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四日目

 ホームルーム前、森鴎外のブックカバーで偽装したラノベに目を走らせていると、耳に気になる話が入ってきた。

 アニメ漫画研究会が不祥事で潰れたのなんの。


 むしろ何一つ生産性のない不毛なクラブがこれまでよく存続していたといえる。

 見えている地雷を踏み抜くアグレッシブさを持たない俺は理性あるオタ。滝つぼに向かって進む船を見送る気持ちだったが遂に落下したようだ。


 それにしてもアニ漫研の不祥事って、アニメ派と漫画派の内部抗争とか? もうみんな平和にジブリを見よう。漫画版もアニメ版もあるよ。


「おはようサンフランシスコ」

「…………?」


 朝にクラスメイトに挨拶をされる? これは一体何年振りだ。

 恐る恐る顔を上げるとそこには眉をしかめた東さんがいた。


「つまんないなー、もっとぺぇっとかほあっとか目新しいリアクション期待してたんだけど」


 玩具認定か、俺はリア充の玩具認定をされてしまったのか。

 こうなるとことあるごとに、いじりという名の苦行が襲い始める。そして飽きたらポイ捨て、決して友達になることはない。一方的に搾取されるばかりである。


「で、聞いたかい? アニ研潰れたらしいよ」

「らしいね」


 俺に関わるんじゃねえぜ。

 そう言い残して魔法使いは華麗に立ち去りたかった。

 

 俺にとって初対面の女性へのアクションは「怪しむ」「好きになる」「壺を買う」のどれかである。

 今はコマンド怪しむを連打している。しかし なにも おこらなかった。

 

「賭け麻雀見つかって」

「えぇ……」


 オタクカルチャーはどこに? もしかしてただの隠れ蓑的な? カタギを装ってヤクザが運営してる企業的な?


「それでうち、部室棟の空き部屋に新しいクラブ作ったんだけどさ、入ってよ」

「…………」


 怪しんで怪しんで、結局裏取りされてナイフで首を掻っ捌かれた気分とでも例えようか。

 壺か、やはり壺なのか。


「そっかそっか、入ってくれるか! いやあ助かるよ!」

「ちょっと」


 ホームルーム二分前。

 ほぼ全員がいる教室で、わざと聞こえるように声を張り上げた。絶対にわざと。

 入るそぶりさえ見せてないし、声を上げる前に目立つように一回机を叩いて音を鳴らしてたし。


「よろしく頼むよ、それじゃあまたあとで」


 キラキラと星の散るゲス顔で彼女は去って行った。

 ぴったりチャイムが鳴って廊下からは先生の足音が。これでは問いただすこともままならない。


 ……早退しようかな。




 お昼タイム。

 午後の二つは片方が体育だし、得意の体温計の温度を38.5度で計測を終える熱魔法を行使しして帰ろう。


 そう思ったが、ツカツカツカと、俺に向かってくる足音と気配が。

 草食動物もかくやという生存本能が俺に警報を鳴らした。


 待つな聞くな、目にも入れるな。

 立ち上がって一目散に廊下へ。

 そういえば見たら死ぬ系のホラー映画があったなあ。今思い出すことじゃないけど。


「ちょっと君君」


 俺は君ではない。したがって足を止める必要はない。

 保健室まで行けばこちらのものだ。「あ、ちょっと……熱っぽくて……」と病気っぽく振る舞う演技だけならハリウッド級よ。


「秘密ばらすよ」

「え?」


 ピタリと足が止まってしまった。

 まさか魔法のことを何か知っているのか、そう思った矢先手に柔らかな感触。


「はい捕まえた。連行しますよっと、あ、お弁当忘れてた」


 この策士、そりゃ魔法使いでなくてもあの一言言われれば誰でも足を止めるよねえ。

 ずるずると散歩に行きたくない犬のように俺は引きずられて行った。




「ここが今日から我ら非電源ゲーム同好会の部室、さあ遠慮せずに入って入って」


 棚、椅子、机なし、雀卓あり。

 教師仕事しろ。どう見ても雀荘です。


「まあ座って座って」


 囲うことはないのだろうけど、無駄に収まりがいいので雀卓の前に座る。彼女は対面に。

 二面打ちか。脱衣でしかやったことないぜ。


「二面打ちって脱衣麻雀でしか見ないよなー」

「わかるわかる」


 この子を女子と思うのはやめよう。

 そうすればちょっとだけ気分が軽くなる。


「牌を掴んで脱がしあってもいいけど、先に飯にしようか」

「わかるわかる」


 雀卓にお弁当箱を置いてさあ食事、プロの人が見たら死ぬほど怒りそう。麻雀のプロに説教されても何一つ響く気がしないけど。

 麻雀でプロをやるって、逆に賭けよりも不健全な気がする。


「ところで君の秘密って何?」

「わかるわかる」

「うちのスリーサイズは?」

「…………」

「ノリ悪いなあ」


 拉致されてノリノリになれるか。でもユーチューバ―だったらノリノリで配信しそう。「今日はー、お隣の国に拉致されちゃいましたーww」みたいな? すごいなユーチューバ―、無敵か、世紀末でも楽しく生きられそう。


