デストロ・ガール
何やら何処かで見たことのあるシーンですが、悪しからず。
これから書こうとする連載小説の先駆けで書いた小説ですので、設定等は後日に詳しく別途載せるつもりです。
取り合えず今回は、後書きに主人公のプロフィールを載せておきます。
市街有数の高級ホテル。
その最上階のスイートルームに、テロリスト数名が宿泊しているという情報は夕刻に入った。
テロリスト共は従業員、宿泊客を数人殺害し、最上階に立て籠っているという。
既にホテルは警官隊が包囲。
隣接するビルにはスナイパーを配置。
上空にはヘリコプターを旋回させ、逃げ場を完全に無くした。
正面玄関には特殊部隊の隊員が陣取り、その後方には野次馬やテレビ局のハエ共も居る。
奴等に、逃げ場は無い。
カルロス・アルハンブラは自らの隊を率い、ホテルに突入。
エレベーターホールにて、最上階へ通じる鉄の箱が降りてくるのを今か今かと待ちわびていた。
「テロリスト共は強力な火器で武装している! 確保せず即刻射殺せよ! 繰り返す、確保無用! 即刻射殺せよ!」
インカムから聞こえるオペレーターの声は、緊張からか強張っていた。
何を心配する事があるか。
強力な火器だろうと、精々が重機関銃程度だろう。まさか戦車が出てくるわけでもあるまい。
我々の装備を鑑みれば、恐るるに足らず。
その内、ポーンと場違いな程に軽い電子音がホールに響き渡る。
エレベーターが到着した。
自動ドアがスライドし、無機質に明るい箱の口を開いた。
「アルハンブラ隊、これより最上階へ向かいます」
十名の隊員が箱の中へ乗り込んだ。
現代兵器の粋を集めた装備で身を固めた兵士を内に納めたエレベーターは、ゆっくりと上昇を始める。
やがて最上階に到着。
予め照明を落としていた事もあり、フロアは暗闇に包まれていた。
カルロスは部下に暗視スコープを使用するよう指示し、テロリストが潜伏するスイートルームに急いだ。
「本部、こちらアルハンブラ隊。突入準備よし。命令を待つ」
「本部よりアルハンブラ隊! 突入せよ! 繰り返す、突入せよ!」
命令は下された。
カルロスは部下へハンドシグナルで指示する。
部下が必用以上に華美な木製の扉に爆薬を取り付け、数歩下がる様子を見届ける。
次の瞬間、爆薬が激発。
扉は粉微塵に破壊され、真っ暗な口をカルロス達へ向けて開ける。
続けざまにグレネードポーチから『バリアブルグレネード』を選び取り、設定を『フラッシュ』にして部屋の中へ放り込んだ。別の部下も、同じく『バリアブルグレネード』を投げる。
凄まじい閃光と電磁波が部屋の中を蹂躙する。
フラッシュグレネードによる閃光と大音響。そしてEMPグレネードによる電磁波だ。
「突入!」
身体中を声にして叫び、部屋の中へ踏み込んだ。
ホテルより少し離れた大衆食堂。
そこは臨時の作戦指揮所として使われていた。
「ヘリ、スナイパー、突撃隊の配置よし」
「アルハンブラ隊がこれよりスイートルームへ突入し、目標を制圧します」
「全ては順調に進んでおります。これでよろしかったですな?」
見るからに幹部らしき連中に囲まれるように、青年が一人複数のモニターを眺めていた。
青年は暫く黙っていたが、唐突に柏手を叩き「ブラボー」と告げた。
「素晴らしい手際。いやはや、貴殿方は連邦政府の中でも屈指の腕利きのようだ。さぞ、准将もお慶びになられるでしょう」
青年は慇懃に言い放つと、またモニターに視線を戻した。
突入部隊、前衛のアルハンブラ隊が映し出す視点カメラの映像だ。
「部下を犠牲にするのです。約束は果たして貰いますぞ、ランスロット卿?」
「当然です。全くもって当然です。楽しみにしていて下さい。“老いも病も無い楽園”へのチケットは、直ぐそこまで来ていますよ?」
青年、ランスロットは視線をモニターに向けたまま微動だにせず、ただ唇のみを動かして答える。
ランスロットにとって、この連中等はどうでも良かったのだ。
それよりも重要なのは、これから現れる御敵の腕前を見極めること。
それが至上命令であり、この作戦を敢行するに当たって唯一の楽しみであった。
スイートルーム内は、真っ暗だった。
暗視装置により光源を倍増した視界の中には、高級そうな調度品や家具が次々と浮かび上がる。
窓はカーテンで仕切られている。
狙撃を警戒しての事だろう。
“強力な火器”なるものは、何処にも見当たらない。
「クリア」
「オールクリア。奥のベッドルームへ行け」
ベッドルームへの扉は、開け放たれていた。
カルロスは総員を扉の周囲に集め、突入時と同じく『バリアブルグレネード』をフラッシュモードに設定し放り込む。
閃光と音響が部屋中を蹂躙する。
数秒もせずにフラッシュが止むと、カルロスは率先してベッドルームへ突入する。
部下が続く。
やたら広いベッドルームへ突入を果たしたカルロスは、窓際に置かれた安楽椅子に腰掛ける人影を視界に納めた。
「動くな!」
サブマシンガンの銃口を人影に向ける。
命令は即刻射殺であったが、無抵抗な人間を殺す程に無慈悲には成りきれなかった。この人影は、抵抗の意思を全く見せていない。
「こんばんは、兵隊さん」
人影から声がした。
その声を聞いた瞬間、全身から血の気が退く感覚を味わった。それは恐らくカルロスだけでなく、この場に突入した隊員の全員が感じた事だろう。
人影が動いた。
ゆらりと安楽椅子を揺らして、華奢な足で立ち上がった。
「良い夜をお過ごしですか?」
そしてカルロス達、アルハンブラ隊の全員に向き直った人影は、屈託の無い笑みを浮かべて片手を挙げた。
夜、道すがらに出会った人間に声を掛けるように。
親しき知人に挨拶するように。
その少女は、カルロス達に対し朗らかに夜の挨拶をしたのだ。
現れた少女を前にして、アルハンブラ隊の隊長は明らかに動揺していた。
無理もないだろう、とランスロットは笑った。
彼は特殊部隊員と言えど、警官であることに変わりはない。
市民を守る為に職務に殉じる警察官であることに、変わりはない。
警察官が無抵抗な少女を無慈悲に蜂の巣にしたなんて、世も末である。
「本部、こちらアルハンブラ隊。標的は、標的は、えっと…………」
「えぇ、その少女ですよ。標的は、その純真無垢を絵に描いたような美少女です」
