11.
ちょっと話を脱線させるぜ。どうしておれたちがこんなに殺しあってるのか説明しなきゃいけない気がするんだ。つまりよ、歴史をふり返るのよ。でないと、おれたちが血に飢えたイカレぽんちの集まりみたいに思われるからな。まあ、つまらねえ話になるだろうから、メキシコの歴史なんて知りたくないってんなら、とばしてもらってもかまわない。じゃ、始めるぜ。
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オヒナガで初めて人を撃ったとき、学校で教師をしていたっていう少尉が教えてくれたことがある。
「メキシコ人は陽気で、疑り深くて、貧乏で、お祭り好きで、女好きで、やたら銃を撃ちたがって、誇り高くて、踊りと酒に目がなくて、あまり賢くない。疑り深くて、あまり賢くないというのが問題なんだ。そのせいでメキシコじゅうに疑り深そうに顔をしかめた死体が転がってるんだから」
その教師はでたらめを言ってるんじゃない。死体がごろごろ転がってるのだって見てたんだ。
その教師によると、メキシコの歴史は悪党と素寒貧と貧乏くじの連続だったそうな。
もともとメキシコはスペ公が銀を掘るためにこさえた土地だった。その名もヌエバ・エスパーニャ。新スペインだ。スペ公はずっと前から住んでたインディオを埋めるか殺すか奴隷にするかしてたいらげて、銀をどんどん掘っては船でヨーロッパに運んでいった。
で、あちこち穴だらけになって銀も出尽くしたころに独立だ。メキシコ人はメキシコからスペ公を追い出した。ところが、スペ公は素敵な置き土産を残していった。軍人と貴族と教会だ。素寒貧のメキシコ人は軍人と貴族と教会にこき使われながら、タコスを食って焼酎をあおり暮らすことになったわけだ。
ある日、気がつくと、グリンゴ、よーするにアメリカ野郎どもがテキサスに住み着いてた。テキサスってのはコアウィラ州の北にあって、サボテンとコヨーテと昔スペ公どもが作った伝道所しかないような石ころだらけのちんけな土地だよ。
グリンゴがテキサスに住み着いたと思った次の日には、テキサスはグリンゴに乗っ取られちまった。グリンゴはテキサスをアメリカの一部にしようぜとほざきやがる。
すると、メキシコはぶちきれる。
ふざけんなよ、グリンゴ。
すると、グリンゴは言ってくる。
じゃあ金返せよ。
貧乏で素寒貧なメキシコはアメリカに国ぐるみの借金があったんだよ。でも、メキシコは貧乏で素寒貧で山賊や政治家みたいな悪党をのさばらせてたもんだから金がない。
メキシコは答える。金なんてねえよ、でもテキサスはやれねえ。
グリンゴどもにしてみりゃとんでもない話だった。金は返さねえしテキサスはくれねえ。こいつはお仕置きが必要だってんで、戦争が起きた。結果はどうなったか。メキシコ人はけちょんけちょんに負かされて、メキシコ・シティまで占領される有様だった。メキシコはアメリカに降伏して講和条約が結ばれた。
メキシコ人は言った。テキサスなんてくれてやるぜ。アリゾナもくれてやるぜ。ニューメキシコもくれてやるぜ。カリフォルニアもおまけにつけてやらあ。グリンゴどもはこれに感激して、カリフォルニアの代金をメキシコ側に支払った。メキシコにしてみりゃほっくほくよ。だって、戦争に負けたのに金がもらえるし、グリンゴどもは借金も負けてくれたんだから。カリフォルニアなんて水の出ないからっけつの土地なのによ。と思った次の年、一八四八年のことだ。カリフォルニアで金が出た。そりゃもうゴロゴロとね。グリンゴどもはほっくほくよ。疑り深いくせにあまり賢くないメキシコ人はとことん貧乏くじを引かされたわけだ。