「キャー、今うちのことエッチな目で見たでしょ」

「…………」


 誰が誰をいつ何時何分何秒地球が何回回った日に見た。

 背の低いロリ体系が笑わせる。


 ……いや、しかし、まじまじと見ると意外と出るところは出て……。


「はっ」


 顔を上げるとニヒヒと笑いだしそうな顔があった。


「いやいやどうぞどうぞ、お金は取らないから好きなだけ見てやってよ」

「…………ぐぬ」

「しかし女子に興味ない訳じゃないんだね。同性愛者的なアレかと思ってたけど違うかー、ただの不能とか? たつ?」

「…………」


 何がって聞きたくない。

 いつも冗談で宇宙人と使っているけど、今回ばかりは本当に未知との遭遇だ。

 だがしかし、言葉は通じるのだからいっそストレートに聞いて見るべきか、どうせ気にするべき周りもいないし、この対面に気を使う必要は皆無だし。


「どうしてそんなに俺に構ってくるのか聞いても?」

「もちろん。それは、君に興味があるから」

「……興味? すみっこぐらしの底辺に?」

「底辺ねえ」


 箸を置いた彼女は声色を僅かに落とした。


「そこなんだよ。そこ」

「どこ?」

「底辺、底、君は自分で自分をそう言ったし、周りもクラスに一人はいるキャラだって思ってるけどさあ……うちは違うんだよねえ」


 なんだ厨二病か。私は違うんですアピールか。

 茶化してやろうと思ったが、背筋が凍らざる得ない言葉が続いた。


「何かさあ、君は仮想にしか寄る辺を持たない奴らとは違うんだよ。どれだけ自分を最低と思ってても、それでも生きていける自分だけの何か、それがあれば生きていける何かを持ってる。一発逆転のジョーカーを持ってる臭いがするんだ」


 ……人の直感は時に恐ろしい。

 この子実は心が読めるとか? 魔法使いがいるんだからエスパーがいてもおかしくはない。

 

 ヘイ、聞いてる?

 

「黙ってるってことは肯定ってことかな?」


 ……聞いてないか、定期的に訪れる誰かに心覗かれている気がする症候群だったらしい。


「厨二乙ということで」

「まあ君がそう言うならいいけどさ、勝手に探るだけだし」

「やめ……ろっていってもやめないか」

「そういうこと」


 マスコミに張られる有名人になったようだ。

 いや、ストーカーにつけられるイケメンと言おう。文句ある? 


「いつもやたら手の込んだ弁当持ってるから初めはおそろしいテクを持った女誑し、将来はヒモ生活! と思ったんだけど、昨日中学生にいいようにされてるの見ちゃったからねえ」

「漫画の読み過ぎ」


 ……って、昨日、そういえば彼女はやたら怪しい笑みで去って行った。

 そして俺は今日ここに拉致された。

 潰れた漫画アニメ研究会の部室に、昨日潰れた会の。

 偶然ってあるもんだ。まあ、うっかり魔法使いが生まれるよりは高い確率だろう。あるある。


「ないない」

「うち結構漫画は読むよ?」

「いや、そうじゃなくて、賭博麻雀の件って」

「ああ、うちが垂れ込んだんだよ。一部じゃ有名だったからね、というか顧問も一緒になってやってたし」

「えっ」

「それでちょっとお話してその顧問からこのお部屋をもらったわけ」


 ……ごめんなさいアニ漫研の人たち、ごめんなさい先生。

 でも本当はこれっぽっちも悪いって思ってません。

 むしろ当然の裁き、学校で賭け事するんじゃないよ。


「秘密知るにはやっぱ仲良くした方が早いと思ってね。遊び道具いろいろあるよ? チェスに将棋に麻雀にバックギャモン」

「いや、好き好んでくるはずが」

「可愛い女の子と一緒遊べるサービスもついてるし。あ、遊ぶって言ってもそっちじゃないよ、うちにだって恥じらいくらいあるし」

「……はあ」


 心からのため息が出てしまった。

 ぶりっ子は気に入らないけど、ある程度の女性らしさはやっぱり必要だと思った。恥じらい(笑)


「まあ気が向いた時に誘ってよ、うちも気が向いた時に誘うからさ」

「……それなら、別に」


 素直に言えることではないが、こういった放課後に集まれる会のようなものに憧れはあった。羨ましいと思いながら、なくても生きていけると酸っぱい葡萄をせざるを得なかったけど。


「じゃあ会員集め手伝ってね。ノルマは一人、よろしく」

「いや、いやいやいや」

「一応体面だけでも同好会の四人は必要だからさ、頼んだよ」


 無理だ嫌だ。そう言ってやりたいが、毎日毎日今日の昼休みのように絡まれたらたまったものではない。


「……頑張ります」

「うんうん、頑張ろうじゃないの」


 ああ、このニヤつき顔、夢に出てきそう。

 



 はい、今日のお話し終わり。

 疲れたからもう寝るよ。


 面白くなってきたって?


 そうだよなあ、出し物はハードで過激でエキサイテングな方がいいよなあ。

 観客はいつだってそういうもんだよ。




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