極悪非道なテロリスト。
それがこんな、天使のように美しく愛らしい少女だなんて、誰も想像はしなかっただろう。
腰まで垂らしたビロードのように艶やかな黒髪、暗闇でも映える真珠のような白い肌。あどけなさを残す整った顔立ちに、大人びたスタイル。それを包み隠すものが白い長襦袢だけという淫靡な姿に、警戒心が緩むのは無理もない。
だから、告げてやる。
殺せ、と。
鉄火を持ってこの少女を殺し尽くせと、静かに告げる。
「射殺して下さい。彼女はテロリストです。さぁ、殺しなさい」
「し、しかし、まだ子供ですよ…………?」
「命令は変わりません。――――確保は無用。即刻射殺」
アルハンブラ隊隊長は承服し難いようだ。
元より、この隊長がこういう人格者であることは知っていた。
家庭を持ち、二人の子供を作っている事も。その子供の内一人が、眼前に佇む少女と同い年であることも。
だから、端から当てになどしてはいない。
そういう人物よりも、鼻先にぶら下げた餌に簡単に釣られるような小者の方がよっぽど役に立つものだ。
「子供を射殺しろ等と――――おい、何をしているッ!?」
次の瞬間、銃声がスピーカーを通じて大衆食堂の中に響き渡った。
「発砲中止! 発砲中止! おい、聞こえないのか!? 撃つなと言っている!」
九つの銃口が火を吹く。
轟音が室内を震わせる最中、カルロスは喉が枯れる程に叫んでいた。
突然の発砲。
射撃指示を下していないのに、部下達が次々と銃爪を引き絞り、無抵抗な少女を殺し始めた。
カルロスは何が起こったのか分からなかった。
突如として制御不能となった部下を止める事に必死で、少女がどうなったのか確認することも忘れていた。
やがて、誰からともなく発砲を止めた。
それがマガジンに込められた銃弾が尽きたからであると、この時は思った。
「貴様ら、何をしているッ!?」
怒気を露に怒鳴り付けるカルロスだが、部下達はカルロスに見向きもしない。
目を一杯にまで見開き驚愕した様子で、じっと一点を見詰めていた。
カルロスは、部下達が向ける視線の先を見る気にはなれなかった。
その視線の先には、恐らく対人用にカスタマイズされた銃弾により、身体を粉々にされた少女の遺体があるに違いないからだ。
容易に想像出来てしまう。
白い長襦袢を鮮血に染め、見るも無惨な様相となった少女を。
しかし、確かめないわけにもいかない。
現場責任者であるカルロスには、その責務があった。
覚悟を決め、恐る恐ると振り返る。
少女の遺体を確認すべく。
テロリストと言われた美しい少女の惨殺体を確認すべく、ゆっくりと振り返る。
「…………嘘だろ?」
カルロスは、思わず驚愕の声を漏らした。
「成る程、大した威力ですね。これなら並の人間ならば確実に殺せるでしょう」
少女は、立っていた。
血塗れになることも、粉々になることも無く、悠然と、当たり前のように立っていたのだ。
白い長襦袢には一点の染みも作ること無く、先程と全く変わらぬ様子で佇んでいた。
背後の窓ガラスや壁は銃弾により損壊していたが、少女には一発たりとも当たっていないかのように無傷を呈していた。
「けど、所詮は子供騙し。こんな物で私は殺せませんよ?」
次の瞬間、少女の姿が掻き消えた。
確かに眼前に居た筈なのに、跡形もなく消えてしまった。
「ガハッ…………!?」
嫌な音が傍らで耳朶を打つ。
慌てて振り向くと、部下の一人が首を無くしていた。
ゴロゴロと床にボールのようなものが転がる。確認するまでもなく、それは胴体と生き別れになった頭部だった。
鮮血が噴水のように噴き出す中、「一つ」と少女の声がした。
それも束の間、次々と部下が惨殺されていく。
「二つ」
心臓を突き刺され。
「三つ」
下半身と上半身を分断され。
「四つ」
肩口から袈裟斬りにされ。
「五つ」
股間から頭までを真っ二つに斬られ。
「六つ」
顔を半分に切断され。
「七つ」
眼球を脳髄まで抉られ。
「八つ」
背中から胸部を貫かれ。
「九つ」
四肢をバラされ首をもがれて。
「十」
部下が殺された。
数秒の内に。
警備部特殊部隊の中でも精鋭と名高いアルハンブラ隊の九人が、あっという間に殺された。
何が起こったのか、何をしたのか全く分からなかった。
そして今、少女はカルロスと対峙していた。
日本刀を片手に、その切っ先をカルロスに向けた少女は、部下だった肉塊から噴き出す鮮血の滴も浴びる事無く、悠然と佇んでいた。
不毛だ、等とは微塵も思わない。
何故ならこの者達は、この哀れな狗共は、殺し殺され、潰し潰される為にここまで来たのだ。
殺して当然ならば、殺されても当然であって然るべきだ。
三科凛子は野太刀を振り、刀身に付いた血を払う。
この美しい刀身が血や脂で汚れるのは、どうも承服し難かった。きちんと手入れしなければ、錆びてしまうだろう。
だが、今は非常時。
ベッドの上に置いていた布切れを拾い上げ、刀身を撫でるくらいしか出来ない。
「な、何故、俺を殺さない…………?」
突入を指揮していた隊長らしいメキシコ系男性が、短機関銃の銃口をだらりと下げたまま凛子に問い掛ける。
凛子は太刀を鞘に納めると、「私とて命令で動く身」と答える。
「私は“私を殺そうとする者”の殺害は許されていますが、私を殺す気の無い者を殺す事は命令の範囲外です。よって、貴方は殺害対象から外されました。おめでとうございます」
「何なんだ、君は……? 一体、何なんだ……? 本当にテロリストなのか……?」
「テロリスト? あはっ、そういう事になっているのですね、私は」
成る程、体の良い口実だ。
世界規模で多発するテロリズムが横行する昨今、テロリストがホテルに宿泊していても可笑しくは無い。
どういう手で出てくるかと思えば、全くもって面白味に欠ける。
「私はテロリストなんかじゃありませんよ? って言うか、テロリストならもっとひっそりとしてますって」
「な、何なんだ、一体……? どうなっている…………?」
「簡単な話です。貴方は、騙されたのですよ。貴方の上官と、貴方の部下に。今時は正義感が強いと馬鹿を見せられますからね。貴方もそういった可哀想な人なのですよ」
メキシコ系男性はまだ理解出来ていないようだ。
