海中散歩
南海の珊瑚礁には、誰もが憧れを持ちます。けれど、東京の近くでもまんざらでもない素敵な場所は、いくつかあるのです。その内の一つが三浦半島です。
これから 三浦の海のなかの魅力をちょっぴりだけお見せします。
それではいざ、海底探検の始まり始まり……
海の中ってさ、陸上とは、全く違った世界が、拡がっているんだよ。白いラグーンの上に、宝石を散りばめたようにカラフルな珊瑚や、ソフトコーラルが、群生していて、その隙間を熱帯魚達が舞う。でも……そんな景色は、遠い南国のものだって?そりゃそうだけど、近場の海だって捨てたもんじゃないよ!試しに海へと飛び込んでご覧よ!でも……
ちょっと待った‼今は、夏の真っ盛り!。海は濁っているだろ。だから秋になるまで待つんだ。晩夏に発生する小さなアンドンクラゲには、毒がある。奴等が波間を占拠するのも彼岸まで。10月に入れば海は透きとおり静かになる。水温もバッチリ暖かく、海中には、最高の季節が訪れるんだ。
三浦半島の海へと、いそいそと入って行くと、水深浅い砂場の小さな孔から淡いピンクのヒメアナゴが可愛い顔を出している。「こんにちは。」僕が挨拶代わりに指で頭をそっと撫でると、照れ臭いのか、孔の中に顔を引っ込めた。暫くじっと見てると、又顔をチョコンと出すので、再び構ってやると、叉、引っ込める。今度は顔を出しても知らんぷりを決め込む。すると、アナゴは、首を長ーく伸ばしてすり寄って来る。と~っても可愛いので、くしゃくしゃに撫で回してやった。そしたらへそを曲げたのか、プイと孔を抜け出し何処かへと去って行ってしまった。アナゴの心はまるで女心。厄介で難しいんだな。
深い砂場へと目を移すと、楕円の痕が見えている。おい、ヒラメ君!それで隠れているつもりかい?すっかり輪廓で、バレバレだよ!いつまでもすましているので、人差し指でツンツンと突いてやると、全身をばたつかせて飛ぶように逃げていった。僕は水中で、高笑い。でも、ごめんな!
その様子を、脇で揺れるカジメの隙間から擬態したタツノオトシゴが、隠れたつもりで上目遣いで覗いていた。ぼくは、彼の目の前で、「ダメダメ。ばれてるよ。」と、指を横に動かした。彼は慌てて身体を上下にピョコピョコと動かし、逃げようとする。その姿が妙に可笑しく見えた。
岩場へと移動してみる。洞窟の中は、無数のゴンズイ達が集まって球を造っている。個体はまるでオタマジャクシだが、集団での造形美は、見事だ!だが、近寄ってはいけないんだ。彼等には自分を護る為の立派な毒があるからね。
その岩の側面では、アワビの一家が寄り添い談笑の時間を過ごしている。どんな会話をしているんだろうなあ。僕には、アワビの言葉は解らないや。残念!。また、すぐ側の切れ目の間には、イセエビの赤ちゃん達が横一列に並んでヒゲを立てている。その姿は正にオーケストラの大演奏会。バイオリンの弦を奏でているみたいだ。その調べに聴き入っているのは、小さなウミウシ達。カラフルな服着てアイドルみたいだね。海面を見上げれば、イワシの群れが一杯に広がってキラキラと輝く。周りには、間抜け顔のフグ達が岩場で海苔をつついて食事をとりながらのんびりおっとり。聴衆はいっぱい居るね!。
岩場を回り込むと、青みがかった透明ボディーのアオリイカが、ヒレを小刻みに揺らしながら目前を横切った。おかしいな?今は、君の季節じゃ無い筈だ。さては、近くに浮かぶ生け簀から逃げ出してきたな。自由ってさそんなに楽しいのかい?。外界は危険が一杯だよ。気を付けろよな。
更に視線の先のホールには、一匹狼のクロダイが、回遊しながらここは、俺の縄張りだとその姿を鼓舞するかのように僕を威嚇してきた。そんな態度だから皆に嫌われるんだぞう。貴様の様な奴は、釣り人に釣られてしまえ!と、あかんべーをしてやった。
晩秋にもなると、水温が急速に下がり、海は更に静かになって行く。その頃になると僕は「救助」と称して夜の海へと潜る。黒潮に乗ってここまでやって来た熱帯性の回遊魚達は、この海辺では、冬を越せずに死んでしまう。その魚達を生け捕りにして温かい水槽へと避難させるのだ。夜の海は、とっても怖い世界なんだ。ライトの明かりだけを頼りに暗闇の中を進み、眠っている魚達を捕まえる。ツノダシ、ハタタテ、チョウチヨウウオやら。眠りを覚まされた魚達はビックリ!網の中で暴れまくる。別に君を焼いて喰おうとしてるんじゃないよ。暫くは狭いけど我慢してな、と網から無理矢理水槽へと押し込んだ。魚達は「ブウブウ」と声を張り上げて猛抗議だ。でもさ、君達の為なんだよ。来年の春には叉、海に戻してあげるからさ、と宥めるように言い聞かせた。
翌年、春も深まった頃。僕は再び海へと入って行く。勿論束の間の友人達を連れて。海中で暫く馴染ませてから、自由の身にしてやると魚達は、恩も感じてないのか、一心不乱に遠くへ泳ぎ去って行った。つれない奴等だぜ。さびしいじゃん。みんなさようなら。そして、叉逢おうな。
三浦の海の中の世界はどう感じて頂けましたでしょうか?この文章は、私自身が三戸浜海岸近くにある「黒崎」というポイントに潜った時の体験をベースに書いてみました。この文章を見てくれた方々が、興味を深くして、三浦半島へと出掛けたくなってくれたら幸いです。
尚、その時、黒崎ポイントを案内してくれた笠井さんに、深い感謝の念を申し上げます。