闘系ギルドともなればやることは多い。
それは上に立つ者の宿命ともいえよう。勿論、やることは他のギルドとの折衷や交渉、ギルド同士でのイベントや交流、超級NM討伐の打ち合わせ、プレイヤー主導のイベントの計画など、その内容は多岐に渡る。
「今回の会議はたしか、来週の釣り大会の件だっけ??」
「ですです」
「クソ運営め……なんで戦闘可能区域でわざわざ釣りイベント開くんだよ……絶対誰かPKするに決まってんじゃん!! あーーークッソ!!」
「農民系プレイヤーの方々の安全確保のためにも、俺ら戦闘系ギルドが一肌脱ぐしかないですよ」
恨めし気な目で、隣の憎らしいまでの笑顔を浮かべる狂を見やる。
「俺も釣りしたいなー、ね、狂さん(チラッ」
「誰もPK起こさなければ出来ますよ(ニッコリ」
これが俗に言う『フラグ』というやつである。
「アーーーアーーーッ!!! 楽しみだな釣り大会ッッ!!」
前衛楽しいんだけどなぁ