それもそうだろう。
その歳、その地位になるまでずっと信じて疑わなかったモノからの裏切りなど、容易に信じられるものではない。
凛子とて、今の上司から裏切られるなどと思えないし、思いたくも無い。
「試しに本部とコンタクトを取ってみては? きっと面白くもない結果になると思います」
そう促すと、一も二も無く男性はインカムに声を吹き込む。が、その面持ちはみるみる内に青ざめていく。
「お、俺が裏切り者だと……? 馬鹿な! そんな馬鹿な!」
「ね? 面白くもないでしょ?」
これでこの男性も理解した事だろう。
自らが置かれている状況。
自らが置かれた状況。
そして、自らが置いてしまった状況。
殺してやるべきだったか。
そうすれば、この男性はこれから苦労せずに済むだろうに。
いや、それでは駄目だ。
こんな事で殺されて良いほど、この男性は腐っていない。
この腐りきった世界の中で、数少ない正義に殉ずる者だ。
簡単に殺しては惜しい。
「貴方と貴方の家族の安全は、我々が保証しましょう。まぁ、今は口約束しか出来ませんが、これが片付けば上司に話を通しておきます。何分、貴殿方が長距離通信を妨害してしまいましたから、連絡する手段がありません故に」
凛子はそう言い置き、ベッドルームを出ようとする。
「待て! 君は、君は一体何者なんだ? テロリストじゃなければ、何なんだ?」
男性に呼び止められた凛子は少し考えた後、右手を軽く挙げ、そして勢い良く振り下ろした。
その瞬間、右手には一挺の小銃がまるで手品のように出現していた。
『適性銃器』と呼ばれる銃火器だ。
人類が遺伝子工学や降霊術といった類いの術式の粋をかき集めて造り出した兵器。決して動作不良を起こす事無く、弾薬の尽きる事の無い凶器。
かつてその銃器を扱っていた英霊を武具化した傑作武器。
それが『適性銃器』だ。
「私は『銃器使い』、三科凛子。それ以上でもそれ以下でもありません」
「『銃器使い』だと……?」
「努々忘れぬよう。今宵、貴方が殉じた正義こそが、この世界に必要な正義なのだと」
凛子は微笑を残し、闇の中に消えていった。
「突入部隊壊滅! 再突入部隊を送ります!」
「どうなっている!? 何が起きた!?」
「不明です! 現在確認中!」
作戦指揮所は混乱の最中にあった。
それもそうだろう。
たった一人の少女に、特殊部隊を一つ潰されたのだ。それも意図も容易く。
動揺しない方が嘘であろう。
「後衛を前線に回し、何としても彼女を殺すよう策を練っているようですが…………」
「無理ね。無駄死にするだけよ」
「えぇ、まぁ、そうでしょう」
ランスロットは指揮所を出て、遥か遠くはブリテンから傍観する我が主と会話していた。
電話回線や衛星通信をジャミングしている今、電子的な手段での通信は短距離を除いては不可能。故に、我々特有の“念話”での会話である。
「まぁ、現地民が幾ら死んでも構わないけど――――」
「えぇ、これでは何も得られるものがありません。何より、何も面白くない」
「分かっているじゃない、サー・ランスロット。そうよ、焼け石に水なんて見ていても楽しくない。全く、愉しくない」
我が主は哀愁に満ちた声で呟く。
闘争こそをこよなく愛する我が主は、一方的な殺戮を嫌う。それは見ていても愉悦を感じないからだ。
やはり、拮抗する力と力のぶつかり合いこそ、我が主を喜ばせる唯一の手段であろう。
「任せるわ、ランスロット。貴方の好きなように、埒を開きなさい」
「Yes.My Master(了解。我が主よ)」
ランスロットは念話を終えると、そのままの足で指揮所を去っていく。
果たして混乱した指揮所の中で、ランスロットが消えた事に気付いた者が居たかどうか。
それは彼の騎士の興味の外であった。
暗闇の中に、幾つもの気配が蠢いている。
凛子を囲むように、フロア全域に展開する警官隊だ。
暗闇を歩くのに暗視装置など必要ない。
訓練さえすれば、気配で全てが分かる。
人であるもの。
人で無いもの。
生あるもの。
生無きもの。
それら全てが、第六感を通じて五感に表れる。
ここにあるのは、生ある人であるもの。
凛子を殺す為、滅ぼす為に集いし愚者共。
何の為かも知らず、僅かな賃金欲しさに自らの命を投げ出した愚か者共。
自らの永遠の為に使われる哀れな者達。
「こんばんは、兵隊さん。お勤めご苦労様」
凛子は暗闇に呼び掛ける。
気配が揺らぐ。
先程と同じく、凛子の姿に意表を突かれたのだろう。
しかし、先程と違って明確な殺意を全体から感じる。
恐らく、先に突入してきた部隊を壊滅させたが故に、凛子を敵として認識しているのだろう。
凛子は小銃のセレクターを“ア”から“レ”に変える。
こいつら全部を斬り殺すのは、不可能では無いが時間が掛かる。
それは非効率的だ。
何でもそうだ。
営業だろうと転売だろうと、殺戮だろうと。
何でも効率良く行わなければ意味を為さない。
「では、地獄へようこそ」
そう告げるや否や、凛子は小銃の銃爪を弾いた。
瞬間、フルオートに設定された銃身から『7.62×51mm 減装弾』が矢継ぎ早に撃ち放たれる。
それらは暗闇にたむろする敵兵士を次々に撃ち、貫いて行く。
「撃て! 撃てェェェ!」
凛子の発砲より遅れて、敵の銃撃が開始された。
四方八方から放たれる『9mm 対人HE弾』は、漏れ無く凛子に殺到する。その一瞬前――――
「“加速”――――!」
唱えられる詠唱。
全身に碁盤の目のように張り巡らした回路が励起すると同時に、視界に映る全ての物がゆっくりと流れる。
卑怯だとは言わせない。
元々、数の利で勝るそちらに対抗するには、こういうモノに頼らざるを得ないのだ。
胸中で嘲笑いながら、銃弾の雨の中を優雅に歩みながら銃撃を加えていく。
「“加速停止”」
マガジン一つ分を使いきった凛子は、リロードついでに“加速”を止める。
連続での使用は体に堪える。
使えても十秒が限度といったところだ。
しかし、十秒でも十分すぎるアドバンテージだ。
何故ならば、十秒の内に敵の尽くを潰せるのだから。
「うぁッ!」
「ぎぁぁぁッ!」
「がぁッ!」
加速が止まると共に、耳朶を打つ悲鳴の数々。
包囲網を敷いていた敵兵は、全て撃ち殺してしまった。
