12.
荒野に一軒だけ、ぽつんとある雑貨店。
日干し煉瓦を積み重ねて、トタン板を乗せ、隙間を雑草まじりの泥で塞いだしょぼくれた建物だ。いちおう看板もかけてある。どうやらおれみたいな旅人を目当てにつくられたものらしい。でも、こんな砂漠のど真ん中においてきぼり食らったような店の品揃えなんて、たかが知れてる。半分蒸発したサボテンの焼酎とか安っぽい布、エルナン・コルテスが使ってたんじゃねえのかと疑いたくなるほどのオンボロ鉄砲、それにピンクのザラ紙に印刷した革命唄の絵入り歌詞、三文小説が何冊かカウンターの隅においやられ、一冊五センターボで安売りされている。おれは字が読めないし、書くのも自分の名前が精一杯だから意味がないんだけどね。まあ、機会があったら読み書きを習いたいけど、その前にリリオ・ロペスをぶち殺さなきゃいけない。物事には順序があるんだよ。いくら読み書きができても、てめえの名誉をなおざりにしたままでいれば、それは男として死んだも同然なわけだ。価値のある男になりたかったら物事の順序は守らなきゃいけねえ。
ガラクタの他に絵葉書も数種類売られていた。どれでも一枚一センターボ。店番の親父を除くなら、こいつの値段が一番安い。肝心の絵のほうはというと、どれも革命の前に刷られたものらしい。絵葉書のなかのメキシコはこの世の楽園のように描かれていた。植物は必ずきれいな花とうまそうな実を結んでいるし、女たちは陽気なべっぴんぞろい。テーブルの上には冷たい飲み物とたくさんのクリームケーキが、どうぞたらふくやってくださいと言わんばかりに配置されている。
なんだよ、これ。いいこと尽くしじゃねえか。そりゃ銃や荒野や山賊や目玉をえぐるようなひどい陽射しや人を背中から撃つことに生きがいを見出した警官隊を図柄にしろとは言わないけれど、ここまであからさまにウソふかれた日には見てるこっちが恥ずかしくなってくるぜ。もしもの話だけど、どっかのマヌケがこの絵葉書を送られて、メキシコって天国みたいな土地なんだねなんて勘違いして、ほんとにメキシコにやってきたら、いったいどう始末つける? よお、あんちゃん、観光客かい? あいにくいま革命中なんだよ。悪いけど帰ってくんねえかな?
もうちょっとマシな絵葉書はねえのかよ。そう思いながら葉書の入った箱をがさごそ漁ると、革命の真っ最中につくられた絵葉書が底のほうから見つかった。それは革命を率いた十八人の領袖たちの集合写真だった。
ったく、なんてこった。やりきれない写真だぜ。このうち何人かは大統領になったし、知事になったし、将軍になったし、男のなかの男として民衆にその名を知られたりした。でも、何人かは死んだ。頭を撃ち抜かれたり、目玉をえぐられたり、手錠でレールにつながれて機関車にひき殺されたりしていった。
裏切り者も写ってる。たとえば前列の右端に座ってるこいつ――パスクアル・オロスコだ。コロラドスの頭目でフランシスコ・マデロを異常に憎んでた男だ。最初は革命派として兵を挙げて、ポルフィリオ・ディアスの兵隊どもを情け容赦なく殺したくせに、マデロ憎しで反乱を起こし、ビクトリアノ・ウエルタに寝返った野郎だ。
ったく、この写真が撮られたときはみんな一つの目標のため、メキシコを変えるために戦っていたのに、政府を倒して一段落ついたら、屁をこく暇もなく、新しい戦いが待っていたんだ。ひょっとするとメキシコは大統領が変わるたびに殺しあわなきゃいけない国なのかもしんねえな。
まあ、しめっぽいことウジウジ言うのはこのくらいにしておこう。リリオ・ロペスのほうを片づけなきゃいけない。
店番の親父に腐れリリオ・ロペスの写真を見せたら、親父は何か買えって言ってきた。まあ、それが世の中なんだと割り切って、右側の棚に陳列されていた缶詰を手にとった。
「これを買うよ」
「五ペソだ」
「缶詰一つで五ペソも取るのかよ?」缶詰一つで五ペソだぜ。大の男が一ヶ月農園で働いてもらえる金額だよ。世の中間違ってると思う瞬間だ。
「特別な缶なんだ」と、親父。
「ダイヤモンドの煮っ転がしでも入ってるのかい。それとも法王さまに祝福でもされたのかよ、このブリキ缶。革命値段でもうちょっと負けてくれよ」
「珍しい革命的な缶詰なんだ。だから価格革命して五ペソ」
「わかったよ、革命万歳!」
珍しいと言えば珍しいラベルの缶詰だ。化け物みたいにでかい魚とよく分からん字の羅列。外見から推し量ると、缶詰の中身はこの化け物が細切れにされたものということになる。気のせいか缶は膨らんでいるようにも見えた。
親父は言った。「スウェーデンの缶詰だよ」
「スウェーデン?」
「うん、まさかスウェーデンを知らんのか?」
