その男は鍛冶師
初めまして、不定期更新となりますが頑張りますのでよろしくお願いします。
気だるげな昼下がり。荒野に一人、金属鎧を身にまとった男の姿があった。
「さーて、今日はこれぐらいにして戻るか」
男の周囲、半径200m以内には多くの生き物の姿がある。
機械仕掛けで動いている鹿の魔物。草の少ない荒野でも生息している牛と狼を掛け合わせて生まれてきたような魔物。他にも数種類の魔物の姿が存在した。
そして男は、右手に握っていた道具――『ピッケル』をインベントリに収納し、今まで採掘していた鉱石の数を確認する。
「鉄鉱石は3マス分、銀がそこそこ出たか。エメラルドとオパールしか宝石でなかったけど、まあレアだしこんなもんだろ」
のんびりと、まるで周囲を警戒していない様子。
そんな男の傍を、周囲を徘徊していた機械仕掛けの魔物が通りがかり――素通りしていった。
「こんだけあれば失敗しても依頼分の納品は大丈夫か」
周囲を徘徊する魔物。それらは非能動・魔物と呼ばれている存在だ。
それもそのはずで、彼が今まで採掘していたこの場所は複数ある始まりのエリアの内の一つ、虹の原のラニット採石場。
そしてその中でもノンアクティブしかいない、通称『採掘エリア』なのだから。
よく周囲を観察すれば、ちらほらと初心者プレイヤーらしき人物に紛れて高位プレイヤーの姿も確認できた。
そして全身鎧を身にまとったその男――『ペテルギウス』、通称『ペテさん』と呼ばれている男は、全プレイヤーが最初から使用可能な魔法『記憶の扉』を使用した。
すると目の前には記憶の扉、仄かな粒子を振りまく蒼く光輝く渦が出現する。
ペテルギウスはすぐさま、光の渦へと飛び込んだ。
―― Now Loading ――
先ほど居た虹の原から遠く離れたエリア・『イニステール』。ここは世界の三大大陸の一つ、東大陸。その中で最も栄えたエリアに挙げられる場所だ。
貴族、王族、騎士団といった複数のNPCが存在し、森、海、川、都市、ダンジョンと各施設の全てが揃った場所でもあった。
そしてその利便性からか、プレイヤータウンとしても最大規模を誇る。
余りにも人気が高すぎてプレイヤー間で土地の売買まで起こり、一等地は金貨数十枚、下手すれば数百枚以上の値で取引されていた。
そしてペテルギウスもイニステールをホームグラウンドとし、さらにはそんな住宅地に居を構えるプレイヤーの一人だった。
イニステール最大規模の都市の城門前に突如として光り輝く渦が出現し、すぐさま消滅した。
それは日常の一部とも言える光景であって、だれも驚くことは無い。
時には数十もの旅の扉が開くこともあるのだ。
そしてその場所から、先ほどまで虹の原に居たはずのペテルギウスの姿が出現する。
「さて、ちゃちゃっと作りますかねぇ――――んン?」
ふと、ペテルギウスはシステムメニューを操作する手を止めた
『こんちゃーギルマス もう出来たー??』
チャットウィンドウから自分宛ての個別メッセージが来ているのに気が付いたのだった。直ぐに彼は『今から作るよー』と返信すると、それに対し『それじゃあ今から向いますー』と返信が来る。
「待たせちゃったからな。急ぐか…………」
彼が武器制作の依頼を受けて既に3日経っていた。直ぐに作ろうと思っていたが中々制作に取り掛かれなかったのだ。
完成したら遅くなったお詫びの粗品と共にメールで贈ろうと思っていたのだが、どうやら気が早い依頼人は直接取りに来るらしい。
ペテルギウスは慣れた手つきでショートカットキーを操作し、騎乗ペットを召喚した。
この世界においてペットは、カラーバリエーション、戦闘用、騎乗用、愛玩用とそのすべてを合わせると100種類を超す。
直ぐにペテルギウスの前にペットが召喚された。そこに現れた騎乗ペット、その名は『イリス・ゼオノス』。
燦然と黄金に輝く装飾具を纏った漆黒の馬。真紅の眼、灼熱の鬣と燃え盛る蹄。