「何だ!? 何なんだこいつは!?」
「ば、化物だ!」
撃ち漏らしたわけでは無いが、後ろに居た兵隊まではマガジンが持たなかった。
土台、最新鋭の防弾ベストで身を固めた兵士に対し、ライフル弾一発では威力に欠けるのだ。何発か撃ち込まなければ、あの防備は抜けられない。
「全く、こんなにラブリーでプリティーでセクシーな女の子に向かって化物だなんて、粗野な方々だこと」
溜め息混じりに呟きながら、マガジンを交換する凛子。
その間に撤退を開始する兵隊達。
良い判断だ、と凛子は感心した。が、同時に愚かだとも思った。
まさかと思うが、この三科凛子に戦争を吹っ掛けておいて、おめおめと逃げられるなどと考えているならば、随分とナメられたものだ。
「逃がしませんよ。全員、今日が命日であることは確定してしまいましたから」
凛子はこの世のものとは思えぬ程に美しい笑みを浮かべ、銃撃を再開した。
作戦指揮所と思われる場所へ、一条伊万里は足を踏み込んだ。
まだ十歳を過ぎたばかりの少女が入るような場所では無いが、それを気に止める者などこの中には存在しない。
「本部! 本部! 応答してくれ! 奴は化物――――ぎゃあっ!」
「地獄だ! 地獄だこれは、くそったれめ!」
指揮所に置かれた無線機からは、ホテル最上階で繰り広げられる惨状を伝える音が、ひっきりなしに垂れ流されている。
あの女侍、いつにも増して殺戮を演じているようだ。
こんなものをマスコミに聞かれた日には、政府の信頼は地に落ちるであろう。
しかし、そんな事を気にする者もこの中には存在しない。
ホテルでの殺戮も、その殺戮で死んでいく自らの部下の命も、ここに居る連中には取るに足らない事らしい。
「ラ、ランスロット卿は何処だ!?」
「あの方が居なくなれば、我々の約束はどうなる!?」
「まさか反故にされたのか!?」
そんな事よりも、自らの身の方が大切らしい。
大方、“永遠の命”的な甘言を鵜呑みにして馬鹿を演じているのだろう。哀れな連中だ。
伊万里はサプレッサーを装着した拳銃を静かに抜き放ち、バカ躍りを演じる男達を順に撃ち殺して行く。
まさか“永遠の命”を得ると思っていた連中が、この日に“永遠の眠り”に着くとは思いもしなかっただろう。
やはり、哀れな連中だ。
伊万里は全員を殺害した事を確認すると、バックパックの中から爆薬を取り出し机の上に置く。
そして来た時と同じ様に、誰にも気付かれる事無く指揮所を立ち去った。
背後で凄まじい爆発が起こった。
どうやら作戦指揮所が潰されたらしい、とランスロットは他人事のように理解した。実際、他人事であることに違いはない。
それにしても哀れな連中だ。いや、“だった”か。
自らの虚栄心に心酔した挙げ句、“老いも病も無い楽園”などと現を抜かし部下を見殺しにするなど、化物よりも屑な連中だった。
それに付き従うだけ、いや、一人頭僅か八万ドルという小銭に釣られて死地へ向かった兵隊達も、同じくらいに屑であろう。
まぁ、それこそが人であるが故に、仕方がないと言えば仕方がない。
そんな事よりも、今は眼前の強敵の方が大切だ。
あのホテルの中で殺戮を行う少女。
天使のように優しげで、悪魔のように無慈悲な兵士。どんな大量破壊兵器よりも危険な生物兵器。
人であろうが無かろうが、一片の慈悲もなく殺して見せる人間。
嗚呼、面白くなるだろう。
あの方が満足するような、あの方を満足させられるような闘争に身を投じられると思っただけで、体の内奥がぞくぞくと疼いてくる。
あの少女に、この剣が届くだろうか。
この、『アロンダイト』が通用するだろうか。
そんなことを考えるだけで、そんなことを考えられるだけで、今日この日、この場所に来た意味はあった。
後は、あの少女を殺すまで。
簡単には行かないだろう。
苦戦するだろう。
腕の一本、内蔵の一つはくれてやるかも知れない。
或いはもしや…………。
いや、全ては戦ってみないと分からない。
ほら、出てくるぞ。
マスコミ連中が無我夢中でカメラを回す。
スポットライトが彼女を照らし出す。
あの惨劇の渦中に居て、返り血一つ浴びていない白い長襦袢姿の美少女がホテルから出てくる。
悠々自適なままに、雅にステップを踏むように、彼女が我が眼前に姿を現した。
「成る程、貴方がこの哀れな連中を差し向けた指揮官ですね?」
少女は肩に凭れ掛けさせた小銃を撫でながら、ランスロットに問い掛ける。
「如何にも」と甲冑姿の青年は答える。
凛子に負けず劣らずの、浮いた姿だ。
時代錯誤に場違い感が甚だしい。
「初めまして、三科凛子殿。私は『湖の騎士』、サー・ランスロットと申します。以後、お見知り置きを」
甲冑姿の青年、サー・ランスロットは慇懃に礼をする。
凛子の事を知っている。
初めから凛子の殺害を目的とした行動からそれは大して驚くことでは無いが、何故に凛子を狙うのかが謎であった。それほど有名人になった記憶は無いのだが。
それにしても、サー・ランスロットだとか、頭が可笑しいのかと疑いたくなる。
ランスロットと言えば、『アーサー王伝説』に出てくる『円卓の騎士』の一人、裏切りの騎士だ。主であるアーサー王の妃を奪い、ブリテンを破滅に追いやった張本人。
そんな奴の名を語るとは、一体何のつもりなのか。
「頭の中がおめでたい人、という認識でよろしいですか?」
「ははっ、これは手厳しい。疑われているならば、我が力の一端をお見せしましょう」
そう言ってランスロットは、腰に提げた刀剣を抜き放つ。
刀身の長い、“ツーハンデットソード”と呼ばれる長剣だ。伝説に忠実ならば、まさか『アロンダイト』とかいう名前かも知れない。
ランスロットはそのソードをゆるゆると振り上げ、そして勢い良く振り下ろした。
瞬間、地面が裂けた。
優に十メートルは離れていた筈なのに、凛子の足元までコンクリートで固められた地面が斬られたのだ。
思わず目を見張る。
そして胸が高鳴る。
今までに会ったことの無い強敵の登場に、歓喜してしまう。
「素晴らしい威力ですね? どういう仕掛けですか?」
「それは、ご自分でお確かめ下さい」
「あら、そうですか。ケチな方だこと」
凛子は小銃を構え、戦闘体制に入る。
こいつはカテゴリーAクラスの強敵と見て間違いは無いだろう。