んなもの知らねえよ、と答えるつもりだったけど、気が変わった。「おいおい、おっちゃん。ばかにしないでくれよな。こちとら、おぎゃあと産まれてこのかた十三年たってるんだから。知ってるよ、スウェーデンくらい。こないだなんかスウェーデンが空から降ってきて、えらい目にあったところだぜ」
「サボテンから目を狙って噴き出してくることもあるよな」
「そのとおりだよ。どこから襲いかかってくるのか見当もつかないのがスウェーデンのやばいところだ。だからって邪険に扱えないのがスウェーデンの困ったところなんだよな。だって、薄く伸ばしたスウェーデンがなけりゃ、どうやってゴムタイヤを修理するんだい? スウェーデンからいいところを引き出して、うまく利用する。それが知恵者ってもんよ。しかし驚いたぜ。スウェーデンって缶詰にもなるんだな。勉強になったよ」
†
その夜、おれは乾きそこねた川底のそばで野営をした。地面に水がわずかに残っているから、これで湯を沸かせられるし、顔も洗える。運がよければ魚も捕まえられる。まあ、魚がいなくても、例の缶詰があるんだからメシについては問題ない。
あ。
缶切りがねえ。
砂漠のど真ん中で缶詰と一対一、缶切りを持たずに対峙するってのはどんなもんだと思うよ。あらゆる努力を跳ね返す缶詰との死闘。缶を開けるための暴力的工夫や悪口雑言の数々。要するになだめておどしてすかして頼み込む騒がしい缶詰相手の独り言だ。こんなふうにな。
(おれはナイフで缶詰を開けようとするが、うまくいかない)おーい、おーい。頼むよ、くそったれ缶詰ちゃん。開いてくれよ。腹減ってんだよ、こちとら。さっさと降伏しろよ、くそ缶詰。降伏して中身を食わせてくれよ。ちくしょうめ。てめえ、五ペソもしたくせにご主人さまに刃向かうのかよ、え? あー、わかった。そっちがそのつもりならこっちにだって考えがあるぜ。(銃を抜いて一発撃つ。弾は跳ね返り、ぞっとするくらい近い距離で頬をかすめる)ぐおっ! この缶詰おれを殺そうとしやがった。缶詰の分際でおれを殺そうとしやがった。てめー、ふざけんじゃねえよ! 死ね死ね死ね!(石を手に缶詰を殴る。何度も殴る。石が割れ、手が痺れる)あー、もう、わかったわかったわかりました、私の負けでございます、今までのご無礼の数々、ここに陳謝させていただきます。ですから、どうか、缶詰さま、この愚かなわたくしめのためにご開陳くださらないでしょうか。(缶詰は無反応)てめえ、下手に出てりゃ調子に乗りやがって! もうプッツンしたぞ。どうなってもしらねえぞ。そこで待ってろ、くそ野郎!(三十分後、鉱山の倉庫から盗んできたダイナマイトを手に戻ってくる)へっへっへー、これでてめえもおしまいだぜ。(ダイナマイトの導火線に火をつけて缶詰に投げつける。ドカーン! 派手に火柱が上がり、缶詰は消えてなくなる)ざまあみやがれ。人間さまにたてつくとどうなるか思い知ったか。
でも、喜ぶのは最初の十秒で、十一秒後には五ペソもする缶詰を中身の謎を解明しないまま吹っ飛ばしたことに深い後悔を覚える。ところがもっと深い後悔が襲いかかる。爆心地から腐った水死体みたいな臭いがわっとひろがり、ゲロをぶちまけそうになる。げーっ。これがスウェーデンの臭いか。とんでもねえもんなんだな、スウェーデンって。
†
夕飯にする予定だったスウェーデンがクソみたいな臭いをまき散らして木っ端微塵になって、その挙句ハラペコ。まあ、どうってことねえ。それが人生ってやつよ。こんなときはプランBだ。腹が減ったことそのものを忘れちまうのよ。そんな難しいことじゃない。コツさえつかめば楽勝よ。だって頭のなかで銃の名前をひたすら挙げ続けるだけでいいんだから。そうすりゃ食いものに対する渇望は消え去って、頭のなかは味気ない銃のことでいっぱいになる。
たとえばこんな調子でだな……モーゼル……クラッグ・ヨルゲルセン……三〇・〇六……三〇・三〇……二連式ショットガン……ポンプ式ショットガン……ウィンチェスターのショットガン……六連発のコルト……三二口径のコルト……ダブル・アクションのコルト……ベルギー式のリボルバー……モーゼル自動拳銃……ウィンチェスターのモデル一八九五……四四口径のロシアン・モデル……レミントンの単発ライフル……牛肉とチーズのエンチラーダ……マンリヒャー銃……具入りパン……ボーチャード・ピストル……アボカドのサラダ……サボテンステーキ……ブローニング・ピストル……牛のステーキ、七面鳥のモレ・ソース、溶岩をくりぬいた容器にどっさり作られたワカモーレ、チョリソとチーズの焼き飯、キューバ風チキンライス、おぼれ卵のスープ、唐辛子とモツの煮込み、羊の蒸し焼き、キャラメルケーキ! 焼きキャラメル! それにオレンジのアイスクリーム!
†
……わかった。認めるよ。この方法は失敗だ。