各サーバーに4頭しか存在しない、最速にして最強といわしめる名馬。多くの騎乗ペットが存在するが、イリス・ゼオノスを超えるペットは存在しないし、今後も出現することは無いと言われている。
それはある種の条件を満たさなければ所持出来ない、名誉の象徴だからだ。
ペテルギウスはその名馬に颯爽と騎乗し、目的地である鍛冶場へと向かった。
―― Now Loading ――
そこはイニステールの住宅地の片隅。
目的地の鍛冶場へと到着し、ペテルギウスは早速作業へと取り掛かった。今から剣を打つのだが、何ら難しいことはない。
鍛冶場の金床の前で鍛冶メニューを開き、作りたい武具を選び操作するだけだ。
勿論作業はそれだけだ。だがしかし、それだけでは済まないのがこの生産系といわれる修羅の世界。
材料を揃えるだけではない、それ以外の要素――熟練値、必要スキル値とリアルラックが複雑に絡み合い、歓喜と絶望の坩堝を体現するのが『生産系』と呼ばれるこの世界だ。
それ故に成功すれば一攫千金も夢ではないが、その夢を掴む前に破産してしまう者も多数存在する。まさに天国と地獄が混ざり合うカオスの世界と言えよう。
そして彼、ペテルギウス。この男はリアルラックの高さに定評があった。ただしそれは、他人の装備品を作る場合に限る。
ここでひとつ、昔話をしよう。
以前、ペテルギウスはとある弓使いの装備を制作した事がある。
その弓使いの男のPSは東西大陸のプレイヤーの中でも最高峰と称えられ、過去にこのサーバーで開催された公式決闘大会で優勝した輝かしい経歴を持っていた。
だがしかし、その栄光も長くは続かなかった。新たなアップデートにより今までよりも上位の装備が登場してしまったのだ。
その結果、弓師は他のプレイヤー相手に、装備で劣る為に負け越してしまっていた。
優勝者としての誇りと矜持を保たんが為、なんとか装備を整えようとするも――結果は惨敗。
一夜にして今まで貯め込んでいた数百、数千の金貨を水に溶かしてしまう。
何百時間と掛けて稼いだ金が、一瞬で無に帰す。
嗚呼、それは経験者ならば理解できる、まさに発狂してしまいそうなほどの事態だ。
そんな弓師は絶望の淵に打ちひしがれ、遂に引退を決意してしまった。
彼が目指した最強の武器、そこに到達する確率は約0.1%。武器を1000本打って、1本出来れば良し、勿論出来ない事の方が多い。
0.1%と言う数字は、MMORPGにおいてモンスタードロップならばそこまで低くない数字と言えよう。だがしかし、一回一回に決して少なくない金貨が必要な装備生産において、その数字は絶望的と言えよう。
弓師は賭けに出て、負けてしまったのだ。
そして何の因果か。同じギルドのメンバーにして、仲間として共に戦場を駆け抜けてきたペテルギウスが動いた。
なんの思い付きか。
ペテルギウスはその弓師の失敗と怨嗟の叫びを聞きながら、密かに上げていた『木工』熟練度を駆使し弓の制作を始めたのだった。
それは単なる思い付きの行動。
試しに一本だけ弓を作ってみて、『俺もダメだったわー』なんて言って引退を決意した戦友を慰めようとしたのかもしれない。
そんな思い付きの行動に、女神が微笑んだ。
一本目の制作で、たまたま進化が可能な属性武器を引き当てた。
ただしそれは、二段階目への進化だ。ここまでの確率は25%。
後三回連続で当たりを引かなければならない。この世界において武器生産とは一種のギャンブル、宝くじのようなものなのだ。
ペテルギウスは無感動に弓を二段階目へ進化させた。するとまたまた進化可能な属性だ。珍しい事が起こり、彼はおもむろにギルドチャットでこれを流した。
弓師の引退決意の発表からギルドチャットが通夜状態だったからだ。『みてくれー、ストレートでここまで行ったぜ!!』と、冗談交じりに、賑やかしのいいネタになればなと思っての行動だった。
『お、いいじゃん!!』
『これは期待できるね!!』
