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6.

 寝床にあてられた小部屋にはとうもろこしの皮をつめたマットレスが一枚あって、壁のへこみには幼子イエスと聖母のお守り札を立てかけてあった。夜になって、おれは修道院のなかを見てまわることにした。ぎりぎりまで断食して体重が綿ほこり程度にまで減っちまった尼さんとか面白いものが見られないかと期待したが、いるのは怪我人と難民ばかりだった。尼さんたちは包帯を取り替えたり、山羊のミルクの入った壺を運んだりと忙しそうだった。

 雨はすごい勢いでふっていた。建物が溶けちまいそうな勢いだ。雷が鳴るたびに戦場を経験した怪我人連中がびくっとした。雷の落ちたのを大砲の音と勘違いしたのだ。

 怪我人のなかには政府軍の兵士もいた。そいつらは火屋つきカンテラの明かりの下で雁首そろえてトランプをしていた。外で出会えば敵同士だけど修道院内ではドンパチ禁止という暗黙のルールがあった。それにみんな銃は入口で預けておくのが決まりだった。

 おれたちは殺し合う代わりに話をした。たとえば六とクイーンのツーペアを持ってるこのじいさんはポルフィリオ・ディアスの時代から兵隊をやっていた筋金入りだった。もし、外で捕虜になったら情け容赦なく銃殺にされるタイプの兵士だ。六とクイーンのツーペアは言った。昔は兵隊暮らしにも旨味があったけど、いまは危ないことだらけだ。銃で撃たれるのが怖くてしょうがない。ここを出たら、アメリカのリンゴ園で働きたい。

 六がくればストレートの兵士は、自分はついてないやつなんだと言った。ケレタロの小さな村出身で農夫をしていたが、二ヶ月前に徴兵狩りにやられたのだ。政府が教会を借り切って映画を見せてくれるというので村じゅうの男たちがのこのこ出て行ったら、突然兵士たちがあらわれて蹴るわ殴るわの大騒ぎ。六がくればストレートの男は広場の樫の樹にのぼってやり過ごそうとしたが、樹に登る途中、背中を殴られて昏倒した。それからは銃床でぶちのめされ、髪の毛を刈られて、サンダルと軍服、ポンコツ銃と弾二十発を持たされて、みんなまとめて汽車に乗せられた。降りたところは見たこともない土地だった……。

 フラッシュ狙いの顔に傷のある男は元懲役囚だった。てめえの女房と寝ていたてめえの兄貴を刺して捕まっていたところお呼びがかかったというわけだ。おれがいままで殺したやつもこんなやつならありがたい。こいつは本物のゲスだ。フラッシュ狙いの男は修道院を出たら、誰彼かまわず殺してやるつもりだ、おれは殺しがたまらなく好きだと言いやがった。

 冗談じゃねえよ。ここから数歩と離れていないところには小さな六つくらいの男の子が寝息をたてている。他にもじいさんやばあさん、乳飲み子をかかえた女もいる。おれたち(つまり、おれ、六とクイーンのツーペア、六がきたらストレート)は悟った。このフラッシュ狙いの男はいずれ殺されなくちゃならない。

 いやな気分になった。死んで当然のクズを間近に見ると、苦い水薬を飲まされたようないやな感じが腹のなかに沸き起こってくる。

 おれは赤ん坊をかかえた女のそばによった。

 赤ん坊は静かにお乳を吸っていた。

「さわってもいいかい?」

 母親はうなずいた。

 おれは膝をついて、手袋を取ると、赤ん坊の頬に人差し指を触れさせた。 とてもやわらかい。

 ミゲルは元気かな? 父さんや母さん、姉さんたちは元気かな?

 そんなことを考えながら部屋に帰り、おれはトウモロコシのマットレスの上に寝転び、目を閉じた。


   †


 尼さんが言うには、リリオ・ロペスは〈美しいもの〉をさがして旅をすると言い残し、サン・ペドロ村へ旅立ったらしい。サン・ペドロなんて名前の村、このメキシコにいくつあると思ってんだよ。まあ、ともかくおれも後を 追ってみよう。

 明日になったら、明日に……

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