グリンゴとの戦争に負けたあと、さすがのメキシコ人も考えた。なんか変えなきゃいけねえ。いつまでも貧乏で素寒貧で悪党をのさばらせておくなんておかしいじゃねえか。メキシコの土地の一番いいところはみんな軍人と貴族と教会のものだった。貧乏な農民はいいようにこき使われてる。そんなんだからメキシコはいつまでたっても貧乏で素寒貧なんだよ。グリンゴにも負けるんだよ。
そんなわけで新しく大統領になったベニート・フアレスは言った。なんか変えなきゃいけねえ。
軍人と貴族と教会は言った。変える必要なんてねえよ。
となりゃ、戦争だ。これが改革戦争で今度はメキシコ人同士で殺しあった。疑り深そうな顔したメキシコ人の死体がゴロゴロ転がって、畑は焼けるわ家は焼けるわ山賊は出るわの大騒ぎになった。メキシコはますます貧乏で素寒貧になった。
あんまり貧乏なんでまた国ぐるみの借金をした。今度はヨーロッパだ。イギリスとかフランスとかスペインとかドイツっぽの国からじゃんじゃん借りた。で、ある日、ヨーロッパのお上品な国の大使どもがこう言ってきた。
大変恐縮ですが金返せ。
メキシコは言った。金なんてねえよ。
で、戦争だ。海のむこうから軍隊がやってきて金を払うまで帰らねえとぬかす。ベニート・フアレス大統領はきっと返すからひとまず帰ってくれと言った。イギリス人やドイツ人は大人しく帰ったが、フランス野郎だけは帰らなかった。なんせフランスって国はお菓子の代金踏み倒しただけで戦争仕掛けてくる連中だから国ぐるみの借金を見逃してくれるはずはない。
んじゃ、戦争だ。今度はメキシコとフランスがやりあった。フランスは連勝して、調子に乗ってメキシコ帝国を作りドイツから引っぱってきたヒゲもじゃ親父を操り人形の皇帝にしちまおうと踏んだ。帝国なんて冗談じゃねえよ。メキシコ人は巻き返してフランス野郎を追い出して、ドイツっぽの皇帝を銃殺にした。
メキシコはなんとか勝ったわけだけど、相変わらず貧乏で素寒貧だった。 おまけにベニート・フアレスは死んじまって次の大統領が決まらねえ。
さて、どうしたもんかと思ったここからがメキシコ人のおめでたさの本領発揮だ。よりによってメキシコ人はポルフィリオ・ディアスを大統領に選んじまった。それはポルフィリオ・ディアスがこう言ったからだ。メキシコを変えなくちゃいけねえ。それを貧乏で素寒貧なメキシコ人は信じた。
それが自分たちにどんなひどい結果をまねくかも知らずに。
ポルフィリオ・ディアスは言った。メキシコを近代化しなくちゃいけねえ。アメリカとかイギリスとか金持ちの国には鉄道や鉱山や工場や銀行や電信柱がある。こういうものがなくちゃメキシコは金持ちになれねえ、と。
でも待てよ。鉄道や鉱山や工場や銀行や電信柱をつくる金がどこにあるんだ? なんせメキシコときたら貧乏で素寒貧だからそんな金は逆立ちしたって出てこない。国ぐるみの借金っつったってもう貸してくれる国なんてねえし、かりにあったとしても返すあてがないんだからまた戦争になっちまう。
ポルフィリオ・ディアスは悪党だけど、ばかじゃなかった。やつはグリンゴを利用した。やつはグリンゴたちに言った。税金は負けてやらあ。政府が優遇してやらあ。メキシコ人もこき使いたい放題よ。だから、グリンゴのみんな。メキシコにじゃんじゃん会社をつくってくれえ、ってなもんよ。