ならば、それ相応に対処せねばならない。
「“肉体制御術式解除。対不死人戦闘用術式構築。対象認識。驚異カテゴリーA”」
詠唱。
肉体強化の術を一時的に全て解放することで、人智を超えた存在である『不死人』に対抗する手段。
それが『銃器使い』として凛子が持てる技術の一つである。
「では、参りましょう。始めましょう。殺し合いましょう」
「“承認終了。戦闘準備完了。戦闘開始”――――!」
ホテルの方が俄に騒がしくなってきた。
銃声や剣戟の交わる音、それに混じり響き渡る複数の悲鳴。
戦闘が始まったらしい。
先程までホテルの中で行われていた行為が殺戮ならば、今行われているものは戦闘だろう。
あの女侍と拮抗し得る強敵がこんな街に居たとは驚きだが、大方今回の黒幕がしゃしゃり出て来たに違いない。
「厄介事が増えてきたな…………」
伊万里は無感情に呟くと、足元に転がる死体を蹴り落とす。
警官隊の狙撃手だ。
随分と分かりやすい場所に居てくれたお陰で、楽に殺す事が出来た。あの女侍が出てくるまでが勝負だったが、問題は無かったようだ。
「次は、“チョッパー”かな…………」
ホテルを遠望することに飽きた伊万里は、次の行動に移る。
脱出手段を考えてやらないと、多分あの人はあの場に居る全員を敵として殺してしまうだろうから。
鉛の銃弾が肉を抉る。
魔銀の刃が骨を断つ。
しかし、それらは全て包囲網を敷く警官、報道陣、野次馬の骨肉であり、凛子やランスロットは未だ傷一つ負っていない。
何たる悲劇だろうか。
凛子が斬撃をかわし、ランスロットが銃撃を避ける度に周囲の人間が死する。さっさと逃げれば良かったものを、野次馬根性からかこの一世一代の見世物を見逃さないと言わんばかりに離れる様子を見せなかったばかりに、戦闘が始まってしまって惨劇が起きてしまった。
その時点で逃げ出したところで、もう遅い。銃撃、斬撃が周囲の人間を容赦無く蹂躙する。
二人の戦人は、そんな些末な事など気にも止めない。
ただ互いが互いを殺さんと、銃撃を、斬撃を繰り出す。
その戦闘たるや、既に人間業を超越していた。
超高速の三次元戦闘。
神速の斬撃、音速の銃撃が交わされる戦闘を、果たして視認出来る人間が野次馬の中に居たか。否、誰一人として二人の戦闘を認識出来たものは居ないだろう。
例え高性能のスコープを備えていようと、最新鋭のカメラを担いでいようと、二人の戦闘は既に神業の域に達しており人間には見ることすら叶わないだろう。
それなのに、死ぬのはいつだって人間だった。
「……………ッ」
何本目かの弾倉を交換し、何合目かの打ち合いを終えた頃、二人はどちらからともなく動きを止めた。
凛子は歯噛みしながら、小銃に備えた銃剣を撫でる。少し刃こぼれしているようだ。
ただの鋼ではない、精神力で編んだ刀身が欠けるなんて、普通はあり得ない。あり得てはならない。
この刃に傷が付くことそれすなわち、凛子の精神が負けているという事だ。
それにあの鎧。
『7.62mm弾』が全く通用しない。
あれが普通の鎧ならば、とっくに貫通し蜂の巣にしているところが、貫通どころか傷一つ付ける事が出来ない。
奴は、本物だ。
「人の身でよくぞここまで練り上げたものです。全く、素晴らしい。――――殺し甲斐があるというもの」
ランスロットが長剣を正眼に構え、酷薄に笑む。
凛子は銃口を上げ、彼の騎士と対峙する。
「貴方、不死人では無さそうですね? それよりも、もっと厄介な何か」
「えぇ、私は人間や『アンデッド』を超えた存在。貴女風情が太刀打ち出来る存在ではありませんよ」
「言ってくれますね? そういう台詞は、私を倒してからにしてください…………!」
不意を突くように銃撃を再開する凛子。
音速で移動しながらの音速の銃撃。四方八方に銃弾を張り巡らせた、オールレンジ攻撃。
しかし、その尽くを奴は避けもせず鎧で受け止めた。
まるでパチンコ弾も同然だ。
ライフル弾が全く通用しない。
「では、そうさせて戴きましょうか」
瞬間、全身を悪寒が貫いた。
慌てるように腰に納めた野太刀の柄に手をやり、一息に引き抜く。その最中、刀身が何かを受け止めた。『アロンダイト』の斬撃だ。
「少々、貴女を過大評価していたようです。あの方のお気に入り故に、さぞやお強い方なのだと。しかし、これでは――――」
致命傷を受け止めたのは良かったが、受け流す余裕までは無かった。
細身の少女の体重では、一振りで十メートル以上も斬り裂く斬撃を支えきることなど出来はしない。
ふわりと体が宙に浮き、そのまま壁際まで弾き飛ばされた。
コンクリートの壁面へ激突寸前、凛子は体を捻り、壁を足場へ変え衝撃を吸収。
そのままバネのように跳躍し、銃剣を槍のように構え神速に至る刺突を放つ。
「貴女のその小銃、それが『適性銃器』というものですか?」
ランスロットは余裕に刺突を受け流し、小銃を掴む。
「『豊和工業 64式7.62mm小銃』ですか。日本人の貴女にはピッタリだ」
凛子の眼前で拳が握られる。
籠手に包まれた鋼鉄の拳は、凛子の腹部へ深々と抉るように振り下ろされた。
鋼鉄をも破壊し得る殴打。
凛子の体が吹き飛んだ。
たった一撃で骨が砕け、肉が爆ぜ、内臓がミンチのように潰され、普通の人間ならば即死は間違いない。普通の人間ならば。
吐血。
天女の如く美しい唇から、鮮血が地にぶちまけられる。
ただそれだけ。
ただそれだけのダメージしか負わず、三科凛子は未だ立っていた。息一つ上げること無く、悠然と小銃を構えて立っている。
「成る程、頑丈ですね。そうでなくては、興醒めです」
「うだうだとよく喋る騎士ですね? 英国人ならば、もっと紳士らしくしてはどうですか?」
凛子はマガジンを新たに装填し、朗らかに微笑む。
「少し、力を強めましょう。えぇ、今の“術式”では太刀打ち出来ぬようなので」
再装填をし終えた凛子は、口中で呟き膝を着く。
銃床を地に着け、自らの血液を媒介とする。
そして更なる詠唱。
「“対不死人戦闘術式形態変更。肉体強化、武具強化、術式強化。対象の完全破壊を最優先。破壊せよ。破壊せよ。破壊せよ”」
ゆらりと、風も無いのにビロードのような黒髪がなびく。
地を濡らす血液が蠢き、少女を中心として魔方陣を形成。
