1.
義に飢え乾く者は幸いなり
その者は飽くを得んとすればなり
――マタイの福音書 第五章 第六節
リリオ・ロペスのヤロー、ぜったいぶっ殺してやる。
ぜったい必ずぶっ殺してやる!
†
おれを犯そうとしやがった!
思い出すのもむかつく一九一四年三月のくそ寒い夜、あのリリオ・ロペスのくそったれアホばかホモのコンコンチキ野郎はおれを犯そうとしやがった。
静かな夜だった。農園と駅舎があるだけの十字路をおれが歩哨に立っていると、リリオ・ロペスのやつは親しげにおれに近づき、なんだか生温かい目でおれを見ながら、おれの肩に手を置いた。おれはあのとき、リリオ・ロペスがホモだったとは夢にも思わなかったから、仲間同士の挨拶のつもりかと思ってそのままにしておいた。
リリオ・ロペスは肩に手を置いたまま、ぐるっとおれの後ろにまわって、空いたほうの肩、カービン銃を担ってたほうの肩にも手を置いた。変だな、と思った。ふざけ半分にケツに膝蹴りを打ってくるかもしれないと思ったのだ。カービン銃の台尻をどてっ腹にぶちこむこともできたけど、あのときのリリオ・ロペスはなんていったって大尉殿だったからヘタな真似はできなかった。
おれはどうしたもんか、まごまごしていた。
いきなりだった。あのホモの手がおれの頬にふれたかと思ったら、あのホモ野郎、おれの体をやつのほうにぐいっと引き寄せた。
おれはホモとぴったり体をくっつけるハメになったわけだ。おえっ。
頬を胸を触りまくりながら、唇をおれの首筋にちゅっちゅっ押しつけてきて、「美しい」とか「ああ、天使だ」とかぬかしやがる。おれ、タコって生き物見たことないけど、きっとこんな感じだね。ちゅぱちゅぱ、ぬるぬる。おえっ。
おれ絶体絶命。
でも主イエス・キリストはおれを見捨てたりしなかったぜ。おれは自由になったほうの手を伸ばして、やつのズボンの前にさしてあった自動拳銃の引き金に指をかけた。
銃声が響くと、テントから小屋から鉄道の貨車から銃を手にした兵隊や将校だのがなんだなんだと飛び出してきた。
銃を手にした涙目のおれと股間から血を噴いてひいひい転がりまわってるリリオ・ロペス。なのに、ばかでまぬけなおれの仲間たちは、おれを取り押さえ銃を取り上げ、おまけに逃げ出せないようズボンまで取り上げられてフルチンのまま営倉に閉じ込めた。
まったく頼りになる仲間どもだよ。
もっとも事の次第はすぐに知れた。おれは新しいズボンを与えられて、すぐに営倉から出された。くそ、ちくしょう。あの野郎、ぶっ殺してやる。ところがリリオ・ロペスが見当たらない。仲間の一人がやつは貨車に閉じ込めてあると言った。
「あのくそったれ、ぶっ殺してやる!」
「まあ、落ち着けよ」仲間たちはかったるそうに言った。「処刑をやるにはもう夜も遅いし、第一事情聴取も終わっちゃいない」
「事情もくそもあるもんか。今すぐぶっ殺す。一秒たりとも生かしちゃおけない」
「あのな。こいつは一筋縄にはいかないんだぜ。なんせ将校が兵卒のカマを掘ろうとしたんだ。前代未聞だ。捕虜やスパイを銃殺するのとはワケが違う」
「違わない!」
「だから落ち着けって。明日になったらやつは銃殺刑だ。そんときゃ大佐殿もお前に引き金を引かせてくれるって。とにかく明日だ。明日、みんなが見ている前で男らしくバーンとぶっ放せばいいじゃねえか。今日は休め、な?」
次の日、リリオ・ロペスは脱走していた。影も形もなくなっていた。