するとグリンゴどもが、わっとやってきた。砂糖きび畑や鉱山を買いまくって工場を建てまくって品物をアメリカへ運ぶための鉄道をじゃんじゃん敷いた。みんなグリンゴの金でだ。グリンゴは安い賃金でメキシコ人を使って大儲けできるし、ポルフィリオ・ディアスには税金ががっぽり入る。もちろん、情け深いポルフィリオ・ディアスは取り巻きにも骨を投げてやることを忘れない。土地測量会社と登記所なんてそのいい例だぜ。
はしっこい腐れインテリのメキシコ人地主が土地測量会社をつくってチワワとかドゥランゴの荒地を測量する。土地がどのくらいの高さにあるとかどのくらいの広さだとかを調べて、地べたに杭を打ち込むんだ。で、登記所に手数料を払ったら、地主はその三分の一をもらえちまうんだ。そこにインディオがいようが百姓がほそぼそトウモロコシつくっていようがおかまいなし。というより、土地といっしょにインディオや百姓もついてくるんだな。奴隷として(メキシコの法律じゃ奴隷制度は廃止になってるけど、奴隷みたいに働かせることは廃止してないんだよ)。こうやって地主たちは農園をひろげていった。ルイス・テラサスなんてこの手でチワワ州をまるごと手に入れちまったんだ。
メキシコのあちこちでインチキがまかり通っちまった。メキシコ人がパチパチまばたきしているあいだにメキシコはポルフィリオ・ディアスとやつの取り巻きのシエンティフィコ、つまり腐れインテリとグリンゴどものものになった。メキシコ人は気がついた。ソノラのヤキ族からユカタン半島のマヤ族、モレーロス州の独立農民、チワワの百姓や鉱夫たち。みんな気がついた。こんなのおかしい。なにかがおかしい。ポルフィリオ・ディアスが憲法を勝手に書きかえて永遠大統領の座に居座ろうとしたとき、なにかがおかしいの大合唱が始まった。賃金は安いし、めちゃくちゃ働かされるし、先祖代々の土地はなんも悪さしてないのにとられちまうし。なんにもいいことねえじゃねえか。
あちこち文句が出始めたとき、ポルフィリオ・ディアスは逃亡禁止法をつくった。これは逮捕したやつが逃げようとしたら撃ち殺してもいいって法律だ。つまりよ、ポルフィリオ・ディアスが誰かを消したいと思ったら、そいつをしょっぴいて背中から撃てばいい。で、あとでこう言えばいいんだ。こいつは逃げようとした、だから撃った。
ポルフィリオ・ディアスはこの手で三十年もメキシコを牛耳ったんだぜ。この逃亡禁止法は政府に認められた人間なら誰でも使っていいことになっていた。だから地主や工場主たちは人殺しや盗賊を雇って自前の警官隊をつくり、邪魔なやつを次々ぶっ殺していった。夜中にガサ入れして、女房子どもが泣くのも構わずにそいつをかっさらえば、それっきり。どっか山のなかか野原で背中に風穴の開いた死体が転がってるってわけだ。
なんだかんだでポルフィリオ・ディアスとゆかいな仲間たちの天下は三十年続いた。ちなみにおれアンヘル・ルーナ・セレイロが生まれたのは一九〇一年一月三十日。おれが生まれるずっと前からポルフィリオ・ディアスは大統領だったわけよ。
おれが九歳くらいだった一九一〇年、メキシコ独立百周年を祝ったとき、ポルフィリオ・ディアス御大はもう八十歳だった。つまり、ヨボヨボで脳みそにガタがきてたのよ。やつは、つい、ぽろっと言っちまった。そろそろわしも引退するかのお。
さて、ポルフィリオ・ディアスが引退をほのめかすと、やつの取り巻きの将軍だの大臣だのがおずおずと、じゃあ次はおれが大統領になってみようかなと手を挙げた。
すると、ありゃりゃ? 次々とヨーロッパへ追放されちまったぞ? そうなんだよ。ポルフィリオ・ディアス本人は引退するつもりはこれっぽちもなかった。シャレのつもりで言ったのよ。たとえばの話よ。そこんとこ把握してなかった連中はドジ踏んでポルフィリオ・ディアスに煙たがられ、メキシコにいられなくなっちまったわけだ。