炎が、方陣から吹き出す。
そして白い長襦袢が、灼熱の如く真っ赤に染まった。
「“邪悪なる存在、その悉くを我が希望の焔をもって滅却せん”」
「ほう? 形態変質ですか。そこまでの力をお持ちとは。いやはや、人は侮れない」
「いつまでも、軽口が叩けるとは思わない事ですね」
“白き乙女”は“赤き乙女”へ。
これより先は、人の枠を超え、更にその先すらも超えた戦闘。
凛子はゆっくりと銃爪に指を掛け、今一度立ち上がる。
火焔が闇夜を赤く照らす。
少女が銃弾を撃ち放ち、銃剣を振るう度に焔が周囲を蹂躙し、逃げ遅れた負傷者や死体を焼却する。
瞬く間に煉獄と化したこの場に取り残されたのは、二人の戦人のみだった。
「見境無し、ですか。正気の沙汰とは思いませんね」
「貴方が正気を唱いますか? ただの化け物である貴方が」
火焔の中で斬り結ぶ二人の表情は、相も変わらず余裕に満ちていた。
灼熱の焔に炙られ、酸素が急激に減少していようと意に介さない様子だ。
「ハッ――――!」
自力の差では、サー・ランスロットに分がある。
まともに打ち合えば、人間の少女である凛子は簡単に打ち負かされる。
しかし、その度に凛子は距離を取るように宙を舞い、アウトレンジから小銃のフルオート射撃をお見舞いする。
焔を纏った銃弾は、先程までとは段違いの威力を見せていた。
一発一発がまるで炸裂弾のように標的に命中する度に爆発。激しい焔を更に生み出し、ランスロットを襲う。
しかし、それでも彼の騎士の鎧を破壊するには至らなかった。
確かに強化された『7.62×51mm 減装弾』は、凄まじい威力を誇る。テルミットによる燃焼のように、如何なる鋼鉄も融かし爆破するだろう。が、ランスロットの鎧は例外であった。
「厄介ですね、その鎧は。特殊な魔術で編まれているようで」
「えぇ、“湖の精霊による加護”がある限り、貴女にこの守りを壊すことは不可能です」
「成る程、ではまず、その加護とやらから破りましょうか」
凛子は小銃を背に回すと、野太刀を納めた鞘を帯から外す。
そして静かに腰を落とし、瞼を閉じる。
心頭滅却。
縮地。
抜刀。
一瞬の内に距離を詰めた凛子。
彼女の持つ刃が、ランスロットの鎧を打つ。
「甘いッ!」
しかし、それは容易く弾かれる事となる。
ランスロットのツーハンデットソードが、居合いの一撃を防いだのだ。
それだけに止まらず、更にカウンターで凛子を斬り裂く。
「惜しい。後、数㎝で真っ二つだったというのに」
左肩から右脇腹に掛けて、長襦袢の生地が斬られた。
しかし、彼女の真珠のように白く瑞々しい肌には傷一つ無かった。
凛子は着地と共に舌打ちを一つすると、ホテルの外壁目掛けて更に跳躍する。
垂直な壁面に足を掛けると、まるで地上と変わらぬように屋上へ向けて駆け出した。
このまま地上で戦っていても、埒が開かないと判断しての行動だった。
「“鬼ごっこ”ですか? いいでしょう」
ランスロットは跳躍すると、ホテルの壁面に着地。そのまま悠然と、地面を歩くように屋上へ歩みを進める。
高層ホテルの屋上。
地上五十階建ての建物を登りきったランスロットは、周囲を旋回する警察のヘリコプターを尻目に、逃げた小娘を捜すべく視線を巡らす。
見当たらない。
隠れるような場所、隠れられるような場所はそうそう無いのだが、三科凛子の姿は何処にも無かった。
「やれやれ、“鬼ごっこ”ではなく“かくれんぼ”がしたいのですか? 私もそこまで暇では無いのですがね」
呆れたように肩を竦めるランスロット。
何処をどう捜すか、思案する。
「何処を見ているのですか? 私は、逃げも隠れも致しません」
不意に背後から少女の声が聞こえた。
それと同時に、灼熱の焔が屋上を取り囲むように走る。
「さぁ、そろそろ終わりにしましょうか。悲鳴を聞かせてください。豚のような、憐れな悲鳴を」
少女はその焔の中から現れた。
火焔の直中に居ながら、その白い肌に一切の焼け跡など無く、長襦袢の裾すら燃えては居らず。
「悲鳴? 何を馬鹿げた事を。頭の中がおめでたいのは、貴女の方ではありませんか?」
サー・ランスロットは『アロンダイト』を上段へ掲げ、そして勢い良く振り下ろす。
瞬間、斬撃の衝撃波が地面を割りながら凛子に殺到した。
焔が衝撃に吹き消される。
同時に、凛子の姿も掻き消えた。
「また“かくれんぼ”ですか? 悲鳴を上げさせるのでは無かったのですか?」
言葉を紡ぎながら、周囲を油断無く警戒するランスロット。
何かが可笑しい。
そう、本能が脳髄に危険信号を出して止まない。
「フフッ、こっちですよ」
八時の報告より銃撃。
炸裂弾を鎧で受け止めながら、横一文字に一閃。
焔が消失。
後に残ったのは、『64式小銃』が一挺。
「囮?」
「こちらです」
五時方向から斬撃。
『アロンダイト』で受け流し、逆袈裟に一閃。
焔が消失。
後に残ったのは、日本刀が一本。
これでランスロットが知り得る限り、少女が所持していた武器は無くなった。
自らの武装を全て囮に費やし、少女の姿は依然として消えたまま。
「何のつもりだ――――?」
「さぁ、ゲストの登場です」
次の瞬間、上空より砲撃が開始された。
“グレネードランチャー”による砲撃支援。
ランスロットは擲弾を斬り裂きながら、遥か上空を凝視する。
そこには、報道用ヘリコプターが一機。
ランチャーを構えた少女を乗せて、ホバリング飛行している。ランスロットの斬撃が、ギリギリ届かない距離を維持して。
「面倒な真似を――――ッ!」
上空より放たれる擲弾をツーハンデットソードで受けながら、ランスロットは屋上を駆ける。
目指すは地上。
擲弾程度でヤられるような柔な鎧ではない。
しかし、爆煙や衝撃で動きを制限されては、未だに姿を現さない少女へ隙を見せる事となる。
「良い支援です。流石は私の右腕」
不意に前方を、これまでに無いほどの熱量を持った焔が遮った。
“湖の精霊による加護”を受けた鎧が火焔に煽られ、肌がジリジリと焼かれる。喉も焼かれ、呼吸すらままならない。
その焔の中から、何かが飛び出してきた。
それは神速の速度を持って、ランスロットの鎧を叩く。
ビシッ。
ひび割れる鎧。
驚愕に見開かれるランスロットの瞳。