『おいおい、弓師さんの二の舞かー』
『はよ次に進化させてーーーー!!』
久しぶりに賑わいを取り戻したチャット欄に、ペテルギウスの胸に暖かな気持ちが灯る。
しかし、ペテルギウスは流石にこれ以上は進化出来ないだろうと考えていた。なぜなら彼は、リアルラックが絶望的に無いからだ。
そしてそれは周知の事実であった。悲しいかな、ギルドメンバーの誰もが知っていた。
彼は過去に、人によっては2・3時間で終わるドロップアイテムのクエストに、その目的のアイテムを出すまで3日掛った男だ。ペテルギウスの運の無さに関して右に出る者は居ないともっぱらの噂だ。本人も認めていた。
そして微かな緊張感を胸に三段階目に進化させ、唖然とした。
またもや進化属性を引き当てたのだ。ここまでの確率は約1%。ドロップではなく生産においての奇跡的なまでの引き。
次の四段階目に当たり属性を引けば、最強と称される五段階目へと到達できるのだ。
五段階目への到達、それは生産職の夢とも言えよう。
その結果にチャット欄がどよめく。
『え、ペテ……さん?』
『噓でしょ……??』
『えええええええええええええええええええええええええええ』
『ありえねええええええええ』
『え、ペテさん、剣士でしょ。弓作ってどうすんの……???』
『おいペテええええええ!!!!』
阿鼻叫喚。
それにペテルギウスは啖呵を切った。
『次、進化属性だったら弓師さんにあげるわ』
そしてペテルギウスは、約0.1%を引き当てた。
オークションの相場にして、最低でも金貨一万五千枚。下手すればその倍の金貨三万枚でも落札される最強クラスの弓は――弓師の『引退撤回』という代金を持って取引された。
―― One day ――
その日の出来事を簡潔に表す。敵勢力のワールドチャット欄は地獄を、味方勢力のワールドチャットにおいては天国を織り成す混沌と化した。
弓師は弓最強の名を取り戻し、敵勢力において恐怖の代名詞とも言える存在となる。
そしてテンションの針が振り切れてガン極まりした、いや、してしまった弓師は単身敵地へと飛び込み、ことゲリラ戦闘において1vs10にてそれに勝利を収める伝説とまで呼ばれた。
勿論その後、報復による報復により東西戦争に勃発し、プレイヤー数百人による最大規模の戦争となったのは笑い話だ。
―― Now Loading ――
イニステールの鍛冶場にて、ペテルギウスと彼がマスターを務める依頼者にしてギルドメンバーの姿があった。
「出来ましたよ。お待たせしました」
「おおーーー!!」
ペテルギウスは完成したばかりの片手剣を渡し、代金を受け取っていた。
「しかもこの属性!!! まじすか、ありがとー!!」
「いやぁ、たまたま良いのが出来ましたね。素材が集まったら送ってください、進化させますんで」
彼は弓師の引退撤回事件から、こうしてギルドメンバー、さらには噂を聞きつけた他のプレイヤーからも鍛冶代行を頼まれることになっていた。
それは――鍛冶師の誉と言えよう。
「それじゃあ、またお願いします!! ほんとうにありがとうでした!!」
「はーい、また!」
そしてペテルギウスは嬉しそうな彼を笑顔で見送った。
―― Now Loading ――
片手剣を受け取った彼が帰って行った後、ギルドチャット欄に色んなコメントが流れていく。
さらにもう暫くしたあと、ペテルギウス宛に個別チャットが届く。その相手は同じギルドメンバーである弓師だった。
『あの片手剣、ペテさんが前から欲しがってたやつじゃね?』
ペテルギウスの装備生産において、幸運の女神が微笑むのは他人の装備限定であった。
ここに金言を一つ授けよう。
リアルラックのない奴は、生産に手を出すな――と。
『リアルでのLUKステって、どうやったら上げられるの?』
『知らん』
こうしてペテルギウスは、その日もリアルで枕を涙に濡らした。
運がないって本当に泣けてきますよね。