ところで、ディアスの引退をマジに受け取ったのはなにもやつの取り巻きだけじゃなかった。メキシコじゅうの人間もマジに受け取った。というより、ぜひ引退してくれと心から望んだんだ。だって、そうだろ? 三十年だぜ、三十年。操り人形を大統領に仕立て上げた時期も含めれば、四十年以上ポルフィリオ・ディアスは天下をとってきたんだ。それもくそひでえ天下をな。なあ、ディアスさんよお。あんたよくやってくれたよ。身内とかグリンゴとか取り巻きとかシェンティフィコとか、えこひいきして、おれたちをさんざんいじめてくれたよ。たとえばおれの住んでたチワワ州なんか、土地も家畜も政府の役職も全部まとめてテラサス=クリール一家のものじゃねえか。それにソノラのヤキ族なんか全員まとめて逮捕して、奴隷農場に売り払ったもんな。それにユカタンのマヤ族を皆殺しにしたもんな。北メキシコの豊かな放牧地をグリンゴの新聞王に売り渡したのもあんただよな。カナクア銅山のメキシコ人労働者がアメリカ人より安い金で長時間働かされてることに納得いかずストライキを始めたとき、あんたアリゾナのグリンゴといっしょになって、そいつらを鉄砲のマトにかけてくれたよな。それもこれももう終わりだ。やめちまえ。
でも、おれたち草民づれが恨み言をあげたぐらいでひるむような男じゃないんだよ、ポルフィリオ・ディアスは。やっこさんはなんだかんだで次の大統領選に出馬すると宣言した。対立候補なんてもちろんいねえよ。だから再選も確実だった。
そこにあらわれたのがフランシスコ・マデロだ。フランシスコ・マデロのことは占い師のフスティノが話してくれたとおり。金持ちだけど人がよくて、ディアスの取り巻きとは違う。知事でも大臣でもなかった。フランシスコ・マデロはポルフィリオ・ディアス再選反対党を立ち上げて自分も大統領に立候補すると宣言した。活動を始めたとき、フランシスコ・マデロに従っていたのは奥さんと書記に雇った男一人だった。ところが全国でディアス独裁に終止符を打とうと熱心に叫んでいるうちに支持者はあれよあれよと膨れ上がっていった。なんせフランシスコ・マデロだからな。いつもニコニコしていて、話をすれば農民も金持ちも山賊も涙を流して感動するってぐらいのお人だ。そりゃあみんな、この人ならって思うもんさ。これにはさすがのポルフィリオ・ディアスも参った。だって、フランシスコ・マデロはコアウィラ州の大農園主だ。そんじょそこらのチンピラみたいに逃亡禁止法で片づけられる相手じゃない。おまけに支持者が増えに増えたもんでうっかり殺したりしたら、反乱が起こるかもしれない。でも、なんとか大統領への立候補を取り下げさせたい。ポルフィリオ・ディアスはフランシスコ・マデロを金で釣ろうとした。もちろん、フランシスコ・マデロは首を横に振る。次に脅しをかけるが、フランシスコ・マデロはへこたれない。
そして、大統領選挙の当日、投票結果はというと、ポルフィリオ・ディアスの圧勝だ。フランシスコ・マデロは? 牢屋のなかさ。ディアスはフランシスコ・マデロを逮捕してから投票を始めさせた。ポルフィリオ・ディアスはフランシスコ・マデロをアメリカに追放したが、そのくらいでへこたれるフランシスコ・マデロじゃない。マデロは選挙の無効を訴えて、民衆に立ち上がろうと言った。これ以上、独裁に、悲しい運命に身をゆだねてはならない、権利をつかみとろう!