幾度の銃撃、幾重もの斬撃にも傷一つ付かなかった鎧が、呆気なくひび割れた。
「化物を殺すのに、銃も刀も不必要。徒手空拳こそが、我が最強の武器なり」
更に衝撃が鎧を打つ。
一撃、二撃と為す術無く打たれる内に、遂に鎧が砕け散った。
「ば、馬鹿な――――ッ!?」
「お馬鹿なのは、貴方ですよ」
間髪入れず、焔の中から白い足が伸びる。
それは鞭のようにしなり、円を描くようにランスロットの脇腹を打った。
肋骨が砕け、肉が裂ける。
内臓が致命的な損傷を受ける。
あまりの衝撃に体が宙に浮き、吹き飛ばされるランスロット。が、腕を掴まれ飛ばされる事すら許されなかった。
「ぐ――ぉおぉぉ――――!」
「悲鳴を上げなさい。憐れに死に行く家畜のような悲鳴を」
次いで凛子が拳を作り、ランスロットへ振り下ろす。
咄嗟に『アロンダイト』で防ぐが、焔を纏った拳は意図も容易く魔銀の刀身をへし折ってしまった。
「武器に力を乗せるのと、自分の体に力を乗せるのとでは、効率が違うのですよ」
凛子が何事か口走った。
しかし、それを聞き取るだけの余裕はランスロットには無かった。
刀身を折り砕いた拳は、そのままランスロットの腹部を打ち吸えた。
鮮血が口をついて飛び出るが、それは空気に触れた瞬間に蒸発してしまった。
火焔の熱量が更に高まっている事を、この時に初めて知ったのだった。
「貴女はここに立った瞬間、私の術中に嵌まっていた事に気付いていましたか?」
内臓を潰されたランスロットは、無様にも地面に膝を着く。
それを何の感慨もなく見下す凛子。彼女の中では、既に彼の騎士を強敵とは見なしていなかった。
ただ、殲滅すべき敵としてしか、認識していなかった。
「貴方には色々と聞きたい事があります。その為に、もう少し苦しんで貰いますよ」
焔を纏い佇む凛子。
その姿は、さながら鬼神の如く恐ろしげに見えたであろう。
事実、上空より事の成り行きを見守っていた伊万里は、凛子の姿に畏怖を覚えていた。
「おっかない。本当に」
生唾を飲み下し、ブルパップ式セミオートマチックグレネードランチャーのマガジンを換える伊万里。
もう勝敗は決しただろうが、油断は出来ない。
伊万里はパイロットの方へ顔を向け、「降下させろ」と告げる。
呆けた顔のパイロットは、伊万里の指示通りにヘリを降下させる。
先ずは凛子の回収。
そして脱出が最優先事項だ。
あのボロ雑巾と化した時代錯誤な騎士は、最悪置いていく事になるかも知れない。
何故なら、警察が軍へ援軍要請を送ったからだ。
流石に自分の部下のみならず、一般市民まで殺戮の煽りを受ければそうせざるを得ないのだろう。如何に腐りきった行政の統治下であろうと、だ。
援軍到着まで十分。
それまでに逃げ切れるかは、賭けとしか言い様が無い。が、逃げ切れなければ、更なる惨劇が繰り広げられるだけだ。何としても逃げ切らなければならない。
土台、強すぎる上司を持つと苦労する。
戦闘狂ともくれば、最悪だ。
ケツを守ってやらなければ、簡単に死んでしまう。敵も味方も、張本人でさえも。
ヘリが降下するに連れ、屋上での様子がよく見えるようになる。
騎士の姿をした敵が、生きながら焼かれる様がよく見える。
それを微笑一つで淡々とこなす凛子の姿は、まるで魔女か。あるいは戦を司る女神とも言うべきか。
いずれにせよ、酷く恐ろしい。
殺さず生かさず。
拷問とも遊戯とも付かぬ行為。
ただ幼児が羽虫の羽根をむしりとるような、無垢で残酷な仕打ちに似た、残酷な光景。
「美人で家柄も良いと言うのに、どうしてこう、致命的な欠点があるものか…………」
伊万里は戦慄を覚えつつ、凛子が行う児戯を凝視していた。
見る必用も無いのだが、何か不測の事態が起こった時に行動出来るよう、細心の注意は払って置かなければならない。
当に凛子の作り出した結界が掌握するあの屋上において、不測の事態が起こり得るとも思えないが。
しかし、その予想は早々に裏切られる事となる。
異変は、唐突に訪れた。
騎士の体が、急激に朽ち始めたのだ。
「な、何だ!?」
まるで映像を早送りしているようだ。
体の自壊とは違う。
急速に老化していくような恐ろしい光景。やがて騎士は、砂だか灰だかよく分からない物に変わり果ててしまった。
「な、何をしたのですか…………?」
聞こえる筈もない声音で問い掛ける伊万里。
凛子はやはり何の感慨も面に見せず、微笑を浮かべていた。
「ランスロットが死んじゃったかぁ。貴重な戦力が削がれてしまったねぇ」
白柄の日本刀を腰に据えた少年が、無邪気に笑みながらモニターから目を逸らす。逸らした視線の先には、苦い顔をした女性が居る。
まるでお伽噺に出てくるような、尖り帽子を被り黒いローブを羽織った魔女は、少年と視線を交わらせたのも束の間、静かに席を立つ。
「円卓、欠けちゃったねぇ。補充とか考えないとダメだよねぇ」
魔女の背中に、少年は煽るように声を掛ける。
魔女は何も言わず、窓際に立ち真っ暗な空を見上げている。
「やめとけ、ミスター・オキタ。彼女を責めるのはお門違いだぜ」
モニターに背を向けるように円卓の上に腰掛けるカウボーイハットを被った青年がオキタと呼ばれる少年を諌める。
「あいつが死んだのは、単にあいつが弱かったからだ。誰の責任でも無ェよ」
「優しいねぇ、キッドは。――――けど、まだ実戦配備は早かったんじゃあ無いかなぁ? 英霊と肉体が馴染んでない状態で、彼女にぶつけたのは勇み足だと思うけどなぁ?」
無邪気な笑みを浮かべてはいても、オキタの瞳は全く笑っていなかった。
仲間を無駄死にさせた事に、憤りを感じての事なのだろう。
「あぁ、ヒジカタさんが居たらなぁ。打ち首か切腹か、だったろうなぁ」
「おっかない奴だな? サムライってのは皆こうなのか?」
「二人とも、私語は慎みなさい」
オキタとキッドを諌めるように、円卓の中心人物たる少女が声を上げた。
「サー・ランスロットに出撃命令を下したのは私です。責任は私が取りましょう。が、これだけは言っておきます。ランスロットの死は、決して無駄ではありません。彼は身を持って示してくれたのです。我々は未だ完全では無い、あの少女に拮抗するには力不足である、という事を」
