2.
こんなのねえよ! 生まれたことを後悔させてやるつもりだったのに!
追いかけなきゃいけなかった。
地獄の底まで追いかけなきゃいけなかった。
たとえアメリカに逃げ込んだとしても追いかけて、ぶっ殺さなきゃいけなかった。
トルティーヤを焼いている女たちはおれが肛門の純潔を失ったとかほざいて、クスクス笑っている始末。飲み物売りの屋台の前では兵隊たちが帽子に金を入れてなにか賭け合っていた。何やってんだいってきいたら、お前がどこまでヤラれちまったのか賭けてるのさ、ときたもんだ。おれは帽子を蹴飛ばして、中の小銭や賭け札を全部ぶちまけてやった。おかげでおれをぶちのめそうとする男たちからさんざん追いかけられた。それもこれもリリオ・ロペスのクソ野郎のせいだ。
そこらに流れている噂によるとあいつはおれの〈女の子みたいに大きな瞳〉や〈女の子みたいに細い腕〉や〈女の子みたいに華奢な体つき〉を見てむらむらきたらしい。あいつが〈女の子みたいに〉なんて言葉をおれに向かって使うたび、こっちにはあいつを殺す理由が一つまた一つ増えていく。もうリリオ・ロペスをぶち殺す理由は二十三くらいになっていた。
それなのに逃げられた。見張りが貨車の引き戸に鍵をかけていなかったからだ。ドジ踏みやがったのよ。要するに。とにかくやつは煙みたいに消えちまった。確かなことはやつが馬を盗んで東へ逃げたということだけだった。そこは革命軍の予定進路から大きく外れていたから追いかけるにはパンチョ・ビリャ将軍から隊を離れる許可をもらわなきゃいけない。
ビリャ将軍は列車の車掌車に事務所を持っていた。赤く塗られた車内にはメキシコの三色旗がかかっていて、大統領のサッシュをかけたフランシスコ・マデロの写真がかかっていた。将軍は折りたたみ式寝台の上で飲み物をつくっていた。コーラの上にアイスクリームを落とした飲み物でそれをつっついてくずして、いい具合にコーラとアイスクリームが溶けたところで一気に飲み干した。
将軍は徹夜続きで潤んだ目を向けた。
「陳情があるそうだな」
「はい、将軍。隊を離れる許可をください」
「坊主、今いくつだ?」
「もう十六です……十五……十四……こないだ十三になりました。でも、おれだって立派な男です。フランシスコ・マデロが兵を挙げたとき、おれはまだ十歳だったから不参加だったけど、フランシスコ・マデロが殺されてからはおれも立派に政府軍の畜生どもを撃ち殺してきました。八歳のときから銃にはさわってきたし、馬の扱いじゃ大人にだって負けません。オヒナガの戦いでウエルタの兵隊を一人殺っつけたし、その次の戦いでも一人、それについこないだなんて女みたいに泣きながら命乞いしてきた丸腰野郎を情け容赦なく撃ち殺してやりました」
ビリャ将軍は爪の先を噛み千切って、ぺっと吐いた。
「お前はあいつの金玉を撃った。やつは砂漠に逃げた。金玉を撃たれた人間が砂漠で長生きできる見込みはゼロだ。あとはハゲタカが始末をつける。それじゃいかんか」
「だめなんです、将軍。普通の刃傷沙汰とはワケが違います。これには男の名誉がかかってるんです。このままじゃ故郷に残してきた父ちゃんと母ちゃん――じゃなくて父さんと母さんに顔向けできません。ケツを掘られそこなってその上ホモ野郎も始末していないなんて、棺おけに入って帰るよりも情けないじゃないですか」
「鉄道から離れたら革命軍の支配は効いてないぞ。コロラドス(政府側の民兵)に見つかったら、女子どもでも容赦なく殺される」
「わかってます」
「それでも行きたいか」
「はい」
将軍は一瞬、おれを生暖かい目でみた。リリオ・ロペスのとは違う、これは――親が自慢の息子を見るときの目だ。
「馬と銃は持っているか?」
「はい、将軍。自前のを持っています」
将軍は手提げ金庫を取り出すとそこから銀貨の入った皮袋を渡してきた。「五〇ペソある。おれからの餞別だ。ここから先はどうなっているか、おれにはわからん。まあ、思う存分追いかけるといい。おれとしてもお前さんのような骨のある小僧が復讐を果たし生きて帰ってきてくれることを願うよ」
「必ず生きて帰ります、将軍」