革命が始まった。フランシスコ・マデロは銃を持った四百人の男とともにメキシコ入りし、各地でも反乱が始まった。くたばれ、ディアス! ビバ・マデロ! ビバ・メヒコ! ビバ・ラ・レヴォルシオン! ディアスはあっちこっちの反乱を鎮圧しようと兵隊を繰り出したが、無駄だった。なんせメキシコじゅうが立ち上がったんだ。農民もインテリも山賊も無政府主義者もみんながみんな銃を手に革命のために、マデロを大統領にするために、自分の未来のために戦った。このときおれはというと、まだ十歳だったから、なんつーか、革命には不参加だった。びびったとかそんなんじゃないぜ。まあ、ガキが出しゃばってもしょうがないからな。でも、ほんと、びびったとかそんなんじゃねえんだから。
とにかく政府軍はあちこちで破れ、ポルフィリオ・ディアスは大統領を辞任。ヨーロッパへ亡命した。ちなみにやつはまだパリだかロンドンだかで生きている。憎まれっ子はなんとか憚る。
さて、メキシコではちゃんとした公平な選挙が行われ、その結果、圧倒的多数の票を得て、フランシスコ・マデロは大統領に当選した。
めでたしめでたし。
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これでめでたしめでたしなら、おれはいまここにはいない。話にはまだ続きがある。
フランシスコ・マデロがみんなに好かれたのはずばりその善良さのおかげなわけだけど、それも過ぎれば弱点になる。フランシスコ・マデロはあんまりお人よしなもんだから、いざというとき頼れる本物の男とこすっからいペテン師の区別がつかなかった。革命後、フランシスコ・マデロはシエンティフィコをそばにおいた。ポルフィリオ・ディアスの取り巻きだったには違いないが、同じメキシコ人だ。頭はいいんだから、その頭をこれからはメキシコの民衆のために使ってもらおうってわけだ。マデロはシェンティフィコどもを甘く見ていた。やつらはフランシスコ・マデロにこびへつらって、いかにも革命に賛成しているかのように見せかけて、裏じゃ革命を台無しにしちまおうとしていやがったのさ。フランシスコ・マデロはもう一つ間違いを犯した。それは軍人を信用しちまったことだった。それには理由がある。
まず、革命が成功してからメキシコではめちゃくちゃな殺しが横行した。貧乏人がまるで復讐するかのように金持ちを殺して土地と財産を取り返していったんだ。
金持ち殺して土地を取り戻そうって気持ちはわかる。ガキなりに理解してるつもりだ。でも、革命ってのはそういうのじゃねえんじゃねえのか? そんなことしても結局、貧乏人のなかからゲス野郎があらわれて、そいつがずる賢くたちまわってなにもかも牛耳っちまうんじゃねえのか? だって、あのポルフィリオ・ディアスだって最初は貧乏なインディオに過ぎなかったんだぜ。殺してだまして奪って独り占めしたのをぶっ殺して取り返しても、まただまして奪って独り占めされる。それが繰り返されるのがオチじゃねえか。そういうのもひっくるめて変えちまおうってのが革命じゃねえのか?
たぶんフランシスコ・マデロもそう思ったはずだ。ともかくメキシコじゅうで殺して奪って取り返してる連中を鎮圧しなくちゃいけなかった。それにパスクアル・オロスコみたいな反乱野郎もとっちめる必要があった。だからフランシスコ・マデロは軍人に頼っちまった。ビクトリアノ・ウエルタみたいな最悪野郎をそばに置いちまった。
ビクトリアノ・ウエルタ。最低最悪のくそじじいで、おれたち革命軍はこいつをぶっ殺すために南へ向かってる。まあ、おれの場合は今のところリリオ・ロペスをぶっ殺すために南へ向かっているわけなんだけど、でもリリオ・ロペスをぶっ殺したら次はこいつの番だ。この邪悪なアル中はぶっ殺されるだけのことをした。
マデロがこいつを大将にしてやると、シェンティフィコがこいつにすりよった。グリンゴたちもすりよった。百姓や鉱夫たちがグリンゴたちの持ち物をかっぱらっているのにフランシスコ・マデロがそれを取り締まらないってんだ。つまり、こいつらは逃亡禁止法を復活して、もっとちゃんとぶっ殺せってぬかしやがるんだ。ポルフィリオ・ディアスの時代にいい目を見てきた連中はみんなこの邪悪な飲んだくれのくそじじいビクトリアノ・ウエルタが秩序を復活してくれると期待していた。秩序ってのはつまりメキシコ人を安い金でこき使い、ガタガタぬかすやつには逃亡禁止法をお見舞いしてやることだった。ところが、ウエルタはウンと首を振らない。ただ黙って酒をかっくらっていた。