少女はモニターに映るランスロットの亡骸を指し示し、「彼の騎士の奮闘に、我々は感謝せねばならない」と静かに告げる。
オキタもキッドも、魔女でさえも、その言葉に沿うように束の間の黙祷を捧げるのだった。
「我々、『エインヘリアル』はもっと強くならねばならない。円卓も早々に人数を揃えねば。その役割は、この私、ブリュンヒルデが担いましょう」
少女、ブリュンヒルデは豪奢な椅子から腰を上げると、傍らに魔銀で出来た長槍を呼び出し天高く掲げる。
「では、諸君。戦争の準備を始めよう。大神オーディン、我が父上が予言された、来るべき『終末戦争』に備えて」
市街地より数マイル離れた田舎町。
昨夜とは打って代わって、一泊五十ドルもしないラブホテルの安いベッドの上で、三科凛子は目覚めた。
体が鉛になったかのように重たい。
体温が異様に高い。
発熱に全身の倦怠感と来れば、風邪の諸症状だろう。
しかし、これは昨夜の戦闘において、力を使いすぎたという身体からの抗議である事を、凛子は知っていた。
「やっぱり、昨日頑張り過ぎましたよねぇ……。警察の特殊部隊を殲滅して、変な騎士を殺して…………」
「寝起き一番に何を言っているのですか?」
シャワールームから出てきた一条伊万里が、トコトコと凛子の傍らに寄ってきて洗面器をサイドテーブルに置く。
冷水に浸したタオルを絞り、凛子の額に乗せてくれた。
「はぁ……気持ちいい…………」
「それは良かったです。早く回復して下さいね」
素っ気なく言って立ち去ろうとする伊万里。凛子はその腕を掴んで、ぐいっと引き寄せる。
突然の事でバランスを崩した伊万里は、為す術も無くベッドに横たわる凛子の上に倒れ込んでしまった。
お互いの顔が息が掛かる程に近く、二人の少女の視線が、ベッドの上で縺れ合う。
「伊万里ちゃんが可愛がってくれたら、元気になるんですけどね?」
「お休みになられて下さい。疲れては、体に障りますよ?」
「少し疲れた方が、よく眠れると思いませんか?」
優しく笑む凛子。
人を引き込むような笑顔は、天使の如く眩しく美しい。
男ならそれだけで魅了され、女であっても抗い難い感情に心を支配されてしまうだろう。
しかし、伊万里は違う。
元より人間として破綻している伊万里を、天使であろうと悪魔であろうと、例え女神であろうと魅了する事は出来ない。
故に。
ただ作業をこなすように、凛子の唇に自身の唇を重ね合わせる。蛇のようにしなやかに伸びる舌を受け入れ、絡め、貪る。
自身の服を脱ぎ、彼女の長襦袢を剥ぎ取り、全身の肌を露に彼女の羞恥を全て受け入れる。
そこに熱情のような感情は、決して存在しない。
その行為に欲情などは在りはしない。
興奮しても、濡れていたとしても、恋愛のような感情を抱くことは無い。
ただの作業。
例えば銃を手入れする事と同義として、ただ天使のように美しい肌に触れ、舌を這わせる。
二人分の喘ぐ声が、狭い部屋に木霊する。
熱っぽい吐息が、空気を湿らせる。
やがて絶頂を向かえた二人の少女は、互いの瞳を見詰め合ったまま、暫く疲労に満ちた体を休ませていた。
「気が済みましたか…………?」
どれくらいの時間を費やしたか。
伊万里の口から、ようやくその言葉が告げられた。
事の終わりを告げる言葉だ。
凛子はイタズラっぽく笑みを浮かべると、伊万里の額に唇を当てる。
凛子なりの謝意だ。
「本社から、何か連絡はありましたか?」
「えぇ、落ち着いたら報告書を作成するように、との事です。その後、新たな任務を発行する、と」
裸体を晒し、互いの腕を互いの背中に回したまま。
二人は事務的に言葉を交わす。
「そう、今度は何処の戦場か聞きましたか?」
「えぇ、ロシア北部と聞きました」
「ロシアですか。では、寒冷地仕様の兵装が必用ですね」
「手配は私がします。いつも通りに。貴女は体の回復に努めて下さい」
「了解。伊万里ちゃんにはいつも苦労を掛けますね」
凛子は伊万里に口付けをすると、優しく笑んで静かに瞼を閉じた。
すると、数秒もしない内に眠ってしまった。
伊万里はそれを確認すると、細心の注意を払ってベッドから這い出る。
起きる事は無いだろうが、また捕まっては逃げるのに面倒ではある。
ベッドから出ると、衣服をまとめてシャワールームに入る。
体にまとわり付く体液を流してしまう為だ。
シャワーから流れ出る熱い湯を全身に浴びながら、次の任務について頭の中で考察する。
ふと、昨夜の戦闘に思考が裂かれた。厳密には戦闘終了後、凛子が口走った言葉に、である。
「面白いですね、本当に。これで戦争が更に面白くなります」
騎士の亡骸を眺めながら、凛子は呟いていた。
それを問い詰めるだけの度胸は、伊万里には無かった。欲情も愛情も無い伊万里だが、恐怖の感情はあった。
「一体、何が起ころうというの…………?」
その自問には、神ならざる存在である伊万里には答えられなかった。
『プロフィール』
ここでは主人公な基本情報を載せておく。
三科凛子
年齢:14歳
身長:160cm
体重:40kg
国籍:日本
所属:民間軍事会社
適正銃器:豊和工業 64式7.62mm小銃
術式特徴:肉体強化、形態変質
人類史上最強の剣士と謳われる少女。
驚くほどの美貌を持ち、人智を遥かに超えた戦闘能力を持つ美少女。
常に丁寧な言葉を使い、一見すれば良識在る人間に見える。が、その裏は勝利の為には手段を選ばぬ戦闘狂であり、敵として定めた者の消去の為なら多大な犠牲も辞さない。
戦闘になると恐ろしく頭が切れるようになり、野太刀を用いた独自剣術と、『適正銃器』を用いたアウトレンジ攻撃を巧みに使い分ける。
実家は日本有数の大企業、“三科生化学株式会社”を営んでいる。
一条伊万里
年齢:13歳
身長:148cm
体重:38kg
国籍:不明
所属:民間軍事会社
適正銃器:不明
術式特徴:精神操作、気配遮断
三科凛子の右腕であり、唯一のパートナー。
凛子と並ぶと野暮ったく見えるが十分に美しい容姿をした少女である。
主に凛子のサポートをしている。それは公私を問わず、凛子が求める事なら如何なる仕事でも淡々とこなす器用さを持つ。
凛子の無茶に唯一着いて行ける兵士でもある。
幼少期のトラウマから精神に異常を来しているが、日常生活および仕事には差し支えは無い。