一九一三年二月、モンドラゴンとかゆう将軍が首都で反乱を起こした。そいつはすでに反乱を企てたものの失敗してムショでクサい飯を食ってる仲間の将軍たちを救出しようとした。そいつらの名前はベルナルド・レイエスとフェリクス・ディアス。一人はあのポルフィリオ・ディアスの甥っ子だった。そいつらはフランシスコ・マデロを大統領の座から引きずり下ろそうとしたわけだけど、まあ、反乱そのものはお粗末な結果に終わった。マデロを支持する兵隊と民衆たちが国民宮殿を守ってドンパチがおきてレイエスはくたばるし、ディアスの甥っ子とモンドラゴンは蹴散らされ、町外れの砦で包囲されて出られなくなっちまった。あとは皆殺しにしてやるだけってところでフランシスコ・マデロは生涯で最後の、そして最大の間違いを犯した。軍の指揮をビクトリアノ・ウエルタにまかせちまったんだ。
おれはこの話を聞いたとき、例の学校教師だった少尉殿にどうして?って叫んじまった。そんなことしなくても、ただマデロが命令すれば命を捨てる兵隊がいくらでもいたのになんで? 少尉殿はただ首をふって世の中には納得のいかないことが山ほどある。これはその一つだってため息をついた。少尉殿の言うには大統領は直接軍を指揮しちゃいけないことになっていた。そして、軍の指揮は将軍のみが行えることにもなっていた。そう法律で決まっていた。そして、首都には将軍がウエルタしかいなかった。
フランシスコ・マデロはウエルタを任命しちまった。マデロの弟のグスタホや副大統領のピノ・スアレスはウエルタの正体を見抜いて、ウエルタの任命をやめるよう説得した。でも、フランシスコ・マデロは首を縦に振らなかった。自分の都合で法律を曲げることはできないって。邪悪な酔っ払いウエルタは最高司令官に任命されると、いかにも忠実そうな顔をして反乱側の捕虜を銃殺してみせた。ほんとなんだぜ。将軍も下っぱも十把ひとからげにだ。そのくせ反乱軍を攻めあぐねているふりをした。フランシスコ・マデロに忠実な兵隊を選んで決死隊をつくり、反乱軍の機関銃に突っ込ませてわざと皆殺しにさせた。そうしておいてからウエルタはついに裏取引に応じた。邪悪なクソ野郎はグリンゴの大使を後ろ盾にいきなり手のひらを返して、反乱側に寝返り、フランシスコ・マデロを逮捕した。反乱軍はマデロをめちゃくちゃに痛めつけて、辞表にサインさせた。フランシスコ・マデロと家族の命を保証するって条件で。でも、やつらは既にマデロの家に大砲をぶちこんでたし、弟のグスタホは目玉をえぐられて病気の畜生みたいに叩き殺されてたんだ。結局、ウエルタは約束を守らなかった。フランシスコ・マデロは副大統領のピノ・スアレスともども背中から撃たれて殺された。
理由? 逃げようとしたんだとさ。
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これがメキシコの歴史だ。貧乏で素寒貧で悪党ばかりの国の歴史は邪悪な酔っ払いを大統領の座にすえたところで終わってる。メキシコ人が疑り深いくせにあまり賢くないばかりにおきたことだ。
おれたちはそういうのを革命するために銃をぶっ放してる。
貧乏だったり、素寒貧だったり、疑り深いくせにあまり賢くなかったり、字が読めなかったり、国ぐるみで借金したり、あんまりひもじくて赤ん坊にやるおっぱいが出てこなかったり、欲しいものは誰かを悲しませてでも奪い取ろうとしたり、そういう全部をひっくるめて革命するために別の誰かをぶっ殺してるんだ。
おれはふと思う。ひょっとしてフランシスコ・マデロの死体はニコニコしていたんじゃねえかなって。
おれはふと思う。もし、誰かにぶっ殺されるときはニコニコしてやろうって。しかめっ面をした死体であふれてるこのいかれた世界で、一つくらいニコニコした死体が転がっててもいいじゃねえか。




